第二話 ワルプルギスの夜
リリー達とご飯を食べてから、私は森の中の家を目指して、いつもよりゆっくりとした足取りで歩いていた。
うぅ、頭痛い。
「あんなにお酒飲むんじゃなかった……」
「魔女様ってお酒弱いんだね」
私を支えて歩きながらリリーが言う。
「お酒なんて、一人では飲まないから忘れてたのよ……」
「私たちの両親に付き合わせちゃってごめんなさい。あの人たちには後でちゃんと言っておきます」
反対側で私を支えるレイナが苦笑いと共にそうこぼす。
私はさっきまでリリーとレイナの両親に勧められるがまま料理を食べ、気が付いた時にはこんなになるまでお酒を飲んでいたのだ。
そして見事に酔いつぶれた私を、この子達が送ると言って連れ出してくれた。
普段は全くと言っていいほど飲まないのに。私も久しぶりに誰かと囲む食卓に浮かれていたのかもしれない。
「そうね、よろしく。でも、今日は楽しかったわ……その、ありがとう」
リリーとレイナが顔を見合わせてくすりと笑う。
「……私、何かおかしなこと言った?」
「ううん。なんでもないよ」
「ええ。なんでもありません」
ほんとにどうしたのかしら。まぁ悪い気はしないし、気にすることもないか。
ちょっと恥ずかしいけど。
私たちはその後も、他愛無い話をしながら森の中を歩いて行った。
森に入って三十分ほど歩いたところに、私の家はある。
森の中の開けた土地に、川を背にして建てられたその家は、私が一人で住むのには十分過ぎる広さだ。
「森の中にこんなとこがあったんだね。朝通ったときは気づかなかったよ」
「ここが魔女様のおうちですか?」
「ええ、そうよ。送ってくれてありがとう」
私がドアに手をかけても、二人は一向に帰ろうとしない。
「貴女達は帰らないの?」
「えっと……もし魔女様が良ければ、私とリリーを一晩泊めてもらえませんか?」
「お母さんたちには言ってきたよ」
レイナは少し不安げに、リリーはあっけらかんとした様子で言う。
さっきまでは気づかなかったけど、よく見ると二人とも小さなカバンを背負っている。
「はぁ。……もう暗くなってるし、こんな中を貴女達だけで帰らせるのも危ないものね」
他の人間なら問答無用で追い返したのだろうが、一日一緒に過ごして夕飯まで一緒に食べたこの子達に何かあったら寝覚めが悪い。
「やった! ありがとう!」
「ありがとうございます!」
二人の顔が一気に明るくなる。この二人は本当に見ていて飽きない。
特にレイナの方は表情がころころ変わるから面白い。リリーはリリーでずっとこの調子だから、一人でくよくよしてるのが馬鹿らしくなる。
「今日の夕飯のお礼よ。ただし、明るくなったらちゃんと帰るのよ」
「はーい!」
二人の元気な返事を聞いて、私はドアを押し開けた。
「わぁ! 思ったより広いね!」
「一人だと広すぎるくらいだけどね。それより、早く着替えて寝なさい」
「ええ! まだ眠くないよ……あっ! あれなに?」
そう言って、リリーは家の中をとことこと歩き回る。
「おお! 見たことないものがいっぱいだ!」
「貴女はほんとに元気ね……」
「ごめんなさい魔女様、リリーがうるさくしちゃって」
「貴女が謝ることないわよ。……それに、あの子がはしゃいでるのを見るのは嫌じゃないの」
どうしてかは分からないけど、リリーを見ているとどこか懐かしい気分になる。
よく知った誰かに似ているような、不思議な感じだ。
「ふふ。優しいんですね、魔女様は」
リリーを見たまま穏やかに微笑んで、レイナが言う。
そう言われて悪い気はしないけれど、そんな言葉は私には似合わない。こうしてこの子達といるのだって、ただの魔女の気まぐれなんだから。
「ねえ魔女様。この本なに?」
家の中をとことこと歩き回っていたリリーが、一冊の本を抱えて戻ってくる。
「それは日記よ。魔法が使えるようになってからずっと、私のことを書いてるの」
「魔女様って几帳面なんですね」
「あぁ、違うわ。私じゃなくてこの日記が毎日書いてるのよ」
「じゃあこれは魔法の日記なんだね!」
「まぁそんなところね――って! なんで勝手に読んでるのよ!」
『魔法の日記』と知って好奇心が抑えられなかったのか、リリーはいつのまにか日記を開いていた。
ぺらぺらとページをめくるリリーの手が止まる。
「ねえ、ここの文字はなんで消えてるの?」
ページの中で不自然に黒く塗りつぶされた部分を指さして、リリーは首をかしげる。
「他人の日記を勝手に読むような子には教えないわ」
「魔女様。私も、気になります」
リリーの開いた日記をのぞき込んだレイナも私を見つめる。
本当に、この二人は……。
「はぁ。……消してあるのは私の名前よ」
「名前?」
「ええ。私が人間だった頃のね」
「魔女様は生まれた時から魔法が使えたんじゃないんですか?」
「いいえ。……私だって、生まれた時は普通の人間だったわ」
「じゃあどうやって魔法が使えるようになったの?」
「そんな話、聞いてもきっと面白くなんてないわよ」
「面白くなくても、私はもっと魔女様のこと知りたいもん!」
リリーがそう即答する。
「……どうしてそんなに私に関わろうとするの? 魔女と一緒にいたって、ろくなことにならないのに」
魔女になってから過ごした果てしない記憶が頭の中を駆け巡る。
どれも最後は……。
「私だって分からないよ。でも魔女様と話してると、もっと魔女様のことを知りたいって思うから」
今までも似たような言葉を吐く変わり者がいなかったわけじゃない。だけど結局最後には、魔女という事実が邪魔をするんだ。
きっとこの子達もそうだろう。私がどんな魔女か知れば、きっともう私には関わろうとしないはずだ。
なら、話してもいいかもしれない。今まで通りの、静かな日々に戻るだけなんだから。
「リリー、魔女様困ってるよ」
「だって、……レイナも気になるでしょ?」
「それは、気になるけど」
「……いいわ、話してあげる。救いようのないくらい、愚かな魔女の話を」
声が震える。この話をしたら、もうこの子達とは会えないかもしれない。
今までの生活に戻るだけで、今日が特別だっただけなのに。
どこか期待して、胸がズキズキと痛むのは、悠久の時を生きる私にとって、今日という夢があまりに心地よかったからだろう。
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