第2話 高嶺さんの秘密

 俺は高嶺さんにグイグイ引っ張られて屋上に着いた。屋上には誰もいなかった。


「……ここなら誰にも見られないわね」


 高嶺さんは一息つくと、辺りを見回してからつぶやいた。……え? 何? 何が始まろうとしてんの?


「あの……高嶺さん? 用って一体……?」


 じれったくなった俺は、戸惑いながらも聞いてみた。でも、学校一の美少女が俺みたいなモブに何の用なんだろう、ホントに。思い当たる節は全然ない。皆目見当がつかない。


「そうね……どこから説明すればいいのかしらね。まあでも、百聞は一見に如かずって言うし、見てもらうのが一番でしょうから」


 そう言うと高嶺さんは、目を閉じて胸に右手を当てた。そして、深く息を吸って、ゆっくり時間をかけて息を吐いた。


 すると、彼女の姿がだんだんと変わり始めたのだ。


 ……まさに今、自分の目の前で起きていることが信じられないのだが、とりあえず見たままに話そうと思う。


 なんか、俺はよく知らないからこういう表現が的確かは分からないけど、例えるなら美少女戦士ものの変身シーンみたいな感じで、足元から順々に変わっていくのだ。まず靴が、上履きから、膝下まである黒いブーツになり、網タイツが装着され、膝丈まであったスカートが、ギリギリパンツが隠れるくらいの黒い超ミニになった。で、胸は……なんて言うのかな、こういうの? チューブトップってやつ? ……ともかくそれで覆われた。ついでに言うとヘソ出しだ。それから、これが一番驚くべき変化なんだけど、頭からは角が生え、背中にはコウモリの羽みたいな翼が生えた。あと、耳が尖り出した。そんでもって、よく見ると尻尾も生えている。その形はまるで……。


「……悪魔……?」


 俺はつい思ったことを口に出してしまった。すると、


「ふふ、流石は只野くん。察しがいいわね。そうよ、私は人類殲滅せんめつ計画実行のための調査に訪れた悪魔なのよ」


と、高嶺さんがニヤリと笑って言った。


「…………は?」


 なんかもうそれくらいしか言葉が出てこなかった。目の前の光景に思考が追いついていない。どういう反応をしていいか全然分からないんだけど、俺は一体どうすればいいんだ? 教えてくれ、というか助けてくれ誰か!!


 次に俺の口から漏れ出た言葉は、


「……い、言ってる意味が……」


だった。そう言うだけで精一杯だった。すると高嶺さんが、俺の言おうとしたことを察したのか、こう返した。


「分からない? ……でしょうね。でも本当なのよ。私の仕える、魔界の主である魔王は、人類を滅亡させる計画を立てたの……でも、手始めにどこから着手すべきか決めあぐねている。だから、魔王は計画実現の糸口を見つけるために、まずは調査員として私を人間界に派遣したってわけ」


 …………。


 ……もう一度言おう。


「は?」


 駄目だ、話に全然ついていけない。やばい。これは俺の頭が悪いからなのか? いや、でも、いきなりこんなファンタジックな話をされても、理解しろと言う方が無理だろう。普通に考えて。……あ、でも、現に目の前で変身されちゃったわけだから……。証拠を突きつけて信じさせようっていう魂胆こんたんか。うーん……。っていうか、今人類滅亡っつったよなこの人!? え、待って、そんなさらりと言われても……!!


 俺はとりあえず、


「……あの、仮にその話が本当だとしても……、なんで俺にその話をしたんですか?」


と聞いてみた。


「……ふふっ、いい質問ね。魔王は……」


 高嶺さんはそう言うと、言葉を切った。そして一瞬の後、こう言った。


「あなたを魔王補佐官に選んだのよ。その資質を見込んでね」




 無慈悲な沈黙が訪れる。


 …………あああああ、もう駄目だ! 頭の中がパニックになってる! もう何一つ分からん!!


「……はあっ!?」


 まあとりあえず、叫ぶしかなかった。……もうこうなったら、いっそ全部信じてやる。俺は半ばやけくそになっていた。


「いや、ちょっと待ってくださいよ! それにしてもなんで俺が!? だって俺、何もいいところないですよ? ……っていうか人類滅亡って……?」

「さあね。でも魔王の見る目は確かだから」


 高嶺さんはあっさりと答えた。その顔には、今まで見たことないくらいの妖艶な笑みが浮かんでいる。どうやらこの人は、俺自身にはあまり興味はないようだ。……クソ、これまで見せていた性格の良さは全部演技だったのか。すっかりだまされた……。


 学校一の美少女の変貌ぶりに俺が頭を抱えていると、何食わぬ顔で高嶺さんが近づいてきた。


「……ねえ、只野くん。私と一緒に魔界に行きましょう……? 悪い話じゃないと思うわ」


 そう言うと、高嶺さんはいきなり俺の頰に手を当てた。尖った長い爪が、俺に生命の危機を警告してくる。だが、彼女の妖しくなまめかしい雰囲気にあてられたのか、俺はちょっとぼうっとしてしまった。


「ちょっと……え……?」


 高嶺さんの美貌を目前にして、心拍数が跳ね上がるのが分かる。どうしようか考えている間にも、彼女の顔はどんどん近づいてくる。そして、その目が閉じられ、唇はすぼめられた。……え? マジで? 本当にするつもり? や、待って、考え直してくれ……!


 次の瞬間、バターンと大きな音が鳴り響き、高嶺さんが音のした方を向いたので、俺はホッとした。と同時に、不覚にもちょっと残念だと思ってしまった。


 音は、屋上へと通じるドアが勢いよく開いた時に発せられたものだった。全開になったドアの前には、一人の女子生徒が立っていた。




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