第9話

 高層建築物の合間に作られた狭い通路の奥にそれらはあった。

 壁にめり込んでいる、頭部を破壊されたアミクス。

 地面に力なく伏せている、顔を斜めに切り落とされたアミクス。

 そして、無残にも中心線で二つに分かたれたアミクス。

 もしも全てが人間だったなら、どれだけ凄惨な現場だったことだろうか。


「この三体の内のいずれかが今回のファントムか?」


 それらを前にしながら、対ファントム特別処理班の東北地方担当第六班班長たる二宮拓真は傍に控える男女のアミクスに尋ねた。


「そのはず。ネットワーク異常自体は四件発生してたけど、その内一体は一応修復されたようだから。この中にファントムがいたはず」


 女性型のアミクス、火輪の酷く無機質な言葉にその脇にいた男性型アミクス、陽光も無言で小さく頷いた。


「ともかく、こいつらを回収するぞ。陽光、火輪」


 拓真がそう言うと陽光はぶんぶんと素早く首を縦に振って、早速駆け足でアミクスへと近づいていった。

 一方、火輪は指示される前に一体のアミクスを担ぎ、後方で待機している大型トラックへと運び始めていた。

 この二体は特別処理班としての拓真達の仕事をサポートするために与えられた、少々特殊なアミクスだ。

 それぞれCEカンパニーで秘密裏に開発されたアミクス制御用の自己進化型基本人格プログラムによって、半ば独立したアミクスとして機能している。

 短くない時間をここ日本の央倫市で職務に励んでおり、二人共それなりに成長し、ある程度のパーソナリティを有していた。


 兄の陽光は滅多に口を開くことはなく、いつもどこか不安げな表情を見せている。

 妹の火輪はよく喋るが口調は冷たく、中々に厳しい言葉を吐くことがある。

 CEカンパニーが元々ヨーロッパ系の会社であるためか、このサポートアミクスシリーズは共通して金髪碧眼で少々小柄だが、とにかく美形という評価が相応しい姿だ。

 顔立ちはほぼ同じで、火輪の髪が長くなかったら陽光と区別がつかないかもしれない。

 皆特別処理班の制服を着ているが、そのデザインは最低限のカムフラージュのために拓真のものは普通のスーツ風のもの、火輪と陽光は近場にある倫定学院の制服風のものだ。


「火輪、どうだ?」


 戻ってきた火輪に尋ねると、彼女は珍しく渋い表情をした。


「完全に破壊されてる。修復は無理。……これは人間業じゃない」


 火輪の結論に頷く。

 あの惨状を見て、人間の所業だとは誰も思わないだろう。

 アミクスの破壊の仕方もさることながら、そもそも身体能力で敵う訳もないアミクスの相手を人間がすることはほぼ不可能だ。

 彼等はシステム上人間に攻撃できないが、防衛に回れば人間が触れることなどできない程の性能を持つのだから。

 実際、拓真もアミクスを相手に一対一で戦うなどという無謀な真似は一度もしたことがない。この二人は拓真をサポートするという名目でついてきているが、戦闘になれば拓真の方が二人のサポートに回ることになる。

 一応、護身術を少しはかじり、拳銃も常備しているものの、結局のところ拓真の役割は陽光と火輪の監督に過ぎなかった。

 もし、それでも人間が彼等と戦わなければならないとしたら、このような近接戦闘は極力避けて、罠などを用いつつ遠距離から対応するしかない。


「真っ向からインファイトで完封する。彼等でもなければ無理」

「ああ……遂にこんなところにまで現れたという訳か。ミラージュは」


 ここ数年、ファントムの発生件数が増加するのに呼応しているように、世界各地で報告され始めている特別処理班以外の手によるファントムの破壊。

 それを行う者の正体は未だに明らかになっていない。

 彼らはどういう訳か必ず特別処理班よりも先に現場に現れ、ファントムを徹底的に破壊し尽くし、そして、幻のように現場から消え去るのだ。

 周囲のアミクスの記憶を調べても、影の一つも見られない。

 実体はどこかに必ずあるはずなのに決して届かない。

 そんな様から彼等に名づけられたのが、ミラージュだった。


「アミクスの勤労時における能率低下の問題もあるというのに、全く面倒だな」

「能率の低下は仕方がないこと。家畜同然にまで堕落した愚かな大衆の人格を共有してるんだから。いくら強制をかけて仕事をさせようとしても、元々が愚図なら結局は愚図にしかならない」


 手厳しい言葉ながら、それは全く正しい。

 人格と記憶を共有したアミクスは身体面、つまりハードウェアの面では人間より格段に優れているし、有用なソフトウェアも積んでいるが、OSの面では同程度。

 いくら所有者が持つ最大限以上の能力を発揮できるとしても、所有者の意識、労働意欲自体が低下すれば意味がない。そんな状態で真っ当に仕事に勤しむ訳がない。

 子供にスーパーコンピューターを持たせても何もできないように、アミクスのスペックに見合う人間は限りなく少ないのだ。

 現在、アミクスにはかなり厳しい強制をかけて、所有者を模倣した意思を無理矢理捻じ曲げて生産活動を行わせている。所有者が共有するのは経験だけだ。

 アミクスの感情など決して届かない。まるでアミクスが自ら進んで所有者が嫌なことをやってくれているかのように感じていることだろう。

 それによって今の状況は維持されているのだ。

 しかし、最初期に比べ、明らかに能率の低下は加速している。色々な部分の制限をも緩和し、かなりの補正をかけているにもかかわらず、だ。


「愚図は愚図にしかならない、か。全く、その通りだな」


 何故、それを人々は不審に思わないのか。こうして舞台裏から見ているからこその疑問かもしれないが、拓真は不思議で仕方がなかった。

 自分が嫌なことを、どうして自分の人格そのままのアミクスが好き好んでやってくれるというのか。そんなものは都合のいい幻想に過ぎないことは誰でも分かるはずなのに。

 だが、人間は享楽を強く望む生き物だ。故に都合の悪い事実からは目を背け、自ら考えることを放棄し、娯楽に耽っている。


「愚か者だけの世界、か」


 この世界は、人類は本当にこれでいいのか。

 ふと、強い違和感と共にそんな疑問が拓真の脳裏に浮かび上がってきた。


「それも一つの幸せ」


 拓真の呟きに応えた火輪の、諦めにも似た冷たい言葉に拓真は深く嘆息した。

 確かにそれはそうなのかもしれない。

 かつては社会という現実を前にして、夢を諦めざるを得ない者がほとんどだった。

 しかし、現在は自らの望みを叶えるための道だけが目の前にあるのだ。

 障害となるものは何もない。面倒なものは全てアミクスに押しつければいいのだから。

 ただし、現在の社会を生きる人々が抱ける望みとは、かつてのような希望に満ち溢れた多様な夢などではなく、低俗な欲望が大半なのだが。

 とは言え、そもそも夢として思い描けるものの選択肢自体も狭まっているのだから仕方がないのかもしれないが。


「幸せという名の緩慢な死の病か」


 恐らく堕落し切った今の人間にアミクスに頼れない生活を突きつけたら、この社会は即座に崩壊してしまうだろう。

 そんな脆いものが、本当に優れた社会なのか。


「ミラージュ。君達は俺達と同じように、ただこのあり方を守るためにこんなことをしているのか? それとも、何か別の目的があるのか?」


 拓真は空を見上げて誰にともなく呟きながら、できることならミラージュと会い、話をしてみたい、と強く思った。

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