あるとわかっていても、触れられないもの

池の水を一滴、プレパートに載せたりシャーレに入れたりして顕微鏡をのぞくと、そこにはふだん見ることのできない世界が広がっています。

ほとんど透明な、よくよく目を凝らせば、あるかなしかの濁りを認める、へんてつもないただの水なのに。

透明なもの、緑色のもの、茶色のもの、柔らかそうなもの、固そうなもの、丸いもの、四角いもの、つながったもの、活発に動くものもあれば、ゆっくりと這うもの、水の動きに合わせて動揺するものもあり、顕微鏡の中には多様な生き物でひしめく、静かな世界が広がっています。

そのなかで、ガラス細工のようなひときわ精巧ないきものがあなたの目を引きます。かすかな毛をふるわせて、水の中をゆっくり移動します。視野から外れそうになり、あなたは思わず手を伸ばし、引き留めようとするかもしれません。でも、顕微鏡の世界にあなたの手が届くことはありません。

真くんは手の届かない世界にピントを合わせて観察をし、泉ちゃんはその世界をスケッチして彼の見た世界を描きとめます。

そこに確かに存在しているのに、間違いなく、自分と同じ今のこの時を生きているのに、触れられないもの、見えなくなっていくもの、すれちがっていくもの。同じクラスで同じときを過ごすクラスメイトたちの数だけ存在するこころも、それと同じなのかもしれません。

見えなかったものが見えるようになって、見えていたものが見えなくなっていく。そんな危ういバランスのうえに乗っかっている中学生の目に映る世界は、むき出しのひりひりするような切なさに満ちています。

「私たちは、異質でも許されるのだろうか?」

泉ちゃんのこの問いかけがこころに響きます。

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