描絵手

12話 shelter(シェルター)


 歴史上、異世界転移(神隠し)が認識され始めたのは1990年である。

 しかし、異世界転移はそれより遥か以前から起きていた。

 それもこれも召喚者たちが帰還者になるまでは誰も知りえなかった事実だ。

 そしてシェルターの総帥を務める"織田(おだ) 弦(げん)"も、1990年以前に異世界召喚されていた人物である。

 彼はその顔と肉体に残る無数の傷跡に、戦いを生業としてきたものの証を大量に刻んでいた。

 白髪黒目の純日本人であるその見た目と傷跡は、明らかに相性が悪い。

 戦争経験者にしては若すぎるため、その筋の人間に見えなくもない。

 齢六十二にして目の奥に宿る光が、彼の重ねてきた経験の一切が無駄ではないことを周囲へと濃厚に伝えている。

 地球で平然と生きる者達が想像することのできないような苦労、災難が彼の身に降りかかっていたのだろう。


 そして現在、シェルター本部会議室にて、主要人物達が集められていた。

 彼らはそれぞれ円卓を囲んでいる。

 集まったシェル達を一通り眺めると、総帥である織田は口を開いた。


「我々の責任を果たす時が、ついに来たようだ。」


 シェルターにおいて彼の右腕である"左右田(そうだ) 拳弧(げんこ)"は厳しそうな表情を崩すことなく、ゆっくりと頷いた。

 彼は黒髪黒目のオールバックヘアで、非常に厳格な顔つきだ。

 彼の内面が顔に色濃く出ている。

 弦とは同じく"帰還者"であるため、彼もその顔に傷跡がある。


「発覚から数十年、長い月日を消費しました。」

「技術の発展により思わぬ収穫を得れたのだ。時も悪いものではない。」

「早いうちから若い意見を取り入れてきた結果が出ましたな。」

「ふむ、そのようだ。早速例の映像をスクリーンに。」


 シェルターを揺るがすこととなった事実の発覚から数十年。

 全員にこの会議を開く要因となった映像が共有される。


「映像を確認してもらった通り、ついに"遺産"が発見された。」


 映像を見た上層部のシェル達はその表情を厳しくすると、静かに頷いた。

 

「これより討伐作戦を実行する。この任務を与えるのは…。」


 弦がここまで話すと、突然一人のシェルが立ち上がった。


「父よ。私に行かせてください。」


 彼の名前は"織田(おだ) 尚刀(なおと)"。

 織田弦とグランディアの妻の間に出来た、異世界で生まれた子供だ。

 "始まりの子供"という異名もある。

 もっともすでに三十代後半であり、子供という呼び名には不釣り合いだ。

 シェルター設立後、最も功績を残したシェルでもある。

 円卓を囲む者達のほとんどは、その功績をグランディアにて残しているため、この融合世界ではこうして方針を決める側となっている。

 尚刀は髪と目がどちらも灰色をしており、明らかに他の種族の血が混ざっている。

 純粋な人間ではない。

 世界融合した現代でも未だに他種族との子は稀だ。

 尚刀はそんな稀有な人物でもある。


「お前ならば安心して任せられる。」

「ありがとうございます!」

「して、大部隊を連れていくか?」

「いえ、現代社会で目立つ行動をすれば、市民の不信感を抱きかねない。いつもの部隊で討伐に向かいます。」

「では三人ということか?お前の実力は信用しているが…。」

「万が一敵が複数であった場合、ですね。無論、それを想定して三人で充分であると愚考する次第です。我が部隊に敵はありません。」

「そこまで自身があるのなら、何も言うまい。お前に全てを任せる。」

「ありがとうございます。」

「全ての情報が揃い次第向かってくれ。政府や教育機関にもいくつか情報共有をする必要がある。決行は三日後だ。」

「分かりました。早速我が部隊で作戦会議を行います。」

「ふむ、頼んだ。」


 バタンッ。


 一通りの会話を済ませ、尚刀は会議室の扉から出た。

 するとそこには二人のシェルが待機していた。

 無論、彼を待っていたのだ。


「討伐は無事任せてもらえたのですか?」

 

 尚刀とは違い、黒髪黒目のロングストレートで純日本人といった見た目の女性である"水無瀬(みなせ) 美南海(みなみ)"が不安そうに声をかけた。

 彼女が不安そうにしているのはいつも通りだが、その実力は本物だ。

 闇属性魔法の名手でもある。

 欠点を上げるとするのなら、三十路であるにも関わらず未だに恋人がいないことくらいだろう。

 その理由は尚刀にあるが、彼は周囲の感情には疎い。

 

「あぁ、問題ない。我々が魔王大戦に終止符を打つぞ。」

「それならよかった。俺の実力を証明するチャンスだ。」

「お前の実力なら誰よりも俺が認めている。」

「ありがとな。でも尚刀以外のシェルはそうじゃない。俺だってやれるんだ。」


 彼の名前は"千里(せんり) リヒト"。

 金髪金目のソフトモヒカンで、奇抜な見た目をしている。

 さらに通常の人間とは違い、耳が少しだけ尖っている。

 ただしエルフほどは尖っておらず、それは彼が混血種だからだ。

 ある意味尚刀とは同じ境遇でもある。

 彼は人類とハイエルフの間に出来た唯一の子である。

 

 尚刀の部隊はやや異色だが、シェル内では随一の実力だ。

 もっともそれは、円卓を囲む者達を抜けばの話だが。

 彼らの目には一切の迷いがない。

 "遺産"の討伐による魔王大戦の終止符、それが"召喚者"たちがグランディアで残してしまった、最後の使命だった。

 


 ●



「やぁ、久しぶりだね。」

「…んあ!?」


 いつの間にか、俺はまた真っ白な空間にいた。

 急な来客との会話を終え、ようやく眠りについたはずだったが。

 目の前にいる少年ともいえるその見た目には見覚えがある。


「トット…。」

「よ、呼び捨てかい?一応神様なんだけど。」

「お前のおかげで動画投稿は上手くいってるよ。」

「お、お前って…友達じゃないんだから。」

「でも友達が欲しそうに見えたから。」

「ハハハ、君も心が読めるのかい?確かにそれもある。」

「…それも、か。聞いたよ。トライアルスキルについて。」


 リリさんが説明してくれた通り、彼は俺に何か頼みに来たんだろう。

 神様なら自分でやれよという話だが、色々事情があるんだと思う。

 今の夢霧無があるのは彼のおかげでもある。

 それに頼みごとに関しては、大体の察しもついていた。


「そう、僕は君にお願いがあってきたんだ。」

「なぜ今なんだ?」

「運命が変わり始めているからさ。僕が想像している以上の速度で。」

「運命…か。その言葉はあんまり好きじゃない。」

「わかるよ、君の性格を考えればそうだろうね。でも君はもう運命を変えた。この世界の決まった一つの道筋からはみ出したんだ。」

「はみ出したって…なんか不良少年みたいだな。」

「僕以外の神様からすれば不良少年だろうね。」


 エルフ神話にも神は沢山いる。

 日本神話もそうだが、どの神話にも神がそれなりにいる。

 ただグランディアの神話の面白いところは、神話がいくつあろうとも、神々が共通の姿をしている所だ。

 地球の神話では神話ごとに沢山の神々がいて、違う姿をしている。

 おそらくグランディアは神々と近い世界なんだと思う。

 人々が本当に神々を見たことがあるからこそ、その姿が共通しているのだと俺は考えていた。

 完全に俺の推測に過ぎないが、今目の前いるトットがその証拠だ。


「…俺に力を与えたのってまさか?」

「そう、僕の独断と偏見だ。君が好きだったし、君なら出来ると思った。」

「俺ならできる…か。」

「"お願い"についてはある程度察しがついているみたいだね。」

「やっぱり…彼女のことなのか?」


 眠りにつく前の来客との話は衝撃的だった。

 だがそれが事実であると、トットが来たことで証明になった。

 間違いなく最悪の事態だが、俺の考えはもう変わらない。 


「うん、彼女のことだよ。」

「…そうか。トットはどちら側なんだ?」

「強いて言うならノーサイドだ。僕はどちら側でもない。だから神々の意向上、力を与えるべきではない君に力を与えた。」

「嘘だな。俺の前で神らしくする必要なんてない。本当はワンサイドなんだろ?今の話で分かったが、お前には未来がある程度見えてるんだろ?それなのに俺に力を与えた時点で、ノーサイドはありえない。」

「ハハハ、ばれた?許せなかったんだ。未来は一つじゃないのに、一つしか見ようともせずに未来を恐れる神々が。」

「俺もその意見には同意だ。」

「なら?」

「あぁ、助けるよ。必ず。」

「やっぱり君を選んで正解だった。でもごめん、この先の未来は僕も知らない。どうなるかは君次第だ。」


 一通りの会話が終わると、トットの気配が薄れ始める。

 近くにいるのに遠くに感じるような、不思議な感覚だった。

 彼がどこかに帰ろうとしているのが分かった。


「いや、待ってくれ。お前にも頼みたいことがある。今のままで勝算があるだなんて考えるほど、俺は馬鹿じゃない。」

「え?どういうこと?」

「俺と戦え。俺と戦って、もしも俺が勝ったら俺の頼みを聞いてくれ。"試練"と"力"、神様の大好物だろ?」

「ぼ、僕は直接人界には干渉できないよ?だからこうして君をわざわざ神域に呼んで話しているんだ。だから僕が彼女を救うことはできない。」

「そんなのある程度推測してたよ。だから頼み事は全く別だ。」

「な、何をやらせる気なんだい?」

「まずはゲームで遊ぼう。一緒に。」

「…え?」

「トットのおかげで今は生きているのが楽しい。家での孤独も、今はかなり改善されている。」

「まさか…それが恩返しのつもりかい?」

「それもある。どうした?あんまり乗り気じゃないな。もしかして怖いのか?遊びの神なのに、俺とゲームで遊ぶのが?」

「ハハハ、言ったね?いいよ、遊びの神様の恐ろしさを教えてあげるよ。」


 俺と同じようにトットも楽しんでいるのか、顔がにやけている。

 それに普段の優しそうな表情とは違い、少しだけ好戦的な笑顔だ。

 

「それで?何で遊ぶんだい?」

「そうだな、最近流行りに流行った"大激闘スラッシュシスターズ"で一体一の対戦をしよう。」

「OK」


 トットは神様らしく、この前と同じく指を鳴らした。

 すると真っ白な空間に違和感バリバリのゲーム機とモニターが並んだ。

 魔力も通っていないはずだが、ゲームは当たり前のように起動した。


「負けたほうが一枚脱いで、先に全裸になったほうが負けだ。」

「…え?そのルール神様相手にずるくない?僕布一枚だよ?それにもしかして、これが試練のつもりかい?随分君有利じゃないか!?」

「あらら、神様が人間相手にビビっちゃったよ。そんなに怖いなら、お家に帰ってママのおっぱいでも吸ってな。」

「OK、理解できた。神様らしく容赦なく君をボコボコにするよ。君が泣くまで、殴るのを止めない。」

「おいおい、さてはアニメ好きだな?」

「地球文化に触れてないと思ったら大間違いさ。この勝負、後悔するなよ?全裸で元の世界に戻してあげるよ。」

「無理だな。神様だろうが何様だろうが、全ての人々はゲームの元に平等。」

「ハハハ、とんだ"迷言(めいげん)"だ。」


 俺とトットはそれからしばらく対戦し続けた。

 神様と雑談したことはなかったが、意外にも普通の価値観だった。

 むしろ働き続ける大人よりも人間らしいかもしれない。

 感情がすり減っていない分、人間よりも人間らしい感じがした。

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