05話 動画ストック


「おっ…ゴブリンの群れか。集団戦は経験したことがないな。」


 今日は土曜日、俺は今スマホでシェリーを見ている。

 武器を試すついでに、動画をストックするのが狙いだ。

 未来に楽しみなことがあると、5日間くらいは一瞬だった。

 なんとなく新しいゲームに手を付けたかのような感覚だ。

 ファンタジズムから送られてきた装備に袖を通し、刀は手に持っている。

 世界が一度崩壊しかけたあの時から、銃刀法は存在しない。

 全員が平等に武器を持っている為、意外にも犯罪は少ない。

 むしろ徐々に増えていくシェル達のおかげで減ったくらいだ。

 犯罪は今も警察が取り締まるが、シェルは正義感が強い。

 現行犯でさえあれば、シェル達が代わりに捉える。

 魔物なんていう共通の敵ができたのも、犯罪減少の理由の一つだ。


「見つけた。」


 ゴブリンたちは建設中のビルに住み着いたらしい。

 住所を検索すれば、世界融合の際に建設を手放されたビルだと書かれている。

 つまりしばらく人の手が付いておらず、解体もされてない。

 こうした建物は世界融合以来、まだ少しだけ残っている。

 ビルの状態は、床と柱が完成していて、壁はボチボチ、10階建てで大きい。

 確かに住処として選ぶならベストだ。

 

(…む?少しだけ焦げ臭いな。)

 

 ゴブリンについても検索すると、かなり知能が高いらしい。

 この匂いは恐らく焚火でもしているんだろう。

 それに彼らはゴブリン言語という言葉すら話すとも書かれている。

 人間ほど明確ではないが、ある程度コミュニケーションをとるとか。

 不器用だが、武器は扱えるらしい。

 ミノタウロスを倒した今、敵ではないと思うが、数には要注意だ。

 何より学校生活に支障が出るから怪我はしたくない。

 

 ビル内に入ると、直ぐにターゲットを見つけることができた。

 一階には5匹だけだ。

 予想通り、やはり焚火を囲んでいる。

 緑色で体長1メートル無いくらい。

 フライパン、包丁など、思い思いの武器を持っている。

 

 彼らの姿を確認できたので、まずはカメラをセット。

 次にファスナーを上げて、衣服に魔力を通す。

 すると服の配色も変わり、上下ともに体にフィットした。

 見えないが、おそらく背中には"夢霧無"の文字が浮かんでいるはずだ。


「"筋力強化(ハイパワー)"」

「ゲギャッ!?」

「ギギッ、ググゴ。」

「ゴガガ!」


 魔法を使用すると、直ぐにゴブリン達にばれた。

 何か簡易的な相談をしている。

 当然ゴブリン言語は必須科目外だ。学ぶことは一生ないだろう。

 相談を呑気に観察していると、ゴブリンたちがとった手段は投石だった。

 焚火の側に置いてある石をこちらに投げてきた。

 自分でいうのもなんだが、ゲームのおかげで動体視力はかなりいい。

 それにガスコイン神父くらい速く動くならまだしも、ゴブリンの肩じゃそこまでの速度はない。プロ野球選手なら欠伸をしながらでも打てるだろう。

 俺は石を鞘に入ったままの刀:"夢霧無"ではじいた。


「ゲギャッ!!!???」


 その驚愕の隙に、踏み出した。

 元々運動神経はいい方だったが、魔法によりさらに向上。

 5メートルの距離を2歩で走破し、刀を抜刀。

 勢いをそのままに、一匹目を斬り付けた。

 ミノタウロスの時にはなかった肉を斬る独特な感覚が手に残る。

 でも驚くほど違和感はなかった。

 ゲームが兵士教育になるみたいなことを言うやつらを馬鹿にしていたが、どうもあれは本当のことだったみたいだ。

 ゲーム脳なんて言葉は差別用語だと思っていたが、納得するしかない。

 

 俺の心はいとも簡単に"殺傷"を許容した。

 

 その真横に立つゴブリンもついでに斬る。

 反応できていないのか、いとも簡単に2匹を討伐。

 すると包丁を持ったもう一匹が飛びかかってきた。

 "フレーム回避"の応用として、回避と踏み込みを同時に行う。

 おかげでゴブリンは俺の体を通り過ぎただけだ。

 そしてそのゴブリンは無視して、別のゴブリンを倒した。

 通り過ぎて背後にいるはずのゴブリンも、振り返りながら斬る。

 なるべく怪我はしたくないので、そこで一度距離をとった。

 

 開始一分で最後の一匹になった。

 動画の尺的には最悪だが、怪我をしなかったからプラマイゼロだ。

 俺は最後の一匹に接近し、斬り倒した。

 

(…凄い、魔物まで大根みたいに斬れる。)

 

 それが俺の感想だった。

 ゴブリンが硬いとは思えないが、骨を絶てた。骨が斬れるのなら、おそらく大体の魔物の動脈も斬れるだろう。

 つまり討伐可能だ。

 そんなことを考えながらとりあえず刀を振って、付着した血を落とした。


(他の階はシェルに任せよう。時間的にもうすぐ着くはずだ。)


 俺はカメラを回収して、直ぐに建物から出た。

 服を戻した後、先ほどのビルを観察していると人が入っていった。

 白いロングコートに青いライン。

 それが彼らシェルの制服だ。

 おそらくゴブリンくらいじゃすぐに一掃されるだろう。

 彼らは常に三人一組で行動している。

 規律正しく生きていて、全員学級委員みたいな感じだ。

 日々のほとんどを訓練に当て、残りは戦闘。

 そんな生活をしていれば、当然全員強い。

 もっとも、俺には何の関係もないが。

 とりあえずまたスマホに視線を戻した。

 まだまだ動画のストックは必要だ。


「やぁ。」

「ッ!?」


 突然声をかけられたのに驚き、スマホから視線を外した。

 するといつの間にか目の前に男が立っている。

 金髪に黒い瞳、背は俺よりも10センチ以上高い。

 何よりも目を引いたのはその白いロングコートだ。

 それにこいつは…


「さっき僕らの方を見ていたよね?」

「…。」


 その問いかけに、俺は思わず無言になった。


「もしかして情報共有してくれた人かな?」

「…その通りです。」

「それはよかった。今頃僕の仲間がゴブリンを一掃してるよ。君のおかげさ。」

「それは…何よりです。」

「そうだ。中でゴブリンが5匹倒れたんだけど、君が?」

「…いいえ。知りません。」

「それならいいんだ。ありがとう。今の些細な質問と、お礼を言いに来ただけさ。だからそんなに警戒する必要はないよ。」

「き、緊張ですよ。シェルの方と話すのは初めてで。」

「ハハハ、そうかい。そういう人は多いね。それじゃ、僕は仕事に戻るよ。」


 それだけ俺に告げると、男はこちらに背を向けた。


「君はまだ子供だから年上として一つだけアドバイスしておくよ。嘘はもっと上手くついたほうがいい。刀と血の匂い。それで知らないは無茶さ。なんで隠すのかはわからないけど、一応は問い詰めないでおいてあげるよ。」


 白いロングコートを着た背中が、どんどん小さくなっていく。

 俺は思わず、喉を鳴らした。


(今後はもっと早く退散しよう。完全に侮っていた。)


 ゴブリン討伐動画はお蔵入りだな。

 これで動画を上げれば、場所とシェリーから特定される。

 まだ学生だし、なるべく正体は隠したい。


 俺は一度深呼吸してから思考をリセットした。

 これでまたストック0から撮影開始だ。

 それに近場には彼らがいるし、一度転移門で移動しよう。

 移動が簡単でよかった。

 テレビで見た車とかだったら、もう少し面倒なことになってたな。



 ●


 場所を移してから"シェリー待機"開始。

 もちろん魔物の情報が入るまで待つという意味だ。

 森に行けば魔物は沢山いるが、なるべく人の少ない市街戦がいい。

 いくら何でも特定の魔物と戦闘し辛い森は危険だ。

 一人だし、何よりも俺は魔物狩り初心者だ。

 油断ほど人を弱くするエッセンスはない。


(おっ…こいつはいいな。)


 次の魔物はオーク。

 出現地に向かいながらも検索する。

 人型で明るい緑色の大きな体、それに豚鼻の魔物。

 大きな体といっても、2メートルくらいだ。

 そこまでではない。

 すぐにオークの元までたどり着くと、周囲を観察。

 今度は人気のない公園だ。側に森がある、あそこから出てきたんだろう。

 木と石で手作りしたであろう槍を握っている。ゴブリンよりも手先が器用で知能が高いらしい。

 比較的に初心者向きだが、危険なのに変わりはない。

 でも今度は一匹だけ、油断さえなければ何も問題はないはずだ。


「ゴ?」


 カメラをセットしていると、オークがこちらを向いた。

 知覚機能もゴブリンより上らしい。

 すぐにパーカーに魔力を込め、戦闘モードに切り替える。

 刀を抜刀し構えた。


(槍か…リーチが長いな。それにゴブリンよりは硬そうだ。俺の拙い刀さばきで斬れるかどうか。そうだな…まずは槍を無力化しよう。)

「ゴガァァァァァ!!!」


 オークがこちらに走ってきた。

 そこまで速くないが、巨体がこちらに迫ってくるだけでかなり迫力がある。

 そしてそのままオークは槍を突進するのと同時に突き出した。

 俺は横に飛び、転がりながらそれを躱した。

 槍による攻撃よりも、突進してくるオークにぶつかる方が危険だ。

 おそらくこの体格差ではバイクに轢かれるくらいの衝撃がある。

 そしてオークはそのまま身をひるがえし、もう一度俺に迫ってきた。


(今度はタイミングを合わせる。フレーム回避に肝心なのは、タイミングと度胸と分析だけだ。)

「フンガァァァァァ!!!」


 突きの効果が薄いと考えたのか、オークは槍を薙いだ。

 俺は迫りくるオークの槍に対して、垂直に刀を立てた。

 あまりの力に腕が一瞬痺れたが、オーク自身の力によって、槍は刀にぶつかっただけで切断された。

 これでかなり脅威が下がった。

 俺はそのまま距離を詰める。

 オークは槍の破損に動揺し、そのまま俺から避けるように下がった。

 だがそれは俺にとって好都合だった。俺が狙ったのはオークの膝、関節の継ぎ目を狙って思い切り刀を振った。

 足に切り傷を負ったオークはバランスを崩し、そのまま背中から転倒した。

 その大きな隙を逃さないように横から急接近、オークのこめかみに刀を全力で突きさした。

 堅い頭蓋骨を貫通する感覚が手に走る。

 オークは動かなくなった。


(これだけ大きな魔物の頭部を問題なく貫けた。やはり切れ味抜群だな。)


 そして今度は前回よりもさらに素早くその場から退避した。

 これでシェルにも見つからないはずだ。

 俺はすぐに転移門でまた場所を変えた。

 これで動画ストックやっと1本目。

 目標は週に3本投稿なので、後2本分撮影が必要だ。

 でももう一本は登録者1万人突破記念動画にする。

 つまり倒すのは残り1体でいい。

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