第15話 雨の強さは変わらずに

「せ〜んぱい! お待たせしました! というか、雨の日くらい昇降口で待ってればいいじゃないですか! どうして頑なに、校門の前から動こうとしないんですか、忠犬ハチ公なんですか?」


「人を犬に例えるな。せめて猫にしろ」


「そこ重要ですか!?」


「というか、その格好……」


 普段はわたしの変化に気がついてもなかなか言及してくれないけれど、今日ばかりは早々に矛先が向けられた。ふっふっふ、作戦通り!


「あ、気が付きました? 気が付いちゃいました!? じゃじゃーん、雨合羽です!」


「おい、勢いよく回転するな。水滴が飛んでくる」


「ふふ~ん。水も滴るいい男に仕立て上げようという、後輩の粋な計らいですよ? 嬉しいでしょう――って、ちょっと! ピンポイントで顔を狙って傘を振り回さないで下さい!」


「雨ってテンション上がるよな」


「言い訳が雑! しかも無表情で言われても、全然説得力がないですからね!?」


「忠犬ハチ公に例えられるほど忠実な僕の言葉が信用できないのか」


「揚げ足取りに余念がなさすぎる!」


 本当に口は達者なんだから。いやまあ、これでこそ先輩なんだけど。


「それで、なにを企んでいるんだ?」


「ふぇあっ!? や、やだな~先輩ってば。梅雨といえば雨! 雨といえば合羽! つまり、梅雨に合羽を着るのは一般常識ですよ?」


「無意味かつ不正確な三段論法はさておいて、昨日まで傘を使っていた人間の台詞とは思えないな」


「昨日は昨日! 今日は今日です! 過去を振り返ってばかりじゃ前へ進めませんよ?」


「取り敢えず、君の常識が日々変化していることは理解した」


 あれ? そこはかとなく馬鹿にされている気がするけれど……それよりも本日のミッションを優先しなければ!


「突然ですが先輩、クイズです」


「本当に唐突だな。いつもの事だけど」


「雨の日のテンプレ展開といえば!? はい、そうです! 相合傘ですね!」


「もはや回答させる気すらないのか」


「だって、まともに回答する気ないでしょう?」


「まあな」


「ちょっとは否定して下さいよ!」


 まったく悪びれることなく、自信満々に答えることではないでしょうに!


「こほん……とにかくですね! 相合傘なんですよ! かの検索エンジンも『雨 相』と入力すれば四番目にサジェストしてくれるくらい、雨といえば相合傘なんです!」


「いや、その検索方法は恣意的過ぎるだろう」


「と・に・か・く・で・す・ね! 相合傘はポピュラーなイベントなんです! 後学のためにも体験しておくべきだと思うんですよ!」


 せっかくの梅雨なのだ。有効活用しない手はない。流石の先輩でも、慣れないシチュエーションには心を揺さぶられること間違いなし!

 断じて、私が相合傘をしたいわけではない。断じて!


 ……うん、まあ、断じて。


「というわけでですね、見ての通り今日は傘を持っていないので、先輩のに入れて下さい!」


「いや、合羽を着ているなら要らないだろ」


「…………」


「…………」


「…………確かに?」


 なんてこと!? 完璧なプランにこんな罠が潜んでいようとは!

 朝から楽しみにしていたのに!


「君が抜けているのは承知の上で聞くけれど、どうして雨合羽を着てきたんだ?」


「……だって先輩ですもん。わたしが雨に当たらないよう傘を傾けて、自分が濡れちゃうに決まってるじゃないですか」


 それで風邪をひかせてしまっては元も子もない。

 本気で迷惑なことはしない。これは私が絶対に守らないといけないラインだから。

 ……失敗したなぁ。梅雨も明けるみたいだし、今日が最後のチャンスだったのに。


 自然と下を向きながらそんな事を考えていると、ふと耳に響く雨音が遠のいた……気がした。ううん、音だけじゃない。頭を叩いていた感覚も綺麗さっぱり無くなってしまった。


「……せんぱい?」


「合羽を羽織っていても身体は冷えるだろ」


「でも……」


「心配するな。僕はそこまで優しくない。自分を確実に守った上で、余ったスペースに入れてやってるだけだ。合羽があるんだから、肩くらいは我慢しろ」


 前を向いたままぶっきらぼうに言う彼の肩には、確かに濡れた後は見られない。


 ……敵わないなぁ。本当に私のことを理解してくれている。

 私が求めていることを、過不足なく叶えてくれる。


「……はい! それじゃ、お言葉に甘えます!」


「おっと、それ以上近づくなよ。合羽の水滴で濡れる」


「飴と鞭の緩急! もうちょっとオブラートに包んでくださいよ!」


「わたくしめの衣装が汚れてしまいますので、寄らないでいただけますか、お嬢様」


「包む気ありますか? 溢れ出てますよ!? ……でも、お嬢様扱いはちょっといいかも」


「……まあ、夢を見る権利は誰しもが持っているからな」


「あの、遠い目で言うのは止めてくれませんか?」


 結局、普段と変わらないやり取りを交わしながら、歩幅を合わせて駅へと向かう。

 歩いている間に雨脚が遠のいたのか、雨粒が肩を叩く感触は少しずつ弱まっていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

煽り耐性ゼロの後輩がひたすらに可愛い件 華咲薫 @Kaoru_Hanasaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ