エピローグ forget-her-not
「――これが魔女様と私達が過ごした、たった一年間のお話だよ」
そう言って、おばあちゃんは日記帳をぱたんと閉じた。
「それと、……何の話をするんだったかしら?」
「感謝祭ができた理由?」
「ああ。そうだ、感謝祭の話だね。……魔女様とリリーがいなくなって、私が泣きながら村に帰ったら、不思議なことが起きたんだ」
――魔女様もリリーもいないなんて、まだ信じられない。
だけど、いつも三人で歩いていた道を一人で歩いている今の状況が、これが事実なんだと告げている。
「……ただいま」
そっと家のドアを開けると、家の奥からお父さんとお母さんが飛び出してきた。
「っ! お帰り! お帰り、レイナ!」
「ああ、無事でよかった」
二人にぎゅっと抱きしめられて、急に涙が止まらなくなる。
「リリーちゃんと魔女様は?」
お母さんの問いに私が首を横に振ると、二人は事情を察したように俯いた。
「……そうか」
「……? ねえレイナ、それは何?」
お母さんが私が抱える花束と日記を見て言った。
「これは――」
説明しようとしたところで、遠くから誰かの声が聞こえる。
「おい! ちょっとこっちに来てくれ!」
お父さんたちと一緒に声の方へ向かうと、そこに数人の村人が集まって何かを話していた。
その隙間から、彼らが見ている物が見える。
「この畑……」
「ああ、レイナちゃん。変だろ? この畑」
「これね。いくら収穫しても、すぐにまた新しい作物が実るのよ」
その男女の後ろから、この畑の持ち主がゆっくりと歩いてくる。
「この畑ね、魔女様が魔法をかけてくれたの」
その女性がレイナを見て言う。
「そう、なんですね……」
「なあレイナ、あっちの家の酒樽は入れた水がぶどう酒に変わるらしいぞ」
他の村人に話を聞いていたお父さんがそう教えてくれる。
……魔女様。
その後も、村のあちこちで魔女様の魔法が見つかった。その魔法はどれも王国記念日のためにと頼まれて、魔女様がかけた魔法だ。
ある人は酒造りを手伝ってもらったらしいし、またある人は壊れた屋根を直してもらったそうだ。
魔法が見つかった場所にいた人達は、みんな口々に魔女様との思い出を語ってくれた。そうやって私に話す彼らの声は優しくて、みんなの顔に笑顔があった。
きっとそれが、魔女様がこの村にかけた最後の魔法なんだ。
なら、この村の人みんながそれを知ってなきゃだめだ。これが私のわがままだとしても、あの人のことを忘れないで欲しい。
「みんな聞いて下さい!」
私はできる限りの大声で、村中に起きた不思議な出来事のおかげで広場に集まった人たちに呼びかける。
「みんなも今この村に何が起きてるか、誰のおかげか、分かってるんでしょ!」
一人、また一人と、集まった人が私の方を向く。その人たちが静かに私の話に耳を傾けたのを見て、
「……王国記念日を祝うの、やめませんか?」
「ちょ、レイナ! 何言って――」
お母さんが慌てて声を上げる。
「この国が何をしてくれたの?」
「え?」
「リリーだって、あの王子がいなかったら今もここにいたかもしれないじゃない!」
私はお母さんをまっすぐ見て言った。するとお母さんは一瞬息を飲み、優しい声になって言った。
「っ! でも、やめてどうするの?」
「今日を、四月五日をこの村だけの記念日にしよう」
私の言葉を聞いて静まり返る広場で、やがて一人の女性が声を上げる。
「いいじゃん! 私は賛成だよ」
彼女は、魔女様に花を贈ろうといった女性だった。
「結局私はあの人の助けにはなれなかったからね。これでお嬢ちゃんも見捨てたら、あの人に笑われるよ」
そう言って、彼女はにっと笑た。
「それなら俺も手伝うぜ! あの人が作った酒は王国一だからな。村の記念日には欠かせないだろ?」
「私の畑だって負けてないですよ!」
集まった人達が次々に賛同の声を上げる。
この村は王国なんか無くたって、十分暮らしていけるはず。
だって魔女様の魔法は、この村をこんなに明るくしてくれたんだもん。
「おーい! レイナさーん!」
「……? シオンさん? どうしたんですか?」
「明日はバザーが開かれる日ですよね? だから今回は少し早く来てみたんです。」
遅刻しないように、と小さく付け足して、彼は辺りを見回す。
「魔女様とリリーさんは居ないんですか?」
「っ! 実は――」
私は彼に、私が見た全てを話した。これまでの事、これからの事、その全てを聞いて、彼は何かを決意したように頷いた。
「事情は分かりました。……なら、僕にも手伝わせてくれませんか? 僕だって商人にはそれなりに顔が効きます。それに、あの人にはお世話になってばかりでしたしね」
真剣で優しいまなざしで、シオンが言う。私は少し迷ったけど。
「そこまで言うなら、お願いします」
この人だって、魔女様と無関係じゃないんだもん。
「なあ、レイナちゃん。この村の記念日にするなら、何か名前でも決めないと締まらないぜ」
「ああ、確かに。記念日だと前と一緒みたいだもんな」
盛り上がっている村の人達が言う。
「それなら一つ、考えてる物があります」
「おお! どんなのだい?」
「感謝祭です。魔女様がこの村にしてくれたことをずっと忘れないように、ありがとうって言う日にしましょう」
私とリリーが大好きなあの人はそういう事に慣れていないから、きっと恥ずかしがって顔をそらすだろう。
それか賑やかな村を見てはしゃぎ出すかもしれない。いつか三人で過ごしたあの時のように。
「良いじゃねえか、感謝祭! 俺は孫の代まで語り継ぐぜ!」
「魔女様に感謝を!」
私の考えを知ってか知らずか、広場はどんどん賑やかになっていって、その年に初めて開かれた感謝祭は大盛り上がりだった。
「――これが、感謝祭の始まりさ」
「じゃあ感謝祭はおばあちゃんが始めたの?」
「いいや、この村のみんなさ。私はまだ子どもだったから、ほとんど何もできなかったよ。……ただ、忘れて欲しくなかっただけさ。この村には、誰よりも優しい魔女様がいたって事をね」
おばあちゃんは膝の上に置いていた日記と花束を窓際のテーブルに置いて、私の頭を撫でながらこう言いました。
「だからお前も、どうか私の大好きな人達を忘れないでおくれ」
fin.
forget-her-not《Re write》 宵埜白猫 @shironeko98
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