22話 世論2
―とあるゲーマー:夢豚の部屋―
「嘘ですぞ…これ!?あのアンケート、現実の話ですぞ!?」
画面の中で"夢霧無"と"shell"が向かい合っている。
彼らは明らかに敵対しており、仲良しではない。
夢豚はそんな光景を、ただ唖然としながら眺めていた。
「た、たかがライブ配信でここまでやるなんて…いや、違う。」
夢豚はすぐに全てを悟った。
頭脳明晰であるため、人よりも遥かに理解力が高い。
すぐに夢霧無がライブ配信をするしかなかったことを理解した。
(大きな力に対抗するなら、小さな個のままじゃ無理ぞ。だからこうしてライブで拡散しているのですな。彼は今、僕らに助けを求めているのですな。どちら側につくかなんて、考えるまでもないですぞ。)
話題になっているのか、視聴者数もすでに随分と増えていた。
しかしこれではまだ、シェル達をひっくり返すことなどできないだろう。
彼らは独立した組織であり、影響力もすさまじい。
夢霧無の視聴者という小さな圧力ではまだ足りない。
このままでは計画が強引に実行されるだろう。
(美少女を殺そうとするシェル達よ、我らゲーマーの影響力を舐めてもらっては困りますぞ。)
夢豚は一瞬で最善手を探しあて、それを実行するためにキーボードを叩く。
チャキチャキチャキ。
(僕の影響力なら、これを世界規模の問題にできますぞ。)
夢豚は自身の持つあらゆるアカウントを使って、全ての媒体に情報を拡散し始めた。
彼は心配そうにチラチラと画面を伺うも、夢霧無の調子は芳しくない。
明らかに敵が強かった。
それはそうだろう。
夢豚はすでに気付いていたが、夢霧無は子供だ。
そしておそらく"帰還者"である可能性が高い"シェル"を相手するには、かなり分が悪い。
なんとしてでも夢霧無と美少女を救うために、彼は必死に拡散した。
結果、視聴者が更に増える。
このまま視聴者を増やし続け、シェルターにプレッシャーをかけるのが今の彼に出来ることだった。
おそらく夢霧無の狙いは計画の中止。
それに必要なのは世間の目と意見だ。
夢豚の目にもはや迷いはなく、画面に映る小さな勇者を救おうとしていた。
―とあるチャラ男の部屋―
「うぃ~…。まさか夢霧無先輩のライブが、ほぼテロだなんてぇ。」
彼は画面の中でシェルの前に立つ夢霧無の姿を見ていた。
シェル=政治団体が結びつくくらいには、シェル達は日本の中核を担い始めているため、チャラQはテロだと表現していた。
しかし彼は、画面を観察するうちにとある少女の姿を見つけた。
「…おいおいぃ、マジで美少女じゃんかよぉ。夢霧無…先輩。俺も…美少女を助けたいっすよぉ。」
チャラQは考えていた。
自分のタレントとしての今後を。
夢霧無は現在シェルと敵対している。
それはつまり、国民と敵対していることに近い。
人気商売であるタレントが、ほぼテロリストである彼に味方をすれば、もしかすると批判される可能性すらある。
その時、彼のスマホに一件の通知が来た。
そこには"夢豚"のベシャッターアカウントが表示されていた。
彼はライバルを監視するため、一応夢豚をフォローしている。
彼がこのライブを拡散しまくっていることを、通知によって知った。
敏い彼は、直ぐに夢豚が考えていることを察した。
そして同時に夢霧無が考えていることも。
彼は静かに天井を見上げると、自分を落ち着かせた。
「忘れてたぁ。俺、愛のテロリストだったわぁ。夢霧無パイセン、今こそ一緒に戦おうか。俺と一緒に美少女救っちゃおうよぉ。」
チャラQはそういうと、スマホを手に取った。
彼が思いついた手立てはただ一つだった。
プルルル、プルルル、ガチャ。
『はい、もしもし。』
「ウィ~っす。ちょっと話いいっすか?」
『チャラQさんが女の子意外に電話するなんて珍しいですね。』
「それなぁ~、でも今日はちょっと真剣モ~ドな訳でぇ。」
『え?どうかしたんですか?』
「とりま、"うぉちゃん"で夢霧無って調べてくんね?」
『わかりました、ちょっと待っててください。…これって!?』
「うぃ~、見てくれたみてぇだなぁ~。」
『どうしてこれを俺に伝えたんですか?』
「お互いある意味テレビマンならぁ、やるこたぁ一つだからだろぉ?」
そう、チャラQは知り合いの番組プロデューサーに電話していた。
電話先の相手は報道番組も請け負っており、生放送も可能だ。
この夢霧無のライブを、チャラQはテレビ放送しようとしていた。
『でも…シェルターと敵対するのは世間体的にもあんまり…。』
「確かにシェルターとは敵対しちゃうかもなぁ。これは明らかに夢霧無パイセンの独断放送で間違いねぇ。でもよぉ、この美少女が死にかけてんだわ。それ以上の理由、俺たち男にいるか?」
『…チャラQさん、でも…。』
「なぁ、もっとチャラついて行こうぜぇ。人生一度ッきりだからよ、後悔しない生き方をしようぜぇ。この子の人生だって、もしかするとここで終わるかもしれないんだぜぇ。」
チャラQが画面を見ると、"織田 尚刀"には明らかに殺気があった。
それに彼の話しぶりを聞くと、彼女を殺す気であることは明らかだろう。
前日の夢霧無が行ったアンケートも、それを裏付けていた。
「この世界の一番の宝が何だかわかるかぁ?」
『…子供の未来…とかですか?』
「ばぁか、女の命だろぉが。母ちゃんの子宮から、俺たちの全ては始まるんだぜぇ。この世界に、死なないといけない女なんていねぇよ。」
『……大切なことを思い出せた気がします。』
「なんだよそれ?母ちゃんの母乳の味かぁ?」
『違いますけど、似たようなもんです。』
プツンッ。
そうして電話が切られるも、チャラQは確信に満ちていた。
おそらくテレビ放送が始まると。
「手伝ってやるから、女の一人くらい救って見せてくれ、夢霧無先輩。」
チャラQは戦いの行く末を見守った。
―とあるグランディア人(ゲーマー)の部屋―
「じぇじぇじぇ!?通知がめちゃくちゃ来ているのです。」
丁度湯上りだったのか、彼女の頬は少しだけ赤い。
彼女がスマホを確認すると、画面には通知がいくつも並んでいた。
そしてその全てに"夢豚"と表示されている。
彼女は何が起きているのかと、直ぐに通知を開いた。
「なるほど、昨日のアンケートにあったライブの話ですな。…ってこれ!?」
スマホの小さな画面に表示されたライブの現状を、彼女はすぐに悟った。
そして一人の少年が画面の中で必死に戦っていることも。
彼女は夢豚の拡散の影響で、夢霧無の動画を全てチェックしていた。
すでにファンの一人でもある。
それにそうでなくとも、画面の中で起きていることには憤っていた。
シェルとは何と傲慢なのだろうと。
人の命を奪うべきかどうかなんて、人間が決めるべきことではない。
それが仮に無害な少女であればなおさらだ。
彼女にどんなしがらみがあったとしても、殺すべきではない。
お風呂上りだというのに、彼女はすぐに電話をかけた。
プルルル、プルルル、ガチャ。
『どうしたのですか?』
「お姉ちゃん。ちょっと相談したいことがあるんだけど。」
『ちょっと待ってほしいのです。今から外出するところなのです。』
「え?外出って…どこに?」
『ちょっくら日本に行ってくるのです。』
「ちょっと待ってそれって!?」
『間違いを起こそうとしている友達を、助けに行くだけなのです。』
プツン。
電話が切れてしまい、彼女はスマホの画面を見下ろした。
グランディアにおいて最も重要な立場である彼女が、このタイミングで日本に向かう理由など、彼女には一つしか思いつかなかった。
昔からどこか抜けているところがあったが、やるときはやる姉だと彼女は知っていた。
だからこそ今の自分に出来る最大限の行動を、彼女は実行した。
パソコンを立ち上げ、いくつもの"SNS"を立ち上げる。
そして夢豚と同じように拡散を開始する。
そうして少なくないグランディア人が、ライブの存在を知った。
―とある聖王の部屋―
バタンッ!!!!
「聖王様!!!ちゃんと仕事してください!!!」
凄まじい音を立てながら、聖王の部屋の扉が開かれた。
そして中に突入したのは、聖王の秘書だった。
「…あれ?」
秘書がいくら部屋を見渡そうとも、聖王が見当たらない。
彼女が普段使う机に近づき、一応その下も確認した。
しかしどこを探しても聖王の姿はない。
聖王が普段から悪用しているパソコンの画面を見た。
画面は真っ暗だが、パソコン自体は起動していた。
すぐにモニターだけが電源を落とされていると、秘書は悟った。
そしてモニターを付けると、そこには"うぉちゃん"のとあるライブが丁度流れているところだった。
彼女はその画面を見て一瞬して全てを悟った。
「なるほど、行き先は日本ですね。」
そして聖王を探すのをすぐに諦めると、机の上に視線を下げた。
そこには聖王がやり残した大量の書類仕事が残っている。
秘書は一度だけため息をつくと、聖王の椅子に座った。
「本当、自由な人ですね。」
グランディアで最も重要なはずの、机の上に放置されたそれを手に持った。
すると秘書は、聖王の代わりに黙々と仕事を片付け始める。
グランディアにおいて重要ないくつかの取り決めは、秘書が独断と偏見で決めていたりする。
しかし秘書と聖王の考えは似ており、だからこそ聖王は彼女を選んだのだ。
放置されていた聖印もわざとらしく目立つ場所にあったので、秘書はすでに仕事を任されたのだと気付いていた。
仕事を押し付けられてしまったはずの秘書は、なぜか笑顔だった。
それは秘書が、いつも誰かを全力で救おうとしている聖王を、心の底から尊敬しているからだった。
秘書は仕事を片付けながらも、不意に画面の方を見た。
「それにしても"うぉちゃん"か。こんなに面白い子がいるなら、私もたまには見てみようかな。」
秘書は画面の向こうで戦う少年を指でなぞりながら、不意にそんなことを口にした。
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