14話 パンイチの少年と全裸の少年
ピンポーンッ。
神様と会えるいい夢を見た後、俺は目を覚ました。
そして朝をボーっと過ごしていると、ついにインターホンが鳴った。
この時を待っていたからこそ、何もしていなかった。
俺はすぐに玄関へ向かった。
「えっと…君はどうしてパンツだけなんだい?」
新木さんが再び我が家を訪ねてきた。
俺はトットとの自称"試練"の後だった為、パンツだけだ。
まさかあそこまで有利な状況下で追い詰められるとは思っていなかった。
布一枚しかないトットに粘られるとは屈辱だ。
「新木さん、どうぞ中へ入ってください。」
「いや、どうしてパンツだけなのか説明して欲しいんだけど…。」
俺は新木さんを早速リビングに通した。
相変わらず新木さんは浮かない顔をしている。
子供に協力を仰ぐことがどれくらい無茶か、自分でも理解してるんだろう。
ようは罪悪感があるんだと思う。
「それで…考えてくれたかな?」
俺はパンツだけの状態で、腰に手を当てて牛乳を飲んでいた。
新木さんはそんな俺の様子をチラチラと何度も見ている。
「いや、待ってくれ、やっぱりどうしても気になる。なんでそんな格好になったのか、まずはそこから教えてくれないかな?」
「結論はもちろん出ました。かなり悩みましたよ。俺だってただの子供ですから、正直まだまだ死にたくありません。」
「いや、そっちの決断も聞きたいんだけど、そっちじゃない。今はどちらかというと君がどうしてパンツなのか…。」
「トット、早速頼んだ。」
「え?トット?なんの話をしているんだい?」
瞬間、俺たちのいる場所は突然真っ白な空間に変わった。
どんな反応をするかと新木さんを終始眺めていたが、口をあんぐりと開けた状態で停止している。
普通はこういうリアクションなんだな。
俺が最初に来た時はゲーム中だったから、そっちに集中していた。
「さっきぶりだね契躱。それとようこそ、新しい客人。」
「待って…下さい。まさか…トット…様とは…エルフ神話の…!?」
「神様だよ。そう、その反応が当然だよね。僕も嬉しいよ、この神域にようやくまともな人が来てくれて。」
「でも…どうして全裸なんですか?神様とは…そういうものなのですか?それにその下半身に刺す後光は…一体?」
新木さんは驚愕に目を見開いている。
トットは昨晩の俺との"遊戯(しれん)"に敗れ、今も全裸だ。
「あぁ…僕の恰好の理由に関しては契躱に聞いて欲しい。神様相手にも容赦なく全裸を要求するような人間さ。」
「一色…君、君は一体何者なんだい?」
「夢霧無の動画を見たことはありますか?」
「一応見たことがあるけど…確か"現実世界でもフレーム回避してみた"?」
「その通りです。フレーム回避はトライアルスキルで、トットの試練を乗り越えて手に入れた力です。」
「な、なるほど。簡潔で分かりやすい。そこでトット様と関係が…やっぱりちょっと待ってほしい。どうして二人ともほぼ全裸なんだい?」
「それは俺があなたと共にここに来るために、もう一度試練を乗り越えたからですよ。俺は描絵手を守るために、トットとある勝負をしました。」
「いや、そもそもなんで君は神様と対等なんだい?」
「トットは友達だからです。」
「…神様と…友達?」
「えぇ。友達です。」
俺がそういうと、新木さんが突然片膝をつき、トットの方へ向いた。
「この子供の無礼をお見逃し下さい。罰を与えるなら、全て私に。何とぞ。」
「いや、彼の言っていることは一言一句真実だよ。僕は彼と友達だ。」
「…ふぅ、明後日死んでしまうかもしれないのに、また随分と長い夢だ。」
「新木さん、ここは現実です。このままじゃ俺と新木さんが手を組んでも、きっと描絵手を助けることはできない。それじゃぁ意味がないんです。俺は描絵手を助けたい。今ここに新木さんを招待したのは、どうしたら描絵手を助けられるか必死に考えた結果なんです。」
「それで…神の力を借りたのかい?」
「えぇ、その通りです。」
「そんな…馬鹿な。」
新木さんが再び唖然とする。
そんな中、一番最初に動き出したのはトットだった。
さも当然かのように、俺からすればいつも通り指を鳴らした。
おそらくこの神域に何かをしたのだろう。
「僕が契躱とした約束はそこまで多くない。僕ら神々にもルールはあって、君らを直接強くするようなことはできない。でも試練があれば、例外的にそのルールをはみ出すことが出来るんだ。トライアルスキルもその一部さ。」
「は、はい。」
「そして契躱は僕と勝負して、"試練"を乗り越えて、僕にある条件を突きつけた。君ら二人と世界を切り離し、時を止めること。それと"試練"を与えること。」
「つまり、一色君はこの空間で修行しようとしているわけですね。」
「その通り。」
「な、なるほど。確かに今のままじゃ、我々はきっと勝てない。ところでその…"試練"とは一体何なのでしょうか?」
「うん、色々考えてたんだけど、"闇魂"のボスラッシュなんてどうかな?」
「…は?」
新木さんの瞳はまさしく点になっていた。
俺は何を言っているのか理解できるが、"闇魂"をプレイしたことが無ければ恐らく理解できないだろう。
「あぁ…それって一体?」
「そのままの意味さ。時間はいくらでもあるし、ゆっくりとやるといい。あ、でも君ら二人には別々に挑んでもらうよ。それと"一機"だからね。」
「あの、一機って?いまいち話についていけません。」
「新木さん、動揺するのも分かりますが、なるようになると思います。とりあえず魔物的なものが一体ずつ順に出てきて、それと連戦するだけです。それと一機というのは一度死んだら終わりという意味で、現実と同じです。」
「な、なるほど。それは強くなりそうだね。って死ぬのかい!?」
確かに俺はまだしも、新木さんは死んだことがないんだった。
さも当然かのように話を進めるしかないけど。
ここまで来たらもうやり切るしかない。
「えぇ、それでは早速始めましょうか。」
「…ちなみに、心の準備をする時間はもらえたりするかな?」
「こういうのは勢いに任せた方がいいと思いますよ。」
「えっと…マジで?」
「マジで。」
「それじゃ始めるよ。」
トットは満面の笑みで再び指を鳴らした。
たぶん俺とトットはある思いを共有している似た者同士だ。
今から始まるのは"試練"でもあるし、"遊戯"でもある。
そんな最高の状況を、トットや俺が楽しまない訳がない。
彼女を助けるために、俺はまず遊ぶことを選択したんだ。
ゲーマーらしく、ゲームみたいな"リアル"を。
「凄いな、世界観まで再現しているのか。」
トットが指を鳴らした直後、また空間が変わった。
どうも二人とは隔離されたようで、周りに"人は"いない。
そして唯一いる他の生き物といえば、目の前に待機している"闇魂"ユーザーならなじみ深い最初のデーモンだった。
俺はこいつのことをデブデーモンなんて呼んでたけど、後に出てくるデーモンもデブデーモンだった。
それにあんまり手こずらなかったから、一括でデブデーモンだなんて呼んでいたりする。
とりあえず最初のデブデーモンを目の前にした印象は、特にない。
問題なく勝てると思う。
そんなことを考えていると、三段腹でゴツイ顔面の体長10メートルは越えていそうなデブデーモンがこちらに迫ってきた。
そして持っている杖のような棍棒を豪快に振り回してきた。
ブンッ!!!
という大きな音が鳴り響く。
しかしあまりにも動きが遅すぎて、俺は余裕でフレーム回避していた。
「あぁ…デブデーモンさん、残念ながら君はミノタウロス以下だと思う。時間はかかると思うけど、脅威は感じないな。」
大きな問題があるとすれば、俺はパンイチで、手ぶらだってことだ。
相変わらず試練冒頭は何の武器もない。
でも今回はレバタイン神父の時とは違って魔法を使える。
ブンブンと無駄に振るうその棍棒を余裕で回避しながら、俺はデブデーモンを自身のリーチに収めた。
その瞬間、デブデーモンは俺が狙っていた攻撃をついに実行した。
そう、大上段からの振り下ろしだ。
俺はその場でしっかりと足を踏み込み、真上へと飛んだ。
非常に理想的なことに、俺は棍棒を貫通し、その上へと乗った。
デブデーモンはそんな俺のことをキョトンとしながら見ている。
俺はすぐに全力ダッシュでデブデーモンの手元までかけた。
棍棒を持つ持ち手へと、"衝撃波(インパクト)"を使用し、その手に強烈な痛みを与えた。
するとデブデーモンは狙い通り、見事に棍棒を落とした。
俺はそのままデブデーモン登山を開始し、頭上まで駆け上がる。
必死に腕で俺を追うも、流石に動きは俺の方が速い。
「今から頭に直接"衝撃波"を連打するけど、ずるじゃないよな?これはゲームみたいな"リアル"だから、俺もお前も決まったコマンドを打つだけじゃない。」
「ングァァァァァ。」
丁度10発目でデブデーモンは動かなくなった。
時間は多少かかったが、十分だ。
俺の脳内はもはや、ボスラッシュのRTAをしている気分だった。
第一戦目からすでに、めちゃくちゃ楽しんでいる。
どれくらいたっただろうか。
俺は度重なる連戦を越え、目の前にはついに例のアレが立っていた。
感じていたのは恐怖ではなく期待だった。
俺はどこか抜けているのか、ここまでの戦いをいつしか楽しんでいた。
ここまでたどり着いた充実感とアドレナリンが俺の中を駆け巡る。
「"薪の姫王シェイン"さんじゃないですか。」
無論目前に立つ燃え上がる長剣を持った彼女が返事をすることはない。
でも特有のワクワク感から、俺は独り言を止められなかった。
難関ゲームの無死クリア直前、これほど盛り上がる瞬間はない。
彼女には申し訳ないが、俺はもはや負ける気がしなかった。
道中でいくつか武器を奪い、俺の手にも剣がある。
一対一の対等な戦いだ。
彼女が燃え上がる長剣を振り上げるのと同時に、俺の笑みは深まった。
そしてそれが、開戦の合図になった。
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