第9話 馬子にも笑顔
「うむむ〜」
唸りながら、左右に掲げた洋服を見比べる。
今日は学校からの帰りがけ、駅近くのデパートに服を見に来ていた。
そこで運良く好みの品に出会えたのだけれど、一着に絞りきれないこと数十分。どちらも買えればよかったのだが、高校生にしては手痛い出費なのだ。
デザインの左か、配色の右か。
「……先輩はどっちが好きかな」
「僕がどうかしたか?」
「ふぇあっ⁉︎」
全く予想してなかった呼びかけに驚きつつも振り返ると、いつも通りにフラットな表情の先輩が立っていた。
「ど、どうして先輩がこんなところに?」
店内に並べられている商品は女物しかない。
ま、まさか……?
「もしかして、女装趣味があるんですか⁉︎」
「…………」
「否定しないってことは、肯定ですねっ⁉︎ あ、安心して下さい! 私はそういう趣味にも理解がある方で……って、あいたぁっ!」
無表情のまま、脳天を的確にチョップされた。
「落ち着け」
「うう〜、だって先輩がこんなところにいるなんて、女装のため以外に思いつかないじゃないですか〜」
「本屋へ寄った帰りに、君の姿を見かけただけだ」
「見かけたって言っても、私だいぶと奥の方にいました……けど……」
そうだ。私は身長も平均くらいだし、パッと見では棚に隠れていたと思う。
それでも見つけられるなんて……
「さては、私のことを探しながら歩いてましたね? せ〜んぱい♪」
言いながら自分の頬が緩むのを感じる。
珍しく主導権を握れたからであって、嬉しいからではない。嬉しいけど!
「その通りだ」
「またまた、無理に否定して……って、うえっ⁉︎」
「本屋は口実でしかない。君が寄り道といえばここかなと、当たりをつけて探していたんだ」
「んにゃっ⁉︎ ど、どうしてそこまでして……?」
「会いたい気持ちに、それ以上の理由が必要か?」
真っ直ぐ向けられる視線に、想いに、耐えきれず顔を背けてしまう。
いやいや、油断するな私。これはいつものパターンだ。
ここから一転して攻撃が、具体的には『僕に見つけられたのが、そんなに嬉しかったのか?』みたいな反撃が来るに決まっている。嬉しかったのは事実だけど!
「それで、何を迷っていたんだ?」
「ふぇ?」
……こない?
え? え? どういうこと?
私はさっきの言葉をどう受け止めればいいの?
「あ、えっと……どっちの服を買おうかなって悩んでて……先輩が好きな方にしたいなって」
……ん?
動揺のままに、とんでもなく恥ずかしい台詞を口走った気がする。
「それは光栄だけれども、僕に服の良し悪しは判断できないな」
「そう……ですよね……」
「ただ、強いて言わせてもらうなら」
わざとらしく溜めを作って、
「どんな服よりも、君には笑顔が一番似合うよ」
気障ったらしく、気障な言葉を口にした。
「ば、ばっかじゃないですか⁉︎ 少女漫画のヒーローみたいな恥ずかしいこと言わないでくださいっ!」
「少女漫画のヒロインみたいにドキッとするから?」
「私はそんなにチョロくありませんからっ! 今日の先輩、ちょっと変ですよ⁉︎」
「今日は反撃せずに、ひたすらに君を恥ずかしがらせる日だからな」
「なんなんですかその日は⁉︎ 本人の許可なく制定しないで下さいっ!」
「嫌だったか?」
「……そんなの、決まってるじゃないですか」
嫌なわけない。
でも、特別な日になんてしたくない。
「と、とにかく認めません! 先輩は常に私を恥ずかしがらせないといけないんですからっ!」
「それでいいのか?」
「いいんですっ!」
こんな日常を、いつも、いつまでも。
――ずっと、一緒に。
……なんてね。
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