第17話 魔王の息子、勇者に一歩近づく

 ゼノスが駆け出していく。

 ロゼッタの、そして王国の生徒たちの唖然あぜんとした視線をその身に受け、赤髪の少年は待ち受けるゴブリンの群れのもとへ飛び込んでいった。

 そんな中、一人だけゼノスの勝利を信じて疑わない少女がいた。

 必死で『ディバインフィールド』を維持しているイリスだ。


 ――ミノタウロスを圧倒したゼノスならきっと大丈夫。

 

 事実、ゼノスが縦横無尽に二刀を振るえば、ゴブリンの首が次々と飛ぶ。


「ははっ! どうしたゴブリンども! 突っ立ってるだけかよっ。かかってこいや!」


 嬉々として飛び込んでいくゼノスに、ゴブリンの動きが鈍る。

 ゴブリンたちは向かってくるたった一人の男に気圧されていた。

 ゴブリンの性根は臆病おくびょうかつ卑劣だ。

 相手が弱みを見せれば我先に攻撃を仕掛けるが、自分の身に危険が迫るとなれば率先して前に出ようとはしない。

 

 バタバタと倒れるゴブリンを目の当たりにしたゴブリンキングが、苛立ちを隠そうともせず叫ぶ。


「エエイ! 何ヲ手コズッテイル! 一斉ニカカレバ直グニ終ワル!! 出テコイ!」


 その声に呼応するかのように、ゴブリンキングの後ろから、また新たに黒い影が盛り上がってきていた。

 ゴブリンどもの増援だ。

 さらに三十体はいる。


「まだ増えるのかっ!?」


 ロゼッタが苦り切った表情を見せた。

 ゼノスは一人で片付けると言ったが、自分たちも加勢した方がよいのではないか、そんな思いが頭をよぎる。

 イリスの真横に並び立つ。

 『ディバインフィールド』を維持している少女の顔は苦しそうだ。

 だが、その碧色の瞳は吸い込まれるように、一人の男の姿を追い続けていた。

 これ以上のない真剣な眼差しで。


 つられてロゼッタも見た。

 そして、固まった。

 ゼノスの握る二刀が伸び、瞬く間にゴブリンたちを真っ二つにしていく光景を。

 その場にいた全員の瞳は、驚愕きょうがくに見開かれていた。

 

「剣が……伸びた!?」

「え? この剣って伸ばせたの?」


 元々は魔力に反応して伸びた刀身。

 長さの調整も魔力の込め方次第なのだが、他の生徒たちはそんなことが可能だとは思ってもいなかった。

 

「おおおおおっ!」


 雄叫びが走る。

 ゼノスが一太刀振るうたびに、ゴブリンの命が刈り取られていく。

 誰もが口を閉ざし、ゼノスの闘争を最も近いところから凝視した。


「…………」


 魔術学院に入学して間もない王国の生徒たちがその戦いを見守っている。

 彼らから見れば、それは非常にレベルの高い争いだった。

 ゴブリンの群れに全く臆することなく立ち回り、前へ前へと突き進むゼノス。


 生徒たちは思う。

 あの動きが自分たちにも出来るのだろうか、と。

 そしてすぐ否定する。無理だ、と。

 あの数を前にして動けるものなど、それこそ『勇者』と呼ばれるような一握りの英雄のみだ。

 そうだ、彼のような人物こそ『勇者』に相応しいのではないか。

 今まさに、自分たちは『勇者』になるべき男の雄姿を目の当たりにしているのだ、と。


 誰もがゼノスの戦いを羨望の眼差しで見つめていた。

 

「これで最後っと」


 ゼノスの剣閃がピタリと止まる。


「バカ、ナ……!?」


 呆然と、ゴブリンキングは呟いた。

 信じられないものを見るかのように、視線の先でたたずむゼノスを見つめる。


 全部で百体はいたはずだ。

 それが今や自分とゴブリンロードだけになっている。

 たった一人の人間に百体のゴブリンが殺されてしまったのだ。

 ありえない! なんなのだ、あの男は!


 いや、今はそんなことを考えている場合ではない。

 俺はゴブリンの王となるべき存在だ。

 こんなところで死ぬわけにはいかない。

 今回は失敗した。

 だが、自分さえ生きていれば次がある。

 次さえあれば、きっと必ずうまくやって見せる。

 そうだ、こいつを囮にすれば――。


「オイ、時間ヲ稼ゲ!」


 ゴブリンロードに命令するが反応がない。


「オイ! 聞イテイルノカッ!」

「あー、無理だと思うぜ」


 叫ぶゴブリンキングにゼノスは軽い口調で話す。

 

「ナゼダ!」

「だって、そいつはもう死んでるからな」


 ゼノスの言う通り、ゴブリンロードは既に絶命していた。

 ゼノスが伸ばした刀身で心臓を一突きにされて。

 ぐらり、とゴブリンロードの体がその場に倒れる。


「ナッ!?」


 ゴブリンキングはその場にへたり込む。

 ゼノスはゆっくりとした足取りでゴブリンキングに近寄る。


 ――このままでは殺される。


 武器を放り投げ、ゴブリンキングは哀れっぽい声で許しを請うた。

 もうこんなことはしない、私が間違っていました。

 魔族領に戻って大人しくしています。

 人のいるところになど二度と出てきません。

 だから、どうか許してください。お願いします、と。


 地面に頭をこすりつける様にひれ伏し、まくし立てた。

 

「どうすっかなー」


 ゴブリンキングがほんの少しだけ顔を上げると、ゼノスは背を向けて考える素振りを見せていた。

 その姿は無防備でがら空きだった。

 

 ――油断したな!


 武器を手に取り、気づかれないようにゆっくりと立ち上がる。

 向こうにいる人間が叫ぼうとしているがもう遅い。

 ゴブリンキングは槍のように尖った切っ先をゼノス目掛けて突き刺そうと振りかぶり――。

 

 ――ドスっと。

 次の瞬間、胸の辺りに衝撃が走った。


「……?」


 何だ? いぶかし気にゴブリンキングは胸を確認する。

 そして、大きく目を見開いた。

 何故なら真っ赤な刀身が己を貫いていたからだ。


 ――そんな馬鹿な!?

 何が、起こって……!?

 

 混乱の中、ゴブリンキングは視線を上に向ける。

 そこには背を向けたまま刀身を伸ばしているゼノスの姿があった。

 

「悪いな、俺は自分が強いなんて思っちゃいない。上には上がいる。常にそう考えて行動してる」


 ――親父に散々教えられてきたからな。

 相手がどんなに弱くても、決して最後まで油断するな。

 ずる賢いやつは隙を見せた時にこそ、何か仕掛けてくる。

 ま、今回がいい例だ。


「ガッ……!?」

 

 ゴブリンキングは息を吸おうと必死に口を開けたが、口の端からぽたぽたと血がしたたり落ちる。

 逃れようともがくが、胸に刺さった刀身が邪魔をして叶わない。


「こいつでさよならだ――『イグニス』」


 剣に魔法を宿らせると、炎が刀身を走り、そのままゴブリンキングに向かっていく。


「ギャアアアアッ!?」


 次の瞬間には、ゴブリンキングの体は炎に包まれ、一瞬で灰になる。

 骨格が炭となって残るが、それも地面に落ちると粉々になった。

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