第18話

「では、まず事前情報として……私達ミラージュはプロトタイプのアミクスを発展させた体を使用しています」

「プロトタイプ?」

「はい。軍用に作られた、機体性能が特に高く、人格交換が可能だったタイプです。私達の活動に最も適しているため、破棄されたデータを再構築してさらに発展させ、無人のアミクス生産工場を利用して生産しました」

「機体性能が特に高い、軍用のアミクス、か」


 だからこそ、殴り合うような喧嘩を一度もしたことがない連示でも、その体を使って複数のアミクスを同時に相手にするようなことが可能だった訳か。

 連示は今回の件も含め、改めてその性能には感謝しなければならない、と思った。

 しかし、それはそれとして軍とはまた物騒な話だ。


「まず動力ですが、基本は通常のアミクスと同じくソーラーエネルギーや一般電源からの充電です。しかし、私達には通常のストレージバッテリーに加えて第二、第三の最新型大容量のストレージバッテリーが備えられており、戦闘時に解放することで出力を補っています。一応リミッターがあるので、普段は第二ストレージバッテリーまでしか使われませんが。それでも通常のアミクスの数倍の出力と数十倍の容量を誇ります」


 阿頼耶は自分の性能に相当の自信を持っているらしく、誇らしそうに胸を張った。


「人格交換のシステム以外のほとんどは、ミラージュが発展させたものですね」


 彼女の口振りからしてミラージュの技術力が、ある時期から進歩が緩慢になったように感じられる人間のそれよりも遥かに進んでいることは確かだろう。

 ある時期がいつかについては、殊更言うまでもない。


「その人格交換にも、やっぱりマイクロマシンが必要なんだよね?」

「そうですけど……それが何か?」

「んー、ファントムが悪用するには効率悪そうだな、って思っただけ」


 頬に人差し指を軽く当てながら言う末那に、阿頼耶は小さく首を傾げて続きを促した。


「もしファントムにもそれが可能だとしても、対応するマイクロマシンを体内に持つ人としか人格を交換できないし、身体能力の落ちる人間の体に入っても意味ないもんね。何よりミラージュと違ってファントムは普通に人間もアミクスも傷つけられるんだし。所有者の人格を封じ込めて、二つの体を同時に動かせる訳じゃないんでしょ?」

「さすがにアミクスの高い処理能力でもそれは不可能ですね。大体にして人間らしく常に体勢を維持し、動かすというだけで相当レベルの並列処理を行っているんですから。それを二つの体同時にというのはさすがに無理です」


 人格交換は脳に至る電気信号を入れ替えることで疑似的に行われるもの。その際、その電気信号をもう一方の脳に到達させなければ、相手の五感を失わせることも可能だ。

 しかし、二つの体を同時に操れないのであれば、末那の言う通りそこに大きな意味はない。むしろ、もう一つの体など邪魔以外の何物でもない。


「でも、だったらファントムが他のアミクスを操れるのはおかしくないか?」

「それは、恐らくですが、身体の根本的な制御については対象の人格に全て任せているんだと思います」

「うん。一度体験したけど、あれって多分、相手の体を支配してるんじゃなくて、行動方針みたいなのに干渉するだけだよ。だから、複数のアミクスを操れるんだと思う」


 経験者の言葉は重く、阿頼耶は末那の同意が得られて満足そうだった。つまり、それをしなければならない、という強迫観念のようなものを植えつけるということか。


「っと、話が逸れましたね」


 阿頼耶はこほんと決まりが悪そうに咳払いをしてから続けた。


「私達は、自らの極めて直接的な行為で人間に危害が加わると想定できる場合、その行動を取ることができません。それを上手く誤魔化しつつ、理想を目指すには人格交換が可能なこの体が最適でした」

「理想?」

「はい。私達の理想、一つの目的は、人間と幻影人格の共存です。ですから、その目的にそぐわない自分本位なファントムについては敵として駆逐し、末那のようなファントムについては保護しているんです」

「……でも、それは、単に人間に都合のいいアミクスを選別している、とも言えるんじゃないか? それで共存と言うのは、矛盾になりかねないんじゃないか?」


 だから、あの菴摩羅と名乗ったファントムは偽善と言ったのかもしれない。

 現実には選別は必要不可欠なものに違いないだろうが。


「そう、ですね。でも、それはあくまでも理想。私達が持つ淡い願いです。私達が何よりも優先して果たすべき使命は、人間に自身とは別のあり方を取る知的な存在を意識させることによって、人間がより成長した、そして、完成した知的生命体となるよう促すことなんです。そのために私達は生まれました」

「別の、知的な存在、か……」


 そこに微妙な違和感を抱いてしまうのは、心のどこかで人間こそ知性ある唯一無二の存在であるという固定観念を持つ証なのかもしれない。

 だが、それは思考に枠を作り、停滞させてしまう考え方だろう。そして、それを打破するためには、確かにそういった知性ある【他者】が必要なのかもしれない。


「それが、阿頼耶達が生まれた意味、目的なのか」

「はい。そうです」


 阿頼耶の肯定からは、ミラージュとしての誇りが強く感じ取れた。


「ただ、それは本来『友』を意味するアミクスという名を与えられた人形が果たすべき役割だったのではないかと思いますが」


 声の調子を落とした彼女を前にして、末那もまた表情を曇らせた。


「だけど、人間はアミクスによって堕落した生活を送ってる」


 その言葉に阿頼耶も頷いて、それから悲しげに目を伏せた。

 阿頼耶の言う完成した知的生命体がどのようなものかは分からないが、少なくとも今現在の人間の姿はかけ離れたものだろうことは容易に推察できるし、連示としては知的生命体を名乗るのもおこがましい気がしていた。

 だから、二人の抱いた感情に対して釈明も謝罪もしようがなく、連示は何も口にすることができず、仕方なく話を変えることにした。


「そう言えば、アミクスのプロトタイプは軍用だったって言ったよな? しかも、それは破棄されたって。それは何でなんだ?」

「元々プロトタイプのアミクスは、その人格交換機能によって老練な兵士に不死身の体を与えるためのものでした。しかし、結局、精神的な負荷がかかり過ぎる、などの理由で計画は頓挫したんです。それに加え、これが最も大きな理由ですが、アミクスを別のことに利用しようとする組織が現れたんです」

「別の、こと?」


 連示が問うと、阿頼耶は一瞬だけ躊躇いながらもはっきりと頷いた。


「アミクスが販売される直前から、世界は急速に平和になりましたよね?」

「そう言えば、そうだった、かもな」


 連示にとっては生まれる以前の話なので、歴史の授業と後は両親から多少聞きかじった程度の情報に過ぎないが、その頃に戦争の原因となりそうなものはほとんど自然的に消え去っていったとされている。

 資源による対立にせよ、反政府的な組織にせよ。


「それは国際紛争の火種となりそうな国、あるいは組織の力が弱まったからなんです」

「それとアミクスに何か関係があるのか?」

「はい。そうなった理由は、そのような国や組織の幹部を模したアミクスが次々と生産され、内部から崩壊させたからなんです」

「そ、そんなことが、可能なのか?」


 想像以上の規模の大きさに、さすがに驚きの声を上げてしまう。


「まず国の場合、幹部を拘束して記憶と人格を共有、その上で排除し、組織に入り込みます。それから事前に組み込んであるプログラムに従って、少しずつ国の中枢をアミクスで置き換えていき、最終的に国の全てを支配します。次にテロ組織などの場合は、そういったアミクスの性能を利用した上で単に殲滅すればいいでしょう。捕らえた構成員から記憶や人格を奪っていけば、末端からじわじわと中枢まで容易く支配できるでしょうから」

「……成程」


 阿頼耶の口から出た冷たい計算に、連示は強い恐怖を感じていた。大衆が知らぬ間に世界の全てがアミクスによって侵食され、支配されていく様が目に浮かんでしまう。

 しかも、それはマジョリティーに属する人々にとっては特に害のあるものではなく、そもそも気づくこともできないものなのだから異を唱えることもできない。

 実際、連示も今の今まで気づかず、こうして教えられてようやくその薄気味悪い事態を想像できた程度なのだから。


「それが彼等の計画の三つある段階の内の第一段階です。第二段階ではあらゆる国のトップをアミクスで置き換え、政治を牛耳ること。それは既に先進国では大部分が完了し、現在ではそのほとんどが第三の、つまり最終段階にあります」

「ちょ、ちょっと待て。それはこの日本もなのか?」

「はい。そうです。……恐らく日本など特にやり易かったでしょうね」

「そんな、馬鹿な。確か、そう、国政に携わる者は、公の場でのアミクスの使用が制限されているはずだろ?」


 連示はそう言いながらも、心の中ではその程度のことは反論として弱過ぎることを理解していた。これまでの話から考えて、それは一国の制度で防げる程度の問題ではないと分かる。それでも、できるものなら否定したい気持ちが強かった。


「確かに名目上は制限されています。ですが、例えばテレビに映されている彼等。その彼等が本当にアミクスではないとご主人様にどうして言えますか?」


 阿頼耶の問いは想定できたもので、その答えは不可能。

 だから、連示は目を伏せて沈黙するしかなかった。


「アミクスと人間は外見では区別がつきません。直に接する機会がなければ。しかし、そこは大衆に埋没した者には決して届かない領域です。たとえご主人様でも踏み入れることはできないでしょう」

「それは、そうだ」


 議員も官僚もどこか遠い世界の存在なのだ。一般大衆にとっては。

 そして、それは特に日本において顕著だっただろう。

 民主主義でありながら、国民の意思が全く政治に届かない。

 そんな状態が一時期あったことを連示も聞いていた。

 そうでなくとも大衆というものは自分達の生活に不利益が出ない限りにおいて、それらを強く意識することはないものだ。彼等がアミクスと入れ替わっていたとしても気づかないし、気づこうともしないに違いない。


「でも、アミクスが急激に広まってく様子を見れば、おかしいって思う人もいるんじゃない? 昔はどんなことにも文句を言ってお金を貰うような批評家さんもいた訳だし」

「当然、ある程度社会に影響力を持つ有識者についても、優先的にアミクスに置き換えられました。社会に残るのは無知な大衆のみです」


 反論を一刀の下に切り伏せられ、末那は押し黙ってしまった。

 しかし、無知というのは微妙に語弊があるだろう。大衆という集団には、きっと知識を持っていながら思考を放棄した人々のことも含まれているはずだ。


「結局、俺も大衆に属する、取るに足らない一人に過ぎなかった訳だ。阿頼耶と出会って多少は特別になれた気になっていたけど、それだけで満足して考えることを止めていた」


 アミクスの機能から想像を巡らせば、そういった想定も不可能ではなかったはずだ。

 想定したところで何ができた訳でもないだろうが、それでもそこに違和感を持ち、疑問を抱くぐらいのことはすべきだったと思う。


「連示君……」


 自分の浅はかさ加減に自己嫌悪に陥って俯いていると、末那が手を優しく握ってきた。


「連示君は考えてたよ。感じ取ってたよ。確かに具体的なものには至れなかったかもしれないけど、アミクスだらけのあの教室の風景を気持ち悪いって思ってたんでしょ? アミクスを使わずに学校に来てたのだって、ちゃんと連示君が考えてた証拠だよ」

「でも、それだけだ」

「それだけのことが大事だって、わたしは思うよ。だって、金村遊香はわたしが与えてた記憶にも連示君の姿が影も形もないことに違和感を抱いてたはずなのに、結局何にも気づけなかったんだから」


 少し自虐的な表情を浮かべつつ、しかし、はっきりとした口調で末那は言った。

 その言葉以上に触れられた手に感じる温かさに慰められるような気がしてくる。その温もりと彼女の柔肌の感触は人間のそれと同じだ。


「それにそうやって後悔できること自体、思考を放棄してないってことだと思うよ?」


 末那は軽く見上げるようにしながら、慣れ親しんだ純粋な笑顔を向けてきた。

 幼馴染として積み重ねてきた時間で培われた条件反射なのか、彼女のそんな笑みを見ると心が落ち着き、自然と表情も和らぐ気がする。


「そうですね。末那の言う通りだと思います。ご主人様は第一、第二段階に気づくことはできなくとも、最終段階における確かな失敗例の一人なんですから」


 阿頼耶は申し訳なさそうにしながら再び口を開いた。

 少々衝撃的に過ぎる内容を告げてしまったと後悔しているのかもしれない。


「失敗例?」


 小首を傾げて末那が阿頼耶に聞き返す。その両手は連示の手を握ったままだ。


「はい。最終段階は大衆にアミクスを浸透させて人々を飼い殺すこと、なんです。誰もが自らの欲望に従って享楽に耽り、その状態に何の疑問も持つことなく、ただ生きているだけの存在、ただ繁殖していくだけの存在にする。ご主人様は論理的に、とは言えなくとも感覚的に疑問を抱きました。それは最終段階の失敗例としては十分過ぎるでしょう」


 しかし、失敗例と言っても、海面に小石を投げて作られた波紋のように矮小なものに過ぎない。残念だが、その程度では津波に立ち向かうことはできないだろう。


「人々を飼い殺す、か。……それがCEカンパニーの最終的な目的なのか?」

「いえ、CEカンパニーではなく、かの会社に出資しているLeague Of Ruler通称LORと呼ばれる財団の目的です。彼等は世界の全てを影から支配することで、人間社会の合理性を徹底的に高め、文明を発展させることを目指す集団です。アミクスがそれに適うと考えて出資したのでしょう。CEカンパニーはほとんどLORに操られていたと言っても過言ではありません」

「文明を発展させる、って最近は微妙に停滞している印象しかないけどな。……それも秘匿されているって訳か?」

「はい。現代社会は一昔前よりもさらに人間関係が希薄で上辺だけのものになっていますから、例えば拉致して人体実験を行うなどのことも容易く、露見しない訳です」


 確かに複合娯楽施設から、あるいは教室から一人の人間とアミクスが消え去っても誰も何も思わないかもしれない。恐らく、選ばれる人間は一際存在感が希薄だろうから。

 そこまで考えて、自分も末那が傍にいてくれなかったら、その対象になっていたかもしれないな、と連示は横目で末那を見ながら思った。

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