09話 撮影風景
「ちょっと待って…配信者活動って?」
「そのまんまの意味だけど?"うぉちゃん"で動画投稿してるんだ。それを手伝ってほしくてさ。」
「…それって…あぁ…そういう…こと、ね。」
描絵手の赤く染まった頬が、一気に素の色に戻った。
そして俺の方を見る目にはなぜか力がなく、まるでマラソンを走った後の脱力感をその身に宿しているかのようだ。
彼女は自分の頬を両手で優しくたたくと、一度深呼吸をした。
何か吹っ切れたかのような顔になると、もう一度話始めた。
「えっと、でも私動画編集なんてしたことないよ?」
「いや、そうじゃなくて、そんな負担を負わせる気はないよ。俺のチャンネルにキャラクターを作って欲しいんだ。」
「キャラクター?」
「その通り、俺のチャンネルに今一番足りないのはキャラクター性だと思っててさ、そこで描絵手のイラスト力を借りたいと考えたんだ。」
俺は自身のチャンネルや動画に、キャラクター性が足りないのではないかとついに閃いた。
仮に俺の動画を面白いと思ってくれる人でも、それは動画の内容に興味を持ってくれただけで、俺自身には何の興味もないんだと思う。
どんなに面白い動画を作っても、感情移入できる何かが無くては、きっとファンもつかないし、登録者も増えないんだと思った。
それは当然のことで、俺も動画を見ながら配信者たちのキャラクターを同時に見ていることがある。
そして今後も"この配信者"の作る動画が見たい、この人を応援したいと思えた時、ようやくチェンネル登録をしていた。
つまり"面白い動画だから"だけではなく、"面白い人"だから登録していたんだと、ようやく気付くことができた。
しかし俺の動画には今の所"姿形"がなく、誰に感情移入していいか不明だ。
だからこそ絵の上手い彼女の力を借りて、俺の代わりにみんなの支持を集めるキャラクターを作ればいいのではないかと考えていた。
「う~ん、言いたいことは分かるけど。」
「頼む!君の力が必要なんだ!」
「とありあえず動画を見せてもらっても?」
「そ、それはそうだよな。…でも友達に動画見られるのなんて初めてで、かなり緊張するな。」
俺はそういいながらもスマホを取り出し、自分のチャンネルを開く。
こうして改めてチャンネルを見つめていると、アイコンすらダサく感じるのはどうしてだろうか。
他の配信者たちのチェンネルよりもデザイン性が低い感じがする。
それはさておき、俺は動画を見せるために、普段よりも彼女に近づいた。
スマホの画面には例の『現実世界でもフレーム回避してみた#1:ミノタウロス』と表示されている。
「エッ!!!???」
「…ん?どうしたの?」
「む、むむ、夢霧無さんの正体って…契躱君だったの!?」
「正体っていうかまぁ、一応そうだね。もしかしてすでに知ってたの?」
「当たり前じゃん!ゲーマー界隈で今夢霧無がどれだけバズってるか!気付いてなかったの!?」
「いや、あんまりエゴサーチしなくて…ゲーマー界隈って?」
「"フレーム回避"なんてワード使ってたら当然食いつくのはゲーマーだよ!私のネット友達もこぞって夢霧無さん見てるんだから!」
「いやぁ、確かに再生数だけは多かったけど…知らなかったな。」
どうも知っているみたいなので、俺はスマホをしまった。
彼女の頬は再び赤く染まり、その瞳を期待に輝かせている。
「…見たい。」
「え?」
唐突に描絵手がそうつぶやいた。
「何が…見たいんだ?」
「撮影風景を見たい。戦っているところが見たい!」
彼女の瞳の輝きが、その発言が如何に真剣であるかを証明している。
「ち、違うの。ただ興味があるってだけじゃなくて、もしも絵を描くのならあなたが実際に戦っているところを見て、躍動感とか、実際に感じ取れるものを大切にしたくて。」
「ならやってくれるのか?」
「うん、挑戦してみるよ!」
彼女はフンスッ、という音が聞こえそうなほどのガッツポーズを決めた。
●
「…ここが契躱君の家なんだね。」
「うん、外で待たせるのも悪いから、中に入ってよ。」
描絵手に撮影風景を見せるために、一度道具をとりに家に戻った。
服装に関しては面倒なので装備を私服利用しているが、カメラなんかは普段は家で充電しているので、一度取りに帰る必要があった。
「お、男の子の家に入るのなんて初めてだな。」
(いや、俺も女子を家に呼ぶのなんて初めてだよ。でもまぁ部屋に呼ぶわけじゃないし、問題ないだろ。)
とりあえず描絵手をリビングに招待した。
「あれ?これって?」
「あぁ…それは秘密道具さ。」
彼女が指をさしたのは"black box"だった。
ファンタジズムから送られてきた万能の箱だ。
今も中では俺の装備を整備してくれているはずだ。
普通に説明するのは面白くないので、なんとなく一旦隠した。
「そうだ、どうせならカメラを頼んでもいいかな?」
「私が撮影してもいいの!?」
「い、意外に好反応で驚いたよ。ただ戦いの途中に近づかれるのは危ないから、あんまり動かず観察する感じに近いけどね。」
「それでも面白そう!」
「よ、よろしく頼むよ。」
俺はブラックボックスを開け、その中に入った夢霧無を取り出した。
「うわッ!?す、凄い!かっこいい!」
「だろ?自分的にもこの箱のギミックは気に入っててさ。」
ギミックの多いこの箱の開き方に、予想通り彼女は反応してくれた。
自分で作ったわけではないのに、なんとなく気持ちがいい。
すると彼女は次に、取り出した刀に目を向けた。
「そうそれ!そんな刀持っている人見たことないよ!それどうしたの?」
「これは最初の動画を見てくれた装備会社の人が送ってくれたんだ。普通に資金力は学生レベルだから、その会社の人の手助けで何とかなってる。」
「な、なるほどね。それはそうか。お金持ちなのかと思った。…そういえば、ご両親は?」
「あぁ、それぞれ別々に単身赴任で、今は一人暮らしなんだ。たまに帰ってくるけど、本当にそれくらいかな。」
「そ、そっか。」
「もうかなり前からそうだから慣れたよ。気にしないで。」
確かに一軒家に子供が一人暮らしって、普通じゃない…か。
少し心配させちゃったみたいだ。
「よし、準備完了!早速向かおうか。」
「どこ行くの?」
「身バレを防ぐために目立たない場所で活動してるんだ。だから今回も県をまたいで人気のない場所に向かう。」
「了解!」
それから俺たち二人は転移門で移動し、今回は沖縄県に来た。
あんまり田舎に行き過ぎると目撃情報が減ってしまうので、ほどよく人がいる場所まで向かい、後は"シェリー待機"となる。
簡単にどこでも来れるこの時代だからこそ、気候変化が辛い瞬間がある。
でもファンタジズムから送られてきたこのパーカーは気候変化にも強く、沖縄に突然来ても熱く感じない。
「そうやって魔物を探していたんだね。」
「ソーシャルネット社会万歳だ。自分で探すと効率が悪いから、大体はこうして待機してる。」
「でもそうするとシェルの人が来ちゃうんじゃ?」
「転移門があるし、田舎ならすぐには来ないから問題ないよ。」
「なるほど。身バレ対策もしてるんだ。」
「まだ学生だから。…おっ!反応ありだ。この魔物にしよう。」
「魔物は…"アルー"?どんな魔物なの。」
「確か羽の生えた二足歩行の牛だな。」
「く、詳しいね。」
「ゲーム界隈の知識だよ。早速向かおう。」
なるべく素早く移動すると、目撃情報通り全く人のいない交差点だった。
近隣に人が住んでいる様子はなく、ほとんど使われていないのだろう。
日常の風景に羽の生えた二足歩行の牛がいる様は、まさしく異様だ。
体色は灰色で、羽は鳥というよりは蝙蝠のものに近い。
体長はおよそ2.5メートルほどだ。
「つ、強そうだよ?大丈夫なの?」
「たぶん問題ないと思う。とりあえず撮影を。」
「わ、わかった。」
移動中に得たネットの知識では、ミノタウロスとあまり変わらないらしい。
俺にとって厄介な遠距離攻撃手段は投擲くらいしかないだろう。
ただ注意点として書かれていたのは空を飛ぶこと。
重要なのは先手で羽にダメージを与えておくことらしい。
そこまで頑強な羽ではないので、少なくとも空中戦闘は避けられる。
もちろん以上の説明はミノタウロスを倒せることが前提だが、肉弾戦を挑んでくる力押しの魔物なら、"フレーム回避"と相性がいいので何とかなるだろう。
俺は着ているパーカーを戦闘モードに切り替えた。
一気に吸着していくパーカーを見て、描絵手が驚いている。
「おっ、うおぉぉぉ…凄い。確かにそれなら着替える必要ないもんね。」
そして彼女がカメラをセットしたのを見計らって、俺はアルーへと向かった。
アルーはミノタウロスのように周囲の物を武器化していない。
一瞬で俺に気付くと、そのまま拳を振るってきた。
ブンッ!!!
という大きな音がなるも、力任せな大振りだったので、俺は冷静に屈んでその攻撃をかわした。
反撃の隙があったが、一度その手を止めた。
おそらく最も警戒されるであろう一撃目は羽を狙いたい。
「ブッ、ブモォォォォォォ!!!」
アルーは攻撃を外したことに苛立ったのか、いきなり空を飛ぼうとした。
しかしそのモーションは足をたわめる工程など、かなり大きく、ゲーマーの俺からすれば大きな隙にしか見えない。
俺はすぐに"筋力強化"を発動し、アルーの方へと飛んだ。
もちろん狙いは羽、一瞬にして到達。
見た目通り硬くもなく、右羽を一刀のもとに斬り落とした。
空を飛ぶ寸前だったアルーは羽を失い、バランスを崩して転んだ。
すぐに首元まで向かい、そのまま止めを刺そうとする。
しかしアルーはここで決死の抵抗を見せる。
両腕を地面にたたきつけ、剛力で地面を揺らしたのだ。
俺はバランスを崩し、その場で止まった。
その隙を逃さず、アルーはすぐに上体を起こして立ち上がってしまった。
魔物と戦うたびに関心させられるが、彼らは頭がいい。
「ブモォォォ。」
アルーは俺から走って距離をとると、交差点にあるカーブミラーを地面からもぎ取って、それを武器にした。
羽を失ったからか、もはやミノタウロスのような行動に代わっている。
人間でいえば遠い親戚くらいの遺伝子関係なんだろう。
アルーは全力でそのカーブミラーを振るってきた。
ただこうした牛系の魔物に言えることだが、力押しが凄い。
もしもここが本当にゲームでも、かなり攻略しやすい部類だろう。
真横に薙ぐように向かってくるカーブミラーに対して"フレーム回避"を発動すると、カーブミラーは俺を貫通して通り過ぎていった。
《大振り過ぎたな。》
相変わらずの変声機ボイスには、まったくしまりがない。
俺は大きく開いた腹部に容赦なく夢霧無を振るった。
斬(ザン)ッ!!!
「ブモッ!!!???」
するとアルーは苦しそうに右ひざをついた。
そのまま間髪入れずにアルーの首へと夢霧無を一閃。
アルーは前方に徐々に傾き
ズシンッ!!!
という大きな音を立て倒れ、生命活動を停止した。
「す、凄すぎ…。」
いまだに驚いている描絵手の方を見てすぐに指示を出す。
《さっ、シェルが来るから撤退しよう!》
「わ、わかった!」
まるで夜逃げでもするかのように、二人でその場を後にした。
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