第36話 オーヴェルの本音
オーヴェルは、同じようにオルフェウス学院長にも魔族を倒しに行きたいと提案した。
ゼノスやイリスだけでなく他の生徒たちも来て構わない、あくまでも課外授業の一環として、と付け加えてだ。
オルフェウス学院長は「うーむ……」と悩む素振りを見せたが、彼の選択肢は一つしかない。
オーヴェルは魔術学院の視察に来ているのだ。
ここで断れば、オーヴェルの心証が悪くなるのではないかという不安があった。
結局、オルフェウス学院長は首を縦に振り、そのままオーヴェルとリザを教室に連れていく。
オーヴェルが姿を見せると、大半の生徒たちは見慣れない男女に戸惑う。
ただし、王国の生徒たちにとっては見慣れた顔だ。
自国の第一王子なのだから。
歓声で二人を迎えた生徒に対し、オーヴェルは笑顔で応える。
オルフェウス学院長から、オーヴェルが視察の為に来たこと、生徒たちと課外授業を兼ねて魔族を倒しに行くことを説明すると、教室内が色めき立つ。
オーヴェルの武勇は有名だ。
授業とはいえ、そんな彼と一緒に戦えることに皆興奮していた。
そして、今は道中の馬車の中である。
「……で、実際のところはどうなのですか?」
「いやあ、あれは無理だね」
「そこまでですか」
リザの問いに、オーヴェルは苦笑を浮かべながら頷く。
「僕も魔力には自信があるつもりだったんだけどね。あんなに桁違いの魔力を視たのは初めてだよ」
そう言って、オーヴェルは自分の目を指さした。
人間の中には、特殊な能力を授かって生まれる者がごく稀に存在する。
魔力を消費することなく使用できるその能力は
オーヴェルの恩恵とは、自身が見た対象の魔力の量や流れが分かるというものだ。
ゼノスたちが入学初日に行った魔力測定と違い、完全に数値化することはできない。
ただ、体内にどれだけの魔力を蓄えているかを視るため、魔力を抑えていても意味がなくなる。
実際のところ、オーヴェルはゼノスと模擬戦をするつもりでいた。
ロゼッタは国王への手紙のほかにもう一通、オーヴェルにも手紙を送っていた。
その手紙には、イリスがゼノスに出会ってからこれまでどんなことがあったか、こと細かく記されていたのだ。
もちろん、ミノタウロスやヒュドラの件に関してはロゼッタは知らないので、そこまでは記されていない。
だが、何度となく見つめ合って頬を染め合う二人の姿は見ている。
ゼノスとイリスが互いに好意を抱いているであろうことは、イリスの傍で長年仕えているロゼッタは直ぐに分かった。
ゼノスは言葉遣いこそ褒められたものではないが、性格も悪くなく、誰とでも平等に接する態度は評価できる。
一人で多くの魔族を相手取る力も兼ね備えており、実力も申し分ない。
それでも、他国の平民であるゼノスと付き合うようなことになれば、国の一大事だ。
ただ、それはあくまでも建前で、本音は別のところにあった。
もし、二人きりになって気持ちが暴走してしまうようなことが起きてしまった場合。
イリスの貞操が危ないのではないか、と。
だからこそ、ロゼッタはオーヴェルに手紙を送った。
ロゼッタの主観をかなり含んだ内容の手紙を。
その手紙を読んで、オーヴェルはやってきたのだ。
溺愛している可愛い妹につく悪い虫を駆除するために。
今までにも強い魔族や人間を見てきた。
どれだけ強い相手だろうと、魔力が視えるオーヴェルの敵ではなかった。
魔力の流れが視えるということは、使用するタイミングも分かるということだ。
タイミングさえ分かれば先手を打つことも容易くなるし、対処もしやすい。
ロゼッタの報告には、一人で上位種を含むゴブリンの群れを倒したとあるが、それはオーヴェルとて可能だ。
イリスと同じ年で実戦経験もさほどないだろう少年に負けるはずがない。
そう思っていた。
だが、ゼノスと相対した瞬間にその気持ちは吹き飛ばされてしまう。
魔力の量が今まで視てきた誰よりも大きかったのだ。
当然、オーヴェルよりも圧倒的にだ。
多少の差なら経験でカバーできる。
しかし、ゼノスが保有している魔力量は、経験で何とかなるほど生易しいものではなかった。
――あ、これは無理。
直感でそう感じたオーヴェルは、表面上は余裕を見せたまま笑みを浮かべてすぐイリスに視線を移したのだ。
とはいえ、ロゼッタの報告通り、二人の距離が近いのも確か。
ロゼッタに礼を言いつつ、頭をフル回転させて対処法を考えた。
模擬戦をしたところで勝ち目は百に一つどころか千に一つ、いや万に一つもないだろう。
妹に無様な姿を見せたくないので、模擬戦は却下だ。
かといって、このまま視察だけでは面白くない。
――僕が恥をかくことなく、イリスにいいところを見せるには……うん、これしかないな。
思いついたのが魔族を倒しに行く、というものだった。
オーヴェルは自分の容姿を理解している。
それらしい言葉で、さも来る途中で思いついたように話せば、大抵は通用するのだ。
ゼノスが怪しんだオーヴェルの笑みは、上手いことを思いついたという安堵の笑みだった。
「ねえ、りっちゃん」
「なんですか?」
「確か、ロゼッタちゃんの手紙には帝国が彼――ゼノスくんに爵位を与えたって書いてたよね?」
「そうですね」
「そっかー」
オーヴェルは悩む。
あれだけの魔力を持つ者は貴重だ。
皇帝が直々にやってきて、爵位を与えたのも納得がいく。
王国としても、彼と関係を持っておいた方がいい。
――でもなぁ……。
爵位を与えること、それ自体は難しいことではない。
イリスや王国の生徒たちがゼノスに助けられたという報告は国王にも届いている。
オーヴェルから国王に一言頼めば、すぐにでも叶うだろう。
問題はそうすることでイリスが希望を抱いてしまわないか、ということだ。
希望を抱けば、そのぶん二人の距離はもっと近づく可能性が高くなる。
オーヴェルはそれを心配していた。
「りっちゃんから見て、ゼノスくんはどう見えた?」
ロゼッタの手紙はリザも見ている。
オーヴェルはリザに助言を求めることにした。
「そうですね……少なくともオーヴェル様よりは誠実そうに見えました」
「りっちゃん、それは……」
オーヴェルは落ち込むが、多少なりとも思い当たる節があるため強く否定できない。
リザは軽くため息を吐く。
「妹離れするのにちょうどよいきっかけになるのではないですか?」
オーヴェルはイリスのことになると我を忘れて暴走する傾向が強い。
それはリザの妹であるロゼッタもだ。
その二人が
いい傾向だとリザは思っていた。
「ううーん……」
リザの思わぬ言葉に、オーヴェルは大いに悩む。
「オーヴェル様が仮に二人の仲を認めたとしても、すぐに結婚できるわけではありません。最終的に国王がお認めにならねば結婚できないのですから。それに、認めた方が自制を促すこともできるのではないかと思います。結婚するまでは一線を越えないように。守れなければ協力しないと」
リザの言うことも一理ある。
オーヴェルが一番恐れているのは、知らないうちにゼノスとイリスが暴走して既成事実を作ってしまうことだ。
ならば、いっそのことリザの言う通りにした方が良いような気がした。
それに。
――ゼノスくんの傍にいれば安全だろう。
ゴブリンの上位種が現れた。
しかも、魔族領の国境沿いでもない場所で。
一度起きたということは、二度目もあるかもしれない。
他の生徒であれば不安だが、あれほどすさまじい魔力を持っているゼノスだ。
必ずイリスを守ってくれるだろう。
オーヴェルはそう結論付けた。
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