第一部 ムムム

01話 暗い部屋から明るい部屋へ

 ゲームをする時は部屋を明るくしろ。

 大体の人間が自分の視力を思いやり、この約束事を守る。

 でも俺は違った。視覚情報を多く残せば、集中が乱れるからだ。

 部屋を暗くし、明るいのはゲーム画面だけ。

 

 そんな暗い部屋で俺は、大人気ゲームのRTAに挑戦していた。

 ゲーム名は"闇魂(やみたま)"。高難易度アクション大作だ。

 無事高校受験を乗り越え、春休みを謳歌する代わりに取り組んでいる。 


 非常に順調にゲームは進行し、ここまでは世界記録より少し早い。

 現在は無死状態で、このままいけば問題なく世界記録を越える。

 もちろん自信があった。

 世界はもう目前まで見えている。

 俺は今日、世界を越える。

 そしてこの動画を、大流行している動画投稿サイト"watchn(うぉちゃん)"の、俺のチャンネル"夢霧無(むむむ)"に投稿すれば、一躍有名配信者だ。


 俺は無心で現在戦闘中のボスの隙を伺っていた。

 次の隙で止めを刺す。

 俺の集中力はもはや、自分でも信じられないほど研ぎ澄まされていた。


「…んあ?」


 突然、真っ暗な空間から、真っ白な空間へと変わった。

 何が起きたのか理解できない。


 母さんが部屋の電気を付けたのならまだ理解できる。

 現在両親ともに単身赴任中であるため、そんなことは不可能だが。

 それにこの真っ白な空間には壁すらない。

 俺は呆然としながら、ただ前を眺め続けた。


 すると後ろから声が聞こえた。


「やぁ。初めましてだね。」

「…?」


 俺は首をコキコキと鳴らしながら、後ろを向いた。

 そこには真っ白な布を服のように着こなす、緑髪の十歳くらいの少年がいた。


「…誰だ?」

「僕の名前は"トット"。遊びの神だ。」


 何が起きているのかは理解できなかったが、一つだけ理解できることがある。

 俺は無言で謎の少年に近づき、その肩を上から押さえつけた。


「え?どうしたの?」

「今俺の部屋はどうなっている?」

「普段通りだと思うけど。」

「…おいおい、どうしてくれるんだ?少年。お前のせいで俺の夢が…なぁおい理解しているか?年齢は関係ない。お願いだから一度だけ殴らせろ。」

「な、何を言っているんだい?僕が君に何をしたっていうんだい?そもそもまだ出会ったばかりじゃないか!?」

「出会ったばかりでも俺のヘイトはお前に一直線だ。とりあえず殴るぞ?」


 俺が少年を殴ろうとして拳を振り上げると、少年はいとも簡単に俺の手から逃れて距離をとった。


「ちょ、ちょっと待ってよ!僕が誰だか理解しているのかい!?」

「あぁ。トットは確かエルフ神話で遊びの神だったはずだ。」

「…え?本当に理解しているんだ。珍しい人間だね。」


 神様の神様らしくもないキョトンとした顔を見て、俺の沸点は一気に下がった。

 怒りに震えているのすらバカバカしく思えた。

 そんな俺を次に襲ったのは喪失感だ。

 あのRTAにどれほどの時間と心血を注いでいたか…。

 

「…。今度は急にへこんだね。」

「誰のせいだと思っているんだ?」

「ハハハ…何が起きたのかは分からないけど、とりあえずごめんよ。」

「…もういいよ。」

「ま、まぁ気を取り直してよ!僕がここに来たのは君にとって悪くない話だと思うんだよね。」

「何しに来たんだよ?」


 トットは突然指を鳴らした。

 するといつの間にかサングラスをかけていた。

 少年でしかない彼の容姿に、それは余りに似合っていない。 


「君、"力"が欲しいと思わないかい?」

「…力?」

「その通り。"力"だ。僕は今から君に"力"と"試練"を与える。」

「どういう…ことだ?」

「試練を乗り越えれば、君は力を手に入れる。どうだい?わかりやすいだろ?」

「待て、その前に俺がいつ力が欲しいといった?」


 ここ最近の世界を賑わす"shell(シェル)"になりたいと思ったことは一度もない。

 選んだ高校もそういった技能を習得する場所ではなく、普通の高校だ。


「"shell"には別に興味なし…か。」

「心を…読んだのか?」

「でも有名にはなりたいんだろう?夢霧無…いい名前じゃないか。僕は応援しているよ。力があれば、有名になれるかもね。」

「"shell"に…入らずにか?」

「僕がふいにしてしまった"RTA"の代わりに、君が戦っている動画でも投稿してみるといい。それだけで一躍有名人さ。」


 俺は思わず無言でトットを見返した。

 神様相手には何も隠すことはできない。

 有名配信者に憧れてはいたが、まさかこんな事態になるとは。


「うん、やる気になったみたいだね」


 言葉を出さなくても、俺の心がどちらに動いたのか理解されている。


「最後に、一つだけ聞かせてくれないか?」

「いいよ。」

「…なぜ俺を選んだんだ?」

「僕は何の神かな?」

「遊びの…神様だろ。まさか、気まぐれか?」

「違うよ。君がこの世界で最も真剣に遊びを楽しんでいたからさ。」


 トットは突然空へと飛びあがり、もう一度指を鳴らした。

 すると目の前に、一人の見覚えのある男が現れた。

 男は神父のような格好だが、その服はズタボロ。

 背はかなり高く、まるで見上げるようだ。

 呼吸のリズムもやけに速く、異常者にしか見えない。

 それとかなり"臭い"。


「君がこれまでに遊んできたゲームの中から、一体だけボスを再現してみたよ。かなり手こずるだろうけど、これは"試練"だからね」

「ど、通りで見覚えがあると思った」


 レバタイン神父。

 現在プレイ中の闇魂とは別の"血骨(ちこつ)"に出てくる序盤の強ボス。

 何人ものプレイヤーが彼には煮え湯を飲まされたことだろう。

 実際俺もその一人で、当時は何度もコントローラーを投げそうになった。

 ゲームをやらない人よりは上手いが、足りない才能を努力でおぎっなってきたタイプの俺からすれば、嫌な思い出しかない。


「君に与える力…いや、"スキル"は『フレーム回避』。君の遊んできたゲームの中で最も君が楽しんでいたシステムをスキルにしてみたんだ。それに試練の相手も適切だろう?」

「フレーム回避…っておい!?現実には"fps"なんて存在しないぞ!」

「大丈夫、ちゃんと君が使いやすいように調整しておいた。君が地面に足を突くたびに"一秒"だけ、君はスキルを発動できるよ。」


 "一秒"無敵…?

 かなり長い、イージーゲームじゃないか。


「それじゃ…試練開始と行こうか。」


 トットがもう一度指をならすと、ついにレバタイン神父は動き出した。

 手にはショットガンと斧を持っている。


 …っておい。最初の相手が銃器って、ハードすぎるな。

 前言撤回だ。


 レバタイン神父は一瞬も止まらずに俺へと斧を振り下ろした。


 斬ッ!!!


 それは綺麗に俺に直撃し、俺は胸から大量に出血した。

 でも痛くはない。

 というかリアル・レバタイン神父強すぎて草、草通り越して花、花咲き誇って夢まであるなこれ。

 いや、現実だった。

 てか、やっぱめちゃくちゃ痛い。

 ありえないくらい痛い。

 だが俺が痛みに悶えている間、レバタイン神父は攻撃してこなかった。

 かなり苦しんだ後、傷は突然完治した。

 

「これで君の残機は残り"2機"だね。」

「…残機システムもっと早く言っておいてくれない?」

「大丈夫、仮に残機を使い果たしても、君は死なない。ただ試練は失敗して、翌朝目覚めた時には何も覚えていないよ。」

 

 つまり残るのは、なぜか失敗したRTAっておい…それは許せんな。


「君は今初めて斬られて、初めて死んだんだ。どうかな?怖いかい?もちろんこれは強制じゃない。諦めるのも有りだ。」

「いや、やっと燃えてきたところだ。」


 俺は口元からこぼれた血を拭った。

 服には見たこともないほどの血がついている。

 しかしこの瞬間、俺の中の何かが崩壊し、突然加速しだした。


 現実をゲームと重ねる奴は、いかれているしいつか問題を起こす。

 自殺してもリトライ出来るとか考えてそうだとか。

 実際現実をゲームに重ねる奴に勘しては、俺も馬鹿にしていた。


 でも世界は、少し前からゲームみたいになっていた。

 今俺に降りかかるこの現実もそうだ。

 だからこの世界は"2.5次元世界"だなんて呼ばれている。


 俺の現実はこの瞬間初めて、ようやくゲームと重なった。

 いや、融合したと言っても過言ではない。

 しかし、だからこそ俺はこの逆境を乗り越えることが出来る。


「なぁ神様。」

「…どうしたんだい?」

「俺の残機、"1"でいいよ。」

「え?」

「俺は縛りが強くなればなるほど、燃えるタイプのゲーマーだ。」

「ハハハ。やっぱり君を選んで正解だった。僕はそんな君を気に入ったんだ。」

「それじゃ、早速始めてくれ。」

「OK、君最高だよ。それじゃぁラウンド2、開始!」


 さて、俺がこの後どうなったかは言うまでもないだろう。

 これは俺という名の物語の、まだ序章でしかない。

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