第22話 魔王の息子、皇帝に謁見する

 ユリウスが共和国の寮を訪れてから3日後。

 ドーム状の校舎内に、全校生徒が整列していた。

 その前に立つのは学院長であるオルフェウス・アーチボルト。


「生徒諸君。既に聞き及んでおる者もいるじゃろうが、今日は珍しい客人をお迎えすることになった。急な話で申し訳ないが、この魔術学院の運営にも携わっておる方の一人じゃ、くれぐれも失礼のないようにしてもらいたい」


 グランレイヴ魔術学院は運営こそ勇者協会に委ねられているが、ヴァナルガンド帝国、ルナミス王国、アルカディア共和国の三国の共同出資で設立されている。

 運営に携わっているということは、つまり三国のトップのうちの誰か、ということだ。


 通常、国の最高責任者はみだりに動き回らない。

 休戦を結んだとはいえ、つい数か月前まで戦争状態だったのだ。

 どこでどのような事態に遭遇するか予測がつかないし、護衛を連れていたとしても暗殺される危険だってあるのだ。

 誰が来るかを知っている帝国や共和国の生徒たちはもちろん、事情を知らない王国の生徒たちも皆、緊張していた。


「よいかな? では入っていただくとしよう」


 オルフェウス学院長の合図で、入り口の扉が開く。

 姿を現したのは精悍な顔つきの中年男性と、ユリウスと同じ艶やかな金髪の少女。

 彼らの他には護衛と思われる人物が二人、後ろを歩いている。

 四人は、オルフェウス学院長の隣に並ぶようにして立ち止まった。


 ――巨大な岩みたいな男だな。

 

 男に見た瞬間にゼノスが感じた印象だった。

 身長は185センチ前後はあるだろうか。

 ゼノスの身長が175センチなので、見上げるような大男、というわけではない。

 だが、分厚い胸板とがっちりとした肩幅、遠目からでもはっきりと分かる、盛り上がった筋肉。

 そういった肉体的な特徴はもちろん、存在感の密度がぐっと凝縮されたような、実に濃厚な人物だった。


 ――しっかし、親子の割に似てねえな。


 貴公子然としているユリウスと目の前の男が親子だとは、言われなければ誰も分からないし、疑ってしまうだろう。

 

 次にゼノスは、男の隣に立つ少女を一瞥いちべつした。

 緩くウェーブがかった金髪は腰まで伸びており、いかにもお嬢様然とした少女だ。

 身長はイリスより少し低いくらいだろうか。

 見るからに気品があるものの三白眼のせいか、少々キツい印象を与えている。

 

 ゼノスとは距離があるにもかかわらず、なぜか少女と目が合った。

 上から見下すような勝気な視線がゼノスを突き刺す。

 ただし、それで怯むようなゼノスではないが。

 目を逸らさずにいると、少女はプイっと顔を背けた。


 ――何だったんだ、いったい?


 ゼノスは首を傾げるが、理由など思いつくはずもない。

 

 ――な、なんで帝国の皇帝がこんなところに……。


 一方でイリスはというと、男の登場に頭の中が混乱していた。

 王国の第一王女である彼女は、一度だけではあるが皇帝の顔を見たことがあったからだ。

 実力主義の帝国にあって、皇帝は力ある者であれば身分や国に関係なく、積極的に重用することで知られている。

 しかも、気に入った相手にはかなり強引な手を使うとも。


 その皇帝が目の前に現れたのだ。

 イリスは「まさか、いえそんな……」と不安にかられていた。


「余はヴァナルガンド帝国皇帝、ロムルス・アウグストゥスである。此度は息子ユリウスの願いを叶えるためにやってきた」


 ロムルスの言葉に、ユリウスが頭を下げる。

 それに対しロムルスは鷹揚おうように頷いて見せた。


「ゼノス・ヴァルフレア、前に出よ」


 ゼノスはほんの一瞬躊躇ためらうが、すぐに歩み出ることにした。

 全校生徒の前で爵位の授与なんて恥ずかしいが、これほど大掛かりなことになってしまったのであれば、さっさと前に出てもらってしまったほうが早い。

 好奇の視線にさらされながら、ゼノスはロムルスの前で立ち止まった。


「貴様がゼノス・ヴァルフレアか」

「ああ、そうだ」

「貴様! 陛下に対してその口の聞き方は――」

「よい」


 護衛の一人が声を荒げるが、ロムルスは片手でそれを制す。


「余の前に立ちながら物怖じしないその態度。面白い」

「そりゃどーも」


 これが他の生徒であれば、ロムルスの前に立っただけで恐れを抱いていただろう。

 それほどまでにロムルスという男の存在感は圧倒的だった。

 ゼノスが普段と変わらないのは、ただ単にロムルス以上の存在を知っているからに他ならない。

 つまり、父親である魔王バエルのことだ。

 

 しかし、ゼノスが不敬な態度を取っているのは、誰の目から見ても明らかだった。

 事実、周囲の生徒たちは固まっているし、オルフェウス学院長に至っては卒倒しかねないほど顔が青ざめている。

 だが、当のロムルスは気にしていなかった。


「短剣を」

「はっ!」


 ロムルスは護衛から箱を受け取る。

 50センチほどの箱だ。

 箱の中には、複雑な刻印がびっしりと施された短剣が収まっていた。

 短剣は淡い光沢を宿している。


「ゼノス・ヴァルフレア。貴様にヴァナルガンド帝国の准男爵の位を授ける、と言いたいところだが」


 ロムルスが笑みを浮かべた。

 非常に獰猛どうもうな笑みだ。

 ゼノスは嫌な予感がする、と内心で毒づいた。

 ああいう表情をするやつが次に口にする言葉は、たいていろくなもんじゃない。


「余は自分の目で見たことしか信じないたちでな。貴様の力を見せてもらおう」

「力を見るっても、いったいどうやって? まさか、これから魔族討伐に行くっていうんじゃねーよな」

「そんなことをせずとも他に方法はある。――レティシア」


 ロムルスの隣にいた少女が一歩前に出る。


「このレティシアと模擬戦をして、勝てば爵位を授けよう」

「勝てば、って言ってもなあ……」


 ゼノスは頭をかきながらレティシアを見る。

 魔力は――なるほど、他の生徒に比べて高い。

 ユリウスやイリスよりも上だろう。

 もしかすると、ウィリアム先生に匹敵するかもしれない。

 だからといって、負けることなどありえないが。


 ゼノスが軽くため息を吐くと、それが気に障ったのか、レティシアが怒気を発し、ゼノスを睨み付ける。

 

「負けるのが怖いの?」


 溢れる魔力を隠そうともせず、勝気な目で挑発している。

 周囲の生徒たちはレティシアの魔力量に驚いているが、ゼノスは軽く受け流していた。


 ――さーて、どうしたもんかな。

 

 ここで模擬戦をしないという選択肢もあるにはあるが、果たして目の前の少女との対戦を避けるような男が勇者に選ばれるのだろうか、とゼノスは思案する。

 そして、考えた結果――、


「分かった。やろうぜ」


 ゼノスは誘いに乗ることを選んだ。


「そうこなくっちゃ」


 レティシアが笑みを浮かべる。


「決まったな。ではオルフェウス学院長、審判を頼めるか?」

「ほっ!? 儂ですかな?」

「この中では一番適任だと思うが」

「それはそうじゃが……」


 正直なところ、止めたい気持ちの方が大きい。

 しかし、二人が望み、ロムルスも望んでいる以上、もうオルフェウス学院長は見守ることしかできなかった。


 危ないと思ったらすぐに止めよう、オルフェウス学院長はそう決断し、渋々頷いた。

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