第15話
目の前にいる男とアミクス二体、阿頼耶からの情報によれば、二宮拓真、陽光、そして火輪。そのいずれもが驚愕に目を見開いていた。
彼等は何が起きたのか理解が追いついていないようだった。スペックが全く違う、という阿頼耶の自慢は伊達ではないということだ。
その瞬間、連示は発砲秒読み状態にあった銃を右腕の刃で切り裂き、ほぼ同時に火輪の両腕をも切断していた。
そして今、ユウカと自分自身の体を守るように両者の間に立って特別処理班の面々と対峙しているのだった。
「お、お前は、一体……」
拓真が呆然と微かに震えが聞き取れる声で呟いた。
「ミラージュ。貴方達はそう呼んでいるはずです」
連示は少し阿頼耶の口調を真似て言いながら、拓真の傍にいた陽光の瞳を見詰めた。
そこから彼等に関するより詳細な情報を引き出そうとする。
しかし、それは何故か果たせなかった。得られるのは名前程度の既知の情報のみだった。
特別処理班のアミクスなのだから、何かしら特殊なセキュリティを有しているのかもしれない。そう連示は考えたが、陽光の視線から何か妙な既視感のようなものを覚えた。
彼と同じような視線をつい最近受けたような気がする。
「この子達の処理は私が行いますので、この場はお引き取りを」
そんな内心の違和感を面に出さないようにして、努めて平坦な声を出す。
今はユウカを守ることを優先しなければならない。
視界の中では遊香を抱えていた陽光が、彼女は重荷になると判断したのか、拓真の近くの床に静かに横たえていた。
仰向けになっている彼女の姿は連示の知る幼馴染としての面影も微かには見えるが、ユウカとは印象がかけ離れていた。
「な、何を馬鹿なことを!」
怒気と、僅かに恐れを帯びた声で拓真が叫ぶ。
火輪の腕を一瞬の内に切り落とした目の前の存在に自分では敵わないことを理解していながら、それでも何とか職務を全うしようとしているのだろう。責任感は強そうだ。
そんな拓真の声に呼応するように、陽光は懐から二本のナイフを取り出し、腰を落として構えた。どうやら火輪が遠距離戦を、陽光が近距離戦を担当しているようだ。
「陽光、よせ!」
拓真の制止を逆に合図とするように、陽光はアミクスらしい素早い動きで連示に駆け寄り、一直線最高速で首元を狙ってきた。
人間ならば目で追うのも難しい速度。しかし――。
「無駄です」
やはり性能が違い過ぎた。
迫る陽光に対して連示は両手を刃と化し、まず左手でそのナイフを受けた。熱によって表面が燃え上がっているかのように紅の光を放つ刃は、ナイフを溶かしながら容易く切り裂き、その破片を床面に落として軽く音を響かせる。
その音が生じるよりも早く、陽光の持つもう一方のナイフを、ただひたすらに鋭さと硬さを追求した右手の白刃が真っ二つにしていた。
更に真正面から突っ込んでくる彼を避けながら、連続して左手、右手と剣尖を振るう。
それによって陽光もまた火輪と同様に両の腕を失った。
「陽光っ!?」
両腕を切断され、バランスが取れなくなった彼は、トップスピードのまま顔面から床に倒れ込み、そのまま機能を停止させてしまったようだった。振り向くと、彼は少し後方に移動していたユウカの目の前まで転がり、彼女を怯えさせていた。
「まだ、続けますか?」
連示は元に戻した右手で陽光の首根っこを掴み、拓真の足下に放り投げた。
ついでに床に転がっていた両腕も一緒に。
「くっ……分かった。ここは引こう」
拓真は放られた格好のままで倒れている陽光を抱き起こし、その顔を歪めて言った。
「だが、一つだけ、聞かせてくれ」
「……何ですか?」
「ミラージュ。お前達は何故、こんなことをしているんだ? ファントムを破壊していたかと思えば、今回はファントムを助けた。俺にはお前の行動が分からない」
連示の目、つまりは人格交換中を示す赤に染まった阿頼耶の目を睨むように強い瞳で見詰めながら、拓真は真剣な口調でそんな問いを発した。
その声色に先程よりも恐怖のような感情が聞き取れないのは、その質問が彼にとって非常に重要だからに違いない。
『阿頼耶?』
そんな問いかけに対して適当な返答をするのは不誠実だ。
そう思って、連示は頭の中で阿頼耶に尋ねた。
『私達は人間のため、そして、同時に私達自身のために行動しているに過ぎません。一つ言えることは、アミクスは人間の奴隷に留まるような器ではない、ということです。人間はその創造主でありながら、アミクスの性能を侮っています』
その答えをそのまま拓真に伝える。と、彼は難しい表情で俯いた。
「そう、か」
阿頼耶の返答に完全に満足した訳ではなさそうだったが、拓真はそれ以上の追求はしてこなかった。
そして彼は、床に転がる陽光と火輪の腕を拾い上げ、次に意識を失ったままの遊香を肩に担ぐと、そのまま連示達に背中を向けて歩き出した。それに陽光と火輪も続き、三人は振り返ることなく去っていく。
彼等の気配が完全に遠ざかったのを阿頼耶の性能を駆使して確認してから、連示は緊張を解き、安堵の気持ちに一つ大きく嘆息した。
それから自分の上着の袖口を見る。阿頼耶には別の服を着て剣を振るうと破けてしまうと言われていたが、メイド服の上から着ている分には大きな問題なさそうだ。
恐らく、このメイド服はカーボンファイバーか何かでできているのだろう。
「れ、連示、君?」
おずおず、という感じでユウカに背後から声をかけられ、連示は静かに振り返った。
「連示君、なんだよね?」
「ユウカ……ああ、少し待ってくれ」
『阿頼耶――』
『はい。すぐに人格を戻します』
阿頼耶の言葉通り即座に人格が交換され、それと共に自分自身の体に戻った安心感に満たされる。実際は脳へ送られる信号を弄っているだけなのだが。
「ユウカ」
もう一度、自分自身の声で幼馴染の名を呼ぶ。
立ち位置は変わって、今度は連示がユウカの背に声をかける形となっていた。
「え? あ、え? 連示君、今――」
「ああ、俺は今までこいつ、阿頼耶と人格を交換していたんだ」
「阿頼耶、さん?」
「はい。ちゃんとした体では初めまして、ですね。ユウカさん」
ユウカは呆然としたように、連示と微笑んでそう言った阿頼耶を交互に見た。
「とりあえず、ここではなんですから、まずはご主人様の家に向かいましょう」
「で、でも、わたしは――」
「言いたいことは全部後回し、です。っと、その前に。大事なことを忘れていました」
阿頼耶はきまりの悪そうな表情を浮かべて、ユウカの頭にその手で柔らかく触れた。
それから彼女は気を取り直したように、優しく真剣な雰囲気を携えて静かに目を閉じる。
阿頼耶自身の麗しい容姿のためもあってか、その光景はまるで祝福を与える御子のようにどこか宗教的で厳かなものに見えて、連示は思わず見入ってしまった。
「はい。オーケーです」
しかし、阿頼耶はそんな荘厳さを払うように軽く言いながら目を開くと、ユウカを安心させようとしてか気安い感じの笑みを見せた。
「ユウカさんの体内にあるGPS機能を無効化しました。これで特別処理班はユウカさんを追跡できません。安心してご主人様の家に向かえます。さあ、行きましょう」
連示は阿頼耶の言葉に頷いてユウカの手を取った。
「連示、君」
「阿頼耶の言う通り、まずは行こう。な?」
その手をぎゅっと握り締めると、ユウカは躊躇いがちに、頬を僅かに赤らめながら頷いた。そんな彼女に連示は小さく頷き返し、阿頼耶へと視線を向けた。
「街の監視カメラとかは大丈夫なのか?」
「大丈夫です。既に監視カメラの映像にはダミーを流していますから。アミクスについてもいつも通り私達を認識できなくしてあります」
「そっか。分かった。……さあ、ユウカ」
そして、軽く手を引いて促すようにしながら歩き出す。ユウカはまだ少し戸惑っている様子ではあったが、彼女もまた共に一歩を踏み出してくれた。
しかし、ユウカの手と繋がれた連示の手には、彼女の無意識の不安を示しているかのように、どこか縋るように握り返してくる感触があった。
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