03話 入学式


 入学式当日、今日から俺は高校生になる。

 俺は新しいことには一気に手を付けるタイプだ。

 だから夢霧無としての活動も入学時期に合わせた。


 学校へと向かう方法はそこまで多くはない。

 異世界グランディアと地球が融合した時、魔物の影響で交通手段のほとんどは機能を失った。

 息をしているのは二輪車くらいのものだ。

 通常の車であれば、目的地にたどり着くまでに大きな魔物に獲物だと勘違いされて襲われる。

 最近はバイクとも違う"ランナウェイ"が道路を走っている。

 横並びに2個タイヤが付き、重心の移動で進行方向が決まる。

 結構面白そうだから今度動画に使いたいところだ。


 ちなみに両親の話では、街の景色はそこまで変わっていないらしい。

 異世界と融合したといっても、地球の建物が立ち並んでいる。

 むしろ工事は魔法で簡略化されたくらいだ。


 話を戻そう。

 多くの移動手段が機能を失った代わりに、この世界の移動方法を牛耳っているのは"転移門"だ。

 正直車などよりも遥かに優れている。

 そして俺は現在、転移門が数多く並ぶ"転移駅"に来ていた。

 電車用だった駅を整備し、転移門を並べる場所にしたものが"転移駅"だ。

 人員などの負担はほとんどないため、政府の資金で運営されている。


「…横浜中央高校はっと…これか。」


 転移門は他の駅はもちろん、病院などの各公共施設につながっている。

 学校もその例に漏れない。

 俺は"横浜中央高校"へと続く転移門をくぐった。

 転移門をくぐるだけで、学園の目前。

 移動の手間はほとんどない。

 入学式の為、沢山の学生たちが同じ転移門から出てくる。

 高校側の転移門はかなり大きく、横幅10メートルは優にある。

 

 これから通う学校に制服制度はない。

 俺は黒いパーカーに黒いスウェットのズボン。

 中は"闇魂"の絵が描かれたTシャツだ。

 ゲーマーであることを隠す気は毛頭ない。

 中学校時代は友達がほとんどいなかった。

 授業が終わればすぐに帰宅し、ずっとゲームをしていたせいだろう。

 交友の場に一切顔を出さなかったので当然の結果だ。

 正直に言えば友達は欲しかった。

 両親が単身赴任で家ではほとんど会話がない。

 仮に友達が出来なくとも、動画に集中するわけだが。


 高校は白い建物で、校舎は2つある。

 一つが5階建て、もう一つが3階建て。

 3階建ての方は運動施設を内蔵している。

 校庭はそれなりに広く、サッカーの名門らしい。

 ただし俺は、部活に所属する気は全くない。

 3階建ての方へと向かい、そのまま中に入る。

 すでに学生が着席しており、俺もそれに従う。

 入学式が始まるまで後5分、時間は守るタイプだ。


「さて、皆さん。これから入学式を始めます。携帯は電源をOFFにして、先生たちの話をしっかりと聞くようにしてください。」


 壇上に教員が立ち、早速話始めた。

 壇上には他にも、それなりの数の教員がいる。

 余談だが、携帯の指示に従う学生はいない。


「それでは入学式を開始します。早速ですが、まずは校長先生から重要なお話がありますので、皆さんご清聴下さい。」


 壇上で椅子に座っていた教員の中から、一人が立ち上がった。


「えぇ、皆さん。私がこの横浜中央高校の校長を務める"沙良(さら) 総司(そうじ)"と申します。」


 そう挨拶すると、沙良校長が深く御辞儀をした。

 黒髪黒目のオールバックで、ナイスガイ。黒いスーツに身を包んでいる。

 額には只者ではない雰囲気を放つ大きな傷。

 ガタイはかなり良い。身長は目測185センチくらいだ。

 俺が入学を決めた時に見た校長と別人になっている。


「重要事項を一つだけ話させてください。お手紙にてすでに伝えてあると思いますが、本校は今年より"戦闘技術授業"を他校と同じように取り入れます。危険な世の中ですので、仕方のないことでした。」


 …手紙?

 まったく読んでないんだが。

 あえてそういう高校は避けてきたのに…まぁいい。

 トットと出会った今となっては好都合かもな。


 それから沙良校長は世間話を混ぜつつ挨拶を済ませた。 

 そこから入学式が終わるのは一瞬で、あっというまのことだった。



 ●



 入学式後、各クラスへと生徒たちは移動する。

 移動が終わるとすぐに黒板の前に先生が立った。


「皆さん、おはようございます。」

「おはようございます!」

「私は1年2組の担任になります、"白木(しろき) 穂波(ほなみ)"です。よろしくお願いします。」

「よろしくお願いします!」

「今日やることは後は自己紹介だけです。教科書などは授業に合わせて随時配られますので、親御さんにはそうご説明下さい。」


 白木先生は…女性で、白い髪に青い目をしている。髪は真っ直ぐに美しく伸ばされており、キューティクルが天使の輪のようだ。

 そして文字通り"人種"が違う。


 "有翼人"だ。


 有翼人は人間よりも高い知能を持つ。

 脳の機能を完全に使いこなせるのが理由だ。

 それによって戦闘方面以外にも地球社会に深く溶け込んでいる。

 某大手IT企業の社長はインド人から有翼人になった。

 有翼人であることを見せつけるかのように、背中に立派な羽が生えている。

 それ以外は普通の人間とさして変わらない。

 確かにこと教育面において、これほど力強い味方はいない。

 名前が和名である理由は、"天使言語"を人間が発音できないからだ。

 人間に合わせて、こうした名前を自分に設けているらしい。


「それでは出席番号一番の生徒から自己紹介をお願いします。」


 俺の苗字は一色、席順は名前順。

 つまり俺の順番は割とすぐに来る。

 前の生徒が自己紹介を終え、俺は立ち上がった。


「初めまして。一色 契躱です。趣味はゲームで、とてもやり込んでいます。ここ最近は"闇魂"のRTAに挑戦して、惜しくも失敗しました。よろしくお願いします。」


 俺がヘビーゲーマーであるという要項をうまく盛り込んだ、いい自己紹介だったと我ながら思う。

 そしてその後も自己紹介は続き、つつがなく初日は終わった。


 先生が終わりの挨拶を終え出ていくと、教室がざわつき始めた。

 それぞれの生徒がお互いに会話を始める。

 自己紹介によって得た趣味の情報を元に、皆が集まる。

 しかし、残念ながら俺ほどのヘビーゲーマーはいなかった。

 おそらく高校生活もまた、俺は一人で過ごすことになるだろう。


「あ…あにょ!」

「…?」

(あにょ?何語だ?)

「す、すみません。噛んでしまいました。さっきの…」

「…自己紹介ですか?」

「は、はい。それです。ゲームが趣味だとか…」

「自分で言うのもなんですが、かなりのヘビーゲーマーだと思いますよ。それこそ、あなたが想像しているよりも。」


 俺が話かけられたのは女生徒だった。

 黒髪黒目で髪が長く、前髪は目の少し上で切り揃えられている。

 容姿はかなり整っていた。

 でもそのすべてを服装が台無しにしている。大きめのオーバーオールに中はロンT、そこには見たことのないアニメのキャラ絵が描かれている。

 おそらく彼女はアニメオタクなのだろう。

 アニオタとゲーオタを一緒くたに考える人がいるが、それは違う。

 どちらが上だとか下らない論争をするつもりはないが。


「私も…ゲームをやります。」

「なるほど。どんなのを?」

「アクション系がほとんどで、"闇魂"も何とかクリアできたんです。」

「凄いですね。かなり高難易度だったはずです。」

「あの…同い年ですし…敬語はやめませんか?」

「それは楽で助かるけど、あんまり女子と会話したことなくて」

「わわわ、私なんて女子の端くれもいいところ。」

「そ、そうなんだ。」


 うまいフォローも見つからず、二人の間に気まずい空気が流れる。

 教室には俺以外にも沢山生徒がいるのに、どうして俺に話かけたんだろうか。

 でも最初に考えていたよりは印象がいい。

 見下す訳じゃないが、同年代の女子で"闇魂"をクリアしているなんて。

 それだけで俺からすれば高評価だ。


「あの!よければ今日、一緒に帰ろう?」

「…。」


 "同級生の女子と一緒に帰宅"、パワーワード過ぎないか。

 いや、今まで友達が出来なくて悩んだこともあった。

 結論として趣味の違う人間と上っ面で付き合うのはやめたが、この子は本当にゲームが好きなんだ。

 練度は関係ない、重要なのはゲームに対する愛だろ。


「う…ん、一緒に帰ろうか。ゲームの話でもしながら。」

「よかった!同級生の女子に、ゲームの話出来る子なんていなかったから。」


 当然だろう。

 俺の中学校のクラスメイトも、女子は皆恋愛の話ばかりしていた。

 それか男子は部活動で忙しそうにしている奴らばかりだった。

 つまり、俺たちはきっと同じ穴の狢だったんだ。

 共通の趣味を持ち、楽しく会話できる仲間がいない。


「…そういえば君の名前は?」

「私は"朝比奈(あさひな) 描絵手(かえで)"。よろしくね。」

「俺は一色 契躱、よろしく。」



 ●



「え?闇魂のRTA、最速達成寸前だったの!?」

「まぁ一応。でも結局クリアできなかったから。」

「そ、そんな!充分凄いよ!ありえない!あんな難しいゲームのRTAやろうとするなんてどんな人なんだろうと思ってたけど!本当に凄い!」


 トットに無駄にされたRTA。

 無駄にはならなかったみたいだ。

 こうして凄いと思ってくれる誰かがいるなら、それだけで報われる。

 俺たちは現在学校を後にして、帰宅ついでにファミレスに来ていた。

 帰路につけば転移門な為、直ぐに帰宅できてしまう。

 高校も午前だけだったので、こうしてご飯のついでに話していた。 


「そういえば、アニメ好きなんだね?」

「ううん、別にそんなことはないよ。」

「え?」

「…そっか、この絵でそう思ったんだね。」


 彼女は自分のロンTを見下ろした。


「じゃぁそれは一体?」

「これね…恥ずかしいんだけど…自分で描いたの。」

「いや…いくら何でもそれは…だってプロの絵にしか見えない。」

「ほ、本当!?」


 彼女は大きな声をあげながら立ち上がった。

 するとすぐに周囲を見回し、ここがファミレスであることを思い出したのか少しだけ恥ずかしそうに座った。


「う、嬉しい。ゆ、夢なんだ。」

「夢?」

「私、将来イラストレーターになりたいの。それこそゲームのキャラデザとかを考えたくて…。」

「そこまで将来を考えているなんて凄いよ。それにその絵のレベルなら、全然届かない夢じゃない。」

「そうかな?…そうだといいなぁ。」


 彼女は嬉しそうに笑っている。

 でもその表情にはなんとなく暗さがあるというか。

 少なくとも俺は、彼女の表情に少しだけ違和感を覚えた。


 しかし、この日はここで帰宅することになった。

 その違和感について聞けるほど、まだ彼女との関係性は深くない。

 女友達なんてできたことがない。

 そのうち彼女の相談に乗れるような相手になれればいいなと思う。

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