第7話 図書室ではお静かに!
「……失礼しま~す」
誰に向けるでもなく小声で言いながら、こっそりと扉を開ける。
図書室へ入るのに挨拶なんて必要ないんだけれど、めったに来ない場所なだけに緊張する。
放課後であるにも関わらず、室内はイメージ通り閑散としていた。
テスト前には勉強する生徒が増えるらしいけれど、今はそんな時期じゃない。
まるで世界から隔絶されたかのような静けさに満ちている。
「……あ」
そんな空間のさらに隅っこ、最奥の窓際に私の探し人はいた。
唯一の趣味らしい趣味である読書を楽しんでいる。
帰宅部のエースたる先輩だけれども、今みたいに図書室で本を読む日が稀にある。
聞くところによると、帰り道の時間すら惜しいほどにアタリの作品は、学校で読み切らないと気が済まないらしい。いかにも彼らしい理由に笑ってしまったものだ。
私は静けさを壊さないようにゆっくりと、彼の近くへ移動する。
「……せ~んぱい?」
後ろから囁くように呼び掛けるも、全く反応がない。
うむむ、そういえば集中すると何にも気付かなくなるって言ってたっけ。
あ、もしかしてこれは普段の仕返しをするチャンス?
むくむくと、私の中で好奇心が疼く。
とりあえず隣の席に座ってみた。先輩は相変わらず本から目を離す様子がない。無防備な耳に息を吹きかけようかと思ったが、流石に反則くさいので思いとどまった。
どうしたものかと思案しながらも、ぼんやりと彼の横顔を眺める。
誰もいない、二人だけの世界に、本のページが捲られる音と、かすかな吐息だけが響く。
……そうか、誰もいないのか。
だったら、いつもより攻めてみても大丈夫……かな。
念の為にもう一度、周囲に誰もいないことを確認してから、少しずつ顔を先輩に近づける。彼の集中力を試しているだけで、決して他意はない。断じてない!
――あと二十センチ。先輩に変化はない。
――あと十センチ。私の心臓は大きく拍動する。
――あと五センチ。きっと吐息は届いている。
――あと一センチ。彼の頬に唇が触れる、その間際に――
「僕の顔に何かついているのか?」
「ふぇあっ⁉」
驚いて瞼を開くと、いつの間にか先輩の視線は本から私に移っていた。
「ど、どどどどどど、どうして」
「流石にキスされそうになれば気付くだろ?」
「してませんからっ! 先輩の集中力を試していただけです! この程度で乱れるなんて、まだまだですねっ!」
セ、セーフ! 自分に言い訳しておいてよかった! 言い訳じゃないけど! 本心だけど!
「そうか。けれど、これを見ても主張を変えずにいられるかな」
「……はぇ?」
そう言って差し出されたスマートフォンの画面には、
――私がゆっくりと先輩に近づく様子が、真下からのアングルで映し出されていた。
完璧にハメられた! ……のだけれど、動画を撮られていた事実よりも、そこに映し出された自分の顔に衝撃を受けた。
……雌の顔してる。
え、いや、嘘でしょ。
私? これ本当に私なの? うそうそうそうそ。違う違う違う違う。
こんなに好き好きオーラ全開の女が私なわけない!
「い、今すぐ消して下さい! そして記憶からも抹消して下さい!」
「前者はともかく、後者は難しいな」
「普段の私ならどれだけ撮ってもいいですからっ! だからその動画だけは! 私の皮を被った雌だけはこの世から葬らせてぇぇぇぇ!」
「わ、わかったから落ち着け」
世にも珍しく先輩が動揺している気がしたけれど、それよりも今は動画を消去せねばっ!
差し出されたスマホをむしり取り、アルバムから忌まわしき雌を抹殺する。
ふぅ……あれは幻あれは幻。
……ん? もう一つだけファイルがある?
「あっ、それは――」
先輩に制止されるより早く、そのファイルをタップする。
すると、選択した写真が画面いっぱいに展開された。
――私の寝顔が。
ふぇっ⁉ いつの写真⁉ しかも私パジャマだし!
知らない間に先輩とお泊りしちゃった……わけない!
「あ」
そして思い至る。つい先日、私が寝落ちをかました事件に。
しかし、翌日からかわれた時にこの
……つまり、そういうこと、なんですよね?
「……ねえ先輩」
「……どうした後輩」
「動画と写真の件については、お互い不問にしませんか?」
「僕はいいけれど……その、君はいいのか?」
写真を残していても、と暗に確認してくる。
そりゃ恥ずかしい。顔をうずめて叫びたいくらいには恥ずかしい。
けれど、それ以上に、
あなたが、私の写真を欲しがったことがどうしようもなく、嬉しいんですよ?
「ま、普段の私は撮っていいって言っちゃいましたし……ね」
今はこうして誤魔化すのが精一杯だけれど。
いつか、二人で一緒に……
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