17話 エゴとエゴ


 神域で約一か月ほど修行を続けた。

 俺と新木さんはついに武器を置き、今はトットが用意したゲームで遊んでる。

 彼が指を鳴らせば、この神域は彼の思いのままだ。


「なるほど、これが君らが矢継ぎ早に話題にあげる"闇魂"か。か、かなり難しいゲームだね。」


 新木さんはデブデーモンにボコ殴りにされていた。

 額には数本の血管が浮き上がっている。

 いわゆる顔真っ赤状態で平静を偽るその姿は、ある意味大人だった。


「や、やったことないゲームなんてみんなそんなもんですよ。」

「どうだろう。僕が初めて手を付けた時はもっとましだった。」


 トットが余計な口をはさむと、新木さんもトットの方をチラリとみる。


「は、ハハハ。それはまた素晴らしいですね。まぁ対人戦であれば、間違いなくトット様を倒す自身がありますけどね。」


 イラついているのか、彼の口調は普段とは違いかなり好戦的だ。


「ハハハ、そんな腕前で良く言えるね。面白い、戦おうか。」

「えぇ、是非とも。」


 新木さんはそういうとコントローラーを床に置いて立ち上がった。

 しかし対照的にトットは立ち上がらない。

 闇魂を操作し、対人戦が出来るようにした。


「さぁ、先に全裸になったほうが負けだよ。」


 そういうと新木さんに向けコントローラーを差し出す。

 そんなトットの様子を見て、新木さんは少し焦っていた。

 

「げ、ゲーム内の話でしたか。でも所詮遊びは遊びですから。」

「怖いんだ。剣だけなんだね、上手いの。それ以外はからきしだ。」

「…そうでもありません。こう見えて器用ですから。」

「信じられないよ。こんな遊びですら参加できない程度の人間が、実は器用だなんて言われても。すでに生き方は器用じゃないからね。」

「ぼ、僕はここに修行をしに来たわけで、ゲームで…。」

「はぁ、もういいよ。お家に帰ってママのおっぱいでも吸ってな。」

「は?」


 トットが流れるように言葉によって止めを刺した。

 すると顔を真っ赤にした新木さんがトットの隣に座った。

 コントローラーを握る手が不自然に震えている。

 おそらく武者震いではなく、怒りに震えているんだろう。

 だがそのせいでトットの安い誘いに乗ってしまっている。

 つい最近どこかで見たかのようなやり取りだ。

 トットは再び一枚だけ布を纏う。


「おや、一枚でいいのですか?もっと厚着をされては?」

「いや、一枚が丁度いいよ。雑魚に現実を教えるだけだから。」

「ふふふ…ハハハ、いいでしょう。もう何も言いません。正々堂々、叩き潰して差し上げましょう。」

「面白いね。潰れるのはどっちか確かめようか。」


 新木さんとトットがにんまりと笑った。

 俺は修行終わりの休憩の行き着く先を、只々見守った。



 ●



 現実世界に戻ると、そこにはいつも通りの光景が広がる。

 俺はすぐに携帯を手に取り、日付を確かめた。

 トットの言った通り日付は変わっていない。

 つまり描絵手の元に討伐隊が向かうのは二日後だ。

 強いて言うなら、俺たちの強さだけが変わった程度だろう。

 俺はすぐに新木さんの方を見た。

 すると新木さんは腰に手を当て、全裸で牛乳を飲みはじめた。

 俺はそんな彼の様子をスマホ画面に"110"を表示させながら観察した。


「すまない、イラついたのはカルシウム不足だと思ってね。牛乳を拝借したよ。」

「いえ、それは構いませんが…。」

「もちろん言いたいことは分かるよ。何か服を借りてもいいかな?申し訳ないけど、お父さんのとか、あるだろう?」

「すぐに持ってきます。」


 父の部屋から服を入手後、俺は自分もパンイチだったことを思い出した。

 今はもう寝る場所でしかない自室で、自分の着替えを済ませた。

 そしてすぐに新木さんに服を渡すためにリビングに戻った。

 すると彼はリビングにある俺の両親の写真を見ていた。

 全裸の男が写真を見ているシュールな光景は忘れられないだろう。

 

「確かご両親は別々の場所に単身赴任しているとか言っていたね?」

「はい、その通りです。」


 会話を挟みながらも、新木さんに服を渡す。

 彼はそれに袖を通し終わると、ソファに座った。


「決戦は明後日だというのに、僕らはお互いのことを何も知らない。良ければこの機会にご両親について聞かせてくれないかな?」

「…いいですよ、隠しているわけではないので。俺の両親は"異界学"を専攻する学者で、現在も新大陸にいます。」

「なるほど、四大陸に。でも同じ仕事なのに、別々の行き先に?」

「えぇ、あまりに新しい学問ですから、二人で別々に研究を進めています。どうも学者としてはかなりの地位らしいですよ。」

「へぇ、そっち方面には詳しくないけど、先進的な両親だね。君は将来のことを考えているのかい?」

「とりあえずは夢霧無を続けて…あとは分かりません。」

「でも夢霧無の活動は、言ってしまえば場所を選ばない。新大陸に渡ってみるのも、案外面白いかもよ?」

「確かにそうですね。考えたこともなかった。」

「両親に会う機会になるし、いいアイデアだろう?」

「それに自分の見聞を広げる、いい機会にもなるかもしれませんね。」

「その時は僕もついていくよ、護衛くらいはできるしさ。」

「…シェルを続けないんですか?」

「無茶を言うね。こうなった以上、もうシェルにはいられないさ。未練がないと言えば嘘になるけど後悔はしてないよ。間違っていることを間違っていると言える大人になりたかったから。」


 新木さんは不意に悲しそうな顔をすると、床を見つめた。

 本当は苦しいんだと思う。

 新木さんほどの力量があればきっと、尊敬してくれている後輩だっていただろうし、これからも出世していただろう。

 今回の決断を考えれば考えるほど、彼のメリットが見当たらない。

 感謝はしているけれど、頭の良い決断には思えなかった。

 それもこれも彼の過去に原因があるのかもしれない。

 俺は彼の悲しそうな顔を見て、そう考えた。


「新木さんは…どういう人なんですか?」

「どういう人…か。自分で言うのもなんだけど、僕の剣、凄かったろ?」


 新木さんは子供がいたずらする時のような、純粋な笑みを浮かべた。

 戦闘の時とは打って変わって、とても素直な人だ。

 おそらくこれが彼の本質なんだろうと思える。


「はい、圧倒されました。」

「新木家は剣道の名門でね。僕は次男で兄と父から厳しく剣術を教えられたよ。もちろんそのおかげで今の自分があるのは分かっているけどさ。」

「当時はそう考えてなかったんですね?」

「うん、嫌だったよ。同級生たちがゲームやらなんやらで盛り上がっている時に、僕は家で一人で剣術。そりゃ反抗期にもなる。」

「耳の痛い話です。」

「ハハハ、昔の話だから気にしないで。でも問題はその後にあった。兄が警察に捕まったんだ。殺人者として。」

「…どういう…ことですか?」

「子供の君には重い話だよね。僕は君に重い話ばかりしてるな。でも当時の僕も、丁度君くらいの年齢だった。兄が掴まってから僕の生活は一変した。」

「…どうなったんですか?」

「いじめだよ。殺人者の弟なんて、かっこうの標的だろう?」

「辛かったですね。」

「…自分のことはいくらでも耐えられた。でも…兄を馬鹿にされるのはどうしても許せなかった。兄は…人を守って人を殺したんだ。」

「え?それなら正当防衛が成り立つんじゃ?」


 殺人というワードに、流石に俺の顔は少しだけ引きつった。

 新木さんを傷つけない為にポーカーフェイスを保ちたかったが、いくらんでも話題が重すぎる。

 身内に殺人者がいるということが、どれほど彼の人生を暗くしたか想像するのは難しくなく、それだけに表情に出てしまった。


「そう、そのはずだった。相手が…一人ならね。」

「何人…殺したんですか?」

「7人だ。銃を持った相手を、7人殺した。だから兄は刑務所に入った。今でも面会に行くけど、兄はその決断を後悔していないみたいだ。その時守ったのが当時の兄の恋人…だったから。」

「本当に手段は殺人しかなかったんですか?」

「…面会に行くたびに僕も何度も聞いたよ。でも兄は当時の件についてずっと黙秘している。何度聞いても、自分が弱かっただけだと、そういうんだ。」

「弱かった?」

「うん。殺人という手段しか選べなかった自分の弱さだけを、兄は後悔し続けている。決断うんぬんじゃなくね。」

「今回の件に、似て…いますね。」

「やっぱりそう思う?描絵手ちゃんの件に似ているよね。」

「だから描絵手を助けることにしたんですか?」

「その通り。かっこいい理由なんかじゃなくて、僕のエゴさ。ここで見て見ぬふりをすれば、一生後悔することだけは確かだった。」

「…新木さん、少なくとも俺は尊敬してます。」

「…ハハハ、ありがとう。」


 新木さんは立ち上がると、俺の方へ手を伸ばした。

 すぐに俺も立ち上がり、新木さんの手を握った。

 お互いに力強く手を握りあうと、俺のスマホが鳴った。

 俺はすぐにスマホを手に取った。


『もしもし。』

「ミルさん、どうかしたんですか?」

『頼まれていたものの準備が終わりましたよ。』

「い、いくらなんでも速くないですか?」


 トットのおかげで頼んでから一日しか経過していないはず。

 もちろん早いに越したことはないけど。

 でもいくら何でも早すぎる、当日不備があれば流石に困る。

 描絵手の為にも、なるべくミスなく計画を進めたい。


『契躱君に頼まれていたものはすでに制作済みでしたから。後は要望通りに少しだけ改良するだけでした。』

「な、なるほど。」


 確かにミルさんは最初の動画投稿翌日に装備を送ってきた猛者だ。

 明らかに早すぎるけど、彼女には信用するだけの実績がある。

 ならやることは一つだ。


「直接取りに行きますから、用意だけお願いします。」

『はいはーい。それでは。』


 プツンッ。


 通話が切れた。

 彼女の素っ気ない時と熱烈な時の寒暖差は、シベリアと亜熱帯だ。

 見た目とは違い、まさしく大人な対応をされてしまった。


「どうかしたのかい?」


 俺がミルさんについて考えていると、新木さんが心配そうにしていた。

 すぐに彼の方へと向き直り、計画を先に共有した。


「…なるほど、面白い発想だ。」

「逃げるのは好きじゃありませんから。でも…上手く行くかは未定です。」

「大丈夫、いつの時代も完璧なんて存在しない。やってみるまでわからないことこそ、人生の妙だよ。」

「でも今回は描絵手の為にも、必ず成功させます。」

「きっと上手く行くさ。」


 俺と新木さんは、お互いを見ると静かにうなづいた。

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