第48話 魔王の息子、謝られる

 ヴィルヘルム先生と握手を交わし、教室へ戻ったゼノスはいつも通りに授業を終えた直後、ユリウスに呼び止められた。

 視線の端には、侍従のロゼッタと一緒に席を立つイリスの姿が見える。


 できればヴィルヘルム先生について詳しい話を聞きたかったんだが。


 心の中で溜め息を吐きつつも表情にはいっさい出さず、ゼノスはユリウスの呼びかけに応じた。

 しかし、どういうわけか歯切れが悪い。


「どうした、用があるんじゃねえのか?」

「そうなんだが、な」


 と、この調子だ。


 元々ゼノスは誰に対しても口調を変えたりしない。

 それが目上の者であろうと、王族や貴族といった身分の高い者であろうとだ。

 そのことを咎める者はいない。


 いや、当初はゼノスの言動を快く思わない、ハッキリ言って嫌悪する者もいた。

 主に帝国や王国の生徒たちだ。

 

 彼らは貴族であることに誇りを持ち、市井の者が貴族と馴れ合うことを好まない。

 自分たち貴族が国を支えていると考えているのだ。

 

 だからこそ、貴族でもないゼノスの言動は許せるものではなかったし、反発もしていた。

 ゴブリン討伐をはじめとした幾度かの課外授業を経て、ゼノスの実力を目の当たりにし、また、皇帝から爵位を授けられたことで、今はその認識を改めているようだが。


 友人の関係になってからユリウスは多少くだけた感じで話してくれるようになった。

 

 だが、このようなユリウスは出会って以来初めてのことだ。

 

「……ここではなんだ。俺の部屋に来ないか」

「ったく、仕方ねえな」


 既にイリスはロゼッタとともに教室から姿を消している。

 ヴィルヘルム先生のことは気になるが、教師としてやって来ているのだ。

 いきなり何かをやらかすとは思えないし、ロゼッタがイリスの傍にいるのであれば問題ないだろう。


「それでしたら、私もご一緒してもよろしいかしらお兄様」


 話に割り込んできたのは、ユリウスの妹であるレティシアだ。


「……まあ、いいだろう。お前にも関係のあることだからな」

「ありがとうございます」


 三人で帝国の寮にあるユリウスの部屋に向かう。

 部屋に入り扉を閉めた途端、ユリウスは口を開いた。


「ゼノス、すまん」


 そう言うなり、ゼノスに向かってユリウスは頭を下げた。


「なんだよ、いきなり」


 頭を下げられる理由が思いつかないゼノスは、頭を掻きながら隣に座る少女に助けを求めた。


「俺はなんで謝られてるんだ?」

「恐らくですが、先生が関係しているのではないかと思います」

「先生?」


 アルヴィナ先生じゃあねえよな。

 てことは新しくやってきた先生だろうが、ユリウスに関係しているといったら一人しかいねえ。


「イザーク先生か」


 イザーク、という言葉にユリウスは肩を震わせた。


「はい、彼はお兄様の師ですから」

「師、だと?」

「ええ。ルードヴィッヒ家は代々、魔法の才に優れた方を多く輩出されていらっしゃいます。イザーク先生は、お兄様が幼少の頃からこれでもかというくらい厳しく魔法の手ほどきを受けた方なのです。もちろん、私も教えていただきました」

「厳しくねえ」


 そりゃ、いつもと様子が違うのも仕方ねえか。

 ユリウスにとって、数少ない頭が上がらない相手ってことなんだろう。


 そこで新たな疑問が生まれる。

 ユリウスの様子がおかしいのは理解できた。

 だが、謝られたのはなんでだ。


「教え子の様子を見るためにやって来たって言ってたよな、確か」

「ああ、そのはずだった」


 だった、と復唱するゼノスに、ユリウスは端正な顔を歪ませながら指さした。


「俺は適当に話を合わせていたのだがな。一緒にいたレティシアがとんでもないことを口走ったのだ」

「あら、心外ですわ。私は本当のことしか申し上げておりませんのに」

「先生にあのようなことを言ったらどのようなことになるか、お前もよく知っているだろう」

「あの場で私が話さずとも、遅かれ早かれ先生はお気づきになるでしょう。そうなれば同じことですわ。違いまして、お兄様?」


 こてり、と首を傾けるレティシアに、ユリウスはお行儀悪く舌打ちする。


 レティシアはユリウスよりも魔法の才能があり、イザーク先生からも高い評価を得ていた。

 対してユリウスは、それなりのレベルではあったものの、やはり常人の域に収まる程度のものでしかなかった。

 

 そのことに不満はない。

 

 いずれは皇帝となる身だ。

 上に立ち、命令を下しこそすれ、先頭に立って戦いに赴くわけではない。

 最低限、自分の身を守ることができる力があれば、それでよいと考えている。


 舌打ちをしたのは、レティシアの言っていることが正論であったからだ。


「そんなことは俺も分かっている。どのみち、ゼノスが先生の目に留まり餌食になるであろうことはな」


 ユリウスとレティシアの師であるイザーク・ルードヴィッヒは魔法を使った戦闘を得意とする、現役バリバリの魔術師だ。

 あまたの戦場に立ち、数え切れぬほどの魔族の討伐を経験した彼は、帝国でもトップを争う実力者である。


 それと同時に、無類の魔法探究者としても知られている。

 普段は物腰の柔らかい紳士だが、魔法のことになると人が変わる。

 

 ゼノスは魔術学院の誰もが認める魔術師だ。

 あの狂人がゼノスに興味を抱かぬはずがない。


 なら、せめてそれまではそっとしてやるべきだ。

 ユリウスが友人としてできることはそれくらいしかない。


 ユリウスが人知れず悩み、決断したその想いを、よりにもよって身内である妹の一言で台無しにされたのだから、舌打ちの一つもしたくなるというものだ。


 案の定、イザーク先生はゼノスに興味を示した。

 レティシアが手放しで褒めそやす才能の持ち主なのだ、当然の結果と言える。


「おいおい物騒だな」


 そんなユリウスの想いを知る由もないゼノスは、餌食という部分に反応する。


「いいか、ゼノス。先生はこと魔法に関しては容赦がない。ある意味、性格が破綻している」


 ユリウスを指を組み、そこに整った顎を乗せて目を細めた。


「必ずお前と接触してくるだろう。お前の実力を見るためにどのような行動に出るか、俺も予測できん」

「マジかよ……」


 ただでさえ、アルヴィナ先生とヴィルヘルム先生の二人には注意しなきゃいけねえっていうのに、イザーク先生まで加わるだと。


「俺も出来る限りのことはするが……レティシア、お前もゼノスの力になってやれ。俺の言葉よりお前のほうが、先生も耳を傾けてくれるかもしれんからな」

「もちろんですわ。私のせいでもあるのですから。ゼノスのことは私にお任せください」

「……まさか、俺がこう言うと予測していたのではないだろうな?」


 レティシアは何も言わず、ただニッコリと美しく微笑んだ。

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