第七話 夜明け

「――それから今まで旅をして、辛いことも楽しいこともいろいろあって、ここで静かに暮らしてたのよ」


 一通り話し終えて、私は日記を閉じる。

 私が話している間、二人は笑ったり泣いたり目を輝かせたり、ころころと表情を変えていて面白かった。

 しばらくして、レイナが口を開く。


「魔女様はクロユリさんのこと、どう思ってるんですか?」

「そうね。いろいろ考えてたけど、私は好きよ」

「魔女様もやっぱり女の子だね」


 リリーがニヤニヤと笑いながら言う。


「好きって言っても、愛だとか恋だとかじゃなくて……憧れとか、尊敬みたいな。大切な人って感じかしら」

「それって恋とは違うの?」

「私は、魔女様の言うことも分かる気がします」


 レイナが楽しそうに笑う。


「ほら、友達とか家族とかも好きだけど、どの好きも同じじゃなくて……うーん、うまく説明できないなぁ」

「あっ! それなら分かるよ! 私もレイナのこと好きだもん」


 頭を抱えてうなるレイナに、リリーがぎゅっと抱き着いた。

 確かにそうね。クロユリへの好きって、なんかお父さんに向けてたのと似てた気がするし。

 だとしたらこの呪いも曖昧なものね。結局私がその人のことをどう思ってるかってことなんだから。

 だからあの時クロユリに――


「でも魔女様、最後はひどい事言われたんでしょ?」

「リリー!」


 遠慮の無いリリーを、レイナが慌ててたしなめる。


「そうね、私もあれには傷ついたけど、……クロユリってびっくりするくらい不器用なのよ」


 その事に気付いたのは、彼と別れて何十年も経った後だったけど。


「不器用?」


 リリーがこてんと首を傾げる。


「素直じゃないって言うのかしら。だからあの時も、何か別の事を言いたかったんじゃないかなって」


 最後のクロユリの苦しそうな顔を思い出す。


「まぁ、私が勝手にそう思ってるだけなんだけどね」


 いくら考えたところで、その答えはクロユリしか知らないもの。


「素敵ですね、なんだか物語を聞いてるみたいです」

「大袈裟ね。それにこの世界の物語なら、魔女は大体悪者よ」


 私が言い終わると同時に、リリーが腰に抱き着いてきた。


「それでも私は魔女様のこと大好きだよ! 」

「私も、魔女様のこと尊敬してます! 」


 レイナも私の袖を軽く掴みながら言う。

 本当に変わった子達ね。この子達に好かれるような事も、尊敬されるような事も、私は何もしてないのに。

 でもそんなこの子達だから、昔話なんてできたのかしらね。


「……ありがと」


 側に感じる二人はなんだか柔らかくて、とても温かい。

 でも、こんな今だって長くは続かない。いつかはクロユリの時みたいに、お別れしなきゃいけないんだから。

 死ねない私とこの子達、それを考えると胸が苦しくなった。


「ほら、もう寝なさい」


 抱き着くリリーと袖を掴むレイナをそっと撫でる。


「魔女様、もう朝だよ」


 リリーが指さす窓を見ると、そこから夜明けを告げる白い光が差し込んでいる。

 どうやら少し長く話し過ぎたみたいね。


「あら本当ね。……じゃあ気を付けて帰るのよ」


 少し名残惜しいけれど。


「はい。今日は泊めてくださってありがとうございます」

「ありがとう!」


 ぱたんとドアが閉まると、さっきまでの喧騒が嘘みたいに、静寂があたりを包む。

 昨日まではそれが普通だったのに、今はそれがとても寂しい。それに、なぜか胸がチクチクと痛んだ。

 そういえば、こんなに沢山人と話したのも久しぶりね。

 一人そんなことを考えていると、そっと開いたドアからリリーが顔を出す。


「魔女様、またね!」

「ええ」


 私の返事を聞いたリリーは、柔らかい笑みを残して帰っていった。

 またね、か。またお話できるのかしら。

 さっきまでの賑やかさの余韻に浸りながら、私はベッドに横になる。

 今度は、あの子達の話を聞きたいわ。

 そんな小さな願いを込めながら、私はゆっくりと、穏やかな眠りに落ちた。


 コンコンと、ドアを叩く音で目が覚める。


「……誰?」


 私の声が聞こえたのか、ドアが勢いよく開く。


「魔女様おはよう!」

「お邪魔します」

「え……おは、よう?」


 元気な声と共に、バスケットを提げた二人が入ってくる。


「ふふ、魔女様今起きたんですか? 髪跳ねてますよ」


 私は慌てて髪を押える。こんなとこを見られるなんて。


「それより貴女達、さっき帰らなかった?」


 ベッドサイドからブラシを取りながら言うと、二人が顔を見合わせて笑う。


「それは昨日だよ」


 私、丸一日寝てたの?


「魔女様って寝坊助さんなんですね」


 普段はこんなに寝ないんだけど。お酒のせいかしら。


「ねぇ、そのバスケットは何?」

「これはね、最近王都で流行りのお菓子だよ!」

「王都?」


 そもそもここって王国だったの?


「はい。このアッシェ村はリナリア王国の端っこにあるんです。王都はここから東に行ったところ、王国の中心にあるんですよ」

「それでね! 月に一回だけその王都から、お菓子や工芸品を売りに商人さんがいっぱいくるんだよ」


 この村にそんな催しがあったのね。


「それは楽しそうね」

「うん! 綺麗な服とか髪飾りも売ってるんだよ!」


 リリーが楽しそうに目を輝かせる。そしてレイナは静かに笑って。


「来月は魔女様も一緒に行きましょうね」

「ええ、楽しみにしてるわ。……それと、早くそのお菓子食べましょ」


 二人は微笑まし気に笑っているけど、私は話してる間もバスケットの中身が気になって仕方なかったんだもの。


「お茶を淹れるので少し待っててくださいね」


 手際よくお茶の準備をするレイナと、バスケットの中から取り出したチョコレートケーキを丁寧に並べていくリリー。


「はい、どうぞ!」

「ありがとう」

「お茶ももうすぐ出来ますよ」


 レイナの言う通り数分で用意が終わり、彼女がカップを渡してくれる。


「じゃあ頂くわ」

「熱いので気を付けてくださいね」


 美味しい!

 今までお茶なんて適当に淹れてたけど、一度この子にちゃんと教えてもらおうかしら。


「魔女様、ケーキも食べて」


 リリーはそう言いながら、ケーキを刺したフォークを私に向けている。


「一人で食べれるわよ」

「ええー」

「仕方ないわね。……ん」


 あんまり行儀は良くないけれど、誰も見てないものね。


「美味しいわね」

「うん!」


 それに、嬉しそうに笑うこの子を見てたら、そんな事どうでも良くなってくる。


「ふふ、魔女様もそんな風に笑うんですね」

「私だって、楽しい時は笑うわよ」


 それに、誰だって甘いものは好きでしょ?


 わいわいと騒ぎながら、穏やかな午後は過ぎていく。


「今日は楽しかったわ。ありがとう」

「私たちも楽しかったよ!」


 リリーの言葉に、レイナも後片付けをしながら頷く。


「そうだ。今度は魔女様も村に来てみませんか?」


 この前ご飯を食べたときもばれなかったし、きっと大丈夫よね。


「そうね。じゃあ明日、お邪魔しようかしら」

「はい! 待ってますね!」

「なんか楽しみだね!」


 私も今から楽しみよ。なんて、言わないけどね。


「ほら、日が暮れる前に帰らないと危ないわよ」

「はい。お邪魔しました」

「魔女様また明日ね!」


 二人の後ろ姿が見えなくなった後も、私は彼女たちの歩いて行った道を眺めていた。

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