第15話 人類は思ったより無力な存在らしい
スマホの向こう側から、一切の音がしなくなった。
そして、数分が経過した。
突如として訪れた静寂に耐えきれず、俺は「あの」とか、「えっと」とかいう、いわゆるフィラーを連発しまくったが、それでも何も聞こえてこない。もういっそのこと電話を切ってしまおうかと思い始めたその時、
『……おそらく魔王は、人類に愛想を尽かしたんだと思うわ』
という、ため息交じりの低い声が聞こえてきた。
「え、愛想を尽かしたって、具体的にどういうことですか?」
『人間界は争いが絶えないでしょう? 少なくとも私の中では、人類は領土問題とか、環境問題とか、いつも何かにつけてもめてるっていう印象が強いわ。大きな戦争を何度も経験して、ようやく学習したかと思ったら、またそこかしこで争いの火種がくすぶり始めてるっていうじゃない。それで、本当かどうかは分からないけれど、大天使様は、魔王が人類を見限ったと判断したみたいよ』
……っていうことは、もしかして魔王は最初から人類に対して敵対していたわけじゃないってことなのか? 魔王っていうのは絶対悪で、どうあがいても人類の敵でしかあり得ない存在なんだと思ってたんだが、違ったのかな?
「じゃあ、もともと魔王は人類のことをどう思ってたっていうんですか!?」
『本来私たち天使と悪魔っていうのは、人類に対しては相互不干渉の態度を貫いてきたの。でもね、最近の人類の傍若無人っぷりは、流石の魔王にとっても目に余るものだったみたい。実を言えば、大天使様も人類の横暴さに頭を悩ませておられるのよ。だからそこに関しては、魔王と同意見なのよ』
え?
じゃあ、
人類は自分たちで自分たちを滅ぼす原因を作ったっていうわけ……?
まさに「身から出た錆」ってやつか……。
「でも、じゃあなんでその大天使様は、そんな愚かな人類を救おうとしてるんですか?」
『天使というものが、悩める人類を救済するために存在しているからよ。つまり、それが私たちの使命であり、役割であるってわけ。だから私たちは、その使命を全うするために魔王と戦わなくてはならないの。それは神によってこの世界が作られた時に定められた義務なのよ。絶対に逆らうことはできないの』
神……? 今までは出てきてなかった単語だな。というか、この世界には天使も悪魔も神もいるってことか? こうなったらもう、何が出てきても驚かない自信があるな。
「か、神? 神と天使って、どっちが偉いんですか?」
『……まあ、神ね。神は創造主だから、天使や悪魔をお生みになったのも神なの。神には、人類は当然として、天使や悪魔も逆らえないのよ』
なんか話があっちこっち飛びすぎたので、ここらで一回整理しておこう。
つまり、魔王が人類を滅ぼそうと思い立ったきっかけは、そもそも人類が馬鹿なことばっかりやってたからだということだ。で、天使は、神によって人類を救済する役目を与えられていて、神に逆らうことはできないから、人類がどんなに愚かでも、人類を救わなければならないらしい。
……それにしても、今までの人類がやってきた、戦争とか環境破壊とか、その他諸々の悪行から生まれた結果を全部、俺という一人のごく普通の人間に背負わせるというのはなかなか残酷なことなんじゃなかろうか。やらかした人にはちゃんと責任を取ってほしい。まあ無理なんだろうけどさ。
『……どう? 事の
「ええ、大体……」
『そう、それは良かった。じゃあ、そろそろ返事を聞かせてもらえるかしら? 協力するの、しないの?』
「……」
こうなるともう、俺みたいな一人の人間には背負いきれないような気がする。……ってこんなことを今まで何回繰り返し言ってきたんだ、いい加減にしろ。冗談抜きて、そろそろ俺も覚悟を決めなきゃならん頃合いらしい。
俺はため息を一つついて、
「……分かりました、協力します」
と、いろいろと諦めたような声音で言った。
『そう、分かってくれたのね。ありがとう。嬉しいわ』
電話口の向こう側から、ふふっという微かな笑い声が聞こえた。ホッとしたような、本当に嬉しそうな口ぶりだったので、俺は不覚にもドキッとしてしまった。ああもう、俺は本当に軽率な人間だな。ちょっとでも素直な態度を取られると、すぐに可愛いとか思っちゃうんだから。
『……さて、そうと決まれば、あなたを大天使様に紹介しないとね』
「へ……?」
え、何、いきなり!? ……まあ、いずれはそうなるんだろうと薄々気づいてはいたけども。それにしても急すぎないか?
「ちょっと待ってください、まだ心の準備が……」
『今すぐにとは言ってないわ。そうね、今度の日曜はどう?』
なんか映画とか買い物にでも誘ってるみたいな口調で言うなよ! 人類の存亡に関わることなんだろうが! ……というか、だからその日は、千佳に付き合うことになってるんだってば。あ、前にこの言い訳使った相手は伊藤さんじゃなくて高嶺さんだったわ。
「いや、その日は妹との約束があって」
『あらそう、それじゃあその次の日曜は?』
「えーと……多分大丈夫です」
『そう、良かった。じゃ、学校の正門前で待ち合わせしましょう』
「あ、は、はい」
『楽しみにしてるわね。さよなら、また学校で』
その言葉を最後に電話は切れた。
……なんかあれよあれよという間に、いろいろ決まってしまった気はするが、まあ仕方ない。もういっそのこと開き直って、とりあえず来週の日曜まで猶予を与えられたっていう風に考えよう。それまでは束の間の平穏な日常を享受させていただくぞ。
俺は一周回って、悟ったような穏やかな気持ちになり、RINEを閉じてソシャゲのアプリを立ち上げた。
世界を救うか滅ぼすかの選択を二人の美少女から迫られています。助けてください 雨野愁也 @bright_moon
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