第12話 二人の約束
「……うん、倫也くんはバカなんじゃないのかな?」
「ちょっとおおおぉぉぉ!?」
俺の想いが込もった言葉に対して、恵はいつものようなフラットな反応を返すだけだった。
俺の言葉に対する返事が『倫也くんはバカなんじゃないのかな?』って、しかも、フラットな反応っておかしくない?
ちょっと涙が出そうになるのを堪えつつ、恵の表情をよく見ると、言葉はフラットでも表情は違っていた。
え……?
恵のその表情の変化が見えたのは一瞬だけだった。恵の顔を詳しく見ようとしたところで恵が俯いてしまって、顔が見えなくなってしまったからだ。
でも、一瞬だけ見えたその顔は、泣きそうな顔をしていた。そして、どさっと音が聞こえると、恵は持っていた鞄を落としていた。
「……本当に……バカなんじゃないのかなぁ……?」
続いて恵の口から出てきた言葉はさっきと同じような言葉だったけど、声が震えていた。いや、震えていたのは声だけではなかった。肩も震えていて、両手は自分のスカートの裾をぎゅうっと強く握りしめていた。
……泣いてる?
そう思った瞬間、
「本当にバカなんじゃないのかなぁ!!」
「め、恵?」
恵がものすごい勢いで顔を上げる。その顔は怒りの色に染まっていて、その瞳からは涙が溢れていた。
「『一生をかける』とかってさぁ!?そんな軽々しく使っていいものじゃないんだよ!?」
「ご、ごめん……?」
さっきのフラットな反応からの恵の豹変ぶりに、俺は思わずたじろいでしまい、訳もわからないまま、つい謝罪の言葉が出てしまった。
恵は零れる涙を拭おうともせず、その勢いのまま言葉を続けてくる。
「『ずっとそばにいてくれ』とか、あんなプロポーズみたいな言葉を言っちゃってさぁ!?」
「そ、それは……言葉の綾と言うか……」
「あ~~~~~~~、もぉおおぉぉぉぉぉ!!!」
恵は行き場の失った怒りを吐き出すように、さらにスカートの裾を強く握りしめた。
そして、恵は涙を存分にあふれさせたまま、キッと俺を強く睨みつける。
「わたしだって、確かに倫也くんとの結婚は意識してるようなことは言ったけどさぁ!?……でもさぁ…………でもさぁ、だからってそんなこと言うかなぁ!?」
恵のあまりの剣幕に俺は困惑しきりだった。
俺の言葉で恵がここまで怒るなんて思ってもみなかったし、……むしろ、喜んでくれるものかと思ってたし。
俺は少しでも恵の怒りの原因を取り除くため、恵の真意を汲み取ろうとする。
「え、え~っと、恵?そんなに俺の言葉が嫌だったの?」
「そういうことを言ってるんじゃないよ!?結婚って一人でするものじゃないよね?倫也くんは勝手にそうやって宣言すればいいけど、わたしのこと全然考えてないよね!?」
「え、ええぇ!?」
いや、恵のことを考えてそういう発言になったんだけどぉ!?
「わたし、絶対許さないからね!?本当にプロポーズされる時が来ても、絶対OKなんかしないからね!?」
「え、ええええぇぇぇぇぇ!?」
「あ~~~~~~~、もぉおおぉぉぉぉぉ!!!」
再びの叫び声とともに恵は顔を両手で押さえる。
そして、溢れた涙をようやく拭うが、それでも恵の瞳からあふれる涙は一向に止まらなかった。泣いても、泣いても、恵の涙が収まることはなかった。
俺はそんな恵に対して何か声をかけようとしたが、何も言葉が出てこなかった。恵の思いがやっぱりわからなくて何を口にしようとしてもためらわれるばかりだった。
さっきの自分の言葉が本気だと言っても、結局また恵の逆鱗に触れてしまう未来しか想像できなかった。今更ながらにちょっとだけ自分の発言をちょっとだけ後悔する。
そして、しばらくすると恵も落ち着いてきたようで、泣くのは収まってきたようだったが、それと同時に再びキッと俺を睨む。
その恵の刺すような眼付きにたじろいて、思わず半歩後ずさりしてしまう。
「倫也くん!!」
「は、はいぃっ!!」
強く俺の名前を呼ぶ恵の大きな声に、俺は思わず気をつけの姿勢になってしまう。
恵はまだ泣き跡が残ったままの顔で、落とした鞄を拾い上げて俺の手を取る。その俺の手を握る力はとても強くて、痛くて、絶対に俺を逃がさないと言わんばかりの想いが込められているようだった。
「さっさと倫也くんの家に行くよ!」
「え、ええぇ!?」
「家に着いたらお説教だからね!?」
「ちょ、ちょっとぉ!?」
「ほら、早く!!」
俺は恵に手を引かれながら、いつもの坂道を二人で進む。
その歩みはとても速くて、走る速さに近いくらいで。
俺はその家に向かう道中の最中、あの発言からどうしてこうなってしまったのかとずっと自問自答していた。
* * * * * * * * * * * * * * * *
俺の家に着いた後、俺は恵に手を引かれるまま、俺の部屋に直行した。
「そこに正座で座って!」
「はい!」
そして、俺の部屋に着くと荷物を置く暇もなく、恵は床を指差して俺に座るよう指示する。俺はそんな強制的な指示を断ることなんでできるわけもなく、言われるがままに従った。
俺が座るのに合わせて、恵も膝を突き合わせるようにして正座で座り込む。
「だいたいだよ!?何でこのタイミングで『一生をかける』とか、『いつか必ず迎えに行く』とか、そんな恥ずかしいセリフが出てくるのかな!?」
「……はい」
恵は泣き腫らした目をそのままに、先ほどの俺の言葉の真意を問おうと、ずいっと俺に顔を寄せてくる。その顔は相変わらず怒りの色に染まっていた。
確かに、冷静に考えるととんでもなく恥ずかしいセリフを言っていたことに気づかされて、思わず頬が熱くなる。
「思いっきりプロポーズみたいなこと言っちゃってさぁ!?倫也くんが何を考えてるのか本当にわからないよ!?直前にも言ったよね!?わたしは倫也くんと結婚するにしても何年も先なんだよ!?倫也くんだってわかってるはずだよね!?自分が今どういう立場なのかって!?」
「いや、そりゃ浪人生だってわかってるよ?」
「それなのにさぁ……それなのにさぁ!!何でそれをわかっててあんなこと言うかなぁ!?」
恵の瞳からまた涙が零れる。
俺はその涙を見て居たたまれない気分になりつつも、俺は恵の言葉から、俺の言葉のどの部分について怒られているのかを推測する。
つまり、浪人生の癖にプロポーズみたいなことを言ったのが問題なのか……?
俺は戸惑いながら尋ねる。
「ええと、恵?」
「何かな?」
「あの言葉はプロポーズとかじゃないんだけど……?」
「そんなことはわかってるよ!?」
「ひぃっ……」
「プロポーズのつもりじゃないならさぁ、言ってもいい言葉と悪い言葉があるよね!?『一生をかける』とか、軽々しく使っていい言葉じゃないよ!?」
「っ……」
確かに一生をかけるって言ったのはちょっと大げさだったかもしれない。それはちょっと反省してる。
でも、俺だってその言葉を軽々しく使ったわけじゃない。
その想いは本当で、それは自分自身の決意を口にしたものだから。
「それにさ、倫也くんの夢は『真blessing software』を立ち上げることだよね?」
「ああ」
「そのためには倫也くんが凄い人にならなきゃいけないよね?」
「そう……だな……」
『真blessing software』に
「だとしたら、その倫也くんの隣にいる人はそれに見合った人であるべきなんじゃないのかな?」
……そうなのかな?
「倫也くんに『一生をかける』とか『いつか必ず迎えに行く』とか言われても、わたしはそんな見合った人になれるかわからないし、そもそもそんな覚悟もできてないんだよ?」
俺は俺の隣にいる人に資格とか見合うとか、そういったものが必要とは全く思っていない。でも、恵にとってはそういったものが必要だと思ったらしい。
「だから倫也くんにいきなりそんなことを言われても、わたしは簡単に『わかった』とか軽々しく返事はできないんだよ?」
俺が思っていた以上に恵は重く考えていた。だからこそ、その言葉を軽々しく言ってはいけないと言った理由がようやく理解ができた。
「その……ごめん……」
恵が俺以上に俺の事を、サークルの未来の事を考えていてくれたから、俺の言葉に対して怒っていたから、俺は一言、謝りの言葉を告げた。
恵と俺の間で多少の認識の齟齬があるにしても、俺がそこまで考えずに発言したことと言う点では恵の指摘していることは正しい。……まぁ、ちょっと重く考え過ぎなんじゃないかとは思うけど。
そして、この二人だけの俺の部屋に重い空気が流れる。
「改めて聞くけどさぁ、あれはどういうつもりだったのかな?」
先に口を開いたのは恵の方だった。先程までの怒りもピークは超えたようで、声のトーンも随分と落ち着いていた。
「……覚悟を決めたかったんだよ……」
「……覚悟?」
「俺が絶対に、恵に見合った人間になるって」
恵が俺のメインヒロインであるからこそ、俺はそのメインヒロインに見合った主人公に、見合った人物になると言う覚悟。それは、次回作のギャルゲーの裏のコンセプトでもある。
「……だとしてさぁ、あの言い方はないんじゃない?」
「だって、言わなきゃ伝わらないじゃん!?それに、恵だって『思わせぶり』って言うから伝わってないかと思ったんじゃん!?」
「ふうぅぅぅぅ~ん?倫也くんはそうやって人に責任を押し付けるんだ~」
「いや、だって……っ!」
『それ以上はしゃべらないで』と恵の人差指で俺の口が封じられる。
「倫也くんの言ってる事はちゃんと伝わってるから」
だったら、思わせぶりなんて言葉を使わなくても。
そんなことを言いたかったが口を封じられていたし、それを言ったらまた突っ込まれそうなのでやめておく。
「でもさぁ、『一生をかける』って言っておきながらプロポーズじゃないって言うなら、思わせぶりって言われてもしょうがないんじゃないかなぁ?」
「恵ならさらっと受け止めてくれて『嬉しい』とか言ってくれるかと」
「うわ、何その反応、気持ち悪い」
酷くない?
「気持ち悪いって言うな。ていうか、『嬉しい』とかそういう言葉を期待するのが普通じゃないの?」
「わたしにそういう言葉を期待するのが間違いなんじゃないかな?むしろ『倫也くんはバカなんじゃないのかな』って言う方がわたしらしくない?」
……うん、確かにそうなんだけどさぁ。
「恵らしいけどさぁ、TPOってものがあるじゃん?」
「…………それ、倫也くんに死んでも言われたくない言葉だよね」
恵はジト目でひとしきり俺を睨んだ後、『はぁ』と疲れたようなため息をつく。
「ていうか、倫也くんはそうやって女の子達を勘違いさせてきたんだね。そういう思わせぶりな発言はやめた方がいいよ。また被害者が増えちゃうよ?被害者の会の人数が四人からさらに増えちゃうよ?」
……すいません、その被害者の会って何なの?その四人って誰のこと言ってるの?
「いや、俺って今まで思わせぶりな発言をしたことあったっけ?」
「……………………」
恵はこの人やっぱりだめだわって感じで顔を手で押さえながら、さっきより盛大なため息をつく。
「……まぁ、倫也くんがそう思ってるならわたしは何も言わないけど、わたしに迷惑がかかるようなことはやめてね?」
「思い当たる節があるなら直すからちゃんと教えてよぉ!?」
と、まぁそんな感じで恵は説教らしいことが言えたようで、怒りは収まっていた。先程までの俺と恵の重い雰囲気も解消されていて、随分と気が楽になっていた。
「あ〜、もうこんな時間だね」
恵が時計を見てそんなことを言い出したので、俺も時計を見るともう7時を回っていた。
「さっさと夕飯作っちゃうから、倫也くんも手伝って」
「おう」
先程までのやり取りなど何もなかったかのように、恵は買い物袋を手に取り立ち上がり、そのまま部屋を出て行こうとする。俺も恵の後を追うようにして立ち上がろうとする。
「恵、ちょっと待ってくれ」
「どうしたの……?」
俺に声をかけられた恵は振り返って不思議そうに俺の方を見る。
「……足しびれちゃって、立てないんだけど」
「……………………」
* * * * * * * * * * * * * * * *
「恵、もう具は煮えたからカレールーを入れてもいいんじゃないか?」
「………………………………」
「お〜い、恵?」
「あ、うん、そうだね。ルーを入れてもらっていいかな?」
「……おう」
「恵、皿洗うから、その食べ終わった皿渡してもらえる?」
「………………………………」
「お〜い、恵?」
「あ、うん、そうだね」
「…………おう」
「恵、お風呂沸いたから先に入ってていいぞ?」
「………………………………」
「お〜い、恵?」
「あ、うん、そうだね。先に入るね?」
「………………おう」
と、まぁこんな感じで、説教が終わって夕飯を作り始めてからの恵の様子はずっとおかしかった。
夕飯のカレーを作っているときは、ぐつぐつと具材が煮えている鍋の目の前でずっと立っているだけだったし。カレーを食べている最中は無言で、食べ終わった後もぼーっと空になった皿を眺めているだけだったし。お風呂が沸いて声をかけた時もベッドの上で体育座りでずっと虚空を眺めているだけだったし。
かと言って、声をかけ直すと素直に反応してくるあたり、怒っているわけでもなさそうだったけど。
もともと愚痴るために泊まりに来てたはずが、ここまで説教と夕飯を一緒に食べただけで、一度も愚痴ることはなく、結局、時刻はもう未明近くになっていた。
俺はもう寝る準備は済ませていてあとは布団で寝るだけ。恵はと言えば、先にベッドに入っていて、うつ伏せで顔を半分枕に埋めながらじっとしていた。
そして、俺が寝るために電気を消して布団に入ろうとすると、
「倫也くん、こっち来て」
恵から声をかけられた。
俺は布団から身体を起こして恵の方を見ると、恵は布団をめくって、ポンポンとベッドを叩いていた。
すでにコンタクトレンズは外していたし、電気も消してしまっていたが、わずかにカーテンの隙間から漏れる月明かりで何となく状況はわかる。俺は言われるがままに布団から出て、恵のベッドに潜り込む。
「何だ?ようやく言いたい愚痴を思い出したのか?」
「……………………ああ~」
恵は『何のこと?』としばらくキョトンとした顔をした後で、思い出したかのように声をあげた。
……絶対忘れてたな、この反応。
「倫也くんに説教してたら、愚痴を言うこと忘れてたよ。だから愚痴言うのはまた今度ね」
「また今度があるのかよ……」
そもそも本当に愚痴が言う予定だったのか疑問に思いつつ、恵の愚痴を聞くのが先伸ばしになったことに辟易する。
「それよりさ、とりあえず、ぎゅってして」
「は……?」
「ぎゅっ、て」
恵が手を伸ばしてきて、俺を迎え入れる。
別に一緒に寝るのは初めてではないし、抱き合うのもいつものことなんだけど、恵の口から『ぎゅっ』と、かわいらしい言葉が出てくるのが予想外で、戸惑ってしまった。
そういうかわいらしい態度が不自然というわけではないけど、今日の剣幕と比較するとどうしても何か裏があるのかと勘ぐってしまう。
俺はおずおずと恵の背中に手を回す。
それに合わせて恵も俺の背中に手を回して抱きしめてきた。
恵の柔らかい体の感触が、恵の温かい体温が伝わってくる。
それと同時に恵のいい匂いが鼻をくすぐり、心地よさが全身を包み込み、俺の心を落ち着つかせた。
しばらくの間、抱き合っていたあとお互いに抱きしめる力を弱めて、ほんの少しだけ距離をとる。暗い部屋でしかもコンタクトレンズをすでに外している状態では、俺は恵の表情をほとんど確認することはできない。でも、夜目に慣れた今の状態なら、微笑んでいる様子くらいはわかる。
「わたしからちゃんと返事してなかったよね?」
「返事って?」
「プロポーズ(仮)の」
「え……」
「ずっと考えてたんだよ。倫也くんの言葉に対してわたしはどうするべきなんだろうって」
説教の後、ずっと様子がおかしかったのは、俺の言葉に対する返事を考えていたらしい。
まぁでも、あんな感じでブチ切れてたから、そんないい返事なんか期待はしてない。もともと、返事が欲しくてあんなプロポーズまがいの事を言ったわけでもないし。
……まぁちょっとくらいは嬉しいとか言ってもらえると、俺としては嬉しいんだけど。
「……あのね、倫也くんが言ったこと、すっごく、すっっっごく嬉しい」
「は……?」
予想外の返事に思わず呆けた声が出る。
あんなにブチ切れてて説教までしたのに、ちょっと嬉しいとかではなく、すっごく嬉しい?
「倫也くんの言葉、すっごく嬉しかったんだよ?」
……どうやら聞き間違いではないらしい。
恵がぎゅうっと俺の服の裾を握ってくる。
「……だったら、あんなに怒って説教する必要はなかったんじゃないのか?」
「勢いもあったけど、あれはあれで倫也くんに言っておかないといけないことだし」
「『わたしにそんな言葉期待する方が間違ってる』って言ってなかった?ていうか最初から嬉しいって言ってくれよ!?俺説教され損じゃないの!?」
「最初からそんなこと言ったら倫也くんは上の空でまともにわたしの話聞かないよね?」
……そんなことないと思うんだけどなぁ。
「ねぇ、倫也くんはわたしに告白したときの言葉、覚えてる?」
「……………………覚えてるよ」
「それ、覚えてない反応だよね?」
「いや、ちゃんと覚えてるって」
「ふうぅぅぅ~ん?」
「ちゃんと覚えてるってぇ!」
忘れていそうな俺の反応に対して、恵が信じてなさそうにジト目で睨んでくる。俺は誤解されないように必死にちゃんと覚えていることを伝えようとした。
いや、本当に覚えているんだよ?
でもさ、覚えていたいこともあれば、
……あまり思い出したくないこともあるんだよ。
「英梨々と霞ヶ丘先輩のことを、『手が届かない女の子として好きだ』って言ったよね?」
……痛いところを的確に突いてきやがる。
「ずっと不安だったんだよ。倫也くんが英梨々と霞ヶ丘先輩を、手が届かない女の子として好きだって言ったこと」
「うぐっ……」
改めて恵の口からその告白の言葉を聞かされると、酷いことを言ってるなと思い知らされる。
俺がその俺自身の告白の言葉に言葉に詰まらせていると、ぎゅうっと恵にほっぺを抓られた。
……痛いけど反省の意を込めて我慢する。
「いつかね、倫也くんが凄い人になって、二人に手が届くところまで行ったら、わたしから離れて二人のところに行っちゃうのかなぁって、ずっと思ってた」
恵は抓っていた俺のほっぺから手を離し、ちょっとだけ悲しそうな表情を浮かべる。
「そんなことあるわけ無いだろ」
「いや、だって倫也くんだよ?ほっといたら知らないうちに周りに女の子が増えてて、その女の子達に思わせぶりな発言をする倫也くんだよ」
「……それはもういいから」
告白したときも俺にそんなつもりはなかった。告白したときには恵にも納得してもらえたと思っていたけれど、それでも恵はそう思ってしまっていた。
知らず知らずのうちに恵を苦しめてしまっていたことに胸が痛くなる。
「それでね、今日の倫也くんの言葉をわたしは信じることに決めた。倫也くんが『一生をかけてわたしの最高の主人公になる』って。どんなに凄くなってもわたしから離れないって」
俺のあの覚悟を決めるための、言葉はきっちり恵に伝わっていて、そのことが嬉しくて、思わず胸が熱くなる。
「そして、わたしもあの人たちに負けないように、何ができるかなんてわからないけど、どれだけ頑張っても追いつけないかもしれないけど、あの人たちに対抗できる人になる。いつか凄い人になる倫也くんに見合った人になる」
それは、恵の覚悟であって。
「だから、今度はわたしが倫也くんを主人公に育てる番。そして、この作品だけじゃなくって、わたしも一生かけてあなたを倫也くんをわたしの最高の、世界一の主人公にするよ」
それは、俺の覚悟に対する答えであって。
「絶対、倫也くんを最高の主人公にするから」
それは、恵の決意であって。
「約束だよ。
だから、
倫也くんもわたしを、
世界一幸せな
最高の
メインヒロインにしてね」
「……っ」
恵の言葉にさらに胸が熱くなって、思わず涙がこぼれそうだった。
そして、今この瞬間に恵の顔をちゃんと見られないのが死ぬ程悔やまれる。
今この瞬間の恵の表情を、決意を込めた恵の表情を見ておきたかった。
何で俺、コンタクト外しちゃってるんだよ……。
だからこそ、少しでも恵の決意を、気持ちを受け止めたくて。
俺は恵の頬に手を触れて、顔を寄せようとする。
「駄目」
俺の唇に恵の人差し指が当てられる。
「このタイミングでキスすると誓いのキスみたいで何か嫌」
「……そこまでこだわるの?」
やっぱり結婚意識しすぎじゃない?
ていうか、恵の方がよっぽどプロポーズの返事みたいなこと言ってない?
「だから、そういうのは大事なときに取っておくものなんだよ?」
「……そういうもんなのか?」
「……だからね?今はこっち」
恵は俺の目の前に小指だけを立てた手を持ってくる。
「これって、結婚の約束じゃないんだよな?」
「……ただの約束だよ。そんなに重く考える必要なんてないんだよ?だって、こんな難しい約束なんだから、守られない可能性だって十分にあると思うよ?」
俺はその差し出された小指に俺の小指絡ませる。
いわゆる、指切りげんまんってやつだ。
大した約束じゃないよと言いながら、その絡み合った俺と恵の小指は固くぎゅっと痛いくらいに握られる。
そして、しばらくしてお互いの小指を外した。
握っていた時間はわずか十秒にも満たない時間のあとだったけど、恐らく俺の想いも恵の想いもお互いに伝わっていると思う。
「あ~、やっぱり、駄目だね……」
そう言って、恵は俺の胸に顔を埋めてくる。
『何が?』と思った瞬間、胸が温かい液体で濡れる。
それは恵の涙であって、その後すぐに恵のすすり泣く声が聞こえてくる。
「倫也くんの言葉を思い出したらさぁ、
好きな人に一生をかけるって言われたらさぁ、
やっぱり、嬉しくって……泣けちゃうなぁって」
そりゃ俺だって泣きたくなる。
というか、さっきから結構鼻につんとくる感じがしてて、俺だってもう涙がこぼれているような気がする。
しばらくして顔を上げた恵に俺は声をかける。
「別に駄目じゃなくないか?」
「倫也くんにこうやって感動させられて泣かされるのって何か癪じゃない?」
「……お前、こんな状況でも刺してくるのな」
ていうか、そんなこと俺に同意を求めないでよ!?
「倫也くん、もし、だよ?」
「もし?」
「仮に、だよ?」
「……仮に?」
「万が一、だよ?」
「…………万が一?」
っていうかしつこいな!?おい!?
「わたし以外の女の子が倫也くんに見向きもしなくなって、いつかわたしにプロポーズする時が来たとしたら、だよ?」
「お、おう?」
その前置きかなり余計じゃない?ていうかそれ要るのか?
「そのときは、今日よりもずっと、ずっっっと嬉しい言葉を、待ってるからね?わたしそれについては一切妥協しないから、納得する言葉が聞けるまでわたしプロポーズ受けないから」
「……マジ?」
それ、ハードル高くないですかね?
今日以上の言葉とか、なかなか出てこない気がするんですけど……?
「だから、その時が来るまでその言葉をしっかり用意しておいてよね?少なくとも、五年はあるから、倫也くんなら大丈夫だよね?」
「お、おう」
恵が痛いくらいに俺の手を握ってくる。顔はちゃんと見えないけど、恐らく笑顔を浮かべているようには見えた。
夕方には結婚するとは限らないと言ってたくせに、夜には未来のプロポーズを要求してきてやがる。
でも、それは俺も一緒。結婚するかどうかだってまだわからないのに、一生をかけるって言ったのは俺も一緒だ。
いつか、その言葉が伝えられるように、
俺は恵のためにひたすら頑張るだけだ。
次の瞬間、俺の唇は恵の唇によって塞がれた。全く予想していなかったキスに俺は思わず硬直する。それに加えて、恵も俺を逃がさないと言わんばかりに俺の後頭部に両手を回して来るものだから、十数秒くらいの口づけが交わされる。
そして、お互いの唇が離れた後、
「お、お前、誓いのキスみたいだから嫌って、ついさっき言ったばっかりじゃん!?」
思わずそんなツッコミが動揺する俺の口から飛び出る。
このタイミングで恵の方からキスしてくるなんて思ってもみなかったし、そもそも、こんな強引に恵の方からキスするなんてもっと思ってもみなかったし。
「え~、そのくだりはもう終わったんだよ?だから、これはただのキス」
「それって本当にさっきの約束と関係ないんだよな!?」
「違うよ、本当に関係ないよ。これはわたしがしたかったからしただけのキス、だよ」
そう言って何度も恵の方から唇を重ねてくる。
しかも、少し前から俺に対して馬乗りになってキスして来やがるんですよ?さらに、俺が逃げられないように、いわゆるラブ握りってやつで手をベッドに押さえつけてきやがるんですよ!?
「ちょっ、ちょっと待ってちょっと待って!?」
「え〜、倫也くんわたしとのキスが嫌なの?」
「そ、そうじゃなくって、恵の方からこんな無理矢理されるのにびっくりしてるというか……」
「わたし、倫也くんにこうやって強引にキスされることよくあるんだけどなぁ?」
「ぐ……、そ、それは悪かった……」
「別にわたしはそういうの嫌じゃないんだよ?」
「お前いきなり何言ってんのおぉ!?」
「でもさ、わたしとしてはちゃんと雰囲気とかムードとか大事にしたほうがいいかなって思うんだよね?」
「こうやって強引にキスしてる恵が言っちゃうのそれ!?」
メタい発言になるけどさぁ!?会話と会話の間で毎回キスしてるからね!?
「いや〜、たまには倫也くんにもそういう気分を味わってもらおうかと思って。で、倫也くんはこうやって強引にキスされるのどう?」
「俺も、別にそんなに嫌じゃないけど…………って何言わせてんのぉ!?」
「そうだよね〜、こうやって強引に何回もキスしても倫也くん口だけで全然抵抗しないもんね〜」
「何で俺が『口では嫌がってても身体は正直だな』みたいな反応してることになってんのおぉ!」
「…………違うの?」
「…………違わないけど」
「ほら〜、やっぱり〜」
「何でそんなに嬉しそうなんだよ!?」
「え〜?」
うん。コレ完全に恵のスイッチ入っちゃってるよね。
しかもさぁ、途中から舌を入れてくるし、頭を撫でてくるし。
……更にだよ?
「ていうか、どさくさに紛れていろんなとこ触ってるよな!?」
どことは言わないけどさぁ!?
「別にどさくさに紛れてないよ?ていうか、倫也くんはいつもわたしに強引にキスした挙げ句に、わたしの身体あちこち触ってくるよね?別に嫌じゃないけど」
「お前本当に何言ってるのおぉ!?」
「で、倫也くんはこうやってあちこち触られるの嫌なの?」
「…………嫌じゃないけど」
「ほら〜やっぱり〜」
「あああぁぁ!もおおおぉぉ!」
……まぁ、その後の展開は言わずもがなということで。
途中まで結構いい話だったのに、結局はこんなオチかよぉ!?
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