第8話 とある休日の朝

「先輩、手を貸して下さい」


 開口一番、意図が掴めない台詞をのたまう後輩。


「なんだ、手を繋ぎたいのか?」

「んにゃっ⁉︎ ち、違いますよっ! 手相を見てあげるって言っているんです!」

「言われてないが、急にどうしたんだ? 昨日の夜に特集でもしていたのか?」

「そんな、魚の干物みたいな言い方しないで下さい」

「……まさか、一夜干しと一夜漬けを勘違いしているなんてことないよな」

「冗談ですよ、そこまで馬鹿じゃありません。それに今朝の番組でやってましたから、朝漬けです!」

「今度は漬物か……」

「と、とにかく、手を出して下さいっ!」

「それはいいけれど、どっちだ?」

「どちらでも構いません」

「君、手相占い師に刺されないよう注意した方がいいぞ」

「はーやーくー」


 両手をこちらに向けて、僕に手を出すよう駄々をこね始めてしまった。まったく我儘な後輩である。

 こうなると彼女は頑固なので、素直に左手を差し出した。


 その手を両手で包み、手相を――


 ――ふにふにふにふに。


 見ることなく、一心不乱に揉みしだき始めた。

 マッサージのようで気持ちいいが、何してるんだ?


「……おい」

「ハッ⁉︎ 私は一体何を……」

「それは僕が聞きたい」


 我に返った後輩は、今度こそ手相を読み取ろうと真剣な眼差しになる。

 相変わらず両手を添えたまま。


「……先輩」

「珍しく神妙になってどうした?」

「感情線が……ありません……」

「よく見ろ。うっすらと存在しているはずだ」

「ん〜ん〜」


 顔に近づけて必死に確認する。

 広げられた掌に息がかかり、少しこそばゆい。


「あっ! ありました! 流石は先輩ですね」

「全然褒められている気がしないな」

「実際褒めてませんからね~」

「それで、結果は?」

「う〜ん、やっぱり素人目には判断つかないことが分かりました」

「……本当に何がしたかったんだ君は」


 結果、手を揉まれただけである。まあ少しばかり気持ちよかったから無駄ではなかったけれど。

 ……ふむ、これはお返しが必要だろう。


「ほれ」

「? 何ですか?」

「次は君の番だ」

「ふぇ⁉︎ わ、私はいいですよ!」

「遠慮するな」

「う〜……では、お手柔らかにお願いします」


 恐る恐る伸ばしてきた、女の子らしく小さめの右手をしっかりと両手で包み込む。


「……んっ」


 ふにふにふにふに。

 お、これはなかなか。


「やっ……ちょっ……」


 ふにふにふにふにふにふにふに。


「先輩、ストップストップ!」

「ハッ⁉ 僕は一体何を……」

「……わざとやってません?」

「もちろん」

「なっ⁉︎ どうしていつもいつも……ふぇあっ……っ……もう、ほんとやめて下さい!」


 抵抗の声がいつも以上に強かったので、マッサージを中断する。

 ……マッサージだったよな?


「コミュ力モンスターの君が、手を触られるのを苦手としているとは意外だったな」

「……私も知りませんでしたよ」

「友達とこういうことはしないのか?」

「それはまぁ……ありますけど……」


 言葉を区切り、視線を逸らす。

 そんな、あからさまに恥じらった様子のままに、


「……こんなことする男の人なんて、先輩しか居ませんから」


 ぼそっと、届けるつもりはなかったであろう言葉が、はっきり伝わる。彼女から溢れ出た感情が、心に沁みていく。


「だから、練習させて下さいっ!」


 んっ! っと右手を突き出してくる。

 顔を真っ赤にしながらも、僕の目をまっすぐに見据えて。

 そんな彼女の勇気を無碍にするわけもなく。


「確かに、何事も練習は必要だな」


 大義名分を掲げて左手を触れ合わせ、固く固く、結び合う。

 決して離さないように。


 ――それでも、指だけは絡めないままに。

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