第7話 上げる言葉
「……終わった」
今は土曜日の夜の八時を過ぎたところ。
凝り固まった身体をほぐすように大きく伸びをすると、倫也の身体の節々からゴキゴキと音が鳴る。そのあと、一気にリラックスするように座っている椅子の背もたれに体重をかけて大きく一息ついた。
倫也は昨日今日で次回作のアイデアをまとめると恵に宣言をして、飲み会から帰ってからぶっ続けでPCの前でキーボードを叩きまくっていた。
最初は二日連続の徹夜も覚悟していたが、思った以上にアイデアが溢れて来た。おかげで作業は効率よく進んでいき、少なくとも恵には見せられるレベルまで到達することができた。
あとは、恵にこの企画の了承を得たうえで、
何はともあれ、まず連絡すべきは恵だった。
昨日今日でアイデアをまとめ、明日はデートをするという約束になっていたから、倫也はスマホを手に取ってメッセージを送る。
倫也『終わった』
恵『お疲れ様』
「返信速っ!?」
倫也がメッセージを送って、一息ついた瞬間に恵から返信が来て、そのレスポンスの速さに思わず言葉が漏れる。そして、その感想を漏らしているうちに、また次のメッセージが送られてくる。
恵『夕飯食べた?』
「あ~、そういやまだ食べてないな……」
ちゃんと朝飯や昼飯までは食べていたが、それ以降はずっと作業を進めていたため、まだ夕飯は食べていない。そうやって指摘されると、自分が空腹状態であったことに気がつく。
倫也『まだ食べてない』
倫也『これから、カップ麺でも食べるよ』
恵『だったら、今からそっちに行って何か作るよ?』
恵『いろいろ話したいことあるし』
「今から来てくれるのか……」
徹夜でずっと作業をしていた倫也としては、こんな時間から恵が家に来てくれて、しかも夕飯を作ってもらうのは非常にありがたい話だったし、
何より恵に会えるのが嬉しかった。
だから、その提案を快諾した。
倫也『お願いします。恵様!』
恵『じゃあ、適当に買ってそっちに向かうね』
恵『シャワーでも浴びて適当に休憩してて』
倫也『ありがと!!』
そうやって最後のメッセージを送った直後、倫也はもう一度大きく体を伸ばす。
そして体を伸ばし終わった途端、気が抜けた身体に徹夜でのぶっ通しの作業の疲労感が激しく襲い掛かった。
* * * * * * * * * *
「倫也くん?」
「にょおぉっ!?」
いきなり恵の声が聞こえてきて、倫也は思わず変な声を上げながら、跳ねるように身体を起こす。
「め、恵?もう来たの?」
ついさっきメッセージを送ったばかりなのに、すでに倫也の部屋に現れている恵に倫也は驚いた顔で尋ねる。
その言葉に恵は怪訝そうな表情を浮かべた。
「?もう九時だよ?連絡もらってから一時間くらい経ってるよ?」
時計を見ると、恵の言う通りで確かに九時を過ぎていた。
倫也はあの気を抜いた一瞬で眠ってしまったことを理解し、思った以上に疲れていたんだと自覚する。
「うわ~、寝ちゃってたな」
「倫也くん、お疲れ様だね」
「あ、ああ。恵こそ、わざわざ来てくれてありがとな」
「まぁ、これからやることいろいろあるけどね」
恵の手にはコンビニで買ってきたであろう食料品などが入ったレジ袋を持っていた。倫也はそれを見て、恵が夕飯を作ってくれるために来てくれたことを思い出す。
「……そうだったな。」
「で?」
「ん?」
「アイデアはまとめられた?」
その恵の質問に、倫也の目がギラリと光る。
椅子から勢いよく立ち上がり、恵の両肩をガッと掴んでわくわくする子供のように話し始めた。
「おうよ!めちゃくちゃいいアイデアがどんどん出て来てさぁ!今回もまためちゃくちゃキュンキュンできそうでさ!それに……」
「あ~わかったからもういいからそれ以上いいから」
めんどくさい倫也が現れたとわかった瞬間に、『それ以上の話はもういいや』と恵は倫也の発言を打ち切る。
「じゃあ、わたしは夕飯作るから、その間にシャワーでも浴びてきて」
恵は両肩に置かれた倫也の両手を外し、背負っていた鞄を下ろす。そして、食材の入ったビニール袋を持って部屋から出ようとしていた。
倫也もシャワーを浴びるために着替えなどを用意しようとパソコンの電源を切ろうとする。
「あ、そうだ」
部屋から出ようとしてドアノブに手をかけようとした恵が、その手を止めて倫也の方に向き直る。そして、倫也の前まで移動して、一気に倫也の顔に自身の顔を寄せる。
「ん……」
二人の唇の距離が一瞬にしてゼロになり、恵の柔らかい唇の感触が倫也に伝わってくる。
唐突な恵からのキスに倫也は驚いて何もできず、硬直したまま動けなかった。
数秒後に二人の唇は離れ、恵の表情が倫也の目に入ってくる。その表情は好きな人に会えて嬉しそうにする女の子の笑顔だった。
「倫也くん、お仕事お疲れ様」
そんな笑顔での恵の労いの言葉は疲れていた倫也の胸に刺さる。めちゃくちゃキュンキュンさせられる。
「お、おう」
恵は頬が赤くなった倫也の呆けた返事を確認すると、すぐに踵を返して部屋から出ていった。
そして部屋に残された倫也はと言えば、キュン死しそうな感情を抑えきれず、ベッドにあった枕に突っ伏して、『うわぁ〜〜〜〜』と、しばらくベッドの上でゴロゴロと転げまわっていた。
* * * * * * * * * *
「やっぱり恵が作る料理はうまいな」
倫也はキッチンで恵が作ったナポリタンを頬張る。
コンビニで買ってきたパスタを茹でて適当に野菜やウインナーと炒めただけなのになぜかおいしい。自分で作るとここまでおいしくならないのに、なぜ恵がつくるとこんなにおいしいのか気になるところだった。
「褒めても何も出ないよ?」
ついでにデザートとして買ってきたプリンを食べながら恵が答える。倫也が恵の料理の上手さを褒めているのに、恵は全く気にする様子はなかった。
倫也はあっという間に恵の作ったナポリタンを平らげると、デザートに用意されていたプリンを手に取り、こちらもあっという間に平らげる。
「ごちそうさま」
「お粗末様です」
「……何で、恵の作る料理はこんなにうまいんだろうな?」
「別に何もしてないけどね?」
倫也の親は家にいないことが多いから、倫也もそれなりに料理は作ることはできる。しかし、恵が作る料理と比較するとどうしても劣っている気がして、そんな必要もないのに倫也は引け目を感じてしまう。
恵は本当に何も意識している様子もないようで、それが不思議に思えてつい恵の顔をじっと見てしまっていた。
「……何?」
「俺も料理を作れるようになったほうがいいんだろうかと思って……」
「倫也くんは受験勉強とギャルゲー作りに専念したほうがいいんじゃないかな?」
「……まぁ、そうなんだけどさぁ」
料理が上手くなりたいという思いは、引け目という意味だけではなく、いつも恵に料理を作ってもらっているという申し訳なさもあった。
そんな思いは恵に伝わることもなく、恵も特に気にすることもないようだった。
そして、倫也の空腹が満たされた途端に今度は一気に睡魔が襲う。大きなあくびが押さえきれずに、つい出てきてしまう。
「……眠そうだね」
「……そうだな」
「さっさと寝たら?」
「いや、でも明日の予定を……」
アイデアをまとめ終わることができたので、明日のデートの予定を立ててから、寝ようと倫也は思っていたが、身体の方はそれを許してくれそうになかった。
さっきも椅子の上で1時間近くも寝てしまったあたり、倫也が非常に疲れているのは明白だった。
「ま、明日の予定なんて明日決めればいいんじゃないかな?徹夜明けなんだからぐっすり昼まで寝ちゃって、今日決めた予定が全部狂っちゃう可能性もあるし」
「いや、さすがにそれは……」
「倫也くんならあるんじゃないかな?」
「……俺ってそんなに信用ない?」
なんだかあらゆるところで恵に信用されていない気がして、倫也はちょっと心配になる。
「はい、じゃあさっさと寝て明日に備える。わたしは洗い物したり、シャワー浴びてくるから」
「は~い」
さらっと家族の一員、と言うか奥さんみたいないつもの恵の発言を聞いて、倫也は自分の部屋に戻った。
* * * * * * * * * *
恵はシャワーを浴び終えて、頭を拭きながら倫也の部屋に入る。
いつものようにキャミソールの上からボーダーのパーカーを羽織り、ショートパンツを穿いた慣れた格好だった。
部屋に入って倫也の姿を探すと、もうすでにベッドの真ん中で目を瞑っていた。
「……倫也くん?」
恵はベッドの横に座って、ぷにぷにと倫也のほっぺをつっついてみるが、特に起きる様子はなさそうだった。
そして、ベッドに頬杖をついてじっと倫也の顔を見つめる。
「……何でこんなに好きになっちゃったかなぁ」
思わずため息が出る。
今日だってずっと倫也からの連絡を待っていた。スマホが鳴ったらいつでも取れるように、すぐに倫也に会いに行けるように準備もしてた。
昨日だって、あれだけ色ボケとか言ってたくせに、我慢できなくて倫也にキスを求めた。しかも
「傍若無人で、めんどくさくって、空気読めないし、ヘタレだし、うるさいし、近所迷惑だし、えっちだし、大学も落ちちゃうし、」
悪いところを上げたらキリがないのに。
「何でかなぁ……」
もう一度倫也を見て、また、ぼそっとつぶやく。
「バカだし、間抜けだし、他の女の子にデレデレするし、キモいし、オタクだし、
キス顔もキモいし、甲斐性なしだし、
挙げ句の果てにはさぁ、
寝たふりしてわたしの言葉、ずっと聞いてるし」
恵のその言葉に倫也が一瞬ぴくりと反応し、だらだらと冷や汗を流し始める。
「……聞いてるよね、倫也くん?」
「………………………………」
「…………聞いてるよねぇ、倫也くぅん?」
「にょわああああぁぁ!!」
倫也の脇腹に指を強く突き刺すと、倫也の体がビクッと飛び跳ねる。
「うわ、変な声出た」
* * * * * * * * * *
「……いつから気づいてたんだよ?」
倫也はばつの悪そうな表情を浮かべながら、ベッドの上にあぐらをかいて座り込む。
「『何でかなぁ……』ってあたりから。倫也くんの喉が動いたんだよね〜」
恵は倫也の喉の部分を指差した。
人は寝ているときに喉仏が動くことはない。それなのに倫也の喉が明らかに動いていたから、恵は寝たふりに気がついたとのこと。
「やっぱり最低だね倫也くんは~」
「いや、だって寝ようと思って目をつむった瞬間に恵が部屋に入ってきて……」
「だからって寝たふりする必要ないんじゃないかなぁ?」
「……まぁ、そうなんだけどさぁ」
恵が入ってきたときは起きようか少し悩んだが、眠気の方が強くそのまま寝ようと倫也は思っていた。そんなときに『……何でこんなに好きになっちゃったかなぁ』って、聞こえてきたものだから、その先が気になって寝たふりを決行することにしていた。
……まさか、バレるとは思っていなかったわけだが。
「寝たふりしてたら何か面白いことでも聞けると思ったのかな?」
「…………ソンナコトナイヨ~」
「……………………やっぱり最低だよね倫也くんは」
倫也の思考をばっちり読み取った恵の言葉に、思わず目を逸らして棒読みの返事をしてしまう。
その棒読みの返事に対して、恵は明らかにドスの効いた口調で言葉を返してくる。
「はい、じゃあ、疲れてるんだからさっさと寝る」
そう言って、恵は濡れた髪を乾かすために洗面所に戻ろうと立ち上がった。
「あの、最後に上げてくれる言葉は?」
「は……?」
倫也からの言葉に恵はぽかんと口を開けたまま呆けた声で応える。
その言葉は相当に想定外だったようで、目を真ん丸にして呆れていた。
「……最初に『何でこんなに……』って言ったからそれで十分じゃないかな? ていうかそもそも人の独り言を寝たふりして聞いておいて、そのセリフもどうかと思うんだけど?」
恵は最初の言葉と、盗み聞きでプラマイゼロでしょと倫也の要望を却下しようとする。
だが、倫也は断固として引き下がらない。
恵だって倫也が最初から全部聞いていたのは知っているのだから、倫也に悪口しか言っていないのはわかっているはず。だから倫也はそれを盾に取って言葉をねだる。
「最後にちょっとくらい上げてくれないと~俺酷いこと言われすぎて~落ち込んじゃって寝れないです~恵様~」
「……昨日から本当に調子に乗り過ぎじゃないかなぁ?」
超棒読みの倫也の言葉に、絶対に恵で遊ぼうとしている倫也のふざけた顔を見て、恵は眉を顰めてイラっとした表情を浮かべる。
「仕方ないじゃん。いいアイデアが出てくるときは調子も出てくるんだよ」
「ふぅぅぅぅ~ん? じゃあ、いいアイデアが出てるときは、めんどくさいから倫也くんに関わらないようにしないといけないね。今すぐ家に帰ろうかな?」
「ちょっとぉ!?」
恵はそんなことを言いつつ、しょうがないなぁという感じでとため息をひとつ吐きながら、ベッドの縁に腰掛けた。
倫也もそれに倣うようにして恵の隣に腰掛ける。
「じゃあ、行くよ?」
恵のその言葉に、倫也はこくりと頷く。
恵は倫也のその反応を確認して、ゆっくりと倫也の顔の距離を詰める。
二人の距離は、恵のいい匂いが倫也の鼻をくすぐり、恵から漏れる吐息が倫也の唇にかかるくらいまで近づいていた。
そして、恵はさらに言葉を続ける。
「わたしね、
倫也くんのことが……
こんなにめんどくさいと思ってなかったから、
最近、かなりうんざりしてるんだよね~」
『そんな簡単に上げる言葉なんて言ってやるもんか』と言わんばかりに、相変わらずの倫也をディスる言葉を投げかける。
「ちょっとぉ…………んっ!」
そんな、倫也のツッコミを遮るようにして、恵は倫也の唇を自らの唇で塞ぐ。
数秒後にその唇を離して、言葉を紡いでいった。
「……それでもね、本当に、大好きだよ」
にっこりと最上級の笑顔で、恵は倫也に言葉を伝える。
そのちょっとだけ赤くなった笑顔とその言葉は、倫也の特に落ち込んでもいない心を一気に上げていった。
「ありがとうございます!恵様!」
まるで神を崇拝するように恵に頭を下げながら、両手を擦り合わせてその手を頭の上に掲げる。
「……やっぱり調子に乗り過ぎだよね?」
恵はそんな調子に乗った倫也の間抜けな姿に、呆れて果てたように再びため息をついた。
そして、恵の言葉に、キスに満足した倫也は、寝るために再び布団の中に潜りこもうとする。
「じゃあ、おやす……」
「待って」
そんな満足気な倫也に対して、恵は不満そうにむくれながら、倫也の肩を掴む。
「わたしに対して上げる言葉がないなぁ」
「……え?」
倫也くんだけずるいと言わんばかりに、恵も倫也に対して上げる言葉を要求する。
調子に乗っていた倫也は、地雷を踏んでしまっていたことに今気がついた。
「え、えっと、さっきのキスでお互い満足したということで……」
「わたしは言葉をもらってないし、そもそも満足してないんだけどなぁ?」
「えぇ……?」
「言っておくけど、満足するまで寝かさないからね?」
「ちょっと!?この流れでその発言は色々と危ないんだけど!?」
先に上げる言葉を要求したのは倫也自身であったが、こんな流れになるとは予想できていなかった。そして、『しまった』と苦い顔をしながらしぶしぶベッドの縁に座り直す。
倫也はひと呼吸置いてから、
恵の両手を手に取り、
恵の瞳を見据えながら、
心を込めて言葉を紡ぐ。
「……俺、
恵のことが好きだ。
……大好きだ」
「うん、知ってる。で?」
「………………え?」
倫也がこれなら行けると思った上げる言葉は、あっという間に恵に握りつぶされる。その時間、わずか〇.五秒。
「そんなありきたりの言葉でわたしが満足すると思ってるのかなぁ?」
「………………はい」
恵の顔は笑っているけど、目は全く笑っていなかった。そんな言葉は聞き飽きたとさらに上のレベルの言葉を要求してくる。
この流れは非常にマズイと倫也は悟り、冷汗がまた流れ出てきた。この時点で、さっき『……あの、最後に上げてくれる言葉は?』と余計な一言を言ってしまったことを今更ながら後悔する。
だからといって、今更後悔しても仕方がないし、何の問題解決にもならない。今はこの状況を解決するためにひたすら言葉をかけ続けるしかなかった。
「……恵、好きだ!大好きだ!!」
「ふ~ん?」
「恵のことが世界一好きだ!」
「ふ~~ん?」
「恵のことが死ぬほど好きだ!!」
「ふ~~~ん?」
「……これ、いつ終わるの?」
倫也の言葉が全く響いていなさそうな恵の様子を見て、全く終わりが来そうにないと思わず弱気な発言が出てしまう。
「ちゃんとわたしに響く言葉が出てくるか、もしくは、わたしか倫也くんが諦めたら終わるかもね~。でもその場合、倫也くんはわたしを上げる言葉が出てこなかったってことになるけどね~」
「ぐ…………」
そんな負けるようなことはしたくないと、倫也は再び言葉を紡ぎ続ける。
「俺の世界一かわいい恵が大好きだ!」
「へ~」
「恵の最高の笑顔がかわいくて大好きだ!!」
「ふ~ん」
「俺の彼女の、史上最高のメインヒロインの恵が大好きだ!!!」
「そうなんだ~」
「……もう寝ていい?」
「だめ」
恵はニコニコとした表情を浮かべてはいるが、どれだけ言葉を紡いでもフラットな反応を返すだけで、崩れる様子を全く見せない。まさに難攻不落と言わんばかりで、ひたすら倫也で遊んでいるようにしか見えなかった。
「う〜〜〜ん」
何とか一矢報いたいと倫也は思うが、これまでの言葉が全く効いていない恵の様子に、このままでは埒が明かないと判断する。
さっきのまでように思うがまま言葉を紡ぐのは得策ではないと考え、『どうしたものか』と、目を瞑り、腕を組んで頭を巡らせる。
「……倫也くん?」
「……ん~?」
「寝てない?」
「……起きてるよ」
「……ほんとに?」
「……起きてるって」
目を瞑って黙り込んだ倫也を、恵が寝ているんじゃないかと怪訝そうに見つめる。
倫也は徹夜明けとはいえ、さっき椅子の上で一時間くらい寝たから、すぐに落ちるほど眠くはない。でも、このまま目を瞑っていたら寝てしまいそうだった。
かと言って、寝不足が影響してやっぱり頭は回らない。
だから、ちょっと手を変えることにした。
(※ここから恵sideに繋がります:
https://kakuyomu.jp/works/1177354054894656789/episodes/1177354054896892661)
倫也は目を開いて『ふぅ』と一息つき、恵の瞳をじっと見据える。
さらに恵の両肩の横を優しく抱き、ゆっくりと自分の顔を恵の顔に近づけていく。
そして、そのまま自分の額と恵の額をこつんとくっつけた。
「えっと、……倫也くん?」
倫也が何をしたいのかがわからず、不思議そうな表情を浮かべる恵をよそに、額をくっつけたまま倫也はもう一度目を瞑る。
倫也は『どうせ頭回らないんだから』と、考えるのをやめて目の前にいる恵を感じることにした。
その上で思ったことを、感じたことを伝えることにした。
その方がいい言葉が出てきそうな気がするから。
そして、自分の感覚に集中する。
くっつけた額から、触れている両肩から恵の体温が伝わってきて、
シャワーを浴びた後の恵のいい匂いが鼻をくすぐってきて、
恵の温かい吐息が唇にかかってきて、
恵に上げる言葉を伝えるはずの倫也の方が
ドキドキさせられてしまう。
心地良いと思ってしまう。
倫也のじっと動かない様子に対して、恵も不満の声を上げたりするわけでもなく、その状態はしばらく続いた。
そうして、倫也は数十秒もこの心地良さを堪能したあと、目を開いて恵に言葉を伝える。
「……こうするとさ、
恵のいい匂いとか、
温かさとかが伝わって来てさ、
すっごくドキドキしてくるんだよ。
それでさ、この匂いとか、温かさが心地良くってさ
俺、恵がそばにいるだけで
すっげぇ幸せだって思うんだよ」
言葉だけではなく、感覚をも使って、恵にその心地良さを伝える。
匂いだって、温かさだって、
倫也に伝わっているということは、恵にも伝わっているわけで、
……この幸せな気持ちだって、きっと伝わってるはずだって。
「………………へぇ〜」
さっきまでニコニコしながら倫也の言葉にすぐに反応を示していた恵だったが、今回に限ってはちょっとだけ反応が遅れた。
そして、さっきまでと明らかに異なる反応に、調子に乗っている倫也はしっかり気がついていた。
「……恵、今ちょっと、グッと来てなかったか?」
「……来てないよそんなわけないよ〜」
「いや、今のは結構来てたじゃん!?ちょっと動揺してるじゃん!?」
「そんなことないから絶対そんなことないから」
「……だったら何で目を逸らすんですか?恵さん?」
さっきまでニコニコと笑顔を浮かべて倫也の言葉を聞いていたはずの恵が、明らかに倫也から目を逸らしている。しかもちょっとだけ頬を紅潮させて。
「だってまだわたし満足してないし〜満足するまで寝かせないって言ったし〜」
「うわっ!?実はやっぱりグッと来てたんじゃん!?顔赤くなってんじゃん!?」
「あ~倫也くんうるさいよ。ほら、次の言葉はまだかな〜」
「くっそおぉ~~~!」
倫也の口から自然と出た渾身の上げる言葉は、恵の強がりによってあっけなく流されてしまう。
さすがの倫也もそれには我慢できなくて、思わず手が出てしまった。
「え、ちょっ……」
倫也は恵の両手首を掴むと、その勢いのまま恵の身体をベッドに押し倒した。さらに掴んだ両手首は恵の頭の横に押さえつけて、逃げられないように、抵抗できないようにする。
恵もその倫也の行動はさすがに予想外だったようで、驚いたように目を見開いていた。
「え、え~と、倫也くん?ちょっと離してくれるとありがたいんだけど?」
「いやだ」
「……もしかして怒ってる?」
「……いや、怒ってないよ」
「だったら、離してくれると……」
「いやだ」
「……やっぱり怒ってない?」
倫也自身も自分の感情がよくわかっていなくて、言葉では怒っていないと言ったが、もしかしたら怒っていたのかもしれない。
でもそんなことはあんまり気にしていなかった。
ここでやるべきことは決まっていたから。
「なぁ、恵?自分で言ったよな?」
「え~と、……何のことかな?」
「『満足するまで寝かせない』って」
「ゔっ……………………」
あのとき言った言葉が、まさか自分に返ってくるとは思ってなかったようで、恵は苦しそうに言葉に詰まらせていた。
「そ、それは、言葉の綾で~、”倫也くんの言葉に”満足するまでって意味で~」
「大丈夫だ、恵」
倫也は恵の苦しい言い訳を聞き流し、目をギラリと光らせる。
「俺も『満足するまで寝かせない』から」
「~~~~っ!!そっ、それ大丈夫じゃないと思うんだけどなぁ!?」
真っ赤になって焦る恵を倫也は無視して、敢えてゆっくりと恵に顔を寄せていく。
恵に逃げる猶予を、拒否する時間を与えるために、ゆっくりと。
恵の意思を完全に無視して、無理矢理しようとしている状況だし、
恵が逃げるなら、拒否するならやめるつもりだった。
でも、恵は逃げることも、拒否することもなかった。
受け入れることを選んだようだった。
だから、遠慮はいらない。
二人の唇が重なる。
倫也は舌を恵の唇から割入れ、口腔内を蹂躙する。いつもより少しだけ荒い感じで恵の口腔内を堪能する。
いつもは長いキスでも一分くらいだが、今回は長かった。
三分くらいもかかっただろうか?そんな時間も忘れるくらいにキスを続けた。
恵を拘束しながらというシチュエーションに、背徳感を覚えてドキドキしていたのも理由の一つだったと思う。
そして、そんな長いキスの後に恵から唇を離す。ただし、両手はそのまま恵を押さえつけたままで。
もともと、恵は倫也からの”上げる言葉”を要望してきたわけで、
だから、今この瞬間に一番グッとくると思われる"上げる言葉"を口にした。
「俺、恵のことが
世界一かわいくて、
世界一好きだから
恵を、めちゃくちゃにしたい……!」
さっきの掛け合いの中でこんな言葉を言ってたら、
『気持ち悪い』って間違いなくドン引きされたと思う。
でも、今のシチュエーションならたぶん許される。
で、それを聞いた恵の反応はと言えば、
「~~~~~~~~っ」
今までに見たことがないくらいに顔を真っ赤にして、わなわなと唇を震わせていた。
今の恵にはその倫也の『上げる言葉』は見事に突き刺さっていたようだった。というかその言葉は『上げる言葉』ではなく、恵を骨抜きにする『殺し文句』だったようで。
倫也は恵のその反応を見て、それ以上をすることも了承したと判断して、もう一度、唇を重ねる。
先ほどと同じように自分の唇を恵の口腔内に侵入させて、恵の唇を、舌を堪能する。
先ほどと違うのは、恵もそれを受け入れて自分から舌を絡めに来たこと。
二人はまた数分間キスを堪能した後、唇を離す。
倫也はそれで飽き足らなかった。
恵の着ているパーカーとキャミソールの隙間から見える、鎖骨が汗ばんだきめ細やかな肌が、何とも言えない色気を醸し出していて、倫也は思わず恵の首元に吸い付いた。
そのたびに恵の口から「んっ」とか、「やっ」とか、甘い声が漏れる。
倫也はその反応が楽しくて、ひたすら恵の首元や胸元に唇を這わせる。
首元に唇を這わせると、恵がその部分に顔を寄せたり身じろぎしたりして逃れようとするが、それによって新たに生まれた肌のスペースにまた唇を這わす。恵が大きく逃げようとしても、倫也が恵の手首を押さえつけていてそれを許さない。
そうやって延々と倫也は恵の肌を堪能し続けた。
そして、充分に恵の肌の柔らかさを、恵の甘い声を楽しんだ後、唇を恵の肌から離して、改めて恵の姿を見下ろす。
上気した顔に、息遣いは荒く、瞳は潤んでいて、身体を何度もよじったことで着衣も乱れていて、凄まじく煽情的な姿を晒していた。
そんな恵の姿を見て、思わず倫也は思わずごくりと生唾を飲み込む。
一方で、動きを止めた倫也に対して、恵は絶え絶えの息の中、何か言葉を呟いていた。
「……たい」
「え…………」
その言葉は確かに聞こえていた。でも、その言葉はあまりにも予想外で、思わず聞き返してしまった。
「……わたし、倫也くんに、めちゃくちゃに……されたい……っ」
「っ……!」
たぶん、恵はその言葉を意識してなかったと思う。
そんな狙ったような言い方には聞こえなかった。
だから、そんな恵の無意識の『上げる言葉』は倫也の嗜虐心を更に掻き立てる。
倫也としては恵を十分満足させられたかと思ったが、恵はどうやら満足していなかったようで。
そのあと、何があったかは推して知るべし。
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