第6話 魔王の息子、くじ引きをする
ゼノスが共和国の生徒たちと仲睦まじく会話している様子を、羨ましそうに見つめる視線があった。
視線の主はイリスである。
―—私も彼と話がしたいなぁ。
最初の出会い以来、イリスはゼノスとまともに会話が出来ていない。
ルナミス王国第一王女であり『聖女』とも呼ばれているイリスは、その身分と美貌から非常に注目を集める存在だ。
そんなイリスが他国の平民、それも異性に話しかけるとなればあらぬ噂が広まりかねない。
その結果、言葉を交わす時はどうしても形式的な挨拶になってしまう。
ゼノスと談笑している生徒を見て、イリスは「いいなぁ……」と呟きを漏らす。
「姫様、どうかされましたか?」
「い、いえ、何でもないのよ」
イリスはいつもの表情と口調でロゼッタに答える。
「本当ですか? 共和国の生徒が座っている席を見ていたような気がしたのですが」
——め、目ざといわね。
「本当に何でもないのよ。心配性ね、ロゼッタは」
「そうですか。それでしたらよいのですが」
魔術学院に入学してからのロゼッタは王国にいた時以上に、イリスに対して過保護になった。
例えば、ゼノスの周りに他の生徒がいない時を見計らって話しかけようとしても傍にはロゼッタがいる。
反対に、イリスの傍にロゼッタがいないときは、ゼノスの周りに人がいる。
そういったことが幾度となくあった。
国王からイリスのことを任されたことだけでなく、イリスのことを心から想っているからゆえのことなので、イリスとしても強く言えない。
そうこうしているうちに、入学から既に一週間が過ぎてしまったのだ。
その間はずっと横目でゼノスの顔を追うばかり。
イリスの視線の先には、話しかけられれば自然な笑みを浮かべて応対しているゼノスの姿。
訳もなく胸が高鳴り、自然と顔が火照る。
イリスが今まで経験したことのない感情だった。
しかし、今のままでは仲を進展させるどころか、話をすることさえままならない。
——仲を進展させる?
私が? 彼と?
いいえ、冷静になりなさい、イリス。
彼のことをカッコいいと思ったのは確かだし、もっとお話ししてみたいとも思う。
私が普通の女の子であればその先だって――。
でも、私と彼とでは元々住む世界が違うのよ。
私はルナミス王国の第一王女で、彼はアルカディア共和国の平民。
どんなに望んだところで、私が彼と仲良くなる――恋人同士になる未来なんてありはしないのだから。
そう自分に言い聞かせてきたし、これ以上関わることもないと思っていた。
「今日は合同課外授業を行います」
校舎の前に整列した全校生徒の前で、ウィリアム先生が短く告げる。
「合同課外授業?」
ゼノスが眉を寄せる。
「前回までの実習は魔族に慣れていただく必要もあったので、国ごとに行動していただきました。ですが、今回はくじ引きでペアを組んで潜っていただきます。場所は前回と同じダンジョンですから、危険はありません」
最初の実習では動揺していた生徒たちだったが、ゼノスの的確な助言のおかげもあり、二回目は危なげなく終わることが出来た。
レベル1から2までの魔族しか出現しないあのダンジョンであれば、魔族の出現頻度も高いわけではないし、二人だけでも怪我をするようなことはないだろう。
「くじには1から45までの数字が書かれています。同じ数字のくじを持つ人がペアになります。それでは順番にくじを引いてください」
帝国、王国、共和国の順にくじを引いていく。
共和国の生徒たちは他の二国に対して引け目を感じているように見受けられた。
戦争に参加していないということもあるだろうが、一番は身分制度がないことを気にしているようだ。
ゼノスは、一部の人間——ユリウスやイリス――を除いて大差ないと認識しているが、身分という見えない壁が人に与える影響はゼノスが思っているよりも大きいらしい。
ゼノスの順番になり、くじを引く。
くじには『33』と書かれていた。
共和国の女子生徒が声を掛けてきた。
「ねえ、アタシは15なんだけどゼノスはどうだった?」
「俺か? すまん、33だ」
「なーんだ、残念。ゼノスと一緒がよかったのにぃ」
女子生徒は「今度は同じになれたらいいね」と言って去っていく。
ゼノスが周りを見渡すと、同じ数字同士で集まり、挨拶をしている生徒が何組もいた。
「おーい、誰か33のくじを持っているやつはいないか」
ゼノスの言葉にビクッと反応を示した者が一人。
光り輝く金髪の美少女、イリスである。
「……よ、宜しくな。イリス」
「ええ、宜しく。ゼノス」
そっけない態度を取りながらも、イリスの胸はドキドキと高鳴っていた。
——え? えぇ!?
彼と同じ数字……ということは……一緒に?
しかも、暗い洞窟に二人きりで……。
冷静に考えたところで、恋愛関係になれるような相手ではないことは分かっている。
分かってはいるのだが、理屈ではないのだ。
イリスは、初めて二人きりで話ができるという喜びをかみしめていた。
ゼノスはゼノスで。
——うおぉ、マジか!
めちゃくちゃテンション上がるじゃねーか!
実のところ、イリスの視線には気づいていたし、初日以来、何度もイリスに話しかけようとした。
だが、出来なかった。
いつも彼女の傍にはメイドのロゼッタがおり、イリスに近づく者、特に異性に対して睨みを利かせていたのだ。
何かキッカケがあればごく自然に近寄るスキルを持っているゼノスだが、傍に控えるメイドは何か起こる前に解決してしまう。
理由もなしにゼノスから近づくことは、彼の仮初の身分上難しい。
しかし、今回は授業という名目はあるにせよ、二人きりになれるのだ。
嬉しくないはずがない。
ゼノスとイリスの頭の中は、一緒に行動できるという喜びでいっぱいになっていた。
だからだろう。
多くの生徒たちに紛れて激しい敵意が向けられていたことには、二人とも全く気付かなかった。
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