第11話 本当に欲しかったもの
「先輩、ちょっと寄り道していきませんか?」
学校からの帰り道、いつも通りに隣を歩く後輩が珍しい提案を持ちかけてきた。
「……ああ、構わないけれど」
「どうして若干嫌そうなんですか!? 可愛い後輩のお願いなんですから、もっと嬉しそうにしてくださいよ」
「………………」
「なんでさらに顔をしかめるんです!?」
「冗談だ。僕が君の誘いを断ったことなんてないだろ?」
「……だから気にするんですよ」
小さく零れ落ちた言葉は、恐らく彼女の本音なのだろう。確かに何もかもが肯定されると、気を遣われているのではないかと疑念を抱くこともあるか。特にこの後輩は言動に反してデリケートだからな。
「君も知っての通り、僕は嫌なことはハッキリ断る。だから、君はそのままでいてくれればいい」
「……ふぇ? と、当然です! ちなみに、今のは先輩を心配させるための演技ですから! 見事に引っ掛かりましたね!?」
「そうなのか」
「そうなのですっ!」
重苦しい雰囲気は一瞬のうちに消え去り、すっかり普段と変わらなくなる。これは暗黙のルールだ。確認したことはないけれど、きっと彼女も僕と同じ想いに違いない。
「それで、どこに行きたいんだ?」
「ふっふっふ、それはですね――ゲームセンターです!」
たっぷりと間を取って、キメ顔で宣言した。
「陰の者である先輩はもちろん行ったことないでしょうけど、存在くらいは知ってますよね、ゲームセンター」
「馬鹿にするな、僕は常連と言っても過言じゃない」
「うぇ!? そんな馬鹿な!? 何をしに行くんですか!? ゲームセンターですよ、喫茶店じゃないんですよ!?」
「その二つを混同する人なんていないだろうに」
「だって、ゲーセンですよ? 陽の者のたまり場ですよ? 先輩なんて一瞬で浄化されちゃいません?」
「斬新な殺害予告だな。これから僕を連れて行こうというのに」
「わたしと一緒なので大丈夫ですよ! ほら、『赤信号みんなで渡れば怖くない』って言いますし」
「赤信号は止まるんだ。小学生でも知っていることを君は理解していないのか?」
「物の例えじゃないですか!? そんなに全力で非難しないで下さいよ!」
「侮るなよ。僕の全力はこんな程度じゃない」
「そこ重要ですか!?」
思った通りの的確な突っ込みをいなしながら、彼女の目的を考える。ゲームセンターであれば、大方なにかしらの対戦を持ち掛けたいのだろうか。
クレーンゲーム、レースゲーム、音楽ゲーム等々、おあつらえ向きの道具が用意されているからな。僕に勝利してドヤ顔を浮かべる後輩の顔がありありと目に浮かぶ。
彼女は無駄みたいなことにも全力なのだ。おそらくは十分に練習を積んだ機種で勝負してくるのだろう。
それでも、簡単に負けるつもりはないけれど、な。
◇ ◇ ◇
「到着です!」
最寄駅から少し歩いた場所にあるゲームセンターに足を踏み入れると、様々な電子音がこれでもかと自己主張していた。パチンコ店とは比べるべくもないが、それでも慣れない音量に耳が痛い。
「さ、まずは何して遊びますか? せっかくですし、対戦とかしちゃいます?」
「ああ、君が練習したゲームで構わないよ」
「ふぇあっ!? な、なんのことかさっぱりですね~」
隠す気を疑う程にわざとらしく顔を背ける。まったく、可愛げのある後輩だ。
「ん~……あ、あれにしましょうか!」
申し訳程度に悩むふりをして指差したのは大きな筐体。体感型ゲームに分類される、音楽に合わせて足でパネルを踏むやつだ。
「いいけれど、君は大丈夫なのか?」
「はい? 何がですか?」
ふむ、どうやら本当に気が付いていないようだ。
「……策士策に溺れるとはこのことだな」
「意味がよくわかりませんけど、どうせなら何か賭けましょう! 勝者が敗者に一回命令できる、でどうですか?」
「後悔するなよ?」
「ふふん、それはわたしの台詞です!」
腰に手を当てて胸を張る後輩。せいぜいゲームが始まるまではふんぞり返っているといいさ。
二人でゲーム機の設置されている場所まで移動し、用意された籠の中へと荷物を入れる。近くには扇風機まで常設されているようで、準備の良さに少し驚いた。
「あ、わたしはカードがありますので」
僕が硬貨を投入する傍らで、後輩はリーダーでカードを読み込み、慣れた手つきで操作を進める。
「プリペイドの方がちょっとお得なんですよ」
「……どれだけ練習してきたんだ、君は」
「ふっふっふ、それは見てからのお楽しみです」
「もう隠す気すら無くなったのか」
「ふふん、言質さえとってしまえばこっちのものなんです!」
いっそ清々しさを覚える言いざまである。
ちなみに、どうやらゲームオーバーにならなければ数曲遊べるそうだけれど、お互いに――というか僕が知っている曲がひとつしかなかったので、一回勝負になった。
「さて、わたしの華麗な足さばきをとくとご覧あれ!」
「見ていたら負けるだろう。それよりもだな……」
すべての設定が終了し、ゲームが始まる寸前。
「君、スカートだけど大丈夫なのか?」
「……ふぇ? ああッ!?」
決定的な問題点を付きつけた。困惑する後輩を他所に、筐体からは音楽が流れ始める。
そう、今は学校帰りの寄り道。言わずもがな僕たちは制服を着ている訳で。スカートを着用している彼女は激しい動きが出来ない。卑怯な気もするけれど忠告はした。後輩風に言うのであれば、言質を取っているのだ。
知っている曲ということもあり、たどたどしくもミスなくパネルを踏み進める。一方、隣ではスカートを両手で押さえながら懸命に足を動かしているようだけれど、画面には時々『Miss』の文字が表示されていた。
「うぅ~……もうッ!」
悔しそうな、恥ずかしそうな声を耳にした僕は勝利を確信してちらりと後輩に目を向けた。少々のミスで勝敗は揺るがないだろうと判断して。
すると予想外の光景が飛び込んできた。
「おい、正気か?」
「うるさいですッ! 放っておいてください! パンツの一つや二つ、減るもんじゃありません!」
そこには顔を真っ赤にしながら、全力で全身を動かす後輩の姿があって。
「……そこまでして勝ちたいのか?」
「そうですよッ!」
結局、僕に残された道は一つしかなかった。
◇ ◇ ◇
「……辱められた気分です」
「勝負にこだわるのもいいが、もうちょっと融通を利かせられるようになった方がいいぞ」
「……先輩に言われたくない台詞トップファイブの一つを聞かされてしまいました。屈辱です」
「少なくとも君よりは頑固じゃないのは、勝負の結果からして明らかだろうに」
結局、僕の棄権によって勝敗は決した。当然の帰結である。僕は後輩を煽りたいのであって、決して嫌な思いをさせたい訳ではないのだから。
「それで、罰ゲームには何をすればいいんだ? 言っておくけれど、何人集めようが赤信号は渡らないからな?」
「あんなに恥ずかしい思いをした代償が、赤信号なはずないじゃないですか!? ……えっとですね、その~、あ、あれをお願いしたいんですけど」
「……プリクラ?」
「べ、別に深い意味はありませんから! 知識欲の権化たる先輩に未知の体験させてあげようという、わたしからのプレゼントなんですッ!」
「それはもはや罰の体を成していない気がするけれど……」
「いいから! ほら行きますよ、先輩!」
手を引かれるがままに付いていくと、そのまま機械の中へと押し込まれた。
後輩はまたもや慣れた手つきで操作を進める。
「ほら、枠の中に入らないといけなんですから、もっと寄って下さい」
「あ、ああ」
言われるがまま、後輩の方へと一歩だけ近づく。腕が触れるかどうかの微妙な間隔。普段歩いている距離感とさほど変わらないはずなのに、どうして――
「――えいっ」
わざとらしい声と同時に片腕が絡めとられる。
「……おい」
「し、仕方がないじゃないですか! フレームに入りきらないんですから!」
「そんなに変化ないように見え――」
「あーっと! 撮影が始まりますよ! ちゃんとレンズの方を向いてください!」
「……え?」
◇ ◇ ◇
「あっはっは! お、お腹痛い~」
「……笑い過ぎだ」
「だって先輩、宇宙人みたいじゃないですか~!」
出来上がったシールを片手に、笑い続ける後輩。どうやらプリクラというものは自動的に様々な加工を施してくれるそうで、現像された僕たちも別人の如く手を加えられていた。
「君だって原型を留めていないじゃないか」
「あー! 失礼ですよ、一応は可愛くなるようになってるんですからね!?」
「……これがか?」
「これがです!」
「どう見ても君の方が可愛いが」
「んにゃっ!? だ、だからいきなりぶっこんでくるの止めて下さいよッ!」
「事実だから仕方がないだろう」
「~~~~~~! そ、それなら先輩だって、実物の方がかっこいいです……よ?」
「宇宙人と比べられてもな」
「前言撤回です! ひねくれ者の先輩なんか、かっこよくないですからッ!」
プイっとそっぽを向く後輩。その隙に、僕はポケットからスマホを取り出して、アプリを起動する。
彼女の
「冗談だ。ありがたく受け取っておくよ」
「もう、先輩の冗談は分かりにくいって何回も――」
――カシャ
「ふぇ?」
振り向き際、突如響いた撮影音に不意を打たれたようで、訳が分からない表情をする傍ら、僕はスマホの画面に映し出された写真を確認する。
「少しずれているな。なかなかに難しいじゃないか、自撮りとやらは」
「……なにしてるんですか?」
「いや、プリクラの加工技術がどれほどのものか確認したくてな。実際に写真があった方が比較しやすいだろう?」
などというのは当然ながら建前で。
けれど、この言い訳を必要としているのは、きっと彼女の方で。
「先輩、へたっぴですね。見切れちゃってるじゃないですか」
「自信ありげな言い方だな」
「当ったり前です! 現役女子高生を馬鹿にしないで下さい! ちょっとお借りしますよ?」
そう言うや否や僕からスマホを取り上げ、手を目一杯前へと伸ばす。
さっきと同じように、腕同士を絡めながら。
「撮りますよ。……はいチーズ!」
再度、無機質な電子音が鳴り響く。そうして切り取られた風景は、見事に二人をスマホの中へ取り込んでいた。
「上手いもんだな」
「でしょう? これを機にもっと尊敬してくれてもいいんですよ?」
「それはちょっと……」
「だから、ガチっぽい反応は止めてくださいってばぁ!」
ともかく、入手した写真をプリクラと見比べる。それは意味のない行為であり、それでいて必要な行動でもあって。
「あ、あの……わたしも家でじっくり見比べたいので、その写真送ってくれませんか?」
後輩は恥じらった様子で、上目遣いで懇願してくる。言われなくても分かっているさ。
だからこそ、僕は精一杯の煽りを込めて答える。
「気が向いたらな」
「ちょっ、なんでですか!? どれだけひねくれてるんですか、先輩は! 鬼畜! 悪魔! 宇宙人!」
まったく、たったこれだけの事にも理由がないと動けないなんて、ひねくれ者はどっちだろうな。
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