第7話 恋慕
縁談話のあった夜、藤棚の下に現れる鬼が
今までずっと一方通行だった言葉が
今までも夜を何気に待っていた。けれど今は鬼と会える夜を心待ちにしている。
澄んだ水面を思わせる涼やかな声音が鼓膜を震わせる度に、
――これは、恋だ。
鬼に名を呼ばれたあの瞬間から、まるで時間を巻き戻すかのように愛しい感情が
人とあやかし。決して結ばれることのない思いだと分かっていても、目覚めてしまった感情は必然だったと
***
「明日、出かけてきますね」
見上げた夜空にさっきまで輝いていた月は、分厚い雲の向こうに攫われてしまった。月光を失っても、鬼の
「
言葉にせずとも見つめ合う視線に、絡めた指先に、言葉よりも雄弁に愛を語る熱が篭められている。
縁談を断りに行く
「私はここを離れられない」
「え?」
あまりに唐突に告げられて
「代わりにこれを持って行くといい」
手折った藤を
「やはりお前には藤が良く似合う」
いつか見た夢と同じように藤を髪に挿し、手のひらで頬を包み込まれる。あの夢で見た男女が自分たちであったかのような錯覚さえ感じ、大きく見開かれた
『愛しい
記憶の底から木霊した男の声が誰なのかを考えるよりも先に額に冷たい唇が触れ、
誰のものかも分からない声音に心を砕くより、今は目の前の愛しい鬼から与えられる口付けに全てを委ねていたかった。唇でなかったことにほんの少しの寂しさと羞恥を覚えつつ、それでも肌に感じる鬼の吐息に
熱を持たない鬼の冷たい唇。額に触れた柔らかなその感触を知っているような気がして、体の奥がしっとりとした女の熱を孕んでいく。
少女ではなく、女として灯る熱。未婚の
経験したことのない甘やかな熱を記憶しているのは
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます