10話 リモート・コントロール
俺と描絵手は転移門を使用し、沖縄を後にして地元の横浜に戻った。
少しだけ走ったせいで、彼女の息が荒い。
「はぁっはぁっ、…ちょっと休憩しよう。」
「そうだな、休んだ方が良さそうだ。」
放課後ということもあり、夕日すら完全に沈んでいた。
スマホで時計を見れば18時を回っている。
まだそこまで遅い時間という訳ではないが、女子であればもう十分帰宅したほうがいい時間帯だ。
ただこの様子では、少しだけ休憩してから帰宅するべきだろう。
「一度カフェで休憩しよう。疲れたまま動くと危ない。」
「カフェ…。そうだね、休みたい。」
カフェに入ると、窓際の二人席に案内された。
時間帯のせいか、まだ学生が多い。
ただカフェという場所もあってか、少なくないカップルたちもいる。
俺はすぐに気付いたが、知らんぷりをするのが紳士だろうと思った。
注文したのは俺がコーヒー、苦くて好きではない。
完全に格好つけてしまっただけだ。
彼女が頼んだのはミルクココア。ホットだ。
「なんとなくイメージできたかも。なんとなくだけどね。」
「それって絵の?」
「そう、凄い躍動感だったから、いい絵が描けそう。なんというか、こんなに心を動かされたのは初めてかも。」
(結構血なまぐさかったと思うけど…でもゲームをやっているとあぁ言うので盛り上がるのも分からなくもない。結構格闘技好きなタイプかもな。)
「気に入ってくれたならよかった。でも本来は危険なことだから、今後は視聴者として見て欲しい。まだ描絵手を守れるほど強くないから。」
「うん、私自身ちょっと走っただけでこんなだし、そうするよ。でももしも私が自分で戦えるほどの力を付けれたら、その時は一緒に連れて行ってほしい。」
「こっちからお願いしたいところだよ。我ながら単独行動は危険だし。」
描絵手はある程度息を整えると、ココアを飲んだ。
なんとなく俺もそれに習って、コーヒーを飲んでしまう。
俺が一瞬だけした苦そうな表情を、彼女は見逃さなかった。
「…?もしかしてコーヒー好きなじゃないの?」
「あぁ…まぁ日によっては好きじゃなかったり、好きだったり。」
「調子悪い時に飲むエナドリみたいな?」
「うん、そんな感じ。むしろそれ、それでしかない。」
俺の本心を見抜ているであろう描絵手は、少しだけ笑った。
すると今日何度目かの真剣な目をして、もう一度口を開いた。
「三日欲しい。それまでに必ずいい絵を仕上げてみせるから。」
「そんなに焦らなくてもいいけど…なんか申し訳ない。」
「ううん、私がそうしたいんだ。だから三日!必ず満足させる!」
「おぉ!?凄い勢いだな。でもそれだけ真剣にやってくれるなら嬉しいよ。」
「任せて!私史上最高の絵を描くから!」
彼女は拳を握り、気合を入れている。
それからとりとめもない話をいくつかして、俺たちは店を後にした。
●
描絵手との一幕の後、俺は家に帰って勉強に手を付けた。
ただ思わぬ彼女の気合の入りように影響され、なんとなく手が進まない。
彼女の協力もあり、キャラクター性の改善は恐らく上手く行くだろう。
次の問題は俺の戦闘にある。
スキルを駆使して勝利することはできる。
ただやはり俺の戦闘には派手さがない。
最初の投稿から再生数が一気に減ったのは、おそらくそのせいもあるだろう。
無属性じゃ派手な魔法も使えないし、戦闘を派手にするのは難しい。
そこで思い浮かんだのは、やはり沙良校長が使っていた"遠隔操作(リモコン)"だった。
派手さはないが、確実に珍しさはある。
沙良校長の言っていた通り無属性はまだ発展途上で、おそらく今後も進化していくんだと思う。
その技術の一端であるリモコンは、間違いなく大衆の注目を集める。
もっとも、それも俺が"リモコン"を使いこなせなければ何の意味もない。
沙良校長から習ったこの魔法は今の所使いこなせそうもない。
俺は勉強するために手に持っていたシャーペンを、気まぐれに天井へ向かって投げた。
そして落ちてくるシャーペンに意識を集中し、魔法を発動する。
するとシャーペンはその向きを不自然に変えただけで、落下を続けた。
今の所俺に出来るリモコンの限界は、少しだけずらすこと。
間違いなく完成には遠いだろう。
(リモコンを使うのに最も重要なのは、見えない手をイメージすること…か。)
言っていることは理解できるし、俺は何度もそれをイメージした。
でも結果は物をずらすだけ。それも一センチにも満たない距離だ。
俺には魔法を扱う才能がないのだろうか。
"衝撃波"や"筋力強化"の習得にも一週間以上かかった記憶がある。
それが速いのかも遅いのかも分からない。
一人で考えても結論が見つかるような気はしない。
俺はスマホを手に取った。
プルルル、プルルル…
『はい、もしもし。どうしたんですか契躱君?』
「あっ、ミルさん。こんな時間に電話してすみません。」
『全然いいですよ。今の所テレビを見ているだけですから。』
時刻はすでに夜の9時を回っている。
「ありがとうございます。少し相談したいことがありまして。」
『新装備ですか?』
「いや、そういうわけではなく、魔法についてです。」
俺はミルさんのステータスに"火属性魔法Ⅴ"という文字があったことをしっかりと記憶していた。
『魔法…ですか。使えはしますが専門分野ではないので力になれるかどうか。』
「少なくとも俺よりは使えるはずです。」
『おや、そういえばお互いにステータスを見せ合った中でしたね。』
ミルさんはどことなく意味深な言い回しをしてくる。
それになぜか、彼女は少しだけ吐息多めな声で話してくる。
耳と心臓に悪い声色だ。
俺は動揺を隠せず少しだけ携帯を持つ手を震わしたが、声だけは何としても平常心を保った。
「…でなんですが、魔法を使う時に重要な事ってありますか?」
『また随分と抽象的な質問ですね。子供らしいといえばらしいですが。』
「すみません。」
『ふふふ、謝る必要はないですよ。そうですね、テレビ通話に出来ますか?』
「分かりました。変えますね。」
俺はスマホを机の上に置き、画面を操作して通話を切り替えた。
するとスマホにミルさんの姿が映る。
彼女は寝巻で、キャミソールに短パンというハチャメチャな薄着だった。
女性の薄着であるはずなのに、彼女は相変わらず子供にしか見えない。
それでも俺は、正直かなり動揺していた。
今思えばこうして女性と何気ない電話をするのも初めてで、それが俺の緊張を膨張させていった。
『おや?子供には少し刺激が強すぎましたかね?』
「ミルさんだって見た目は子供です…。」
『私はれっきとした大人ですが、仕方がありません。脱ぎます。』
「ちょっと待ってください!どうして脱ぐんですか!」
『私が子供にしか見えないのであれば、何も感じないはずです。』
ミルさんが煽ってくるので抵抗したら思わぬ事態になった。
画面の中の彼女は一瞬も迷わずにキャミソールに手をかけた。
「ま、参りました!脱ぐのを止めて下さい!」
『素直でよろしい。見逃してあげます。』
「…はぁ。話を戻させて下さい。」
『魔法を扱うのに重要な事…でしたね。』
「はい。」
『私が常々思うのは、他人の感覚を頼りにしないことです。』
「…え?」
『驚きましたか?学生は教わるのが本分ですからね。でもこれは本当のことです。特に魔法においては自分だけの感覚がありますから。』
「自分だけの感覚…ですか?」
『はい。例えば初級魔法の"火球(ファイアーボール)"でも、火のついた球をイメージする人と、火の玉をイメージする人がいます。』
「な、なるほど。なんとなく言いたいことが分かる気がします。」
『自分にもっとも適切なイメージ方法は一体どのようなものか、それが魔法において最も重要なことです。イメージを変えるだけで、威力まで左右されるのが魔法の世界ですから。』
「勉強になります。流石ミルさんですね。」
『いえいえ、お気になさらず。』
俺は彼女の説明に深く感心した。
確かに学校に通ううちに、ただ習ったことを実行するだけになっていた。
沙良先生がリモコンを使う時は見えない物体を掴むイメージだが、俺には俺の適切なイメージ方法があるんだろう。
確かに視野が狭かったのかもしれない。
しかし、感心だけではなく俺はある疑問に思い当たった。
「…そういえばミルさん、どうしてテレビ通話に?この内容ならわざわざ変える必要なんてなかったのでは?」
『ふふふ、気付いてしまいましたか。大人には純情な男の子を弄びたい夜があるのですよ。たまたま薄着でしたし、想定以上の反応でした。』
「じゃぁ俺はまんまと罠にハマっていたみたいですね。」
『そうですね。幻滅しましたか?』
「いいえ、疲れました。」
『そうですか、それならお詫びに脱ぎます。』
「ひ、必要ありません。今日はありがとうございました!」
プツンッ。
リリさんがもう一度キャミソールに手をかけたところで、俺は半ば強引に通話を切った。
目上の方に対して失礼だったのかもしれないが、俺の防衛本能が勝手に行動した結果だ。
一応謝罪とお礼のメールを送っておこう。
でも話としてはかなり参考になった。
リリさんから教わったことを参考に、俺はまたシャーペンを眺めた。
(自分だけのイメージをする…か。)
いくらシャーペンを見ても結論が出ない。
なんとなく持て余したこの時間に、俺はふとゲームを付けようとした。
そしてその瞬間、まるで脳内に電撃が走ったかのような感覚に陥る。
そう、俺は閃いたのだ。
(遠隔操作って…俺は常にゲームキャラクターを操作してきたじゃないか。)
ゲーム内のキャラクターはコマンド制御されているものの、ほとんど自分の意志通りの動きをさせてきた。
なら現実にもそれを反映すればいい。
俺はシャーペンではなく、部屋にあるガラスケースに入ったフィギュアたちの方を見た。
どれも俺の好きなゲーム達のキャラだ。
ガラスケースを開け、関節駆動型の"闇魂"フィギュアを手に取った。
好きなポーズを作れる仕組みだが、今はこの関節駆動がありがたい。
(考えるんだ。単純じゃなくていい。いつも彼は俺の思い通りに動いた。)
机の真ん中にフィギュアを立たせ、俺は手を放した。
("遠隔操作(リモコン)"!)
俺が脳内で念じると、彼は俺に操作されているかのように、ゆっくりとその場から動き始める。
そして手に持った小さなプラスチックの剣を、その場で振るった。
今もしも鏡があれば、満面の笑みの俺が映っただろう。
俺はこの瞬間"遠隔操作(リモコン)"を完成させた。
フィギュアは人間のように細かく動くわけではない。
俺がゲーム内で行ったコマンドによる動作を再現している。
何度も見てきたそれは、まさしくゲーム内の再現だった。
特に乱用した回避コマンドを何度も実行する。
フィギュアは机の上ででんぐり返しを繰り返した。
他のゲームよりも少しだけ武骨でぎこちないそれを。
ようやくコツがわかった俺はシャーペンに手を伸ばした。
そしてすぐにそれをまた天井へと投げた。
するとシャーペンは
ピタッ!
と落ちてくることなく空中で静止した。
それはまるで、シャーペンが宙に刺さっているかのようだった。
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