第十話 灰色の悠久と鮮やかな一瞬

 シオンと別れて広場の中をゆっくり歩いていると、中年の商人に声をかけられた。


「そこの綺麗なお姉さん! 装飾品なんてどうだい? 今なら安くしとくよ!」


 慣れた商人の客引きに戸惑っていると、リリーが私の手を引いて、


「見て行こうよ、きれいなお姉さん?」


 商人の言葉を気に入ったらしく、リリーが茶化すように言う。


「……あまり茶化さないで」


 と言ったけど、私は結局リリーに手を引かれてお店の前まで来てしまった。

 来てしまったからには見ないわけにもいかない。そう思いながらちらりと見ると、テーブルには高そうなシルクが敷かれていて、その上に様々な装飾品が並んでいる。

 装飾品その物も、綺麗に加工された髪飾りや耳飾り、きらびやかな首飾りなど、こういう物に疎い私でもその繊細さに目を奪われた。

 リリーとレイナも私の両隣からのぞき込んで感嘆の声を上げている。


「あっ! これ魔女様に似合いそう!」


 しばらく装飾品を眺めていたリリーが手に取ったのは銀色の耳飾り。円形のフレームから中心に向けて花弁のような細工が施されていて、その中心には左右で違う色の宝石がそれぞれに収められている。


「よかったら付けてみるかい?」


 そんな様子を見ていた商人の気前のいい言葉に、レイナが迷いなく頷いた。


「はい。お願いします」

「ちょっと貴女達――」

「魔女様はちょっとじっとしててね」

「大丈夫ですよ、痛いのは一瞬です。……多分」


 レイナの不穏な言葉を最後に、止める間もなく二人は両側から耳飾りを付け始めた。彼女の言った通り一瞬だけチクリと痛んで――


「やっぱり似合ってる!」

「本当に?」

「はい、とっても綺麗です!」


 二人があんまり楽しそうに笑うから、私まで嬉しくなってくる。

 せっかく選んでもらったし、付けるだけ付けて買わないのも失礼だろう。

 それに、この耳飾りは……。


「じゃあ、これを頂けるかしら」

「もちろんですよ!」

「魔女様、私たちに払わせて!」


 リリーが硬貨を握りしめながら私の腕を軽く叩く。


「さすがに悪いわ」

「いえ、私たちがプレゼントしたいんです」


 レイナもリリーの隣で硬貨をいくつか握っている。


「分かったわ。じゃあ、お言葉に甘えるわね」


 私がそう言うと二人は嬉しそうに笑って、商人に硬貨を渡す。


「そういう事ならこれでいいよ」


 商人は二人の手から硬貨を一枚ずつだけ取って、


「まいどあり!」


 彼は活気のある声と朗らかな笑顔と共に私達を見送った。


「あっ、魔女様。私のこと覚えてる?」


 装飾品の商人の元を後にしてすぐ、そう声をかけてきたのは子どもを連れた女性だった。


「ええ、もちろん。……花、貴女がくれたんでしょ?」

「あぁ……私というか村のみんなから、かな。もちろんあの時のお礼もあるけど、ずっと謝りたかったからさ」


 女性は頬をかきながら続ける。


「あの時あんたは私達を助けてくれたのに、村の奴らも私もひどいことしちまっただろ?」

「そんな、貴女は何も――」

「ああ、何もしなかった。命の恩人があんだけ酷い目に遭ってたってたのに……。だからさ、今度困ったことがあったらいつでも私を頼ってくれよ。」


 都合のいい話かもしれないけどさ。と女性は苦笑する。

 魔女の私に憎悪を向ける事なんて、あたりまえだと思ってた。人は自分と違うものを恐れずにはいられないから。

 けれど、リリーもレイナもこの人も……。ここでなら、この人達となら、私は生きていても良いのかもしれない。


「ええ、そうさせてもらうわ」


 私が言うと、女性は満足そうに頷いた。


「はあ、楽しかった!」

「そうだね。魔女様はどうでしたか?」


 夕日が空を赤く焼くのを眺めながら、私達は広場の隅に置かれたベンチに、並んで座っていた。


「私も楽しかったわ。今日は本当にありがとう」


 あの女性と別れた後も私達は広場に来ていた商人の店を見て回った。

 美味しいチョコレートケーキやお菓子を売っている店、変わった形の置物を売っている店、少し離れた場所では絵を描いている人までいて、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。


「良かったです」


 そう言って笑うレイナを見て、この子達に貰った耳飾りにそっと触れる。


「この耳飾りも、ずっと大切にするわね」


 そこにある宝石の色は、まるで二人の少女の――。


「あっ、その耳飾りの宝石レイナの目とおんなじ色!」

「こっちはリリーと一緒だよ」

「ほんとだ! じゃあもし遠いとこに行くことになっても、私達はずっと魔女様のとなりにいられるね!」


 無邪気に笑うリリーの言葉に、私の頬を涙が伝う。

 いつからこんなに泣き虫になったんだろう。ここに来るまで、この子達に会うまでは、もう涙なんて枯れたと思ってたのに。


「魔女様、大丈夫?」


 急に泣き出した私を見て心配したんだろう。二人とも困った顔で私の手を握っている。

 早く涙を止めないと。そう思うのに、両手から伝わる温かさがそれを許してくれない。


「……ありがとう、二人とも。だけどそろそろ帰らないと、家の人が心配するわよ」

「でも!」

「大丈夫。……だって貴女達は、ずっと隣に居てくれるんでしょ?」


 涙はまだ止まらないけれど、私は精一杯の笑顔を作った。きっと、ひどい顔をしているに違いない。


「うん!」

「じゃあ、今日は帰りましょ」

「そうですね」


 私が言うと、二人も名残惜しそうに立ち上がる。


「……また明日」

「っ! お菓子いっぱい持っていくね!」

「紅茶も楽しみにしててください」


 私の泣き笑いとは違って、二人の少女の笑顔はまるで花が咲いたようだった。

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