forget-her-not《Re write》

宵埜白猫

プロローグ 小さな村のお花屋さん

 今日、四月五日はアッシェ村の年に一度の感謝祭の日。

 森の手前にあるこの村は、いつもは静かでのどかなところだけど、毎年この日だけは村中がとても賑やかになる。

 私はそんな感謝祭が大好きだ。

 家もお店も広場も、村中が綺麗な飾りや明るい音楽であふれていて、広場では村の人たちがテントを立てて露店の準備に走り回っている。

 その中には綺麗な装飾品を売っているお店や、おいしそうなお菓子のお店もあった。


「やあカリンちゃん! 今日も元気だね!」

「あっ! おじさん! こんにちは!」


 お菓子の準備をしながら声をかけてくれたのは、お隣に住んでるおじさんだ。


「カリンちゃんはどこか行くのかい?」

「うん! 今日はおばあちゃんのお店のお手伝いをするの!」

「おおそうか! あの人もきっと喜ぶよ。そうだ! これを持っていきなさい」


 おじさんはそう言って、小さく膨らんだ紙袋をくれた。中を覗くと、おばあちゃんの大好きなお菓子が二つ。


「ありがとう!」

「ああ、気を付けていくんだよ!」

「はーい!」


 おじさんからもらったお菓子を抱えて、私は広場を駆けだした。


 賑やかな広場から少し離れた、小さなお花屋さん。ここがおばあちゃんのお店。

 お店の前にはスイートピーやハルジオン、ライラックにローダンセ、いろんなお花が並んでいる。

 ドアを押してお店の中に入ると、外よりもっとたくさんのお花に囲まれて、おばあちゃんが座っていた。


「おはよ! おばあちゃん!」

「いらっしゃいカリン、今日はよろしくね」


 窓際に座るおばあちゃんは白くなった髪に陽の光を浴びながら、ふっと柔らかな笑顔を浮かべて私を迎えてくれた。


「うん! あ、これ広場でお菓子屋さんのおじさんからもらったの!」


 私は抱えていた紙袋をおばあちゃんに渡す。


「どれどれ。……まあ! チョコレートケーキ! ありがとう、後で一緒に食べようね」

「うん!」

「それにしても、もう感謝祭の日なんだねぇ……」


 歳を取ると時間が過ぎるのが早いと言って、おばあちゃんは寂しいような懐かしむような、不思議な顔になって窓の外を見た。


「そういえば感謝祭って、おばあちゃんが子どもの時に始まったんだっけ?」

「そうよ。あれは私がちょうど、カリンくらいの歳の時だったねぇ」

「じゃあ最初の感謝祭のこと覚えてる? 楽しかった?」

「最初の感謝祭は――」


 おばあちゃんはそこで言葉を詰まらせ、その目に薄く滲んだ涙をそっと拭う。


「おばあちゃん?」

「ああ、すまないねぇ。なんでもないよ」


 おばあちゃんはそう言って笑うけど、声はやっぱり震えている。


「カリン、少し昔話を聞いてくれるかい?」


 ふぅと息を吐いてからそう言ったおばあちゃんは、もういつもの落ち着いた声と優しい笑顔に戻っていた。

 そういえば、おばあちゃんの昔の話ってあんまり聞いたことなかったかも。


「いいよ! 聞かせて、おばあちゃん!」

「よし、ちょっと待ってておくれ」


 おばあちゃんはそう言うとゆっくり立ち上がって、お店の奥に消えていった。


 しばらくして、おばあちゃんは分厚くてボロボロな日記帳と小さな青い花の花束を抱えて戻ってきた。

 おばあちゃんが大事そうに抱える花束を見ると、束ねているオレンジ色のリボンはくすんでぼろぼろなのに、花はついさっきまで地面にあったみたいに、美しく咲いている。

 そんな不思議な花束を、私はお店で売ってるどんな花よりも綺麗だと思った。

 その花束をおばあちゃんは丁寧にテーブルの上に置く。


「さっきカリンが私に聞いた最初の感謝祭の話はね、私と私の大切な人達のお話でもあるんだよ」


 そう言っておばあちゃんは抱えていた日記帳をそっと開く。


「大切な人?」

「ええ、何があっても忘れたくない。とっても大切な人だよ」


 そしておばあちゃんは深呼吸を一つして、


「じゃあ聞いておくれ。これは感謝祭ができる少し前、今よりずっと静かだったこの村で過ごした、三人の女の子のお話だよ」


 いつもとは違った寂しげな笑顔で、どこか遠くを見つめながら、おばあちゃんが話してくれたのは、一人の魔女と二人の少女のお話でした。

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