第4話 初めてのお弁当

「先輩、お待たせしました!」


 開放されている屋上の一角、風が当たりにくい定位置に先輩の姿を見つけて駆け寄る。まだ肌寒い春先ということもあり、他に人影は見当たらない。

 よしよし、これなら作戦を実行できる! あとはを自然に渡せれば……


「って、なんで先に食べ始めてるんですか!」

「君は知らないかもしれないけど、今日の僕はとても空腹だったんだ」

「どうして私を責める風なんですかっ⁉ 流石に先輩のお腹事情までは管理してません!」

「まるで他に取り締まっていることがあるかの様な物言いじゃないか」

「ふふん♪ じゃ〜ん!」


 わざとらしい効果音を付けて、右手に持った、左手のものよりも一回り大きい小包を突き出す。


「それはなんだ?」

「お弁当です。いつもいつも菓子パンばかり食べている先輩の、栄養管理です!」

「失敬だな君は。菓子パンは週三だ。あとはおにぎりにしているだろ?」

「本質的には変わってませんからそれ! ……先輩、本当に野菜嫌いですよね?」

「……生きていくにはカロリーさえ摂取出来れば十分だ」

「ダメです! ちゃんと将来のことも考えて、身体を大切にしてくださいっ!」


 うだうだと一向に受け取ろうとしない先輩に代わって、私自らお弁当を広げる。

 彩り良く適度に野菜を取り入れつつ、もちろん先輩の好物も忘れずに完備。

 登校中も慎重に歩いたから、盛り付けも崩れてない! うん、我ながら完璧!


「予想以上に弁当だな……」

「何を言ってるのかよくわかりませんが、馬鹿にされてるのは伝わってきました」

「いや、冗談抜きで感心してる。君、料理が上手いんだな」


 当たり前じゃないですか。

 ここ最近、誰かさんを驚かせるためだけにずっと練習してきたんですよ?

 

「それじゃ食べさせてあげるので、口開けてください?」

「……正気か?」

「せめて本気か、って聞いてください! ほらほら、早くしないと時間なくなっちゃいますから!」

「…………」


 お箸でから揚げを掴み上げて、先輩の目の前に掲げる。

 少しの間は硬直状態だったけれど、私の性格をよく知る彼は観念して口を開いた。


「はい、あ〜んっ!」

「――んっ! ごほっ、ごほっ……」

「ああっ⁉︎ ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか⁉︎」


 恥ずかしさのあまり、勢い余って喉の奥まで突っ込んでしまった。


「……なるほど、これが狙いだったのか。成長したな」

「ち、違いますっ! ……あとは自分でどうぞ!」


 申し訳なさで一杯になって、先輩のお弁当箱をグイっと押し寄せる。


 なんで上手くいかないかなぁ。

 ただ食べて欲しかっただけなのに……

 美味しいって、喜んで欲しかっただけなのに……


 気を紛らわすように、自分のおかずをひとつ摘む。

 けれど、それが私の口元に届く直前――


「あむっ」


 箸から消えてなくなった。

 隣には、無表情でもぐもぐと口を動かす先輩。


「な、なななななな、何してるんですかっ!」

「仕返しだ。君の攻撃に比べたら可愛いものだろ?」

「だからって、こんな恥ずかしいことしないで下さいっ!」

「恥じらう立場は君じゃなくて僕だと思うけれど」

「だったら少しくらい、それっぽい反応しましょうよ! そんなだから、私が先輩の分まで恥ずかしがってるんですっ!」

「なるほど、お節介な君らしいな」


 どの口が言うのだろう。

 私のために、付き合い始めのカップルでも抵抗ありそうなことをやってのける、お節介な人のくせに。


「あ、そうだ」

「……まだ何か?」

「わざわざ用意してくれて、ありがとう。美味しいよ」

「〜〜〜〜っ! あ、当たり前です! 先輩は私や生産者さんたち含め、各方面へ最高の感謝を持って召し上がりやがって下さいっ!」

「ああ、そうさせてもらうとしよう」


 そう言って、お弁当を黙々と食べ始める。好物も、苦手な野菜だって、次々と口へ運んでくれる。

 まったく、本当に分かりにくくて、分かりやすい人である。


 ……ねぇ、先輩。

 気付いてないと思ってるんですか?

 無愛想で鉄仮面な先輩ですけど、あなたが私のことをどれだけ――

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