第2話 敵からの招待

『またわたしがメインヒロインっていうのは、しばらく考える時間くれないかな?』


 前に恵に次回作の企画を説明したときに出てきた恵の言葉。

 恵ならいつものようにあっさりやってくれると思っていたから、倫也にはその発言が引っかかっていた。


「……やっぱり、何かが足りないのかな」


 恥ずかしいとは言いつつ、前作ではキスシーンとかもすべて載せてくれたことを考えると、実際の問題は恥ずかしさだけではなく、企画内容にも問題があると考え、一週間考え続けていた。

 企画内容のボリュームは先週よりもだんだんと膨らんできており、より濃い内容になってきている。しかし、ゲームの根幹であるメインヒロインともっとイチャイチャするというコンセプトの部分は変わっていない。


 メインヒロインをやってくれ、ともう一度頼んだらおそらくOKはもらえるとは思う。でも、それは恵がやりたいからOKというわけではなくって、期限が来たからOKというわけで。できることなら、恵がやりたいという企画でOKをもらいたいと考えて、ひたすらアイデアを練っていた。しかし、結局、考えても考えてもその根幹を変える何かが見つからず、時間だけが過ぎていった。






『バイト?』

「知り合いの編集さん、詩羽先輩の担当編集の町田さんから連絡があって、人手不足だから手伝ってくれって」

『ふぅぅぅぅ〜ん、そうなんだ〜倫也くんモテモテだね〜さすがわたしの彼氏だね~』

「町田さんとは何もないから!本当に何もないから!!」


 町田からバイトの要請。要請と言いつつも

『どうせ無職で暇なんでしょ?』

『無職じゃないから!浪人生だから!』

 と、なかなか失礼なやり取りがあったのは確か。


 バイトの日はゴールデンウィーク直前の金曜日。翌日に控えたイベントの準備に人手が必要ということで、倫也に声がかけられていた。

 別に誰でもよかったわけではなく、今後のために業界の勉強にもなるからと優先的に声を掛けられていた。倫也にとってはありがたいお誘いであって、業界の勉強もしつつ、お金も稼ぐことができる。

 浪人生で小遣いを親にたかるのは少々心が痛むもので、いろいろな理由からこのアルバイトは受けるつもりではあった。かと言って、二つ返事で了承してしまうと、恵が報連相だと言って少々不機嫌になることが多々あって。

 ……まぁ少々どころではなく2カ月くらいまともに会話しないくらい不機嫌になることもあって。そういう理由から先に恵の了承を得ることにした。


『そのバイトって霞ヶ丘先輩と関係ないよね?』

「それは確認した。まったく別のイベントでの手伝いだって。人手不足だからいろんな人に声をかけてるらしい」

『ふ~ん、……う~ん…………う~~ん……』


 電話口の恵から、何かを悩むようにうなる声が聞こえてくる。


『今週はちゃんと勉強してる?』

「何でいきなり話題変わったの!?」

『勉強の進度によっては許可できないかなって思って』

「まぁ、今週は勉強してるよ。さすがに3週連続でやってないのはないから」


 先週、先々週と勉強しなかったせいで恵にかなり怒られた結果、倫也は今週は真面目に勉強も取り組んでいた。


『わかった。……改めて聞くけど、霞ヶ丘先輩は関係ないんだよね?来ないよね?』

「関係ないよ……って詩羽先輩と何かあったの!?すごい不穏な感じするんだけど!?」

『……何でもないよ~倫也くんは気にしなくていいよ~』

「それ絶対何かあったやつだよね!?」


 結局、何があったかを恵は倫也に伝えることはなかったが、詩羽先輩が絡まないことをちゃんと確認出来たらOKということになった。


『あと、土曜日はわたしとデートでいい?』

「……何だか毎週のようにデートしてる気がするけど?」

『ふぅぅぅ〜ん、彼女とのデートが嫌なんだ〜?』

「嫌なんてひとことも言ってないじゃん!?そんなの行くに決まってんじゃん!?」

『じゃあ、行く場所は倫也くんがバイト終わってから決めればいいかな?』

「おっけ~、じゃあ終わったら連絡するからな~」

「は~い」


 倫也のバイトを了承しつつ、さらには翌日のデートの約束も取り付けて、それでその電話は終了した。



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『尊敬できるクリエイターとして

 一緒に夢を追いかける、追いかけた仲間として

 最強のギャルゲーのヒロインにもなりうる魅力的なキャラクターとして

 手の届かない女の子として

 好きだよ』


 倫也は英梨々と詩羽のことをそのように評した。

 その上で、彼女たちに手が届かないと諦めて、恵を一番好きな人として選んだ。

 倫也は嘘をつけない人間だから、あの時の言葉に嘘はないと思っている。

 それでも、恵には最後の『手が届かない女の子として』という理由が数カ月たった今でも頭の片隅に残っていた。

 倫也の手が届かないところに彼女たちがいるのはあの時であって。

 いつか、倫也が手が届くところまで辿り着いてしまったら。

 倫也は恵を選ぶのか、それとも他の誰かを選ぶのか。


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 霞詩子の担当編集という、霞ヶ丘詩羽という敵の影が見え隠れする人からの誘いによるアルバイト。恵はそのアルバイトを許可してしまったことについて、倫也のためということもあるからしょうがないと理解はしていた。

 しかし、その見え隠れする敵のせいでモヤモヤを払拭できずにいた。

 朝、大学に行く時から、今ベッドの上でスマホを手に取って倫也からの連絡を待つこの瞬間まで、ずっとそのモヤモヤと対峙しつつ、『早く連絡が来ないかなぁ』とずっと考えていた。

 時刻はもう18時を回っており、予定ではもうそろそろバイトが終わったと連絡が来るころ。明日はデートの予定で、倫也から連絡が来たらどこに行くかを決めることになっていて、恵はその目的地を決める話を早くしたかった。

 それと同時に霞ヶ丘詩羽とは本当に何も関係なかったことも早く確認したかった。


 すると、手に持っていたスマホが鳴り響く。発信元を確認すると『安芸倫也』と表示されていた。この時間に電話が来るということは、特にトラブルもなく無事に終わったのだろうと、ほっと安心してスマホを取る。

「あ、もしもし、倫也くん?終わった?」

『あら、加藤さん。あなたにしては珍しく上機嫌な声ね』

 スマホから聞こえてきたのは最愛の彼氏ではなくって、最悪の敵だった。



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 時刻は数分前にさかのぼる。


 倫也のアルバイトは特に大きな問題もなく無事に終わった。多少忙しくもあったが、お金も入ってきて業界の知識も得ることができて、十二分に得るものが多いアルバイトだった。

 もうずいぶんと日が傾いてきており、明日は恵とのデートで、帰ってから目的地を決めることになっていたから、さっさと帰る予定だった。


 …………予定、だった。


「……町田さん」

「何かしら?TAKI君」


 非常に嫌そうな顔をして、町田に問いかける倫也。

 まぁ、原因は目の前にいるもう一人の女性であって。


「……何で、ここに詩羽先輩がいるんですか?」

「私がここにいたらいけないのかしら?倫理君?」

「今回のバイトは詩羽先輩と関係ないって言ってましたよね!?」

「バイトは関係ないけど、終わったら詩ちゃんと合流とは言わなかったわよ?」


 そんな倫也の質問にも町田は悪びれる様子もなく答える。

 確かに、町田と詩羽が会うだけなら、倫也には関係ない話なのかもしれない。

 しかし、二人の待ち合わせ場所がアルバイトのイベント会場で、待ち合わせ時間がアルバイトの終了時間であることを考えると、倫也は作為的な何かを感じずにはいられなかった。


 そして、今この状況を改めて確認する。今日はゴールデンウィーク前の金曜日で、明日から連休で、知り合いが集まっているこの状況。…………どう考えても帰れない、どう考えても『飲みに行くわよ』っていう状況だった。


「せっかくだし、みんなでこれから飲みにいくわよ。もちろんTAKI君も行くわよね?」

「すいません!明日は大事な用事があるから、今すぐに帰らせてもらっていいですか!?」

「いいじゃない、どうせ今日帰るのが遅くなるだけだし。お金も一番年上の私が出してあげるから。」

「いやいやいや!?そういう問題じゃないんですよ!?」

「どうせ、加藤さんとデートなんでしょ?」

「なっ、何で知って………………はっ!?」

「……やっぱりそうなのね?」


 倫也はカマをかけられたこと途中で気がついて、慌てて口をつぐんだが時すでに遅し。うまく引っかかってくれたと詩羽はにやりと笑う。


「だったら加藤さんも、飲みに連れて行くわ」

(うわぁ……)


 また、さらにめんどくさそうな状況になりそうで、倫也はため息をつきながらうなだれる。


「加藤さんって?」

「……とてもとても気に入らないですが、倫理くんの”彼女”です」

「ええっ?無職のTAKI君に彼女がいるの!?」

「無職じゃないから!浪人生だから!!その失礼な発言やめてよぅ!」

「へー、TAKI君の彼女ねぇ?かわいいの?一回会ってみたいわね」

「いやいや、今日は帰りますからねっ?彼女も来ないですからねっ!?」

「じゃあ、今日のバイト代はなしね?」

「ちょっとおおおぉぉっ!?それ酷くないっ!?職権乱用じゃないっ!?」


「じゃあ、倫理くんスマホ借りるわね」

「……は?」


 倫也がその言葉に反応して詩羽の方を見ると、倫也が持っているスマホと同じ型のスマホを手に持っていた。慌てて倫也は先ほどまでスマホが入っていたポケットに手を突っ込むが、そこには倫也のスマホはなく、他のポケットもくまなく探してみたが、やっぱり見つからず。

 やはり詩羽が持っているスマホが倫也のものであることが確定する。


「なんで詩羽先輩が俺のスマホ持ってるんですか!?」

「加藤さんと連絡を取るためよ」

「自分のスマホ使ってくださいよ!?なんでわざわざ俺のスマホから!?」

「私のスマホから掛けると、加藤さん出てくれないから」

「マジで恵と何があったんですか!?」


 去年の秋ごろにあったトラブルでいろいろあった原作GS3巻結果、恵と詩羽は割と険悪な仲になっているようで。

 そして、詩羽はいとも簡単に倫也のスマホのロックを解除して電話をかけはじめた。



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「……何で霞ヶ丘先輩が倫也くんの電話からかけてくるんですか?」


 敵からの電話に恵のテンションがジェットコースターのように急降下する。嫌な予感が的中してしまったと。そのまま電話を切っても良かったが、どうせこの人と話さないと話が進まないとすぐに悟り、重い気分のまま会話を続ける。


「加藤さん、今から飲みに行かない?私と倫理君と私の担当の町田さんの3人と一緒に」

「今日はこれから予定があるので、倫也くんには今すぐにでも帰ってきて欲しいんですけど?」

「明日のデートの予定の打ち合わせよね?倫理くんから聞いたわ。大丈夫よ明日の予定なんて決めなくても。まだまだ付き合いの浅い二人ならベッドの中で過ごしているだけで簡単に1日過ぎるから」

「っ……」


 倫也なら少々口を滑らせてしゃべってしまうのは致し方ないと思うが、それがさらに恵を苛立たせる。とりあえず、倫也にどうやって説教しようかというのは後で考えるとして、その前にこの非常に腹立たしい発言をしてくる敵から、どうやって逃げ切るかを考える。

 ……しかし、この人に話術で対抗するのは非常に難しいことを恵は思い出し、早々に正面から対抗する方向に切り替える。


「……そうですね~、さすが恋愛経験豊富な先輩は違いますね~。で、何人の男とそんな風に1日過ごしたことあるんですか?まさか0人とは言わないですよね~?」

「………あなたもなかなか言うわね。流石ブラック恵と呼ばれるだけあるわね」

「……とりあえずわたしをその名前で呼んだそこにいる人に電話変わってもらえますか?」

 電話口の向こう側から、『そんなのモノローグでしか言ってないけど!?』って叫び声が聞こえてくる。

 詩羽は何が何でも恵を飲み会に呼び出したいようで。恵の倫也に代わってくれとの依頼も黙殺して話を続ける。


「あなた達のこととかサークルのこととか近況を聞きたいと思ってね」

「……わたしが行かないとどうなるんですか?」

「その場合は倫理君と二人っきりで聞くことになるわね。それに倫理君の体に直接聞いたほうが早そうだし」


 高校を卒業したことにより、18歳未満ということでいろいろ掛けられていた制限が解除されており、詩羽なら万が一くらいはそんなこともあり得そうだと思ってしまう。その万が一でなければ、誰がとは言わないが直前でヘタレて何もなく終わるのだろうけど。でも、恵にとってはその万が一の可能性ですら十二分に危険に感じられた。


「……とりあえず、どこへ向かえばいいんですか?」


 めんどくさいと思いつつ、行かなければこの状況は解決しないと恵は判断した。


 ただし、ただで行くわけには行かない。徹底的に戦ってやると。

 倫也と詩羽以外にもう一人、恵とは関係のない人がいるけど、

 その人には悪いがちょっと巻き込まれてもらうしかない。

 この霞ヶ丘詩羽との戦いに。

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