第38話 魔王の息子、協力者を得る

 翌日。一線だけは越えないように、という念押しを何度もしてオーヴェルはリザに引きずられる様に去っていった。


「なんだったんだ、いったい……」


 イリスから聞いていた話とは全く違う展開に、ゼノスは盛大にため息を吐く。

 いきなりやって来たかと思ったら、ゼノスに何をするということもなく「二人の仲を応援する」だ。

 

 そのこと自体は素直に嬉しい。

 他の生徒には秘密にしておく必要があるとはいえ、ロゼッタを介せばこれまでよりは二人で会うことは容易くなる。


 ただ、ロゼッタの目もあるので必要以上の接触は控えなくてはならない。

 さすがにゼノスも人前でイチャイチャする勇気は持ち合わせていないのだ。


「一歩前進、だな」

「そ、そうですね」


 イリスの口調はどこかぎこちない。

 それは、あまりにも自分に都合の良い方向に話が進んだせいか、それとも「一線は越えないように」の「一線」について想像してしまったせいか。

 昨日からイリスはゼノスと目を合わそうとしない。

 今も目を伏せているくらいだ。


「イリス?」


 気になったゼノスは、覗き込むようにしてイリスの視線に入る。

 

「ひゃっ!?」


 ゼノスの不意打ちともいえる行動に、イリスは思わず声を上げてしまう。

 凛々しい瞳がイリスを捉える。


 ――ち、近い! 

 あー、でもカッコいい……。


 間近で見るゼノスの顔に見惚れてしまうイリス。

 まだ人目もはばからずイチャイチャできるわけではない。

 だが、兄に応援すると言われたという気の緩みもあったのだろう。

 イリスは手のひらを口元に当て、ゼノスの耳元に近づける。


「ゼノス」

「ん?」

「えっとね……好き、よ」


 それだけ小さくささやくと、イリスは恥ずかしそうに目をそらした。


 ――反則だろっ、可愛すぎかよ!


 イリスの愛の囁きに、ゼノスの心臓は破裂してしまうのではないかというほど鼓動が高鳴っていた。

 

「……俺も、好き……だぞ」

「ひぇっ!? あ、ありがと……」


 予想外の言葉に、イリスはそう返すことしかできなかった。

 ただでさえ火照った頬が、更に熱くなっていくのを感じる。

 イリスは少しでも火照りを冷まそうと両手を頬に押し当てる。


 その姿がどうしようもなく愛しくて、ゼノスはたまらずイリスの頭に手のひらを乗せて、優しく撫でた。

 最初こそ驚いた表情を見せたイリスだが、その後は嫌がる素振りはまったく見せず、ただ気持ちよさそうにされるがままに身を任せている。


「いきなりでビックリしたよな、悪い。イリスの顔を見たら、何ていうか……ガマン出来なかった」

「……っ!!」


 そんなことを言われたら、嬉しいに決まっている。

 イリスはゼノスに抱きつきたくなる衝動と必死で戦った。

 なぜなら。


「姫様。正直なところまだ納得はできておりませんが、オーヴェル様がお二人の関係をお認めになった以上、私も反対は致しません。ですが、婚約されていないのですから節度を持っていただきますよう、お願いいたします。もちろん、ゼノス様も分かってらっしゃると思いますが」


 その場にはロゼッタもいたからだ。

 ロゼッタにしてみれば、十分イチャイチャしているようにしか見えない。

 この場に他の生徒がいても、ロゼッタと同じことを思っただろう。


 異性の体に触れるということは、それだけ親しい間柄ということを証明しているようなものだが、幸い頭を撫でただけなので決定的とまでは言えない。

 いや、そもそも二人の身分が違い過ぎるので、頭を撫でるという行為だけでも「ん? もしかして」と思う者はいるかもしれない。

 それでも対処は可能だ、とロゼッタは思っている。


 だが、これ以上のスキンシップとなると話は別だ。

 仮に抱き合う姿でも目撃されようものなら、言い逃れはできない。

 その状態で「付き合っていません」と言われても、信じる者などいないだろう。


 ゼノスもロゼッタが言わんとしていることを理解したのか、撫でていた手をイリスの頭から離す。

 「あっ……」と呟いたイリスの瞳は、名残惜しいと訴えているようにも見える。


「すまねえ。つい暴走しちまった」


 これはロゼッタに向けた言葉だ。

 ゼノスが素直に謝ると、ロゼッタは小さなため息を吐いた。


「まったく……今回だけは大目に見ますが、今後は気を付けてください。あまり度が過ぎるようですと、私が抑えられなくなってしまいますから」

「お、おう……」


 どう抑えられなくなるんだ、と聞き返したりするほどゼノスもバカではない。

 

 ロゼッタはリザに説得されたとはいえ、完全に納得するまでには至っていなかった。

 あくまで反対しないというだけであって、積極的に応援するつもりもないのだ。

 だとしても、イリスとしてはやはり喜ぶべきことである。

 

「反対しないでいてくれるだけで私は嬉しいわ。ありがとう、ロゼッタ」

「……いえ」


 イリスの柔らかな笑みが眩しくて、ロゼッタは思わず視線を逸らす。

 何かを堪えているかのように、ロゼッタはむっとした表情を浮かべている。


 ――はあ、尊い! やはりイリス様は私の天使!

 ですが、この笑みが彼によるものだと思うと素直に喜べないというか……。


 しかし、ロゼッタは優秀な侍従である。

 コホン、と軽く咳をすると、ゼノスとイリスの顔を交互に見る。


「それで、これからどうなさるおつもりですか?」


 おおよその検討はついていたが、確認の意味も込めて問いかけた。


「勇者を目指す」


 思っていた通りの回答がゼノスの口から告げられる。

 今回の件で爵位を与えられたとしても、依然として身分の差は大きい。

 二人の仲を国王に認めてもらうには、確かにそれが一番確実だろう。


「イリス様のためにそれだけのお覚悟があると?」

「当たり前だ。俺は無理だと言われて諦めたことは一度もねえ。どんな時だって逃げたこともねえ。その俺が初めて惚れたのがイリスだ。イリスとずっと一緒にいるためなら、俺の全てをかけて勇者になってやるよ」


 ほとんど告白に近い内容だが、ゼノスは己の想いを口にした。

 イリスの心臓がドクン、と大きく跳ねる。


 ――ロゼッタの前で……は、恥ずかしい。けど、嬉しい……。


 イリスの顔は真っ赤だが、ロゼッタまでもうっすら頬を赤らめている。

 ロゼッタも年頃の女の子だ。

 ストレートな言い方に、ほんの僅かではあるがときめいてしまったらしい。

 だが、それも一瞬のこと。

 すぐに我に返る。


「……なるほど、ゼノス様が真剣だということは理解しました。それでは、私もゼノス様が勇者に選ばれるべく、お手伝いをさせていただきます」


 こうしてゼノスとイリスは、ロゼッタという協力者を得ることとなった。

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