夢描手
08話 演出の問題
ミルさんと会ってから数日経過し、無事に二本目の動画を上げた。
それからさらに数日経つも、悩みを抱える結果になった。
言ってしまえば動画の再生数が俺を悩ませている目下の原因だ。
初回が余りに好調だったというのもあってか、今回投稿した動画の再生数30万回がやけに少ない気がする。
でも嬉しいこともあった。
それは登録者の増加だ。この一週間で登録者が3万人まで伸びた。
正直まだまだ様子見なところはあると思うが、好調なのは間違いない。
でもこのまま再生数が下がってしまえば、次第に登録者の増加も収まるだろう。
俺は現在その原因について思案し続けていた。
「…一色君、聞いているのかね?」
「…。」
「完全に聞いていないようだな。まさか校長が無視される日が来るとは。日本の教育問題はかなり深刻なようだ。」
かっこいい服にかっこいい武器、ビジュアル的にはかなり良いと思う。
だとすればミルさんがくれた新しいパーカー、あれについたカメラ。
もっとダイナミックな演出が出来る視点が足りないのだろうか。
いや、確かにそれも理由の一つだと思うけど、もっと決定的な何かが足りていない気がしてならない。
でもさっきからずっと雑音が聞こえるし、ここでは集中できない。
やはり場所を変えるべきか…でも俺は今授業中だった気がする。
「…はぁ、帰りたい。」
「よくもまぁ教師の前でそんな口が聞けたものだな?一色君。」
俺はようやく意識を現実に戻し、目前のナイスミドルに目を見開く。
その距離はまさしくマジでキスする5秒前くらいのものだ。
明らかに男同士が向き合う距離ではなく、恐怖すら覚えるほどだった。
そして自分がかなりやらかしている状況だというのを瞬時に悟った。
「…ハハハ、冗談ですよ、沙良校長先生。」
「冗談には聞こえなかったが?私には君を教育する義務がある。できれば最初から話は聞いておいて欲しいところだ。」
「も、もちろん聞きます。ちょっと寝不足で、すみません。」
「…まぁいい、なら授業を続けるぞ?」
現在俺は魔法学の授業を受けている。
これも今年から横浜中央高校に戦闘技術授業が追加されたからだ。
そして魔法学は他の授業とは違い、少しだけ特殊な受け方をする。
個人が扱える魔法属性には適性があるため、各属性ごとにクラスを分けているのが特徴だ。
俺は"無属性"が適正で、クラスの人数は"一人"だ。
知らなかったが、無属性というのはそもそも相当珍しいらしい。
「それでは話を続けるぞ?」
沙良校長は俺の席から離れ、黒板の側に戻った。
どうもある程度進んでいた箇所を消して、最初から黒板に記述しなおしてくれているみたいだ。
かなり迷惑をかけたようだが、優しい人で良かった。
「さて、初回の授業でも説明したが、今回はおさらいをしながら無属性魔法について掘り下げていくぞ。」
「はい。」
「魔法は全部で8属性、それぞれ"無・火・水・風・土・雷・光・闇"となる。それぞれに得意分野があり、無属性以外は大体文字通りの現象を操ることが出来る。さて、このクラスで掘り下げるのはもちろん無属性だ。」
沙良校長が指示棒を使って次の箇所を指し示す。
「すでに知っているかもしれないが、一般的な常識として、無属性は補助魔法に適性があるとされている。」
「はい、確かにそう書いてありました。一度ネットで調べた経験があります。」
「素晴らしい。ただ一つだけ注意点がある。確かにその情報は間違っていないが、その表現をさらに細かく掘り下げると、まずそれぞれの属性にも補助魔法に分類される強化魔法が使える。ただし各属性ごとに強化できる分野がある。例えば火属性なら"筋力"、水属性なら"防御"などといった感じだ。」
「…それなら無属性ってろくな攻撃魔法もないし、弱くないですか?」
「確かに他の属性に比べたら辛い点も多い。だが無属性魔法はある意味最も単独戦闘に向いた属性なんだ。言ってしまえば強化魔法における全てが得意分野で、光・闇属性ができる回復・弱体魔法以外は使える。」
「それならまだ…。でもなんとなく物足りない気もしますが。」
「ま、そういうな。私は気に入っているぞ。無属性は近接戦闘向きの属性ではあるが、近接戦闘の可能性を何倍にも引き上げることが出来る。」
「…近接戦闘の可能性?」
「そうだな…例えばこんなこともできたりする。」
沙良校長はそういうと、突然チョークを一本だけつまんだ。
そして次に、教卓の中から適当なアルミ製の箱を取り出した。
それにゆっくりとチョークを押し付ける。
通常であればチョークは少しずつ削れるだけが、俺が見守る中、チョークはどんどんアルミの箱を貫通していった。
どちらかというと沙良校長の無表情の方が怖かったが、確かに現象としては興味深い。魔法による効果なのは間違いない。
「どちらだと思う?今のは攻撃系の強化か、それとも防御系の強化か?」
「…攻撃系…ですか?」
「いいや、そのどちらもだ。まず腕を筋力強化し、同時にチョーク自体も頑強になるように強化した。すると見ての通り、強度で優るアルミをチョークが貫いたのだ。私の小手先の力でね。」
沙良校長は机の上に使った箱やチョークを置いた。
「ようは考え方を変えてみて欲しいんだ。例えば君からすれば弱く思える無属性魔法も、このように応用力さえあれば思わぬ力を発揮する。」
「考え方…ですか。」
「その通り、考え方だ。無属性魔法はまだ完全に解明されていない分野でもある。今後の君の研鑽次第では、思わぬ力を発揮する可能性が大いにあるのだ。」
「それは確かに…夢のある属性ですね。」
「ふむ、少しは興味を持ってもらえたようだな。どれ、私が達したある境地について説明しよう。」
「是非お願いします。」
すると再び沙良校長はチョークをつまんだ。それを自分の目線の高さまで持っていくと、突然手を放して見せた。
「あっ!?」
俺は思わず声を上げるも、その高さからチョークが落ちるような事はなかった。
変な表現だが、まるでチョークが宙に刺さっているように見える。
立てられた状態でその場にあるせいだろう。
「えっと…それは?」
「"遠隔操作(リモコン)"と、私はそう呼んでいる。任意の物質へ魔力干渉し、あたかも手に持っているかのように自由に動かせる。これが出来るのは今の所無属性魔法だけだ。」
「す、凄い。」
「ただ魔力量によって持ち上げられる重量限界があったり、そもそもこの魔法が難しかったりするから、戦闘分野には未だに活かせていないが。」
「ぜ、是非教えてください。その魔法、おもしろすぎます。」
(こ、これだ!これは夢霧無の演出に使える!)
俺が全力で頼むと、沙良校長はにんまりと笑いながら自分の顎を撫でた。
どうも俺の反応は彼の満足にたるものだったらしい。
「いいだろう。ただ一つだけ約束してくれ。」
「約束…ですか?」
「そうだ。私もこの無属性魔法に触れてきて長いが、未だ発展途上であることは否めない。だからこそ、若い君にこの無属性魔法という分野の研鑽に協力してほしいんだ。やはり発想力は若者にかなわないからね。」
「分かりました、約束します。自分ももっと深めたくなりました。ゲームのやり込み要素みたいで、とても面白いです!」
「ゲ、ゲームか、まぁ若者らしくて何よりだ。それなら教えよう。」
それから俺は、しばらく沙良校長から"遠隔操作(リモコン)"について習うことになった。
確かに言っていた通り難しい魔法で、一日で習得できる気はしない。
ただこの魔法を極めることは、確実に俺の将来の為になる。
そんな思いもあり、俺は練習に精を出した。
●
放課後、俺は普段から描絵手(かえで)と帰宅している。
呼び方に関してだが、彼女からそう呼んで欲しいとの要請があった。
こうして何度か一緒に過ごすうちに、今では違和感もない。
ただ今は、友人と帰宅しているというのに、俺の脳内は夢霧無に関する悩み事に支配されていた。
今の所一番の原因は演出だと考えている。
カメラのアングル、沙良校長から教わった"遠隔操作"など、演出に関する改善案はいくつか揃い始めているが、何か足りない気がしている。
数多くの配信者たちの動画を見てきたが、一体何が違うんだろうか。
「何か悩み事?」
「ん?あぁごめん。そうだね、少しだけ考え事を。」
「何かな?私で良ければ相談に乗るけど。」
「う~ん、話辛い内容でね。ありがとう、気持ちだけ…ッ!?」
描絵手の方へ向き、俺は彼女の胸元を見つめ続けていた。
そう、俺の脳内にとうとう革新的な閃きが訪れていたからだ。
「あの…確かに男子ってそこを良く見てくるけど…友達だからってそんな堂々と見られるのはちょっと…嫌かも。」
「あっ、いや、違う、そうじゃない。確かに大きいけど、いや、違くないんだが…今見ていたのは描絵手が描いた絵だよ。」
「お、大きいって…、素直だね。チラチラ見てくるよりはましだけど、少しだけ幻滅したかも。」
描絵手は胸元を隠すように手で覆いながら、明らかに軽蔑したような目で俺を見つめている。
俺を焦らせるのにこれほど効果覿面な視線はないだろう。
動揺が抑えられず、ついつい余計なことまで口走ってしまった。
「いや、だから胸の話じゃなくて。いや、大きいのは胸の話なんだけど、いや、ごめん、そうじゃなくて。」
「ふふふ、冗談だよ。ちょっと意地悪してみただけ。いっつも冷静な感じがするから、たまにはね。」
「ま、参りました。…ってそうじゃなくて、言いたいことがあるんだ!」
「い、言いたいこと?」
「うん。だからつまり俺が言いたいことは…。」
「え?急にどうしたの?そんな真剣な眼差し…ちょっと待って…まさか、そんな、でも私そんな経験ないし…ちょっと待って、緊張する…。」
よくわからないが、描絵手は突然右往左往し始めると、髪型を気にしたり、周囲の視線を気にしたりし始めた。
ただ俺の思いはもう止まらない。これが革命的な一手になると確信している。
もはや迷いの全てをかなぐり捨てて、俺は大きく口を開いた。
「俺の配信者活動に、付き合ってください!」
「は、はい。よ、よろしくお願い…ん?配信者活動?え?」
俺と描絵手の間に出会ったころのような気まずい沈黙の時間が流れる。
描絵手の顔は不自然なほどに赤い。
先ほど胸元を見つめたのがよほど恥ずかしかったのだろう。
それに勘しては申し訳ないとしか言いようがない。
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