第27話 魔王の息子、決意する
魔術学院での課外授業も十回を超えた。
今日ゼノスたちが向かっている場所は、以前ゴブリンが大量に出現した森から更に馬車で三十分ほど南下した場所にあるダンジョンだ。
馬車は五人乗りで、いつもであれば生徒たちの分とウィリアム先生の分を含めた十九台で移動しているのだが、今日は少々様子が違った。
レティシアの存在だ。
元々はウィリアム先生の馬車に乗るはずだったのだが、レティシアは
本来であればそのような無茶な要求など通るはずがない。
しかし、相手は帝国の第一皇女だ。
皇帝ロムルスが帰り際に「可能な限り娘の要求に応えてやってくれ」と言っていたのを思い出したオルフェウス学院長が、そのことをウィリアム先生に告げたことで、レティシアの願いは叶ってしまった。
ゼノスが乗っていた馬車にウィリアム先生が乗り、ウィリアム先生が一人で乗っていた馬車にゼノスとレティシアが乗るという形で。
気が気でないのはイリスだ。
馬車での道中、イリスの頭の中は二人が何をしているかを考えるのでいっぱいだった。
――馬車の中で二人きりですって、羨ましい……!
私だったらごく自然に隣に座って、さり気なくゼノスの手に触れて、それから……それから……うぅ、何でゼノスの隣が私じゃなくてあの子なのよおぉ!?
「姫様? 大丈夫ですか?」
心配そうに、というか事実イリスを心配して声を掛けているロゼッタに対して、イリスは王女を取り繕った表情を浮かべる。
「……大丈夫よ、ロゼッタ。出発してだいぶ時間が経ったから、少し疲れただけよ」
「それはいけません! 御者に言って少し休憩を入れましょう」
「待ちなさい! この馬車だけ休憩するというわけにはいかないでしょう? そうなると課外授業に影響が出てしまうわ。もう少しで目的の場所に着くでしょうし、私なら大丈夫だから。ねっ?」
――休憩したらしたで、レティシアがゼノスといる時間が増えてしまうじゃない!
「姫様がそう仰るのでしたら……」
主の言葉に引っかかるものを感じながらも、ロゼッタは承諾するのだった。
イリスをホッと息を吐くと、再び思考を巡らす。
ゼノスたちは馬車の中で何をしているのだろうか、と。
ゼノスは戸惑っていた。
いつもは共和国の生徒たちと馬車に乗って移動するのに、今日は自分を入れて二人だけ。
しかも同乗者は、ぐいぐいと迫ってくるレティシアだ。
レティシアの好意に打算が含まれているであろうことは感じていた。
強い男が好みと言っていたくらいだし、仮に自分よりも強い男が現れればそちらに目を向ける可能性はあるだろう、と考えている。
ゼノス自身、一目惚れしたイリスと付き合うことしか頭にない。
何としてでも勇者に選ばれ、二人の仲を公言する。
そして、大手を振ってイチャイチャするのだ。
そういう思考は年頃の人間の男の子と大差がない。
勇者に選ばれた後、実際に行動に移せるかどうかは別にして。
目下の悩みは二つ。
一つはレティシアだ。
「おい、レティシア」
「なんですか?」
「なんで俺の隣に座ってんだよ」
「隣に座ってはいけませんか?」
「別にいけないってことはねえけどよ……」
「なら、よいではありませんか」
レティシアはニコリと笑みを浮かべる。
「隣に座るまでは、まあいい。じゃあ、なんで俺の手を握ってるんだ?」
そう、レティシアはゼノスの手を握っていた。
「馬車が揺れて怖いのです」
大袈裟に怖がって見せるレティシアに、ゼノスは「絶対嘘だ!」と突っ込んでやりたくなった。
十四歳で既にウィリアム先生並の魔力レベルに達し、強力な攻撃魔法を操るレティシアが、馬車の揺れ程度で怖がるはずがない。
ゼノスが呆れつつも、突っ込みを入れないのには理由があった。
――イリスの時はすげえドキドキしたんだけどな。
イリスの時はほんの少し手が触れただけで心臓が高鳴り、顔が真っ赤になったのを覚えている。
だが、今はどうだ。
イリスの時に感じた甘さや恥ずかしさ、むず痒さがない。
全くないというわけではないが、あの痺れるような感覚を味わってしまった後では、ないに等しかった。
「目的地に着くまでの間だけだからな」
「もちろんです」
だからこそ、ゼノスはごく自然に軽く流した。
――おかしいですね。
狭い場所に二人きりという状況、そして美少女から手を握られているのですから、もっと欲望をむき出しにすると思ったのですが。
内心、レティシアは焦っていた。
十四歳でありながら、レティシアは自分自身の価値を的確に分析している。
己の価値が分かっているからこそ、どのような振る舞いをすればどのような反応が返ってくるのかも想定できるし、最適を導き出した上でレティシアは行動に移しているのだ。
にもかかわらず、ゼノスの反応はレティシアが思っていた以上にそっけない。
――もう少し大胆な行動に出て揺さぶったほうがいいのでしょうか。
でも、さすがに私から積極的にというのはお兄様も許さないでしょうし。
……困りましたね。
自分は数日のうちに帝国に戻らねばならない。
それは仕方ない。
悔しいけれど、魔術学院の入学年齢を満たしていないのだから。
だけど。
レティシアの脳裏にイリスの顔が浮かぶ。
あの女がゼノスの傍にいるというのは非常にマズい。
王国は帝国と違って、身分が離れた者同士の婚姻に対しては閉鎖的だ。
第一王女ともなれば、相応の身分でなければ国王や周囲の者も納得しないだろう。
少なくとも、今の段階でイリスがゼノスと結ばれることはない。
でも、この先どうなるは分からない。
模擬戦でゼノスと直接戦ったレティシアだからこそ分かる。
魔術学院で勇者に選ばれる者がいるとすれば、それはゼノスしかいないと。
勇者に選ばれるような人物であれば、王国も放っておくはずがない。
魔術学院にいる間にもっとアピールしておく必要がある。
レティシアはそう考えていた。
――急に黙っちまったけど、どうしたものやら。
自分の手を握りつつ、考える素振りを見せるレティシアを横目で見つめながら、ゼノスは溜め息を吐く。
自分が誰かれ構わずな性格であったなら、二人きりの状況は危ないと思うはずないのに、まるで警戒していない。
むしろ、それが狙いだったのか?
いやいや、そんな馬鹿なことはないだろう、と結論付けたゼノスは、もう一つの悩みへと意識を向ける。
――この魔力、やっぱりダインか。
馬車に乗る前に感じた、ダインからの凄まじい殺意。
これまでの比ではない。
馬車に乗ってからもずっと、殺意こもった魔力が漏れ出ているほどだ。
感じ取れるのは魔力探知に秀でたゼノスくらいだろう。
ゼノスは、ミノタウロスの時も、前回の森で起きた出来事も、全てダインの仕業だと思っている。
何故、人間のダインが魔族を、という疑念が浮かんでは消えるが、また何か仕掛けてくることは間違いない。
――何があろうと、俺に出来ることをやるだけだ。
自分が持つ力を使って敵を倒す。
今回もゼノスは、一人で終わらせるつもりだった。
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