02話 夢霧無(むむむ)


 リアルがファンタジーと融合し、2次元と3次元が曖昧になった今日この頃。

 俺の日常は急速な変貌を続けていた。


 遊びの神:トットとの会合の後、やるべきことの為に準備をするのにかなりの時間を消費した。

 春休みももうすぐ終わり、俺は来週高校生になる。

 それまでに"夢霧無"として一つだけ動画を投稿したいと考えていた。

 慣れない編集の時間も考えると、今日撮影するしかない。


 準備したものは

 ①カメラ

 ②カメラスタンド

 ③百円ショップで買える魔法適正診断書


 レバタイン神父との戦闘で最も俺を苦悩させたのは、攻撃手段の欠如だ。

 どれだけレバタイン神父の攻撃をフレーム回避しようとも、攻撃することが出来なければ、試練をいつまでもクリアできない。

 結果としては隙を見て斧を奪い、無事に勝利することができた。

 ゲーム内であればそんなことは不可能だが、まさしく2.5次元といったところだろう。

 しかし、攻撃手段がなければ今後の活動は苦しい。


 予算の都合上、武器は買えなかった。

 少し高級なカメラ一つで、中学生のお年玉貯金は消える。

 現実は想像以上に儚いものだ。

 

 そこで俺が次に目を付けたのは魔法だ。

 肉体と魔力さえあれば行使できる、現状の最適解といえるだろう。

 

 用紙による診断の結果、俺の適正は"無属性"であることが分かった。

 無属性は補助を得意とする属性だ。

 例えば肉体性能を強化したりなど。

 攻撃魔法はほとんど使えない。

 唯一使えるのは"衝撃波(インパクト)"という衝撃波を出す魔法だけ。

 それにこの魔法の射程距離は0だ。

 かなり癖が強い。


 魔法に関しては勉強したことがなかったので、ネットで独学。

 不安がないと言えば嘘になるが、使えるには使えた。

 準備期間のほとんどを魔法の練習に消費したのは言うまでもない。


 さて、俺は今スマートフォンを眺めている。

 一昨年にシェルターが発表したアプリ、"shelly(シェリー)"。

 各地で魔物が目撃された際、その情報を共有。

 するとシェルが駆けつけ、魔物を討伐する。

 ファンタジー世界の"ギルド"を、機械に収納したわけだ。


 しかし、シェルが必ず魔物を討伐するというルールはない。

 一般人が魔物を討伐した場合、その写真をスマホで撮影してシェリーで送れば、討伐の報酬を受け取ることが出来る。

 そこにシェルターへの所属義務はない。


 ただし注意点がある。

 魔物の部位を取引できるのは現状シェルターとギルドだけなので、その分の利益を受け取ることはできない。

 今俺がやろうとしていることにはこれで十分だけど、魔物の狩猟を仕事にするのならシェルになるのが妥当だ。


 そんなことを考えていると、早速シェリーに情報が共有された。


「お?…うん、近いな。…印象も充分だろ。最初はこいつで決まりだな。」



 ●



「よし、撮影機材もセットOKだな。録画ボタンも押した。」


 現在俺の姿は黒いパーカーにフードにグラサンに下半身は黒いスウェット。

 不審者極まりないが、顔バレはしたくない。

 俺は目的の魔物に視線を戻した。

 地球視点から見れば、印象深い魔物の一匹だろう。

 目前には"ミノタウロス"がいる。

 二足歩行の筋肉質かつ強大な牛…まさか俺が戦う日が来るとは。


「ブモォォォ…。」


 向こうもようやく俺に気付いたのか、こちらに視線を向けた。

 筋骨隆々なミノタウロスは、人間くらいなら簡単にすり身に出来そうな鉄骨を持ち、それをゆっくりと構えた。

 隣には破損したビル。おそらくそこから鉄骨をもぎ取ったのだろう。

 まさしく人外の力だ。

 余談だがビルなどは後で駆けつける魔法大工によって修復される。

 彼らの活躍で、世界はいつも通りの地球の景色を取り戻した。


 少し前の俺ならこの時点で小便を漏らし、逃げ出していたかもしれない。

 レバタイン神父に殺された経験が、俺の中の何かを壊した。


 俺は一瞬も迷わずにミノタウロスへと駆けた。

 それを迎撃しようと、ミノタウロスは鉄骨を持つ手に力を入れる。


 ブォンッ!!!!


 という大きな音を鳴らしながら、鉄骨を薙いだ。

 俺がその場で立ち止まると、鉄骨は俺の体をすり抜けていった。

 ミノタウロスは首を傾げながら、俺の方を見ている。


「…ブモ?」


 疑問気ではあるものの


 ブォンッ!!!!


 とまたミノタウロスは俺へと鉄骨を薙いだ。

 だがそれも俺の体をただ通り過ぎるだけだ。

 なんてことはない、俺のスキル"フレーム回避"を使用しているだけだ。

 練習はレバタイン神父で済ませてある。

 何度も、何度も、光明が見えるまで、一瞬も諦めずに。


 足を地面につける度に"1秒"、俺は無敵だ。

 ゲーム風に説明すれば、俺の体に当たり判定がなくなる。


「理解できないのもわかる。でもこれが現実だ。それにお前はレバタイン神父に比べれば…あまりにイージーすぎる。」

「ブ、ブモォォォォォォォォォォォ!!!!!」


 間違いなく言葉は通じていない。

 しかし、ミノタウロスは怒りに震えながら、もう一度鉄骨を薙いだ。

 俺はあえて横に踏み込みつつ、鉄骨を迎えに行く。

 鉄骨が俺の体を通り過ぎた瞬間、俺はミノタウロスへと魔法を使用。


「"衝撃波(インパクト)"」


 鉄骨を持つミノタウロスの手に直接手を触れ、魔法を使用した。

 衝撃に耐えることができず、ミノタウロスは鉄骨を手放した。

 その瞬間を見逃してやる気は毛頭ない。


 手放した鉄骨の端に、もう一度"衝撃波(インパクト)"を使用した。

 衝撃波によって鉄骨はミノタウロスの腹部へと直進。

 

「ブモァッ!!!???」


 ミノタウロスは吐血すると、その場に片膝をついた。

 

「やっと背が低くなったな。"筋力強化(ハイパワー)"」


 鉄骨を扱う為、身体能力を強化した。

 今の所無属性で唯一使える強化魔法だ。

 二足歩行から推測するに、肉体の仕組みは人間に近いはずだ。

 次にミノタウロスの顎へと衝撃波(インパクト)を放った。

 予想通りミノタウロスを脳震盪が襲い、その場に倒れる。


 俺はゆっくりと側に落ちている鉄骨を持ち上げた。

 魔法の力は凄い。

 普段なら間違いなく持ち上がらず、筋肉痛になって終わりだろう。


「俺は…"お前の屍を越えてゆく"」


 昔流行ったゲームになぞらえて、俺は容赦なく鉄骨を振り下ろした。



 ●



「やっと編集が終わったな…正直かなり疲れた。慣れるまではこれくらい時間がかかるのか。」


 特に俺を悩ませたのは、俺の声の代わりを果たす"おっとりボイス"だ。

 現実の戦闘におっとりボイス…かなりシュールになったが果たしてどうだか。

 数日間以上の編集が終わり、俺は静かに深呼吸をした。

 結局全部終わったのは入学式前日だ。

 そして動画投稿サイト"watchn(うぉちゃん)"に動画を予約投稿。


 タイトルは

 "現実世界でもフレーム回避してみた。#1:ミノタウロス"


 理想とはかなり異なる形となったが、俺の配信者人生は始まった。

 これから俺は、"一色(いっしき) 契躱(けいた)"でもあり、配信者"夢霧無(むむむ)"でもある。


 感じたこともない不可思議な緊張と期待に胸が躍る。

 そんな自分を落ち着かせようと、俺は一度洗面所で顔を洗った。

 鏡を見上げると、黒髪黒目で身長171センチ。

 そこにはいつもと変わらない俺がいた。

 でもそいつは普段の退屈そうな様子とは対照的に、やけに明るく笑っていた。

 そう俺は、自分でも気づかない間に笑っていたのだ。

 まるでゲームをしている時のように、現実が充実した瞬間だった。

 

 

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