第9話 花散らしの娘
ざあざあと打ち付ける激しい雨音は、一人残された不安をより一層助長させる。
石でも降っているのではないかと思うほど屋根を叩く雨音は強く、視界は
心細さを紛らわせようと受け取った手拭いで髪を拭いた瞬間に、ふっと甘い藤の香りが鼻腔をくすぐった。
『代わりにこれを持って行くといい』
よみがえる昨夜の記憶が、
『やはりお前には藤が良く似合う』
緩く纏めた髪に挿した藤の花。鬼を思い、鬼に触れるように、そっと自身の頭の後ろへ伸ばした
***
じっとりと湿った
下卑た笑みを隠そうともしない男が、押し倒した
「急に土砂降りとは、嬢ちゃんもついてねぇな」
獲物を捕らえた獣のようにぎらついた瞳が、
思いがけず懐に飛び込んできた上等な獲物。怯えて震える様ですら、男の仄暗い欲望に火を付ける。
「一人で退屈してたところだったんだ。しばらく止みそうにもないし、二人仲良く雨宿りしようじゃないか」
「……やめ……」
恐怖で声すら出せない代わりに、見開いた瞳から大粒の涙がぽろぽろと溢れ出した。
「とき、わ……
「侍女がいるんだったな。戻る前に終わらせようぜ」
恐ろしい言葉を吐いたかと思うと、
「……やっ……いやっ!!」
出しうる限りの声を上げ、無我夢中で振り上げた手が男の頬を儚い力で引っ掻いた。予想外の抵抗に一瞬生じた隙をついて逃げ出そうとする
「やめてっ。放して! ……いやっ」
「大人しくしろ! 男を知らぬ訳でもあるまいし、今更貞操を守ってどうする」
「な、にを……っ」
「
そんなはずはないと反論しようとして、喉が詰まった。強引に捲り上げられた着物の裾から割って入った手が、
再び耳朶に近付いた荒々しい息から身を捩るように首を捻れば、乱れた髪の間から押し潰された藤の花が零れ落ちた。
涙に歪む視界、潰れた藤の花に自身の姿を重ねて見た
「……」
けれど、
零れる涙。悲鳴さえかき消してしまう激しい雨音。のし掛かる男の蒸れた汗の臭いに重なって、怒りに燃えた濃い藤の香がした。
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