第八話 小さな村の昼下がり

 あの子達と約束してから、結局一睡もできずに村まで来てしまった。

 中央の広場で待っていると、周りにいる村の人達の視線が刺さる。見慣れない私を警戒してるのだろう。

 まぁ、魔法さえ使わなければ私が魔女だってばれることも無い。……たぶん。


「ねぇ、見ない顔だけど宿でも探してるの?」


 急に声をかけられて、思わず肩が弾む。

 声をかけてきたのは、小さな子どもを連れた親切そうな女性だった。


「いいえ。友達を待ってるの」

「なら仕方無いけど。……気を付けないと、そこらに立ってる男共に絡まれるわよ」


 女性はそう言いながら、私を遠巻きに見ていた男達を手で追い払う。

 それを見た男達はぶつくさと文句を言いながら、広場を離れて行った。

 どうやら警戒されていたわけでは無いようだ。


「ありがとう」

「いいのよ。見世物みたいにまじまじと見られるのって、良い気はしないものね」


 良い一日を。と彼女が言って、歩き出そうとした瞬間、馬のいななく声が聞こえた。


「止まって! あっ!? そこの人、どいてくださぁい!!」

「え? ちょっと!」


 声のする方を見ると、若い商人の乗った馬車がこちらに突っ込んできている。

 女性が慌てて子どもをかばう。

 商人は馬を御せていないのか、馬車の速度は落ちるどころかどんどん増して、瞬く間に私達に迫る。

 子をかばう女性の背に馬車が激突するよりも数舜だけ早く、私の手が馬に触れる。それと同時に、暴走していた馬と馬車がゆっくりと宙に浮き、空中でピタリと止まった。


「え? どうなってるんです?」


 馬車に乗った商人はぽかんと口を開けて、辺りを見回している。


「怪我は無い?」

「え? ええ、大丈夫よ」


 私がまだ目をつぶって子どもを抱えている女性に声をかけると、彼女は戸惑いながら頷いた。


「……そう」


 それを確認して、私はゆっくりと馬車を地面に下ろす。


「貴方もごめんなさい」

「いえ。なんだかよく分かりませんが助かりました」


 馬車から降りてきた商人は金髪を風に揺らされながらズレた眼鏡を直して、ぺこりと頭を下げる。

 そんな事をしているうちに、周りで見ていた村人達の怯え交じりの声が聞こえてきた。


「おい、今の……」

「あぁ、俺も見たぞ」

「あいつまさか……!」


 魔女だ。と誰かが叫ぶと、広場に悲鳴が響き渡った。


「おい、魔女だぞ! 逃げろ!」

「ひっ! 殺される!」

「馬鹿か! 殺される前に殺すんだよ! 何か武器を持ってこい!」


 やっぱりこうなるのね……。

 私の近くに取り残された商人と母娘は顔に戸惑いの色を浮かべながらも動かない。


「ほら、早く行きなさい。ここに居ると危ないわよ」

「え? お姉さんは逃げないんですか?」


 心底不思議そうに、商人は首をかしげる。


「貴方聞いてなかったの? 私は魔女なの」

「おい! 何してる! まさかお前も魔女の仲間か!」

「貴女まで襲われるわよ」

「でも――」

「魔女様!」


 商人の言葉を遮って、聞き慣れた声が広場に響く。焦りを含んだその声に村人達も声を潜め、動きを止めた。

 振り向いた先にいたのはリリーとレイナ。

 待ち合わせをしていた私の友人達だった。


「魔女様、遅くなってごめん」


 昨日までと何も変わらない笑顔で私の方へ歩いてくるリリー達を見て、村人達の顔が歪む。


「リリーちゃん、その女から離れな!」

「そいつは魔女なんだ! 殺されるぞ!」


 何度も聞いたその言葉は、どんなナイフより深く私の胸を抉る。

 ズキズキと胸の奥が痛んで、私を背にして立っているリリーとレイナの姿が滲んだ。


「魔女様は人を殺したりなんてしないもん! 私の怪我も治してくれたし、ご飯だって一緒に食べたんだよ? みんなは魔女様のこと何にも知らないくせに! 魔女様のこと悪く言わないで!」


 村人達に叫ぶリリーの声に、頬を伝う雫が熱を持つ。

 そうだ、この子はこういう子だった。


「なんだかよく分からないですけど、魔女様? には僕たちも助けられましたし、今日はそれで良いじゃないですか」


 静かに見守っていた商人が穏やかな声で言う。


「それに、もしこのお姉さんが悪い魔女さんだったら、きっとあなた達もただではすまないと思いますよ?」

「っ! よそ者が口出しするんじゃねえ!」

「だけどよ、こいつの言うことも間違ってねぇよな……」

「馬車を浮かせちまうようなやつにこんなもんで勝てるわけないしな」


 商人の言葉に、村人達は一人また一人と広場を後にする。


「ちっ! どいつもこいつも魔女なんかにビビりやがって」


 最後まで残っていた数人も、悪態をつきながら私達に背を向けた。


「魔女様、大丈夫だった?」

「ええ。貴女達のおかげでね」

「よかった」


 リリーもレイナもほっとしたように息を吐く。


「貴方も、さっきはありがとう」

「いえ、お礼を言うのは僕の方ですよ。あなたが馬車を止めてくれなかったらどうなっていたか……」


 若い商人が疲れた笑いを浮かべながら言った。


「そういえばあなた誰?」


 リリーが私の腕に抱き着きながらシオンに問う。


「あっ、僕としたことが。申し遅れました、王都の近くにある街でしがない商人をやっているシオンと言います」

「私はレイナで、こっちはリリーです。よろしくお願いしますね」


 丁寧にお辞儀をするシオンに習うように、レイナも深く頭を下げる。

 それを見ていたリリーが不機嫌そうにシオンに詰め寄る。


「で! シオンさんはどうしてこの村に来たの?」

「どうしてって。……この村では月に一度、王都から商人が集まってバザーが開かれるんですよね?」

「それは昨日だよ」

「え? えええええ! 二週間も馬車を走らせて、やっと村に着いたのに……」


 リリーの言葉に、シオンは地面に両手をついてうなだれた。

 馬車を引いていた馬に顔を舐められても動かないところを見ると本気で落ち込んでいるらしい。


「あの、シオンさん? 元気を出してください。バザーならまた来月もありますから」


 見かねたレイナがシオンに手を差し出しながら言う。


「ううぅ。……レイナさん。……そうですね、また来月来ることにします」

「はい! お待ちしてます!」


 その後シオンと短い会話を交わして、私達は彼が馬車をゆっくりと走らせていくのを見送った。


「さあ魔女様、シオンさんも帰ったし一緒にあそぼ」

「ごめんなさい。今日はもう帰るわ」

「えぇ。魔女様と遊ぶの楽しみにしてたのに……」

「リリー、わがまま言っちゃだめだよ。さっきあんなことがあったばっかりなんだから」


 レイナの言葉にリリーはしばらくうなった後、「じゃあ村の外まで一緒に行こ」と笑顔で私の手を取った。

 楽しそうに手を引くリリーと、それを微笑ましく見守るレイナに見送られて、私はアッシェ村を後にした。

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