第6話 元社長、履歴書を書く
フロントガラスを西日に射られての帰路、大型スーパーの文具店で履歴書を購入したあと、屋外に設置されている簡易の自動撮影機で貼付用の顔写真を撮影した。
商売では即断即決だった浩一郎には珍しく、料金が変わらないカラーにすべきかモノクロにすべきか迷った末に、少しでも若々しい印象をとカラーを選んだ。
――二者択一。
これからはいろいろな場面で迫られることになりそうだ。
商売の選択にはマニュアルや経験則があったが、一個人としての選択はイチイチ思い悩まなければならないだろう。面倒なような、かえって新鮮なような……。
帰宅すると、さっそく履歴書を書き始めた。
われながら意外だったのは、職歴欄に記す項目が4行しかないことだった。
1967(昭和42)年4月、(株)日暮里繊維入社。
1790年8月、同社退職。
1791年7月、(株)はたなか布店創業。
2016(平成28)年10月、同社解散。
現役時代、1,000件近い履歴書に目を通してきたが、ひとつの企業で定年まで勤め上げるのが普通だった時代とちがい、転職がむしろステータスになってきた世代の職歴欄には少なくても数社、ときには10社を超える痕跡が堂々と記されており、これほど余白の多い履歴書は一度も見た記憶がなかった。
――オレの半生は、つくづく
あらためての感懐に駆られながら裏を返すと、資格と免許を記す欄がある。
普通自動車1種免許につづき、同2種免許の取得年月を記す。
父親の他界で帰郷したとき、失業保険の給付を受けながら自動車教習所に通い、万一、食い詰めたらタクシーに乗れる準備をしておいたが、幸か不幸か使う機会はなかった。
そろそろ免許返上も視野に入れる歳になり、いまさらプロ転向でもあるまいが、枯れ木も山の賑わいだろうし、独学で採った日商簿記3級ともども、一応……。
趣味の欄には「筋トレ、ムエタイ、読書、手編み、手縫い」と記した。
あとのふたつは少々奇異に見られるかもしれないと思ったが、前職が前職だし、前ふたつとのバランスでいい方向に解釈してもらえるだろうとポジティブに考えておいた。
書き上げた履歴書を封筒に収めるときと、近所のポストに投函するとき、柄にもなく浩一郎は少しばかりの祈りを込めた。
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