主人公の泉は自分の本心を表に出すことが苦手な女の子です。彼女はある日誰もいない理科室に、クラスで浮いていて、虐めの対象になっている真をみつけます。それから二人は、夕方の理科室で静かな時間を共有していきます。
一つ一つ丁寧に綴られるエピソードは、薄いガラスで出来ているようです。残酷だったり脆かったり、正義感に押しつぶされそうになったり。色んな登場人物がもたらすエピソードに泉は心を揺り動かし、必至に世界とのバランスを取ろうとします。
私はあまりコメントを書く方ではありません。でも、一話ごとに心がワーッと突き動かされ、その思いを作者であるプラナリア様に聞いて欲しくなってついコメントを書きました。(形になりきらず、書けなかったこともありますが……)
あなたは中学生の時代に、何か忘れ物をしていませんか?
もし、何か心当たりがあるのなら、この物語を読んでみて欲しい。きっと、何かをみつけられるはずです。
遥か悠久の昔、私にも10代の頃がありました。
イケてないモブな男性の10代でしたので、それ程、書く事もありません。それでもその時の思い出は眩しい物です。
今、思えば何でそんな事をしたのか理解できない事ばかりですが、その積み重ねで今があるのですものね。消せないけれど、思い出したくないことが山のようにありますが。
このお話は、私のようなモブな10代ではなく、繊細な女性と男性の10代の頃のお話です。クラスや集団に馴染めない、少し毛色の変わった彼らは、どのように世の中を渡ってゆくのでしょう。
このお話のタイトルである「顕微鏡」。覗いたら何が見えますかね?
池の水を一滴、プレパートに載せたりシャーレに入れたりして顕微鏡をのぞくと、そこにはふだん見ることのできない世界が広がっています。
ほとんど透明な、よくよく目を凝らせば、あるかなしかの濁りを認める、へんてつもないただの水なのに。
透明なもの、緑色のもの、茶色のもの、柔らかそうなもの、固そうなもの、丸いもの、四角いもの、つながったもの、活発に動くものもあれば、ゆっくりと這うもの、水の動きに合わせて動揺するものもあり、顕微鏡の中には多様な生き物でひしめく、静かな世界が広がっています。
そのなかで、ガラス細工のようなひときわ精巧ないきものがあなたの目を引きます。かすかな毛をふるわせて、水の中をゆっくり移動します。視野から外れそうになり、あなたは思わず手を伸ばし、引き留めようとするかもしれません。でも、顕微鏡の世界にあなたの手が届くことはありません。
真くんは手の届かない世界にピントを合わせて観察をし、泉ちゃんはその世界をスケッチして彼の見た世界を描きとめます。
そこに確かに存在しているのに、間違いなく、自分と同じ今のこの時を生きているのに、触れられないもの、見えなくなっていくもの、すれちがっていくもの。同じクラスで同じときを過ごすクラスメイトたちの数だけ存在するこころも、それと同じなのかもしれません。
見えなかったものが見えるようになって、見えていたものが見えなくなっていく。そんな危ういバランスのうえに乗っかっている中学生の目に映る世界は、むき出しのひりひりするような切なさに満ちています。
「私たちは、異質でも許されるのだろうか?」
泉ちゃんのこの問いかけがこころに響きます。
素晴らしい作品です。絹糸のような繊細な表現力に、ひたすら圧倒されっぱなしでした。こんなに美しく透き通っていくような綺麗な文章を書くことができる方には、例え書店に並ぶ数々の書籍の中からですら、見つけることは難しいでしょう。中学生という一番多感な時期、誰もが感じていたであろう、クラスメイト同士のちいさな違和感、心のざわめき、何が正解なのか、主人公である泉が感じる、どうしたらうまくバランスが保てるのかという、ぐらぐらと揺れ動く答えの出ない葛藤の日々……。キャラクターひとりひとりの個性も確立されており、大変レベルの高い作品だと感じました。カクヨム内で様々な作品を読んできましたが、私はこちらの作品で、カクヨム内で読んだ中で初めて涙を流しながら読みました。ご紹介いただいてこちらの作品を知ったのですが、教えていただいて本当によかったと、心の底から思いました。
素敵な作品をご紹介いただいたイカワミヒロ様にこの場を借りまして心から感謝を申し上げるとともに、作品の続きも是非また、楽しみにしております。いつまでも待っていたい。そんな風に感じさせてくれた、優しく美しい、星3つでは到底足りないと思える素晴らしい作品です。
見ようとしなければ見えない、それぞれのもつ特別な世界。
勇気を出してそれらを覗き込んだ時、自分が元々もっていた世界と化学反応を起こして、ほんの少しだけ新しい世界が生まれる。
それを繰り返していくことこそが「生きる」ということなのかもしれないなと、この作品を読んで感じました。
この作品の中で描かれているのはどれも拾い上げるとなんてこともない、探せばどこにでも落ちていそうな瞬間たち。でもきっとこんな一瞬こそが我々にはとても大切で、また特別だった……。
あなたももう一度だけ体験してみませんか? そんな煌めく一瞬を。
泉の目を通して、美しい情景描写とともに。