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第14話 親友の気持ち

 ――あたしには、中学時代からの友達がいる。


 親友と評しても過言じゃない。それくらい大切な子。

 その彼女が最近――でもないか。一年くらい行動を共にしている先輩がいて。


「ずっと聞きたかったんだけどさ」


 雨音が響き渡る昼休みの教室内。机を向かい合わせて正面に座る親友に、かねてからの疑問を投げかける。


「どうしたの、急に改まって」


「あんた、あの先輩と付き合ってんの?」


「んぐ――ッ!?」


 すっかり自分で作るようになったお弁当のおかずを口に運んだ状態で、ピタリと動作が停止する。そのくせ顔だけはみるみる赤く染めるのだから器用だ。


「ど、どどどど、どうしてそんなこと聞くのよ!?」


「いや、普通に気になるでしょ。友達が隙あらばイチャついてるんだから。むしろ、ここまでよく我慢したと褒めて欲しいくらいよ」


「……イチャついてるように見える?」


「……あんたそれ、例えるならランドセル背負った子供に小学生か確認するくらい無意味な質問よ」


美希みきの表現は分かるようで分かりにくいんだけど」


「んなこたぁどうだっていいの。で、どうなのよ実際。付き合ってんのか? 乳繰りあってんのか? ん?」


「付き合ってないし乳繰りあってもない!」


 勢いよく机を叩いて否定する。当然ながら、それだけ大きな音を立てればクラス内の注目を集めてしまうわけで。


 友人は周囲の視線に気が付き、バツが悪そうにおずおずと椅子に座り直す。もう顔は茹でタコみたいに真っ赤だ。同性ながらに、可愛い子だと素直に思う。


「恥ずかしい奴よのう」


「……美希が変なこと言うからでしょうが」


「いやいや、極めて論理的でロジカルな思考でしょ。人目を憚らずにあれだけイチャついてるんだから、二人きりならそりゃもう……ここでは言えないようなことしちゃって――」


「ま! せ! ん!」


 恥じらいからか、若干涙目になりながらも全力で否定してくる。


「もう、ホントに止めてよね。わたしと先輩はそんな関係じゃないんだから」


「……いやさ、それはそれでどうかと思うわけですよ。友人代表としましては」


「聞きましょう。友人代表として」


「あんだけ好き好きオーラを出しておきながら、この期に及んで何言ってやがんだこの野郎」


「……そう見える?」


「だから、あんたの質問はコンビニでレジ打ちしている人にバイト中ですかって聞くくらい無意味だってば」


「問う側に問題があるよね、それは」


「でも店員が『仕事中ではありません』って札を掲げてるようなもんよ、あんたの言い分はさ」


「ぐぬぬ……」


 ノリだけの例えに納得してしまったのか、二の句が継げない様子だ。

 まあ、またこうして馬鹿みたいな話をできるようになったのは、かの『先輩』のおかげなんだけど。


 だからこそ、聞かずにはいられない。


「なんで?」


「……何がよ」


「好きだったらさ、普通付き合いたいとか思うんじゃないの?」


「だから、わたしと先輩は――」


「教えてよ」


「――ッ」


 長いこと友達として付き合っていれば、相手の心もそれなりに汲み取れるようになる。……いや、関係ないか。今のあたしは誰が見ても気が付くくらい、真剣な表情をしているだろう。


 キャラじゃないのは分かってる。でも仕方がないじゃん。


 この子が苦しむ姿なんて、もう二度と見たくないから。


「……先輩はね、優しいから」


 お箸を置いて、ゆっくりと。言葉を噛みしめるように。自分に言い聞かせるかのように、彼女は言う。


「みんな気付いてないだけで、凄く良い人なの。まあ、表情筋は死んでるかもしれないけど、ノリも悪くないし、よく気が回るし。一緒にいるとホントに楽しくて、楽しすぎるくらい」


 だったらどうして、と。あたしが口を挟むより先に、穏やかな口調で続ける。


「わたしと先輩はね、もうお互い『特別』になっちゃってるの。恋人ってポジションとは別の大切な場所に、ぴったり収まってる」


「……よく分からない」


「ふふっ、そう? でも気が付いたらそうなっちゃったんだから、仕方がないよね」


「……仮に、さ」


「うん」


「先輩から告白されたらどうするの?」


 無神経ともとれるあたしの問いに、怒ることなく僅かに目を閉じる。


 ――逡巡。


 脳裏に思い描いたのだろうか。瞳を開いた親友はどこか恥ずかしそうに。そして悲しそうに。


「嬉しくて嬉しくて、泣いちゃうかな。泣きながら、精一杯笑って――断るよ」


「好きなのに?」


「好きだから」


 ようやく露にした感情に、迷いはなくて。


「先輩と一緒に居る時間は、ふわふわしてて、甘くて、まるで夢みたいで」


 でも、と。


「夢からは、いつか醒めなくちゃいけないから」


 譲れない想いが込められた言葉を聞いて、悟ってしまう。

 この子の決意は変わらないし、変えられないと。

 それが出来るのは、きっと世界に一人だけ。


「はぁ〜〜〜〜。こじらせてるとは思ってたけど、想像以上だわ」


「えへへ、それほどでも」


「ぜんっぜん褒めてないから」


 こういう子なんだって、あたしは知っている。

 勢いで突っ込むくせに、肝心なところは臆病で。

 自分よりも、相手のことを優先しちゃって。

 それが間違ってるなんて、微塵も考えない。

 優しい優しい女の子。


「ま、好きって言葉が聞けただけでも収穫かな」


「ふぇ!? そんなこと言ったっけ!?」


「言いました~。録音してあるけど聞く?」


「ふぁぁぁぁぁぁ!? 消して! 今すぐに!」

 

「やだぷ~」


 これ見よがしにスマホを掲げると、立ち上がって必死に手を伸ばしてくる。勿論、録音なんてしてるわけもないけれど。


 こういう何てことのない時間こそがかけがえないんだって、あたしは知っているから。


 どうか、彼女が本当のハッピーエンドを迎えられますように。


 ――お願いしますね、先輩。

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