第8話 変わる関係と変わる主人公

「う……ん……」


 倫也は重い瞼を開いて、目を覚ました。

 徹夜での作業と昨晩の恵との睦事によって、一晩寝たくらいでは身体の疲れは抜けておらず、身体の向きを変えるのも億劫なくらいだった。

 それでも今日は恵とのデートだということを思い出し、何とか身体に鞭を打って身体を起こす。


「あ、起きた」


 近くから恵の声がしたのでそちらの方を見ると、恵が倫也の椅子に座っていた。手には倫也が最近購入したラノベを持っていて、倫也が起きるまでずっと読んでいたようだった。


「恵、おはよ……」


 大きなあくびをしながら、倫也は恵に挨拶をする。


「おはよう、……というかもうお昼だけどね」


 恵にそう言われて時計に目をやると、時計がもう11時を指し示している。昨夜の恵の予想通り、朝早くには起きることはできなかった。


「ちょっと早いけど、とりあえず身支度してお昼ご飯にしよっか」


 そう言って、恵は椅子から立ち上がり、部屋から出ていこうとする。

 倫也はその恵の姿が、というか服装が気になり声をかけた。


「なあ恵、……何で俺のジャージ着てるの?」


 ボトムスはいつものようなキュロットスカートだったが、トップスの方は倫也のジャージを上から着ていた。しかも、ファスナーも首元まで全部閉められていて、何かを隠しているように見える。


 そんな言葉に恵はびくっと反応し、動きを止める。そして、わなわなと身体を震わせたあと、踵を返してずんずんと倫也の方に向かってくる。

 その恵の顔は死んだ魚のような白く濁った眼をしていて、それだけで倫也の背筋が凍りそうになった。

 そして、倫也の目の前まで来るとジャージのファスナーに手を伸ばす。


「……これ全部倫也くんにやられたんだけどなぁ?」


 そう言いながら、恵は着ているジャージのファスナーを胸元まで下す。中に着ていた服装は別に見たことのある服で、別に恥ずかしい格好をしているわけではない。

 問題はそこではなかった。

 首元や胸元のあちこちに赤い点、いわゆるキスマークがついていた。しかも、恵がジャージの中に着ている服では隠し切れない部分にたくさんついているのである。

 それは昨日の恵との行為の中で、倫也が恵につけてしまったキスマークだった。

 昨日の倫也はそういうことを全く気にすることなく、ひたすらつけまくった記憶がある。

 それを見て完全に倫也の背筋が凍りついた。


「……一体どうしてくれるのかなぁ?」

「ごごごごごめんなさああああぁぁぁぁい!!!」


 もう全くと言っていいほど言い訳のしようがない状況に、倫也はベッドの上で土下座をした。


 * * * * * * * * * * * * * * * * * *


「今日はどうしましょう、恵様?」

「……その言い方何とかならない?」


 思ったほど不機嫌な表情を浮かべていない恵だったので、倫也は少し安心していたが、いつ恵の逆鱗に触れてしまわないか冷や冷やしているため、口調がちょっとおかしくなっている。

 そんな挙動不審な倫也を恵はジト目で見ていた。


 朝食、というか昼食を食べながら今日の予定を恵と確認する。ちなみに今日の昼食も相変わらず恵が作っており、トマトリゾットであった。

 今日は一応デートの予定であったはずで、どこへ出かけようか相談しようとしていたが……


「出かけるって言っても、この格好じゃあねぇ……」

「誠に、誠に申し訳ございません!!」


 恵は倫也に着ているジャージを見せつけるように、胸の部分をくいくいと引っ張る。さすがに年頃に女の子にこんな格好をさせて外でデートというわけには行かないわけで。


 * * * * * * * * * * * * * * * * * *


 二人は倫也の部屋に置かれたテーブルの前に並んで座っていて、倫也はテーブルの上でノートPCを起動させる。


「というわけで、今日は徹夜でまとめた次回作のアイデアを聞いてもらうことにします」

「そうだね~外に出かけられなくなってちょうどよかったね~」

「……本当にすみません」


 キスマークは化粧で隠すこともできるので、そうやって出かけることもできたが、次回作の説明して了承してもらうのも重要ということで、デートはまたもや後回しに。


「ちゃんと埋め合わせはしてよね?」

「必ずしますんで、許してください!!」


 倫也は自分の失態を恵に何度も謝りつつ、次回作の企画をまとめたプレゼンファイルを開く。


「次回作のコンセプトは第1話に説明したときと基本的には変わってない」

「『付き合ったあとの二人のイチャイチャを表現したい』だっけ?」

「そう。前作でイチャイチャし足りなかった分を、今作でさらにイチャイチャさせるんだ!」


 そんな、イチャイチャの部分に力を入れてしゃべる倫也に、恵はしかめっ面で質問する。


「……念の為確認するけど、全年齢向けだよね?」

「当たり前だろ!?前作、前々作が全年齢向けで今回だけエロゲーなんてありえないからね!?」

「……だったらいいけどさぁ?」


 恵がなぜそんなことを気にしているのか倫也は不思議に思いつつも、話を続ける。


「で、ポイントがもうひとつ、主人公の成長だ」

「主人公の成長?」


 イチャイチャとは違う方向からのポイントが予想外で、恵は首をかしげる。


「ただ単に付き合った時の関係のままイチャイチャさせるのもいいとは思う。季節イベントとか記念日イベントがあって、そのイベント毎にいろいろな種類のイチャイチャを描くことはできる。そのイベントごとで何を魅せたいのか、こういうイチャイチャをさせたいっていう意識があればそれは充分に面白いと思う。

 ただ俺はそれだけじゃ最高のイチャイチャは表現しきれないと思ってる」

「それが、前に言ってた奇譚物のアドベンチャーでミッションをクリアしながらイチャイチャしていくってやつ?」

「それも一つある。ただ、ミッションをクリアしていくだけではなくって、そこに主人公の成長というポイントを加える」

「ミッションクリアしていくだけでもイチャイチャを表現できると思うけど、成長するって要素は何が目的なの?」

「関係を変えていくのが目的だ」

「関係を変えていく?」

「そもそもギャルゲーにしてもラノベにしてもアニメにしても、主人公とヒロインの関係がどんどん変わってくのが面白いんだよ。だから、ひたすら単調なイチャイチャシーンを見せるだけだと、いつかは飽きが来る。それは変化がないからなんだ」

「……それは『転』ってやつ?」


 恵がちょっと難しい表情になる。

 おそらく、昨年の倫也がサークルを投げ出した時のことを思い出しているのだろうと考える。


「いや、『転』までは行かない。ちょっとだけ、主人公やヒロインの何かが変わるだけでいいんだ」


 倫也のざっくりとした説明を恵は理解できていないようで、また首をかしげる。


「じゃあ、もうちょっと説明するぞ?まずは普通に付き合うまでが目的の場合だ。

 前作の主人公と巡離の関係を思い出してくれ。最初の一年近くはメインヒロインのかけらもなかったのに、そこからゆっくりと仲良くなって、メインヒロインの面影が見えてきて、最後には主人公と両想いになってらぶらぶちゅっちゅするまでの関係の変化を!」


 メインヒロインのストーリーになると倫也は思わず熱く語ってしまう。

 そんな熱くなった倫也の姿をちょっと引き気味に恵は聞いていた。


「話はだいたいわかったけど、その最後の表現は何とかならないの?」

「実際そうじゃん?」

「……それはそうなんだけどさぁ、言葉にされるとすっごく恥ずかしいからやめて欲しいんだけど?」


 倫也と恵のキスシーンを元にして描いたキスシーンではあるが、当然キスをしている瞬間はこんな風にシナリオにされるとは思っていないし、そんな風に評されるとも思ってはいないわけで。

 あのキスシーンをそのように評されたせいで恵の顔は少し赤くなっていた。対する倫也はまったく恥ずかしそうにしていないが。


「話を戻すけど、こんな感じで関係が変化していくのが、面白いんだよ。全然好きでも何でもなさそうだった二人が、いつの間にか少しずつお互いを意識するようになっていくのが」

「なるほどね~」


 ここまで説明すると恵も腑に落ちたようでふむふむと頷いた。


「そこで、今度は付き合っている二人の場合だ。

 最初から付き合っている二人の関係をどんな風に変えていくのかっていうところが次回作のポイントで、『主人公が成長するにつれて、さらに巡離が主人公を好きになっていく』っていうことにしたいと思ってる」

「でも、エピローグで『これからもずっと一緒だよ』って感じで終わらせたよね?」


 前作のエピローグでは、あのキスシーンから半年後の話で、二人が出会ったの坂道で未来への誓いを交わしあうというシーンだった。つまり、この時点で二人はお互いのことが好きであって、さらに好きになっていくっていうのは少々無理がある。


「そうだな。確かにエピローグではそういう風に終わった。そして、その最後を変えるつもりはない。だから、『惚れ直し』って考えてる」

「『惚れ直し』?」

「そう。ということで、今度はストーリーのところも含めて説明していくぞ」


 倫也はノートパソコンを操作して、表示しているプレゼンファイルのページを変える。


「話のスタートはエピローグの更に約1年後。二人が大学2年生になる頃だな。

 1年も経つとその関係も変わってくるわけで、主人公のダメダメなところが明らかになってくる。どうダメダメかというのはこれから考えるとして、例えば、浮気性とか浪費癖とか、学校にも行かずに遊んでばかりとか、そういう感じだ」

「倫也くんみたいに?」

「俺は浮気性でもないし、浪費癖もないし、学校に行かず遊んでばっかりでもないから!浪人生で学校に行ってないから!」

「あ~、ごめんね~」

「そんな心無い謝罪はいいから!」


 フラットな口調で結構心に来る言葉を投げてくる恵に、倫也は突っ込まざるを得ない。


「でも、浮気性じゃないっていうのは納得いかないんだけど?」

「浮気性じゃないから!今の俺は恵一筋だから!」

「『今の』?」

「過去のことを言い出すとキリがないから、もうこれ以上は突っ込まないでよ!?」


 ツッコミで息を切らしつつ、倫也は改めて説明を続ける。


「話を戻すぞ?巡離はというと辛抱強く、主人公に付き合ってきたけど、別れる決心をする。

 結局、何度言っても主人公の悪いところは変わらなくって、もう限界だった。本当は主人公のことがまだ好きなんだけど、主人公からの愛を感じられなくなって、心が折れてしまったんだ。

 だから、巡離は主人公と別れ話をする。本当は別れたくないけど、でも別れないとお互いのためにならないからダメだって。

 その時に主人公は巡離の涙を見る。それを見た時に主人公は心が痛くて、苦しくて、別れたくないって思う。ただ、もう遅かった。その時はもう別れるしか選択肢はなかった。

 で、そのときに奇譚イベントが発生する。そのイベントを主に巡離の活躍で、そして最後の最後に主人公の活躍で何とか乗り切る。それで主人公がこのイベントの最中に巡離との思い出を、楽しかった、お互いを好きだったころの思い出を思い出す。それで、主人公が決意するんだ。

 『もう一度チャンスをくれ。絶対にお前に見合う彼氏になる』って。これがスタートになる。それで、主人公のダメなところを直していきながらミッションをクリアしていって、巡離が惚れ直していく。もともとはお互いに好きだったからこそ、イチャイチャが捗る。成長していく主人公にさらに巡離が惚れていく。こういうストーリーだ」

「でもさ、ギャルゲーなのにヒロインは一人でいいの?また波島くんからこれじゃあ売れないって言われない?」


 前作も最初に企画書を伊織に持っていったときは『これじゃ売れないよ』と言われていた。自分のやりたいことだけでは、売れる作品になるわけでもない。当然、ヒロイン一人だけでは売れるために必要な要素として不十分であることは倫也も理解はしていた。


「それは、考えてる。主人公をもう一人立てるんだ。」

「もう一人?」


 倫也は恵からの質問を予想していたかのように、またプレゼンファイルのページを切り替える。


「ダブル主人公ってやつだな。今までの主人公Aとして、もう一人を主人公Bとする。主人公Aと主人公Bは親友の間柄で、主人公Bもこの奇譚モノのミッションに巻き込まれる。それで、こっちの主人公Bの方にヒロインが三人いて、こっちでヒロインの攻略を進めるとともにミッションを主人公Aと協力してクリアしていく。そんな感じのシナリオだ」

「へ~」


 恵は腑に落ちた表情をしながら、感心の声を漏らした。伊織のように売れる売れないは判断できないものの、しっかり考えられていると判断する。

 そして、その後も、しばらく主人公Bとサブヒロインのシナリオと、それらを含めたプロットの説明が続いた。


 * * * * * * * * * * * * * * * * * *


「ところでさ、一昨日、アイデアが浮かんだって言ってたのはどの部分のことなの?」


 もともと飲み会の帰り第5話参照にいいアイデアが浮かんだから一昨日、昨日と徹夜でアイデアをまとめていたわけで。

 恵としては十分にクオリティが高いものに仕上がっていて、昨日一昨日で作り上げたような企画には感じられなかった。


「ああ、それは”主人公の成長”ってところだ」


 倫也の表情にちょっとだけ神妙な雰囲気が加わる。

 ここからが恵にもう一度メインヒロインをやってもらうために重要な説明であり、自分の決意を伝える場面でもある。企画書には書いていない、企画書には書けない恵への想いがある。

 倫也は心を落ち着かせるために、ふぅと一息ついて恵の方を見る。


「飲み会でさ、恵が言ってたじゃん?ダメなところもあるけど、ヘタレなところは諦めてるけど、それも含めて俺のこと、好きだって」(第4話参照)

「あ~……そんなことも言ったかな?」

「あれはかなり心に来たぞ?」


 言ったことを覚えているのか忘れているのか、よくわからない反応を恵は見せる。でも、その言葉は倫也にとって本当に心に突き刺さる言葉だった。


「そうやって言ってくれるのは嬉しいけどさ、そうじゃないんだよ。

 ダメなところを諦められてるって嫌なんだよ。

 俺の好きな人に、ダメな奴って思われたくないんだよ」


 倫也はグッと自分の拳を固く握り締める。


「だから、俺決めたんだ」

「……何を?」

「俺が主人公をやるって」

「は……?」


 倫也のかなり斜め上の発言に、恵は『何言ってんだコイツ』と言わんばかりに呆けた顔で、目を白黒させた。

 一方で倫也はそんな呆れている恵を無視して説明を続ける。


「今まで恵がメインヒロインをやってきたように、今度は俺がメインヒロインに見合った主人公になるんだ!」

「え、え~……?」


 さらに倫也の痛い発言に恵はドン引きして、引き攣った表情を浮かべる。


「え、え~と、倫也くんは何を言ってるのかな?」

「やっぱり、主人公とメインヒロインがイチャイチャするにしてもさ、キャラ同士の釣り合いも重要な要素だと思うんだよ?」

「……キャラ同士の釣り合い?」


 恵は『倫也が主人公をやること』と、『キャラ同士の釣り合い』の関連がわからず、またもや恵は首をかしげる。


「よくラブコメで『彼女とお前は釣り合ってない』とか、小物臭のするキャラが言うアレだ」

「それって、その後『そんなの関係ない』って主人公とかヒロインが言うやつ?」

「そう。それで釣り合っていない下側にいる方が釣り合いが取れるように努力していく、いわゆる王道展開ってやつだ。

 『何でコイツが?』ってくらいのヘタレキャラとヒロインの組み合わせでも、付き合って終わりならあんまり問題はない。その時々でヘタレキャラがちょっとだけいいところを見せるシーンがあれば付き合うまでは充分だと思う。

 でも、時間をかけてイチャイチャさせるとなると、不快感が出てくるんだよ。

『何でこの二人は付き合ってるんだ?』『なんでメインヒロインはこんな奴が好きなんだ?』『また、コイツヘタレてるぞ』ってユーザーが思っちゃうんだよ。

 俺としては、このメインヒロインにはこの主人公の組み合わせしかないってユーザーに言わせるくらいに釣り合いが必要だと思う。」

「それってキャラ変わらない?」

「だから、最初に言ったことが出てくる。『関係が変わる』っていうのが面白いんだ。関係が変わるってことはキャラだって変わっていく。当然、キャラ崩壊まで行かない程度には抑える必要はあるけどな。

 そうやって主人公が変わっていって、変わっていく主人公をメインヒロインがもっともっと好きになっていく。そうやって、主人公とメインヒロインをイチャイチャさせるんだ」

「う、う〜ん?でも、それと倫也くんが主人公をやるっていうのとどう関係があるの?」


 まだ、ちょっと納得していないような表情を恵は浮かべる。


「飲み会の時にさ、恵、泣いてたじゃん?」

「あ……うん、そうだね」


 一昨日の飲み会の時は、恵の倫也への精一杯の言葉を倫也が酔って言った言葉と勘違いして、まともに取り合わなかったことが原因だった。

 そのときに恵が流した涙は心からの悲しみによるもので、倫也の心を突き刺すには充分過ぎる涙だった。


「あの時はただのすれ違いだったけど、

 それでも、心に来るんだよ。

 ……恵が悲しくて泣いてるの」

「……そう、なんだ?」

「それはさ、結局、俺がダメな奴だから恵を泣かせちゃうんだって、そう思ったんだよ」

「……そうなの、かな?」


 恵は納得がいっていないような表情を浮かべながらも、そのまま大人しく倫也の話を聞き続ける。


「だから、俺は恵にヘタレなところを、

 ダメなところを諦められているっていうのは嫌なんだよ。

 また、恵を泣かせるのは嫌なんだよ。

 そういう俺のダメなところを直していって、

 俺が変わっていって、

 恵の好きもまた変わってくるんじゃないかって。

 それがメインヒロインに影響して、

 もっとキュンキュンするようなシナリオができるんじゃないかって。


 だから、恵、

 また俺のメインヒロインをやってくれ。

 メインヒロインが求める主人公なら、

 きっと、もっとキュンキュンできるって信じてる。


 俺の最高のメインヒロインだから、

 俺を最高の主人公にしてくれ!」


 倫也は必死だった。

 恵とまた新しいギャルゲーを作りたくて、

 坂道三部作の最強の完結編を作りたくて。


 それには絶対に恵をメインヒロインにする必要があって、

 だからこそ恵がメインヒロインがやりたくなるような企画が必要であって。

 そして、この企画がこれ以上ない最強のアイデアと信じて、

 倫也は恵に縋るように懇願した。


「はぁ……」


 恵は呆れたように小さく溜息をついた。

 そして、笑うでも、引いたりするでもなく、いつものフラットの表情のまま口を開く。


「やっぱりさぁ、倫也くんは痛々しいを越えて、頭おかしいよね?」

「……相変わらずの物言いだな?」


 やはり恵の口から出てきたのは倫也を言葉に対しての返答ではなく、倫也をかわしながらグサグサ刺してくる言葉だった。

 倫也も半分予想していたかのように、そんな刺してくる言葉に軽いツッコミで受け流す。


「普通さあ、人にギャルゲーのメインヒロインやってくれって言ってくる時点で頭おかしいと思うのに、それに加えて今度は俺が主人公やるって堂々と言い出すんだよ?」

「それは前作もそういう流れでシナリオ作ってたじゃん?」

「でも、前作はたまたまそういうシナリオの作り方になっただけであって、もともとは自分が主人公になるって考えはなかったよね?」

「確かに、そうだけど……」


 前作はサブヒロインを含めて身近な人をモデルにしたシナリオを作ることで、結局は上手くいった。まぁいろいろ後悔したときもあったけど。

 特にメインヒロインに関してはこの作り方で上手くいったからこそ、今回もメインヒロインルートに関してはその方向で進めるべきだと倫也は考えていた。


「それにさぁ、これってメインヒロインが求める主人公にしていくんだよね?」

「あ、ああ」

「このメインヒロインがダメ男好きだったらどうするの?」

「え……?」


 さすがにメインヒロインがダメ男を好きになるなんて、そんな想定はできていない。

 その想定外な恵の言葉に、倫也は半開きの口のまま固まってしまう。


「ダメダメな男が好きだったら、このゲーム成り立たなくない?ユーザーもドン引きじゃない?さっき言った『なんでメインヒロインはこんな奴が好きなんだ?』って感じにならない?」

「……それって遠回しに俺がどれだけ頑張っても、ダメなところを直してもダメダメな男って言ってる?」

「あ~、そういうことになっちゃうかもね~」

「……をい」


 流石に頑張ってダメなところを直すんだから、ダメ男にはならなんじゃないかと倫也は思うが、メインヒロインがそういう性格ならその可能性は否定できないわけで。


「あと、主人公は留年させた方がいいんじゃない?今の状況に似たほうがリアリティ出て、シナリオ作成も進めやすくなると思うよ?」

「ちょっとぉ!?」


 そして、更に恵はシナリオにまで口出しをしてくる。しかも毒付きで。

 相変わらずのフラットな口調ではあったが、それでもいつもの倫也を弄るような何となく楽しそうな雰囲気がにじみ出ていた。

 で、倫也とは言えば、浪人ネタはかなり耳が痛くなることもあって、激昂……までは行かなくとも、思わず熱くなってしまう。

 そして、倫也は恵の両肩を掴み、ずいっと顔を近づける。

 

「ええぇい!うるさいぞ恵!

 俺は決めたんだ!

 最高の主人公になるって!!

 だって、俺の最高のメインヒロインか選ぶ主人公だぞ!?

 最高の主人公になるに決まってんじゃん!?

 だから、恵!

 今回もお前がメインヒロインだあぁ!!!」


 また熱くなった倫也の行動に目を白黒させて固まっていた恵だったが、しばらくしていつものフラットな表情に戻る。

 そして、恵は『また熱くなってる』みたいに呆れたように小さく二回目の溜息をつきながら、両肩に置かれた倫也の両手を外した。

 そして、恵はまたノートパソコンの画面に目線を戻して、口を開く。


「ていうか、そもそもそんなに頑張る必要なんてないと思うけどなぁ?

 わたしは今のままの倫也くんでもいいと思うんだけどなぁ?」


 結局、メインヒロインをやるのかどうかについては答えないまま、恵はまた話題をずれた方向に進めてくる。


「だから、俺はそれは嫌なんだって!で、どうなの!?」


 明確な返事をしない恵に倫也はやきもきして、返事を急かす。


「まぁ、でも、倫也くんがやりたいって言うなら、わたしはそれについていくだけだよ」

「…………ええっと、それはつまり?」


 恵は表情を全く変えないままフラットな口調でまた返してくる。

 だから、倫也はその言葉がどういうつもりなのかがわからずに思わず聞き直してしまった。



「わたしが、この次回作で

 メインヒロインをやるよ」



 数秒間の沈黙。

 倫也はその恵の言葉を脳内で繰り返し、その言葉に間違いがないことを確認する。


「いよっしゃああああぁぁぁぁ!」


 倫也はその言葉を理解した瞬間、立ち上がってガッツポーズを決め歓喜の叫び声を上げた。

 となりから『あ~うるさい』と声がするが、それを無視して感動に打ち震える。


「あ~、だからタイトルが『冴えない主人公の育てかた』なんだね」


 恵は進まなくなっていたプレゼンファイルを勝手に進めていて、まだ説明されていない部分に目を通していた。


「そうなんだよ!前回の続編ということでタイトルを踏襲しつつ、更にメインヒロインとさらにイチャイチャできるこの最高のアイデア!!見事だろ!?素晴らしいだろ!?」

「あ~そうだね~素晴らしいね~」

「何だ、そのフラットな反応は!?感動するアイデアだろ!?」

「うん、やっぱり頭のおかしな倫也くんだからできるアイデアだよね」

「ちょっとぉ!?……いや、それは褒め言葉なんだろ?そうなんだろ!?」

「……そうだね~褒め言葉だね~」


 調子に乗ってめんどくさくなった倫也を受け流しながら、恵は淡々と企画書を読み進めていく。

 そんな恵を尻目に『恵にメインヒロインをやってもらう』というミッションをクリアして肩の荷が降りた倫也は、そのまま座り込んでベッドにもたれかかる。そして、リラックスするようにして、大きく息を吐いた。


「あ~、ちゃんと、恵の口から『やる』って言ってもらえて良かったわ〜」

「ま、もともと、やらなきゃいけないとは思ってたし」

「でもさ、先週、話したときは結構嫌そうだったじゃん?やりたくなさそうだったじゃん?」

「そりゃ、いくらわたしでもやりたいと思わなかったら、やりたくないって言うし」


 先週、いつもの喫茶店で企画の一部を話したときは『実体験をシナリオに載せられるのが恥ずかしい』と言って、メインヒロインをやることを渋っていた。しかし、今回はそんな泣き言も言わずあっさりとやると言ってもらえた。


「つまり、この企画は恵がやりたいと思うほどの神企画ということだな!?」

「あ~はいはいそうだね~神企画だね~頭のおかしな企画ですね~」

「……またフラットに戻ってるし」


 * * * * * * * * * * * * * * * * * *


「……頭おかしい、ねぇ……?」


 恵は倫也には聞こえない程度の声量でぽつりと呟く。

 そういうことは、今までだって何度もあって、何度も巻き込まれてきた。

 去年のフィールズクロニクルのフォローに行った時だって、全く理解できなくて、自分たちのサークルのことを捨てたんだと思ってしまった。

 それでも、倫也は全部やってしまった。恵が諦めても全部やり遂げた。


 だから、期待してしまう。


 今回の企画だって、最初は何を言っているんだろうかと思った。

 でも、それは倫也自身のためであって、

 ひいては恵のためでもあって。


 だからこそ、この企画が面白そうだと恵は思ってしまった。

 頭のおかしいことを本当にやってしまう倫也に

 自分のために頑張ってくれる倫也に、

 期待したくなってしまった。


 恵はパソコンに表示される企画書を読み進めるのを止めて、隣にいる倫也に体重を預けるようにもたれかかる。そして、そのままそばにあった倫也の手を握って、指を絡める。


「恵?」


 先ほどまで企画書を読んていたはずの恵が、急に手を繋いでくるのが不思議で倫也は恵の方を見る。


 そんな不思議そうな目で恵を見る様子の倫也を

 恵は上目遣いで、

 甘えるような目で、

 そして、優しい笑顔で見る。


「倫也くんは、メインヒロインのためにこれから変わるって言ってるけど、もう倫也くんは変わってきてるんじゃないかな?」

「そうか……?」

「だって、人の意見を聞かずに自分のやりたいこと勝手にやっちゃうのが倫也くんよ?こんな風に考えるような人じゃなかったよ?」

「……やっぱりディスられてない?俺?」

「そんなことないよ」


 もう既に倫也が何か変わり始めてることを恵が感じていて、だからこそ余計に期待してしまう。これからも、倫也がメインヒロインのために変わっていくことを。

 そして、恵は倫也の手を握る力をちょっとだけ強くする。



「わたし、期待しちゃっていいのかな?


 わたしが倫也くんのことをもっと好きになるように


 どんなことしてくれるのかなって?」



 倫也は恵の言葉に呼応するように、強く握られた手を握り返す。


「当たり前だろ?

 お前は俺の最高のメインヒロインなんだぞ?

 絶対、俺のこともっと好きにさせてやるからな?

 『ヘタレなところを諦めてる』なんて二度と言わせないからな?」


 自信に満ち溢れた声だった。

 絶対にやってみせると言わんばかりの言葉だった。


 その言葉は、

 これまで倫也をキュンキュンさせてきた恵を、

 メインヒロインの恵を逆にキュンキュンさせる。


「じゃあ、期待しちゃうよ?


 これからも、倫也くんと一緒にギャルゲーを作って、


 倫也くんのことをもっと好きにさせてくれるって」


 恵はそう言って、頭を倫也の肩に乗せて、さらに倫也に体重をかける。

 少しでも、倫也に自分の想いが伝わるように。


「言っとくけど、わたし、攻略難易度高目だからね?」


 それは、メインヒロインだからというわけではなくて、

 だって、もう既に恵は倫也のことが大好きで、

 そう簡単にもっと好きになんてさせられるわけがなくて、


「知ってる。だって、メインヒロインだもんな?」


 その大好きはたぶん倫也が考えている以上で、

 そのことに倫也は気がついていないようで、


「……ま、そういうことにしておくよ?覚悟しておいてね?」


 だから、そう簡単にもっと好きになってやるもんかと思う。

 そうすれば、倫也がもっと好きにさせてくれることを

 たくさんしてくれるはずだから。

 

「その言い方、含みがありすぎて怖いんだけど……?」



 * * * * * * * * * * * * * * * * * *


「ふぅ……」


 倫也はトイレの中で、一息ついた。

 恵からメインヒロインをやってもらうことについて了承をもらえたことで、やっと次の段階へと進むことができる。伊織に企画書を見てもらって了承がもらえれば、これで坂道三部作の最後のギャルゲーづくりに取り掛かることができる。サークル全体で動き出すことができる。

 そして、メインヒロインにもっとキュンキュンできる。

 そして、最高の主人公になる。


 改めてその決意を確認して、倫也は部屋に戻った。


「ふうぅぅぅぅ~ん?」


 そして、部屋に入った瞬間、いつものあまり聞きたくない恵の不穏な声が聞こえてきた。

 その恵はと言えば、ハイライトの消えた目でパソコンに映った企画書を見ていた。


「め、恵?」


 そして、死んだ魚の目をしたままの恵は怖いくらいにゆっくりと倫也の方を見る。


「わたし、メインヒロインやらない」

「なんでええええぇぇぇぇ!?」


 やっぱり、メインヒロインの攻略難易度は高いようで……


(次話につづく)

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