第13話 ギャップ萎え?
「…………」
「…………」
夕陽で赤く焼かれた、普段と変わらない帰り道を後輩と一緒に歩く。
淡々と。黙々と。
「…………」
「…………」
けれど僕たちの間に流れる空気は普段とは違っていて。
思い返せば、会話の起点はいつも彼女からだった。出会い頭にくだらない挨拶があって、そのまま取るに足らない、でもかけがえのない時間が始まる。
「…………」
「…………」
だというのに。
今は一貫して無表情。ひたすらに前を見据えて、淡々と、黙々と、歩を進める。
正直、彼女の態度に心当たりは全くなかった。朝、駅で待ち合わせていた時に変わった様子は無かったんだけれど。
終業までの間に、何か嫌なことでもあったのだろうか。黙っているのであれば、僕には言いにくい事なのかも知れない。
――だとしても。
「妙に大人しいけれど、何かあったのか?」
訊かずにはいられない。
彼女には笑っていてもらわないと困るから。
「……別に、何もないです」
「その言い草で何もないは無いだろう」
「本当に何もないんですよ。放っておいて下さい」
……取り付く島もないとはこのことか。
あくまでもこちらに顔を向けようとはせずに、フラットなテンションを保っている。
しかし、彼女は落ち込むにせよ怒るにせよ、素直な感情が表に出る……はずなのだ。こんな無表情をキープできるような子じゃない。
だからこそ、心配するに決まっている。
「……放っておけるわけないだろ」
「……どうしてですか」
「君が大切だから」
「ふぇあっ!?」
「君には笑顔が似合うから」
「ふにゃ!? な、ななななな、なに言ってくれちゃってるんですか! ありがとうございますですけど! ……あ」
身振り手振りで慌てふためいた後、やってしまったとばかりに動きが固まった。
いやまあ、最初のリアクションで何となく察したけれど。
「それで、一体全体どういう意図だったんだ」
「……いい作戦だと思ったんですよ。『押してダメなら引いてみろ』と『ギャップ萌え』を組み合わせたクールでキュートなわたしに、先輩がキュンキュンする寸法だったんです」
「ふむ、それは大失敗だったな」
「大まで付いちゃいますか!?」
「ああ。微塵もトキメク要素がなかった。方向性の相違ってやつだ」
「解散するバンドみたいに言わないでください! え、え? そんなにダメでした? おっかしいな~。わたしがグッとくるタイプを参考にしたんですけど」
「ほう。参考までに誰のことか聞いておこうか」
「そんなの、先輩に決まって……」
人差し指を立てながら自慢げに解説しようとして、失言に気づきまたもやフリーズ。そのくせ、顔だけはどんどん赤く染まっていって。
「いや、今のは違いますよ!? 違いますからね! 先輩みたいなタイプが好きなのであって、先輩が好きとは一言も言ってませんからね!?」
「それ、何か違うのか?」
「大違いですッ! 例えるなら……そう、月とスッポンくらい違います!」
「そのことわざが適切なのかはさておいて、言いたいことは何となく伝わった」
「だったら妙な勘違いしないで下さいね! 先輩のことなんて、別に好きなんかじゃ――なくはないですけど……って、何言わせるんですか!」
「自爆した責任を僕に押し付けようとするな。……とにかく落ち着け。ほら、飴食べるか?」
「先輩は大阪のおばちゃんですか!? ありがたく貰いますけど!」
僕が鞄から取り出した飴玉を素直に受け取って、すぐさま口に放り込む。「あ、イチゴ味だ」なんて言いながら、顔を綻ばせていて。
その姿を見て、思う。
「ギャップ萌え……ね」
「あれ、今になって効果が出てきましたか? クールなわたしも萌え萌えでした? 尊みが深いってやつですか、尊死しちゃいます!?」
「いや、それは有り得ないけれど」
「有り得ない!?」
「僕に尊さを感じさせたいのなら、普段通りの君でいることだな」
「は~い。……あれ? んん?」
「ほら、急ぐぞ。電車に乗り遅れる」
「あ! ちょっと待って下さいよ!」
歩くペースを上げると、慌てて後を追いかけてくる後輩。
すぐに隣に追いついて、
「えへへ」
「なんだ、そのだらしない顔は」
「ん~? いつも通りですよ? 先輩がキュンキュンしちゃうわたしですよ?」
「はいはい、可愛い可愛い」
「はいはい、そうですね~。ふふっ」
普段なら突っかかってくる僕の雑なあしらいも、すっかり上機嫌になった彼女にはどこ吹く風で。
まったく、こんなことになるなら言わなきゃよかった――なんて思わない。素直で、真っ直ぐで、おっちょこちょいで、優しくて。そんな君が、君だから――
「……先輩も」
ぽつり、と。
「変わっちゃったら、嫌ですからね」
彼女が溢れさせた言葉に、僕は改めて答えることなく。
いつも通りに帰り道を歩いていく。
――変わることなく、二人で。
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