第3話 嵐の前の……

 全員で集まってから居酒屋へと移動する予定になっていたため、居酒屋の最寄り駅で恵を待っていた倫也と詩羽と町田。しばらく待っていると、恵が駅の改札から出てくるのが見えて、倫也が恵を迎えに行く。


「……恵、わざわざ来てもらってごめん」

「……まぁ、あの人のせいだもんね」


 ”あの人”と言えば、少し後ろで待機している女性二人のうちの一人、霞ヶ丘詩羽。


「……でもさぁ、あれほど関係ないか確認してって言ったよね?」


 恵から倫也にバイトに霞ヶ丘詩羽は関係していないか予め確認しておくよう伝えていたはずなのに、こんな展開になってしまった。そのせいで、恵は少々不機嫌になっていた。


「いやいや、こっちだって被害者だよ!?バイト終わったら、いつの間にか詩羽先輩がいたんだからね!?」


「……まぁ、あの人ならやりかねないかぁ」


 詩羽なら誰かを嵌めるためにあらゆる手を尽くしてきそうだと、恵は諦めの表情を浮かべてため息をつく。


「じゃあ、覚悟して行こうか。」

「お、おう」


 先に恵が二人の方に移動し始め、倫也はそれに続くようにしてついていった。

 倫也は『なんで覚悟?』と疑問を浮かべながらも、それを聞く前に二人の前に到着していた。


「こちらが俺の彼女の加藤恵です。」

「えっと、初めまして。倫也くんの”彼女”の加藤恵と言います」


 町田と恵は初対面のため、まずは自己紹介から入る。お互いに名前だけは聞いていたが、顔を合わせるのは今回が初めてだった。先に倫也が町田に向かって恵を紹介し、それに合わせて恵も町田に向かって自己紹介をしながら、ペコリと頭を下げる。特に、近くにいるもう一人の女の子に釘を刺すように”彼女”という言葉を強調しながら。


「こちらこそ、初めまして。霞詩子の担当編集をさせてもらってます町田苑子です。どうぞ、よろしくね」


 町田は挨拶に合わせて、にっこりとした笑顔で自身の名刺を恵に手渡した。


「いや~、無職でニートのTAKI君にこんなに可愛い彼女がいるなんてねぇ」

「俺のことさらに激しくディスるのやめてもらえませんか?!でも、恵のこと褒めてくれて、ありがとうございます!」


 しぶしぶ飲み会に行くことを決めたはずの恵なのに、その姿格好は見事に決まっていた。それは外行きの服装という意味もあったが、メインヒロインの格を霞ヶ丘詩羽に見せつけるためでもあった。

 いつもの白いベレー帽に薄いピンクのワンピースに白いカーディガンを合わせただけの特に派手ではない服装。それだからこそ、落ち着いたふんわりとした雰囲気が恵に非常に似合っていた。恵特有のステルス性能がなければ、多くの人がその姿にときめき、振り返っていただろう。


「じゃあ、お店まで移動するわよ。みんなついてきてね」


 * * * * *


 町田の案内により居酒屋に到着した一行は四人掛けの掘り炬燵席に案内された。恵と倫也が隣同士で倫也が通路側、町田と詩羽が隣同士で詩羽が通路側になるような位置関係で着席している。

 そして、町田がビール、その他はウーロン茶とそれぞれが乾杯用の飲み物が入ったグラスを手に取り、乾杯の合図を待っていた。


「じゃあ、今日はイベントの準備お疲れ様ということと、明日のイベントの成功を祈って、乾杯!」

「「「かんぱーい」」」


 町田の乾杯の音頭によって、これからいろいろなイベントが発生するであろう飲み会が始まった。



 * * * * *



 飲み会が始まると、全員に関係がある倫也の話が中心になる。

 そうなってくると、まずは倫也と恵の関係に町田が食いついてきた。


「恵ちゃんはサークルの副代表なの?」


 町田はあっという間にフランクな感じの呼び方で恵に声をかけるようになっていた。年も一回り違えば、詩羽に対して「詩ちゃん」と呼んでいることもあり、同年代の女の子に対しては自然とそんな呼び方になっていた。

 恵もそんな呼ばれ方を特に気にすることなくそのまま会話を続ける。


「1年半前に代表がやらかしたので、その暴走を止めるのが仕事の副代表です。まぁ去年の暴走は止められませんでしたけど……」

「去年の暴走って……ああ、茜の、あのフィールズクロニクルをフォローしたやつ?」

「ちゃんと冬コミに間に合ったからいいじゃん!?」

「そういう問題じゃないよね、倫也くん?たまたま間に合ったから良かったものの、間に合わなかったらどうしてたのかな?」

「うぇっ、その、えっと……、ちゃ、ちゃんと俺がいなくても進められるように調整してたから!大丈夫だっただろ!?」

「ふうぅぅぅぅ~ん?論点がずらされているような気がするけど気のせいかなぁ?」

「やめやめやめぇ!飲み会でする話じゃないからこの話!!」


 倫也はこれ以上この話を続けると、どう考えても恵に勝てるはずがないと判断し、さっさと話を恵の紹介に戻す。


「あと、恵には他に企画とかシナリオの校正とかやってもらってます。人手が足りないときはスクリプトも担当してもらってます。」

「へぇ~、かなり幅広く担当してるのねぇ?」

「あとはサークルの裏ボスね。加藤さんを怒らせると非常に面倒くさいし」

「……霞ヶ丘先輩はわたしを怒らせると面倒くさいってわかってて、何でそんな発言してくるんですか?」

「ちょっとおおぉっ!?いきなり喧嘩始めないでよぅ!?ていうか恵の紹介が進まないから、そういうのは後にしてよぅ!」


 横やりを入れてくる詩羽に、非常に黒いオーラを纏った恵が応戦する。飲み会が始まったばかりなのにすでに一触即発状態なのは、ここに強制的に呼ばれたという理由もあるが、他にも恋敵的な話も理由の一つである。


「おかげで俺の方は本当に助かってます。むしろ、恵がいないとサークルが回らないくらいです。いや~、もう最強の裏方ですね」

「でも、そこまで色々抱えてると、かなり大変じゃない?」

「そうですね~、倫也くんがしっかりしてくれればわたしも楽できるんですけどね~?人のことに首を突っ込んでばかりで、自分のサークルのことは後回しで」

「その話はやめようってさっき言ったじゃん!?」

「だって、定期的に釘を刺しておかないと、またやりかねないと思ってね~」

「定期的の間隔が分単位はおかしくないですか?恵さん?」


 ……こんな感じで誰かが横やりを入れて、倫也が突っ込むという流れで町田への恵の紹介は何とか進んでいった。


「で、倫理君?次回作の企画は進んでいるのかしら?」

「何とか進めてます。ゴールデンウィークが終わるまでには内容を確定したいと思ってます。」

「今のところ、どんなものを作ろうとしているか聞かせてもらっていいかしら?」

「はい。今のところ、前作の続編とは考えてますけど、根本の部分が決まってないんです。」

「根本?」

「前作のメインヒロインと主人公をさらにイチャイチャさせたいっていう思いはあるんですけど、どうやってイチャイチャさせるのかが問題なんです。結局、彼氏彼女の関係になった後なので、思ったほどキュンキュンさせられないというか。」

「まぁ、彼氏彼女の関係になってしまったら、18禁に持っていくか、別れさせて他のヒロインとのNTR展開に持っていった方が面白そうよね」

「うちのソフトは全年齢向けですから!あと、別れさせるとか縁起の悪いこと言わないでくださいよぅ!!」

「リアルでも波乱があった方が、私としては面白いわよ?」

「……霞ヶ丘先輩、何言ってるんですか?」

「あら、いつものステルス性能のおかげで、一緒にいたことを忘れてたわ。」


 先ほどよりもさらに恐ろしく黒いオーラを放つ恵。

 そんな恵に対しても怯むことなく、飄々としている詩羽。


「ちょっとちょっと詩ちゃん、TAKI君、話が見えないんだけど?ゲームの話が何でリアルの話とつながるの?」


 頭に疑問符を浮かべる町田。確かにこのゲームの裏事情を知らない人には、理解できないやり取りなのは間違いない。


「町田さんは知らなかったですっけ?ここにいる加藤さんが前作の『冴えない彼女の育てかた』のメインヒロインの巡離なんです」

「……全然わからないんだけど、どういうことなの?」


 説明が長くなるので割愛するが、倫也が恵に出会い、恵をメインヒロインのキャラクターとしてゲームを作り始めたということを説明した。


「前から思ってたんだけど、TAKI君ってちょっと頭おかしい?」

「その言い方ひどくない!?」

「いえ、倫理君はちょっとではなく、かなり頭おかしいですね」

「そうだね~どう考えても倫也くんの頭はおかしいね~」

「ちょっと!?二人とも!?ていうか、恵はそんな頭のおかしい人の彼女だよね!?」

「あれ~おかしいね~、わたしの彼氏はもっと普通の人だったはずなんだけどな~?」

「いやいや!?今も昔も変わってないから!普通の人だから!」

「それはないわね」

「それはないね~」

「……それはないみたいね」

「ちょっとおぉぉ!!一人くらいフォローしてよおぉぉ!」


 誰一人として自分を普通の人認定してくれず、抗議の声を上げる倫也だった。



「で、前作っていうと、『冴えない彼女の育てかた』だったわね?」

「町田さんもプレイされたんですか?」

「ええ、面白かったけど……あれってTAKI君と恵ちゃんの実体験なの?」

「違いますからあれ全然実体験じゃないですから」


 恵は町田の言葉に対して間髪を容れずに全力で否定する。

 しかし、今日の詩羽はいつも以上に容赦なく突っ込みを入れてくる。


「ほぼ10割実体験って話を倫理君から聞いたのだけど?」

「……倫也くん?」

「言ってないからね!?絶対言ってないからね!?」

「ふぅぅぅぅ~ん?」

「いや、だから信じてよ!?」


 さっきからずっと黒いオーラを纏った恵の敵意が、詩羽から今度は倫也に向けられる。倫也はその詩羽の発言を否定するが、恵はなかなか信用しようとはしなかった。


「じゃあ、何割が本当なのかしら?」


「……………………ノーコメント」

「……………………8割かな」


「えっ」

「あっ」


 詩羽からの問いかけに対して、答えを隠そうとした恵だったが、倫也が馬鹿正直に答えを言ってしまう。

 倫也が自身の発言と同時に恵の言葉を聞いた瞬間、間違いを犯したことに気づき、背筋が凍り付いた。


「……………………なあぁんでそこをしゃべっちゃうのかなぁ?」

「ごごごごごめんなさあああぁい!!!」


 恵はさらに倫也に対して強い敵意を向ける。それに対して倫也ができるのは誠心誠意の土下座だけだった。



「そうやって考えるとTAKI君ってやっぱり頭おかしいわね。自分の彼女をゲームのメインヒロインにして、さらに告白とか、キスシーンとかを自分のゲームに活用するとか。どう考えてもセクハラを超えた何かよね?」

「知らないからそんな話実体験じゃないから」

「もう、俺が頭おかしいのは認めるので、それ以上はやめてもらえませんか!?俺より恵の方がダメージがでかいんですよその話!!!」


 先週1話参照、恵がこうやって実体験をいろいろな人に見られるのが恥ずかしいと言って、次回作ではメインヒロインを渋っていることもある。それに加えてこんなメインヒロインであることを弄られる状況になると、さらにメインヒロインをやってもらえなくなる。倫也はこれ以上はマズイと話を打ち切ろうとする。


 しかし、詩羽がそれを許さない。


「8割は実体験なんでしょ?だったら否定したそれ以外の話の8割が実体験でいいということかしら?」

「…………っ」

「ちなみに巡離のシナリオデータも私のスマホの中に入ってるから。今ここで全イベントについてどれが実体験だったか答え合わせをすることも可能よ?」

「~~~~~~~~っ!!」

「ああああああぁぁ!!誠に申し訳ございませえぇんっ!!!」


 にんまりと嬉しそうに勝利宣言をする詩羽と、

 倫也のせいで逃げ道をふさがれ倫也を恨めしそうににらむ恵と、

 そんな恵に対して再度土下座を敢行する倫也。


 賑やかな飲み会はまだ始まったばかりだ。


 * * * * *


 そして、飲み会が始まってから1時間が立つ頃、飲み会はさらに賑やかになってきていた。


「詩羽先輩、お願いだからそんなにくっつかないでくださいよぅ!?」

「いいじゃない倫理君。もうお互い18歳以上なんだからヤリ放題なのよ」

「何言ってるのか全然わかりませんけど、そこには突っ込みませんよ!?」

「じゃあどこにナニを突っ込んでくれるのかしら倫理君?」

「その言い方やめてくださいって!目の前に恵がいるんですよ!?」

「倫也くんモテモテだね~、良かったね~」

「良くないから!全然良くないから!!俺は恵一筋だから!!!ホントに信じてよぅ!!!!」


 ……賑やかどころではなくって、もう大惨事だった。

 正面に座っていたはずの詩羽はいつの間にか倫也の隣にいて、倫也にめちゃくちゃ絡む、べたべた触る、抱きついてくる、完全に酔っぱらいそのものだった。ちなみに恵の紹介をしているあたりから詩羽はお酒を飲み始めていた。

『まだ20歳になっていませんよね!?飲酒しちゃだめですよね!?』っていう突込みはもう遅い。管理者の町田は『バレなきゃ大丈夫よ』とか、全然大丈夫じゃないことを言い出す。昨今の有名人の未成年飲酒問題はかなり大事になるので、その認識は改めてほしい。いや、マジで。

 そして、恵はというと詩羽に襲われている倫也をすごく冷たい目で見ているだけだった。


「何であんなにチャンスがあったのに私に手を出してくれなかったのかしら?ほぼ全裸の女性が目の前にいるのに手を出さないなんて本当に最低ね!この鈍感ヘタレ主人公!!ねえ、加藤さんあなたもそう思わない!?」

「…………倫也くんが手を出さなかったから、今のわたしがいるのでそこは倫也くんを褒めておきたいと思います。倫也くん、手を出さないなんてすごいね~、それだけ霞ヶ丘先輩に魅力がなかったのかなぁ?」

「……っ!」

「その褒め方全然心こもってないから!ていうか、さり気に詩羽先輩に喧嘩売らないでよぅ!!余計にベタベタくっついて来るんだからさぁ!!!」

「倫理君、早く傷ついた私の心を慰めてくれないかしら?あ、慰めるのは体でもいいわよ?あんな貧相な体より、私の身体の方が慰め甲斐があるわよ?」

「……っ!」

「や~め~て~よぉ~!!!」


 詩羽はことあるごとに恵に攻撃しようとし、恵はそれに対抗するように詩羽に攻撃する。そして、倫也はそのとばっちりを受け、町田は彼ら3人のやり取りを非常に面白そうに見ているだけだった。

 倫也は一人だけ何の被害もなく蚊帳の外にいる人を使って、何とかこの状況を切り抜けようとする。


「ていうか、町田さん止めてくださいよ!?1番の年長者でしょ!?詩羽先輩の担当編集でしょ!?」

「この凄く面白い状況を止めるなんてもったいないわよ。だってイマカノとモトカノでの争奪戦が目の前で繰り広げられてるなんて、面白い以外の何物でもないわ」

「詩羽先輩はモトカノじゃないから!ていうか俺は全然面白くないんですけどぉっ!?」

「TAKI君は面白くなくても、私が面白いから我慢して」

「この人最低だあぁっ!!」

「最低なのはあなたの方よ、倫理君」

「そうだよ、倫也くん」

「なんでさっきから俺をディスるとこだけ同意するんだよ!?実は仲いいんだろそうなんだろ!?」

「そんなわけないじゃない、ねぇ腹黒さん?」

「そんなわけないから、ねぇ下ネタさん?」

「……っ」

「……っ」

「ああぁ!俺が悪かったから!!もういい加減にしてくださあぁいぃっ!!」


 * * * * *


「あなた達本当に面白いわねぇ。見てて全然飽きないわ。」

「……それはどうも」


 詩羽はお手洗いに行って席を外しており、倫也についてはツッコミ疲れでテーブルに突っ伏していて、戦闘不能な状態だった。そのため町田は、現在会話可能な目の前にいる恵に対して話しかけた。

 恵は町田からの褒めているのか褒めていないのかよくわからない言葉に対して、とりあえず返事を返す。


「恵ちゃんは今後もずっとTAKI君とサークルを続けていくつもりなの?」


 町田としては恵がどういうつもりで倫也とサークルをやっていて、今後、どうしていきたいかが気になっていた。恵の受け持っている担当作業やサークル規模を考えると、恵がいなくなればサークルが維持できるとは思えなかったから。

 そして、町田からの質問に、恵は即答する。


「ずっと続けていきます。倫也くんが追いかける夢があってそれを叶えるために」

「TAKI君の追いかける夢って?」

「今のblessing softwareのメンバーに加えて、柏木エリと霞詩子で最高のギャルゲーを作ることです」


 倫也の宣言した夢。それは恵としても叶えたい夢。


「大きく出たわねぇ。今や天下のイラストレーターとシナリオライターを引き込むなんて」

「もともとはうちのメンバーだったんですけどね」

「あ~……そう言えばそうだったわね」


 1年程前に紅坂朱音に2人を引き抜かれ旧blessing softwareは空中分解し、去年は伊織と出海を加えて新生blessing softwareとして改めてサークルを立て直して、ギャルゲーを作った。途中でその2人にも手伝ってもらって、最高のギャルゲーを完成させた。でも、その二人はただの手伝いであって、本当のサークルメンバーではない。だからこそ、倫也と関わってきた本当に最高の最強のメンバーで最高のギャルゲーを作りたいという夢がある。


「……だから、そんな2人を引っ張り込むために、倫也くんにはもっと凄い人になってもらわないとだめなんです」


 あの実力も名声もある2人をメンバーに加えるにはそれ相応の実力が必要である。

 しかし、今の倫也にはそんな実力はない。だからこそ、倫也にはそれだけの力をつける必要が、成長して凄い人になる必要がある。


「町田さんから見て、倫也くんはもっと凄い人になれると思いますか?」


 恵は町田に倫也に対する評価を尋ねてみる。倫也のこれまでの奮闘を見て、どう評価しているのかが気になった。


「う~ん、断言はできないけど、凄い人になれる素質はあると思うわね。」


 恵はその答えに対してほんのわずかに体を震わせる。


「でも、クリエイターは一人でなるものではないと思っているわ。例外はあるとは思うけど、成長する人はいろんな人とのやり取りがあって、それは褒め合いだったり、貶し合いだったりね。いろいろな切磋琢磨があっていい作品が、いいクリエイターが出来上がる。詩ちゃんだって、私がいて、TAKI君がいて、そうやっていい作品ができて、いいクリエイターになってここまで上がってきた。あなた達もそうでしょう?みんなと切磋琢磨してあの作品を作ったんでしょう?」

「……はい」

「だから、TAKI君が凄い人になれるかは、彼の素質も重要だと思うけど、周りの人の力が、彼を押し上げる力もあればってところね。」

「そう、ですか…」

「だからあなたもTAKI君のためにも頑張ってあげて」

「……………………」


 町田の言うことは実に正しい。確かにそうやって一昨年も去年もギャルゲーを作ってきた。そして確かに倫也は成長していった。


 だからこそ、そのことが怖かった。


 倫也が自分のそばにいて欲しいから、奪われたくなくないから、成長して欲しくないなんて言えない。言えるわけがない。彼もその周りの人もそれぞれの成長を当たり前のように望んでいるのに、恵は倫也と離れたくないという色惚けた場違いな考えを持っていて。恵はそんな自分を惨めでちっぽけで恥ずかしい人間だと思った。

 でも、それは倫也のことが、それだけ好きだったから。大好きだったから。

 恵は目の前にあったウーロン茶の入ったグラスを手に取り、心を落ち着かせるように喉へ流し込んだ。


(何かあるのかしらね?)


 町田は倫也に対していい評価を伝えたはずなのに、なんだか微妙な面持ちの恵を怪訝に思った。ただ、それ以上突っ込むことはせず、そのまま町田もお酒の入ったグラスを手に取り喉へ流し込んだ。

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