第9話 魔王の息子、お互いの気持ちを知る
洞窟に再び静寂が訪れる。
ゼノスは周囲に魔族がいないか魔力探知をかけるが、ヒットしない。
元々このダンジョンは初心者向けなので、低レベルの魔族はゼノスを恐れて奥に逃げたのだろう。
ミノタウロスが現れた辺りを探ると、青く光る丸い鉱石を見つけた。
宝石のように美しい石だが触るとヒビが入り、今にも砕けそうだ。
ここからミノタウロスが現れたのだとすると――。
——これが魔法石ってやつか。
確か、あらかじめ魔法を込めることで一度だけ発動できるって親父が言ってたな。
これに転移魔法を仕込んでたってわけか。
魔法石を魔族領で見かけることはほとんどない。
全く採れないというわけではないが、基本的に魔族は己の力のみを信じる傾向にあるため、需要がないのだ。
ゼノスは二回このダンジョンに入っているが、魔法石は見たことがない。
そもそも、魔法石は魔法を込めなければ、魔力を帯びた鉱石でしかないはずである。
つまり、何者かがこの場所に仕掛けたということだ。
ゼノスが魔力を抑えると赤い刀身は何事もなかったかのように霧散する。
剣の柄をポケットにしまうと、ちょうど魔法石も砕けて消滅した。
これで証拠も残らない。
用意周到なことだ。
「イリス、大丈夫か」
「私は大丈夫ですけど……ゼノスこそ怪我はしていませんか?」
「俺? 俺は問題ないぜ。言っただろう、絶対負けねぇって」
そう言って笑い飛ばすゼノスの体には、確かに傷一つついていない。
笑顔のゼノスを見た瞬間、イリスは小走りでゼノスに接近し、
「……よかった」
ゼノスの胸に飛び込んだ。
「え? お、おい、イリス!?」
ゼノスは飛び込んできたイリスの大胆な行動に戸惑っていた。
恋愛経験のないゼノスにとって、何故胸に飛び込んできたのか、イリスの背中に手を回していいものかどうかで頭はいっぱいになり、中途半端な体勢で固まった。
「本当によかった……ミノタウロスが現れたときはもうダメかと、何も言えないまま死んでしまうんじゃないかって……」
——ん?
何も言えないまま?
どういうことだ?
ゼノスは首を傾げる。
「いや、あれくらいの魔族なら相手にならねえよ」
「あれくらいって、ミノタウロスはレベル13ですよ! 一つの町を壊滅させるほどの力を持った魔族です! 私が使える上級光魔法『セレスティアル・レイ』を使ったとしても倒せるかどうか……それほど危険な魔族なんです」
「お、おう……」
真剣な表情で訴えるイリスに、ゼノスは気圧されてしまう。
イリスの目元はうっすら涙を浮かべていた。
「凶暴なミノタウロスをあっという間に倒してしまうなんて……もしかして、勇者の血でも引いているんじゃないかしら?」
「あ、あはは……」
——いや、魔王の血なら引いてます。
って、言えるわけねーだろ!
本当のことを告げるわけにもいかず、ゼノスは苦笑いを浮かべるだけでせいいっぱいだ。
「ううん、そんなことは今はどうでもいいの。それよりもゼノスにどうしても伝えたいことがあるんです」
「俺に、伝えたいこと?」
「はい」
頷き、顔を上げるイリスの頬はうっすらと赤く染まり、ゼノスから離れる。
「貴方のことが……好きなんです」
消え入りそうな声で、そうつぶやいた。
暗がりでも分かるくらい、耳まで真っ赤になっている。
両手の指先を絡ませてもじもじする姿が、なんとも可愛らしい。
「初めてゼノスと出会ったあの日から、ずっと気になっていました。いつも貴方の姿を追っていました。でも、ロゼッタが傍にいたから中々話しかけられなくて……」
「俺も……」
「え?」
「俺も、初めてイリスに会った日に、すげえ可愛いなって。馬鹿みたいに見惚れちまってた。話しかけられなかったのは、同じ理由だけどな」
お互い見つめあうと、「プッ」とどちらともなく笑いだす。
「ごめんなさい。私は人目があるところだと気軽に話しかけることができないの」
「いや、仕方ねえよ。お姫様だもんな」
——お姫様、か。
「ルナミス王国の王女で聖女じゃなかったら……気になってなかった?」
「そんなのは、正直どーでもいい」
「……え?」
「王女だろうが、聖女と呼ばれてようが、そんなもんはただの飾りだろ。イリスの価値は、魅力はイリス自身だよ。俺が気になったのはイリスだからだ」
魔族領にいたゼノスにとって、身分などあってないようなものでしかない。
魔族であろうと人間であろうと、それは同じだと思っている。
だからこその言葉だったのだが、イリスの顔は、かああぁっという音が聞こえてくるのではないかと思うほど真っ赤に染まっていた。
——な、なんて恥ずかしい台詞を平然と、しかもストレートに口にできるのよ!
胸の中もだけど、背中まで何だか熱くなってきたじゃない。
今まで言い寄ってきた人は、私が王女だから、聖女だから近づいてくる者ばかりだったわ。
でも、目の前の彼は――ゼノスは、それを飾りだという。
私の価値は私自身だと言ってくれる。
ん?
私はゼノスが好き、ゼノスも私のことが気になっている。
これって、もしかしなくても私たち両想いってことよね?
ここは、もう一押ししないと!
「ね、ねえ、ゼノス」
「ん?」
「私と……お付き合いしてくれますか?」
上目づかいで問いかけるイリスの言葉に、ゼノスの胸の中が熱くなった。
一目惚れした少女に告白されて、しかも恥ずかしがりながら。
―—相手が人間? だからどうした。
そんなもん惚れちまったら関係ないだろ。
「俺でよければ、よろしくお願いします」
緊張のせいか、何故か敬語で返してしまった。
ゼノスの返事を聞いて、イリスの表情が花が咲いたように華やぐ。
「嬉しい」
しかし、直ぐに不安そうに顔を曇らせた。
「……ただ、周りに私たちがお付き合いしているのがバレないようにしないといけません」
悲しそうに目を伏せる。
「ゼノスは身分なんて関係ないと言ってくれましたが、それでも私はルナミス王国の第一王女なんです。ゼノスはアルカディア共和国……残念ですが、祝福してくれる者はいないでしょう」
「確かに。それに俺はただの学生だしな」
王族や貴族が支配者層として君臨しているルナミス王国と違い、アルカディア共和国は身分制度がない。
ヴァナルガンド帝国であれば身分制度がある。
帝国の貴族階級であればある程度のつり合いが取れたかもしれないが、ゼノスは違う。
ルナミス王国の姫と付き合うとなれば、やはりそれに見合うだけの身分や地位が求められるのだ。
「ゼノスはただの学生じゃないでしょう。一人でミノタウロスを倒すほどの魔術師じゃないですか」
「他のやつより腕が立つってだけだ。それにミノタウロスを倒した証拠も灰になっちまったしな」
ゼノスの炎でミノタウロスは骨すら残っていない。
それに、ここは初心者向けのダンジョンだ。
例え、イリスが証言したところで誰も信じてはくれないだろう。
「そうですね……いえ。今は無理だとしても、一つだけ方法があります」
「方法がある?」
国を継ぐべき姫君と他国の一国民。
普通なら乗り越えられるはずのない障害のはずだが、イリスは方法があるという。
イリスが力強く頷く。
「グランレイヴ魔術学院が設立された理由は知っていますよね」
「ああ、魔王に対抗する勇者や魔術師を養成するため、だろ?」
「ええ。ですからゼノス。貴方には勇者になっていただきます」
「……はい?」
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