冴えない主人公の育てかた

Depth

第1章

第0話 お互いの初めて

 ただいま、ちょうど日付が変わったばかりの四月一日の午前零時。

 倫也と恵は、倫也の家の倫也のベッドの上で向かい合わせに座っていた。

 これからえっちなことをするというシチュエーションに倫也のドキドキが収まらなかったが、ドキドキの原因は状況だけではなくって、恵の服装にも問題があるからだった。


(絶対わかってる服装だよなぁ!?)


 恵が倫也の家に泊まるのはよくあることで。倫也は今日だっていつもの寝間着だと思ってた。

 ……まぁ、いつもの寝間着でも肩が出てたり、胸元がゆるかったりとか十分に破壊力のある寝間着なんだけど。

 でも、今日の寝間着はいつもより薄かった。多少温かくなってきたとはいえちょっと寒いんじゃないのというくらい。

 言ってしまえばキャミソールワンピース1枚のみ。いつも以上にぎりぎりまで白く透き通った太ももが見えていて、それどころかその奥にある白い布地がときどきチラリと見えていた。

 完全に童貞の倫也を〇す気満々の、破壊力抜群の服装だった。確実にいろいろ狙ってる感じの服装だった。

 もう倫也の心臓のドキドキは全く収まる様子がなかった。そばにいる恵にそのドキドキが聞こえてしまうのではないかと思うくらいに。


 それでも、倫也は決心していた。今日、このときにお互いの初めてを捧げることを。


「……倫也くん」

「ひゃ、ひゃいぃっ」


 そんな覚悟を決めていても、急に声をかけられると、思わず裏返った声が出てしまう。

 恵はそんな倫也を気にすることなく、そのまま話を続ける。


「準備はいい?」

「お、おう」


 そんな緊張でドキドキでいろいろなところがガチガチな倫也に対して、正面に座っている恵は少し顔が赤くなっているくらいで、いつもとそこまで変わらないテンションで倫也に話しかけてくる。


 恵は倫也の返事を聞くと、ゆっくりと倫也に四つん這いで向かって近づいていく。

 四つん這いになったことで、胸元の緩いキャミソールの襟が大きく開いて、倫也から恵のその先端部が見えそうでさらに心拍数か上がる。


(い、いよいよ……)


 そう倫也が覚悟を決めていると、






 恵は倫也の横を通り過ぎ、ベッドから降りて、恵のために床に敷いた布団に潜り込む。

 そして、布団から頭だけを出して、倫也に向かって声をかける。


「じゃあ、おやすみ〜」








「ちょっと待てええぇぇいぃ!!」

「ええ〜、もう日付変わっちゃったし〜、もう寝る時間だよ〜」

「何言ってんの!?たった今、『準備はいい?』って聞いてきたのは何だったの!?」

「それは寝る準備ができたか聞いただけだよ〜倫也くんは何のことだと思ったのかな〜?」

「そんなの決まってんだろ言わせんなよ恥ずかしい!!だいたい何のために日付変わるのきっちり待ってたの?!さっきまで恵も『あと5分で日付変わるね』とか言ってたじゃん!!知ってるだろ!?」

「何だったっけ〜?」

「レーティング!十八歳以上!!ていうか、俺の家に来るとき言ってたよね!?わかってるって言ってたよね!?」

「あ~、倫也くんうるさいよ〜真夜中に近所迷惑だよ〜家族に迷惑だよ〜」

「今日もうちに誰もいないの知ってるよね?!知っててこの状況だよね!?」

「あれ〜そうだったっけ〜?」

「ああああああぁぁ!もおぉぉぉ!」


 恵の『そんなつもりないんだけど〜』的な対応に、倫也は思わず頭を抱えてそのままベッドに倒れ込んだ。


(俺ばっかり期待してたみたいでバカみたいじゃん!?)


 そうやって頭を抱え込んだまま横目で恵を睨むが、特に何か焦るわけでもなく、むしろ『あ~、いつもの倫也くんだ』みたいなちょっと楽しんでいるような顔で倫也を見ている。


(俺、絶対遊ばれてる……!)


 でも、服装はあんなに薄着で煽情的で、少なくとも日付が変わるまではどう考えてもあれやこれやを期待する言動があったわけで。

 まぁ、今の表情を見ても倫也を弄んでいるのはほぼ間違いないわけで。

 恵が狙っていたのかどうかはさておき、おかげで倫也の緊張感はかなり薄れていた。

 しかし、そんなことに倫也が気がつくわけもなく、さらに追求を続ける。


「ていうか、何でお前そんなに落ち着いてるんだよ!?俺たち高校生じゃなくなってるんだぞ!?あれこれヤリ放題なんだぞ!?」

「……その発言は霞ヶ丘先輩みたいで心の底から酷いと思うんだけど?」

「……その詩羽先輩のディスり具合も酷いと思うんだけど?」

「え〜?だって倫也くんはそういうことしない人だって思ってるし〜?」

「だったら、何でそんな露出の高い服装なんだよ!?いつもそんな服じゃないだろ!?誘ってんだろそうなんだろ!?」

「……そういうことはわかってても言わないのがマナーじゃないのかな?」


 ちょっとだけ恥ずかしそうに、頬を染めて、恵は目を逸らす。

 いつもならキャミソールの上からパーカーを着ていて、下もショートパンツをはいている。それと比較すると今の服装はとてつもなく薄着、と言うか紙装甲だった。

 いや、攻撃力、というか破壊力は半端ないのだが。


「ていうか、倫也くんはわかっててそういう態度をとるんだ〜?」

「え、ええ?」

「わたしが日付が変わるまで待ってて、こんな服着てるってわかってるのに、何もしないなんてないよね?」

「お、おう……」


 その恵の『わかってるよね?』と言わんばかりの雰囲気に倫也は気圧されそうになる。

 さっきまで恵も倫也を茶化してはいたものの、それはただの照れ隠しのようなもので、覚悟を決めているのは倫也だけではなく恵も同じだった。


「え、えっと、恵?その、な?」

「ん~?」

「さ、さっきも言ったけど、その」

「ん~~?」

「……レーティングが、変わったから、うん、その、っだな」

「……んー?」

「あの、えっとだな……」

「……この話いつまで続くのかなぁ?」

「……すいません」


 煮え切らない倫也にだんだんと恵の顔がフラットになっていく。

 『やっぱりコイツめんどくさいヘタレだ』って渋い顔をして、はああぁとため息をひとつ吐く。


「ね、倫也くん?」

「ん?」

「わたしちょっと寒くなってきたかなぁ」

「…………そりゃ、そんな薄着してるから」

「……そういうことを言いたいんじゃないんだけどさぁ?」


 どう考えても見当違いな倫也の返答に、恵はさすがにイラっとして眉間にしわを寄せる。


「誰か温めてくれないかなぁ?」

「…………あ、……ああ」


 恵のちょっとめんどくさくて、回りくどいおねだりに、まぁ、さっきの倫也のめんどくささに比べたら随分とストレートなおねだりではある。

 倫也はそのことを察して緊張した面持ちながらも自分のベッドから降りて、恵がいる布団の中に潜り込む。

 その時の恵はわざわざ倫也が入りやすいように、布団をめくって笑顔で迎えてくれていた。


「やっぱり一人より、二人の方が温かいよね」

「お、おう、そ、そうだな」


 一人用の布団に二人で入るのはやっぱり窮屈で、体を寄せあわないと布団からはみ出てしまう。手とか、足とかはすでに触れてしまっているし、二人の顔は吐息が感じられるくらいに近い。


「あ、ちょっと、倫也くん、まだ寒いからもうちょっと近づいてくれない?」

「やっぱり俺を〇しに来てるんだろそうなんだろ!?」


 今のままでも手や、足などあちこちが触れてしまうくらい十分に近いのに、さらにそれ以上に近づくというのは非常に凶悪で、甘美なお願いだった。

 倫也はベタなツッコミをしつつも、その甘いお願いに逆らうことはできるわけもなく、体を恵の方にずらして恵との距離をさらに詰める。足は自然と絡まりあい、お互いの腕を背中に回していた。

 倫也は恵に逃げられないようにとちょっとだけ力を込める。せっかくここまで来たのにまた逃げられるのは勘弁してほしかった。

 それは恵も一緒だった。またここで倫也がヘタレて逃げるのを防ごうと背中に回した手に力を込める。


 これまでだって抱き合ったことは幾度となくある。でもこんな布団の中で、しかもこんな薄着の状態で抱き合うとダイレクトに体温が伝わってくる。そして、伝わってくるのは体温だけではない。緊張でちょっとだけ荒くなった呼吸や火照った顔、こわばった面持ち。お互いの緊張感がしっかりと伝わってきていた。

 そして、さっきまで倫也をひたすらに茶化していたのが嘘のように恵も顔を赤くして黙り込む。自分からこのシチュエーションに誘ったのだが、思った以上に恥ずかしかった。

 時折ちらちらと倫也の方を見ては目が合うとすぐに目を伏せて逸らしていた。


「……あの、恵さん」

「な、なにかな〜?」

「あの、もしかして、緊張してます?」

「………………それはわかってても」

「言わないのがマナーですね……すいません」


 またその言葉を最後に二人とも緊張で押し黙ってしまう。そうなると次の言葉を発するにも少し勇気が必要になるが、二人ともその勇気を出すことができずにどんどん時間だけが過ぎていく。


(……あれ?何だこれ?)


 そんな二人が黙り込んでいる間、倫也は恵の体を抱いているのと反対の手が手持ち無沙汰になっていたから、何の気なしに枕の下に手を入れてみた。そのときに、ふと何か固くて薄い小さなシート状のようなものに手が触れる。

 何となくこれが所謂アレであることは容易に想像できたが、なんでこんなところにあるのかが不思議だった。倫也はそれをベッドにある自分の枕の下に隠しておいたわけで、この一連の流れでこんなところに移動するはずはなくて。

 倫也はそれを手に取り目の前に持ってくる。それは当然恵の目にも入ってくる。


「……………………」

「……………………」


 それはやっぱりアレコンドームだった。

 倫也はそれを見て不思議そうな表情を浮かべ、一方の恵はそれを見て一瞬呼吸が止まり、頬をみるみるうちに紅潮させる。

 それは倫也が用意したアレコンドームではなかった。だから、倫也ではない誰かが用意したもので、それはつまり、恵が用意していたわけで。

 しかも、今日の倫也の家に戻るまでに恵がそれを買っている姿を倫也は間違いなく見ていないし、そもそもお店にも寄っていない。だから、今日の零時にレーティングが変わることに倫也が気づくより前から準備されていたものであった。


「あの~、これ…」

「わたし知らないそれ知らない。倫也くんが用意したやつじゃないのかな?」

「これ俺が用意してたやつと違うんだけど……?」

「っ…………、違うからわたしじゃないから」


 倫也が用意したのではなければ、恵しか用意する人はいない。それでもわざわざ用意していたと思われたくなくて、恵はひたすら否定する。


「恵さん、もしかして結構期待してました?」

「してないから期待なんかしてないから非常時のためだから」

「つまり、俺との間に非常事態が起こることを前から想定していたと?」

「っ……………………」


 ここぞとばかりに倫也は恵に攻め込む。最初にいろいろとおちょくられたお返しにと言わんばかりに。


「あ~も〜、知らないっ!」

「あ、ちょ、ちょっと!?」


 ついに恥ずかしさに耐えきれず、恵が百八十度向きを変えて倫也に対して背中を向ける。さらに頭から布団をかぶって倫也から逃げるように隠れる。ただ、隠れたと言っても顔を見せないように隠れただけで、同じ布団で倫也の隣にいて、倫也がすぐ抱きしめることができる位置にあるのは変わりはない。


(ちょっと、やり過ぎたかな……?)


 そう思った倫也は恵へのフォローのために改めて腕を恵に回す。それによって、後ろから抱きしめる形になる。

 正面同士で抱き合うのとは違い、より密着度が高くなる。手や足だけでなく、胸や、腹部も恵に触れることになる。女の子らしい温かくて細くて柔らかい身体を感じてしまい、思わず心拍数が上がってしまう。

 その直後、手の甲を恵につねられてチクリと痛みが走る。


「恵、痛いって」

「……うるさいよ倫也くん」


 痛みに倫也が抗議の声を上げると布団の中から恵のくぐもった、怒ったような声が聞こえてくる。

 それでも、倫也はつねられた痛みを気にすることなく、恵を抱く腕に力を込める。


「いや、ごめんって」

「……うるさい」


 倫也が謝っても恵は倫也の手をつねるのをやめない。

 だから、倫也はそれに負けじとさらに恵を抱く腕に力を込めて、もう一度謝る。


「恵、ごめん」

「…………うるさい」


 倫也の手をつねる恵の力がちょっとだけ弱まる。

 倫也はそれに流されることなく、さらに恵を抱く腕に力を込めて、また謝る。


「ごめん」


 その一言で、ゆっくりと恵が布団から顔を出し、


「……………本当に反省してる?」


 倫也の方に向き直って、倫也の謝罪と反省を受け入れようとする。


「してますしてます反省してます許してください恵様!」


 それを倫也はこれ幸いと、何となく語呂がいい感じの言葉で反省を伝える。


「…………その謝り方、全然反省してなさそうなんだけど?」

「いやいやいや、ちゃんと反省してるんだよ!?」

「ふぅぅぅぅ〜ん?」


 恵は『それ嘘でしょ?』って感じのジト目で倫也を見る。

 まぁ、倫也だからなかなか信用されないのも仕方がないのかもしれないが。


「ありがとな、わざわざ用意してくれてたんだろアレ」

「……ふん」


 倫也は恵の用意していたアレコンドームをもともとあった枕の下に戻す。

 恵はこれ以上、墓穴を掘らないようにと、鼻を鳴らして倫也に返事をした。その表情は恥ずかしさから少し赤く染まったままで、バツが悪そうに倫也から目を逸らしていた。

 倫也は目を逸らしている恵の顔を両手で包み込み、自分の方を向かせる。そして、倫也も恵もお互いの顔を見つめる。


「恵、……キス、していい?」

「……ん」


 倫也がそう尋ねると、恵は肯定の意味で目を瞑り唇を突き出してくる。

 倫也はその突き出された恵の唇と自分のそれを重ね合わせる。それはこれからする行為のためのきっかけのキスで、少しでも緊張をほぐすためでもあった。

 そうやって十数秒の間お互いの唇の感触を確かめた後、唇を離す。


「はぁっ……」


 恵の口から艶やかさの混じったため息が漏れる。その表情はこれからの行為を想像して少しだけ蕩けかけていた。

 倫也はその表情を見て、また胸の鼓動が早くなりつつも、改めて覚悟を決めた。


「……なあ、恵」

「ん〜?」

「恵の初めて、俺にくれないかな?」

「……それこの状況で聞くの?」


 恵はくすっと笑うように微笑む。そんなの当たり前だと言わんばかりに。

 状況を考えればそこに間違いなどあるはずはない。倫也だって言われなくてもそんなことはわかってる。それでも倫也は恵からの言葉をねだる。


「ちゃんと、恵の口から聞きたいんだよ。……恵の気持ちがどうなのかって」


 お互いの気持ちにすれ違いがないように。恵の気持ちに間違いがないように。


「え~、こんなあからさまな状況なのに~?」

「あからさまな状況でも!それでも俺は聞きたいの!」


 恵は呆れたような感じで


「……いいよ」


 恥ずかしそうに言葉を紡いでいく。


「わたしの初めては、

 初恋も

 初めてのキスも、

 全部、

 倫也くんにあげる」


「倫也くんの初恋も、初めてのキスも、誰かさんに取られちゃったけどさぁ」

「それ、まだ引っ張るのかよ……」


 何度目かと思うくらいに弄られたネタに辟易する倫也を恵はくすくすと笑う。

 幾度となく弄られたネタだが、逆に言えばネタにするくらいに許されているということで。


「だから、倫也くんの初めては、わたしがもらうよ?」

「……………………ふふっ」


 それだけは絶対に譲れないという言い方が倫也は強欲だなと思ってしまって、つい吹き出してしまった。


「何笑ってるの?」

「恵が俺のこと、思ってた以上に好きなんだなって」

「……ま、わたし倫也くんのメインヒロインだし〜」


 メインヒロインだのなんだのと恵は言っているが、

 そんなことは関係なく、

 倫也のことが好きであって、

 それが倫也にとって嬉しくて。


「恵……」

「んっ…………」


 だから、また倫也は恵にキスをする。


 そして、二人はお互いの初めてを捧げる。


(※詳しい内容はこちら:https://kakuyomu.jp/my/works/1177354054894656789/episodes/1177354054895497945


 * * * * * * * * * * * * * * * * * * 


 倫也と恵は一つの布団の中で、向かい合って寝転んでいた。もちろん服は着ていない。だって、今はピロートークの真っ最中だから。


「倫也くんの初めてがわたしって何があったっけ?」


 恵は少し前の話題を持ち出してくる。


「初恋は英梨々でしょ?初キスは霞ヶ丘先輩でしょ?」

「……もうそのネタやめない?この状況で話すことじゃないと思うんだけど?」


 いつもの弄られるネタに倫也は辟易して『はぁ』と溜息をつく。


「ていうか、そもそも初めてを揃えなくてもいいんじゃないか?」

「……それはさすがにデリカシーなさすぎるんじゃないかなぁ?」


 倫也のその発言に対して、恵はかなりご立腹なようで、眉をひそめてムッとした表情で倫也を見る。


「いや、初めてが大事じゃないって言ってるわけじゃないんだよ?」

「初めては一生残るんだよ?好きな人の初めてって、いくら揃えても足りないんだよ?ありとあらゆる初めてをいろんな人に安売りしちゃってる倫也くんにはわからないと思うけどさぁ?」

「俺、そんなに安売りしてるつもりないんだけど?」

「ふぅぅぅぅぅぅ~ん?」

「……その不穏すぎる反応辞めてもらえません?恵さん?」


 『何言ってんだコイツ』的なジト目で恵は倫也を見る。

 そんな恵の不穏な雰囲気に、倫也に冷や汗が流れる。


「それに、恵が初めてなんて他にもいろいろあると思うけど?」

「……例えば?」 


 倫也は恵との思い出を頭の中で巡らせて、恵との初めてを探し出す。


「……指つなぎ原作11巻

「……あの二人英梨々と詩羽とやってないことが信じられないんだけど?」

「俺ってそんなに信用ない!?」

「まぁ、シナリオとかであの二人に関してはいろいろ聞いちゃってるしね」


 サブヒロインのシナリオを作る過程で、倫也と二人の記憶やら思い出やらを聞かされている恵としては、『指つなぎ』なんて甘っちょろいやり取りなど、やっていないとは到底思えなかったようだった。


「じゃあ、他には?」


 恵は『指つなぎ』以外の初めてを聞いてくる。


「お泊り?」


 これなら恵と初めてだったはずと倫也はそこそこ自信を持って答える。


「……わたし最初に倫也くんの家で徹夜でゲームに付き合わされてから、倫也くんの家に泊まってばっかりで微塵も特別感を感じないんだけど?」

「えぇ…………」


 そんな自信を持って答えた『お泊り』はそもそも恵にとっては大したイベントではなかったようで……。


「ていうか、その時も英梨々が乱入してきたわけだし、そもそも英梨々とやってるよね?泊まりで原稿仕上げるとかやってるよね。」

「……………………はい」


 改めて思い返すと、確かに英梨々とやっていた記憶があり、倫也の耳が痛くなる。


「あ~あ、やっぱり倫也くんの初めてってそれくらいじゃないのかなぁ?」


 恵にそんなことを言われて倫也はぐぬぬと悔しがるが、それ以上が出てこない。

 逆に過去を掘り返していくと、いろいろ墓穴を掘りそうな気がして、倫也は過去の話は一旦止めにする。


「じゃ、じゃあ逆にまだやってないこととか?」

「……例えば?」


 『逃げたな?』とジト目で見てくる恵だったが、特にそれを咎める様子もなく倫也の回答を待つ。

 だから、改めてまだしていない恋人らしい行動を思い浮かべる。


「……え、えっとだな、ふ、ふたりで一緒にお風呂とかは?」


 恋人らしい行動言えばそうだが下ネタだ。まぁ、付き合い始めてしまったら、初めてなんてそっち方面の方が多くなるのは当然なのだが。


「ふぅぅぅぅ〜ん?」

「何だよ何が言いたいんだよ!?」


 相変わらずジト目のまま、咎めるような目つきで倫也を睨む。


「……氷堂さんとも?」

「………………ななな、ななっ、なな、何を言ってるんだ恵そそそそそんなのあるわけないだろ?」


 倫也は美智留とのことを完全に忘れていて、恵に言われて思い出した。

 かと言って自分が恵としていないことをやっていると白状するわけにもいかず、そんなことはなかったことにしようとする。


「倫也くん、わたしそのエピソード原作4巻参照氷堂さん本人の口からから聞いてるんだけど?自分でも忘れてるくらいなのに、これを初めての安売りと言わずなんと言うのかなぁ?」


『だめだこりゃ』と大きく溜息をつく恵。


「………………………あの、そろそろ許してもらえません?

 ていうか、今の状況って初めてのえっちの後のピロートークだよな?何でこんなに俺が責められる話になってるの?こういうときってもうちょっと甘い話するシチュエーションじゃないの?」

「わたしと倫也くんの掛け合いはこんな展開倫也くんが弄られるになるのがセオリーなんだよ?」

「こんなときまでそんなセオリーいらないんだけどぉ!?」


 理不尽なセオリーに思わず、倫也が叫ぶ。

 それ以上は何を言っても信用されない気がして、もう開き直るしかなかった。


「ええい!もういい!過去のことは忘れるの!全部恵との思い出で忘れるの!全部かき消すの!」

「うわ〜、そうやって女の子を弄ぶんだ〜倫也くんひどいね〜」

「をい……」


 ぞんざいな恵の物言いに思わず怨嗟の声が出るが、やっていることは確かに恵の言う通りでそれ以上は言葉が出なかった。


「違うんだよ、恵」

「何が違うのかな?」

「確かに他の女の子と、いろいろ初めてをいつの間にかして来たけどさぁ」

「無自覚鈍感安芸倫也くんだね~」

「もうやめてよぉ!」


 もうそろそろ突っ込むのも疲れてきて、思わずため息が漏れる。


「そうじゃなくってさぁ……恵は特別なんだよ」

「……特別?」


 恵はよくわかっていなさそうな、きょとんとした表情を浮かべる。


「そうだよ!

 恵は、初めてちゃんと好きだって思って、

 好きだって言えた女の子なんだよ!

 そんな恵だから、他の女の子ともしたことを忘れるくらいに

 恵との思い出が鮮明に残ってるんだよ!」

「ぅ…………」


 さっきまでひたすら倫也を弄っていた恵の気を削ぐことに成功したようで、困ったような表情を浮かべていた。


「……指つなぎも?」

「当たり前だろ!?」


 そう言って倫也は恵の手を取り、指つなぎをする。自分の言っていることが本気だと伝わるようにぎゅっと強く握る。


「……キスも?」

「…………当たり前だろ!?」

「……ちょっと間があったんだけど?」


 倫也の返答がすぐに出てこなかったことを恵は怪訝に思い、ジト目で倫也を見る。


「……何もないからな?」

「……あれかな?わたしとのキスは鮮明に覚えてるけど、……初キスも忘れられないとか?」

「……………………」

「ふうぅぅぅぅ~ん?」


 恵に理由を完璧に当てられて、思わず倫也は目を逸らす。当てられたことを悟られないようにノーコメントを貫くが、それは肯定という意味に取られてしまった。


「だから、言ってんじゃん!?

 俺は恵との思い出で、全部かき消すって!

 俺は初めてじゃなくても

 恵との思い出を一番大事にしたいんだよ!!」


 ぎゅっと握っている恵の手を更に強く握る。


「ふ〜ん?」


 その鼻を鳴らす恵の反応はさっきまでのような意地の悪い感じではなかった。

 倫也の言葉に満足しているような、嬉しそうな感じだった。

 恵の顔を見ると明らかに口元が緩んでいるのが見える。


「そうなんだ~?」


 恵の口角が上がり、ニヤニヤと別の意味で意地の悪い表情になっていく。

 さらには恵の握る力も強くなるのが倫也にも伝わってくる。


「わたしとの思い出が、一番大事なんだ?」

「……当たり前だろ」

「ふ〜ん?」


 何となく恥ずかしいことを言ってしまった気がして、ちょっとだけ顔が熱くなるのを感じる。

 そんな恥ずかしがる倫也を恵はしばらくニヤニヤと笑い続けた後、嬉しそうな微笑みに変わった。


「……だとしても、わたしはやっぱり初めてを大事にしたいな。

 それが倫也くんにとっても初めてなら、

 倫也くんはその思い出をかき消すことなく、

 ずっと覚えててくれるんでしょ?

 ……わたしは、それがいいな」


 倫也はまた恵に茶化されると思っていたから、予想外に真面目な言葉が返って来て思わずドキドキする。


「だからさ、今日はこのまま一緒に寝よ?」

「は?」

「だから、倫也くんとの思い出を今日から作っていくんだよ?」

「あ、ああ……」


 恵の言いたいことは理解できるが、唐突すぎて呆けた声が出てしまった。


「まずは1つの布団で抱き合って寝ることからだね」

「……いきなりハードル高くない?」

「だって〜それくらいハードル上げておかないと、倫也くんが初めてじゃなさそうだからね〜」


 そう言って、恵は二人の思い出を集めるために倫也の背中に手を回して、ぎゅっと抱きしめる。 


「め、め、恵さん?あの、柔らかいものがあたって寝れそうにないんですけど?」

「あ…………」


 今は二人とも布団の中で服を何も着ていない状態だったわけで、抱きついてしまえば当然いろいろなものが密着することになる。

 恵はそのつもりはなかったようで、『しまった』というような表情を浮かべて、少し頬を赤らめる。


「……倫也くん、そういうえっちな発言は良くないと思うよ?」

「……そう言いながら、さらに押し付けてくるのは何なんですか恵さん?」


 倫也の指摘に対して恵は抱きつくことを止めることなく、むしろ、抱きつく力を強くしてきた。


「……嬉しくないの?」

「嬉しいです!恵様!」

「ふふっ」


 恵は倫也の喜んだ顔を見て笑ったあと、倫也に顔を寄せて、唇を重ね合わせる。ただ重ねるだけだなく、お互いの唇の感触を柔らかさを楽しむように、何度も何度も啄むようなキスをした。

 そうやって恵は倫也の甘い唇を満喫したあと、唇を離してちょっと赤くなった顔で言葉を紡ぐ。


「……こうやってね、

 掛け合いのあとに

 ちょっとだけ倫也くんを上げるのも、

『セオリー』なんだよ?」


 恵は『ちょっと』だけと言っているが、

 今の倫也にとってはちょっとどころではなかった。

 レーティングが変わって、

 一度身体を重ね合わせてしまったことで、

 オタク的チキンな倫也なんて、

 恵に手を出さない倫也なんて、

 もう存在していなかった。


「な、なあ、恵?もも、も、もう一回…しない?」

「え〜、明日入学式なんだけどな〜?」


 そうやって、明確に拒否をしない恵に対して、今度は倫也から唇を重ねる。恵とは違って、自らの舌を恵の口唇に割入れて、口腔内をを犯す。先程までの行為を想起させるそのキスはあっという間に恵を倫也自身をも蕩けさせる。

 しばらく倫也は恵の口内を犯し続けた後、唇を離すと二人の唇の間を銀色の糸が紡いでいた。


「もぉ…………」


 その時の恵の表情はうっとりとしていて、とてもとても嬉しそうだった。


 * * * * * * * * * * * * * * * * * * 


「ところでさ、倫也くん?」

「ん?」

「今日はさ、次回作のアイデアが浮かんだから徹夜でプロットまとめるって言ってたけどどうなったの?」

「…………え?」

「家についてからはいろいろ呟いてたり、気持ち悪いくらいに悶絶してたりしてたから、アイデアはまとまってるんだよね?」


 確かに家に着いてからは恵が言うような気持ち悪い行動を倫也はしていた。ただし、それはアイデアを考えていたわけではない。

 ぶつぶつつぶやいていたり、悶絶していたりしていたのは、今日の先程の行為をするということに緊張しまくっていた自分を落ち着かせるためであって、次回作のアイデアについては全く何も考えていなかった。そもそもアイデアを考える余裕なんて微塵もなかった。


「じゃ〜わたしもうそろそろ入学式に備えて寝るからね〜おやすみ~」

「うわあああぁぁぁ!全然まとまってねえぇぇ〜!!!!め、め、恵、ちょっと手伝ってくれぇ!!」

「え〜?流石に今日は疲れちゃったから明日にしてくれない?明日は入学式だし。それに今日は一緒に寝るんだよ?」

「この薄情者おおおぉおぉぉ!!」

「ええ〜!?」


 結局、家に帰る途中で思い浮かんだアイデアなんてほとんど忘れてしまっていた。何とか起き上がって徹夜でプロットをまとめようとしたが、今日の情事が頭から離れなくって、何より死ぬほどかわいい恵の裏の姿が目に焼き付いてしまって、もうそれどころではなかった。

 ちなみに倫也がプロットをまとめるために布団から出ていってしまい、抱き合って一緒に寝られなかったことで恵はちょっとお怒りだった。

 そのせいでこの話は恵が倫也をイジるネタとして増えることになった。

 ……まぁ、こうやって締まらない感じで終わるのもセオリーなわけで。


 これが入学式の前日にアイデアがまとまらなかった理由だった。

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