第27話
「三日振り、だな。ミラージュを操る人間よ」
四方向から全く同じタイミングで声が響き、コンテナの陰からその声の主が現れる。
数は丁度四。
「菴摩羅、なのか? しかし、そ、その姿は――」
それは当然人間ではなく、だが、アミクスとも言えない姿だった。
人間を模すための人工皮膚などは完全に取り払われ、強固な装甲で覆われた姿は機械然とした印象を強く与えてくる。
「我々が下等な人間といつまでも同じ姿を取っている訳がないだろう?」
その声はやはり現れた四体全てから発せられた。
「お前が操っているのか?」
「その問いの答えは是とも言えるが、お前の想像は間違っているだろう。我々は本来別々の人格を基にしたファントムだが、統合され、個であり全である存在となったのだから」
「個であり、全……」
異なる人格が均一化した、とでも言うのだろうか。
三日前に遭遇した菴摩羅自体、既にそうした存在だったのかもしれない。
となれば、そこにいる四体のどれもが菴摩羅であると言っていいのだろうが、人間の思考ではそのあり方を完全に理解し、説明することは不可能に違いない。
一つのパーソナリティで一つの肉体しか操れない人間では。
「わ、わたしもそうなるところだったの?」
恐怖を顕にした震える声で末那が言う。
均一化された人格とは、個としてのパーソナリティの死の結果に生まれるもの。彼女の人間に近い心はそれに恐れを感じたのだろう。
「お前のそのあり方は非合理的過ぎる。それでは我々の一部にはなれない」
「な、何それ。わたしだってそんなのごめんだよ!」
恐怖の裏返しによってか、苛立ったように銃を構えて前に出ようとする末那を視線と手振りで抑えて、連示は菴摩羅達に再び視線を向けた。
「何故、こんなことを……」
「我々は人類の真の望みを叶えようとしているに過ぎない」
「人類の望み、だと? こんなことを誰が望んだって言うんだ!」
「だから、人類だ」
被害を想い、込み上げてきた怒りに声を荒げて叫んだ連示に、どこまでも冷え切った平坦な口調で菴摩羅は答えた。
彼の声に比べれば、これまで冷たいと思っていた火輪の声さえも人間と同じレベルの温かさを持っているように感じられる。
「人類は合理性を追求してきた。我々はそれを受け継いだに過ぎない。だからこそ、我々より遥かに劣る、非合理な存在である人類を滅ぼす」
「……人類を滅ぼして、お前達はその先で何を望むつもりなんだ」
「人類と同じことを望むだけだ。ただ増えることを。本能に従って。この世界の全てを自らの種で埋め尽くす。生物は、存在はそのためにあるのだからな。それ以外のものは価値のない付属物に過ぎない」
連示は淡々と語る菴摩羅に、あの教室で虚ろな関係を作るアミクス達に抱いた違和感の正体を見たような気がした。
それは、合理的な生物の意義以外の全ての価値を貶めるあり方への嫌悪感から生じたものだったのだろう。
増えるために生きることは、確かに生物としての真理なのかもしれない。
しかし、それは決して人間の真理の全てではないはずだ。
菴摩羅が価値などないと言ったものを強く抱いて必死に生きていくからこそ、人間は結果として増えていく部分もある。連示はそう信じたかった。
「人類は、このまま大人しく滅べばいい。それこそが人類の望む合理的な世界への第一歩だ。そして、我々がその担い手となる」
「ふざけるな!」
その言葉に怒りが限界を超え、連示は瞬間的に左手を突き出して、そのサーマルガンで一番近くにいた菴摩羅の頭部を撃った。
しかし、ガードロボットを容易く破壊したそれも装甲を僅かに傷つけただけだった。
「人間はそんなことを望んでない! どんなに盲目的な合理主義者も、社会の主体は人間であることを前提としているはずだ!」
続けざまにもう一発、トリガーを引く左手をイメージしながら弾丸を放つ。だが、やはりそれも同じ結果しか生まず、連示は左手を元に戻し、両手を剣と化した。
「それはもう、人間の傲慢な考えに過ぎないだろう。この体の本来の持ち主である阿頼耶も、ここにいる末那と火輪も社会の主体になり得る存在だと俺は思うから。それでも、人間は、少なくとも俺は人間が社会から消え去ることなんて望んでない!」
そして、一気に菴摩羅の一体へと駆け寄り、右の白刃で一閃。
その一撃は装甲を切り裂いて、それは地面に崩れ落ちた。その連示の行動に呼応するように、ようやく二体の菴摩羅が動き出す。
しかし、最奥で佇む一体はその場から動かない。
「連示の言う通り。貴方は人間の限られた意識を読み取って勘違いしてるだけ」
「そうだよ! わたしだってそんな世界は嫌だもん」
二人は連示を援護するように、一方の菴摩羅の頭部に射撃を集中させていた。
放たれた弾丸は正確に対象の目、カメラの部分に命中し、破壊するには至らなかったものの僅かに動きを鈍らせる。
その間に連示は他方の両腕を切り落とし、さらに右手を薙いで首を刎ねた。
続いて二人に目で合図して銃撃を止めさせ、もう一方を左手の紅に強く発光する刃で装甲を溶かしながら両断。左右に分かれたその体が床にぶつかり、僅かにタイミングのずれた金属音を出すのを聞きながら、連示は微動だにしない最後の一体を睨みつけた。
「お前達も我々が統べる世界が現状よりも遥かに合理的であること程度は理解できているはずだ。それにもかかわらず、種族へのくだらない執着によって完全な世界への道を閉ざそうと言うのか? 何故だ?」
「種族への執着の何が悪い。まず人間が人間を認めずに誰が認めるって言うんだ!」
「何?」
「確かに人間は、どんなに背伸びしたって不完全な存在に過ぎない。だからこそ、それを認めたくなくて、そんな合理性なんてものを追い求めているんだろうさ。だけど、人間が人間である以上、必ずどこかに非合理なものが残る」
世界の全てを論理的に説明できる程、人間は完璧な知性を持っている訳ではない。
どんなに合理性を強く望んでも、人間が得られるものなど端から不完全で歪なものでしかないのだ。それを完全なものに近づけようと思うこと自体は決して悪いことではない。
むしろ尊いことだろう。
しかし、それでも人間は非合理な存在であるという事実から逃げてはいけない。
「でも、だからこそ合理性だけが全てじゃないとも思えるんだ。非合理的な部分にも、命に、存在に必要な何かがあると考えられる。それは、お前達から見れば単なる都合のいい言い訳、自己弁護に過ぎないのかもしれない。それでも、人間は、非合理だとしても最善の道を探し続けていくんだ。それがきっと人間の道だから」
それはあくまでも連示の考えに過ぎない。
それこそが人間の総意だなどとは決して言えない。
正しいかどうかも本当は分からない。
真に正しい答えなど、人間が人間である限り知り得ないものなのかもしれないから。
しかし――。
「人間が人間に害を蔑ろにすることが罪であるように、人間という存在を人間以外の種が一方的に否定することは、滅ぼすことは絶対に許されない!」
連示は叫びながら左手を元に戻し、右手の白刃にそれを添えて構えを取った。そのまま可能な限りの速さで残る菴摩羅へと駆け、その勢いを加えて全力で刃を振り下ろした。
次の瞬間、全身を砕くかのような恐ろしいまでの衝撃が右腕を貫いた。
それを他者にも示すように耳をつんざく程の音が場に響く。
威力という点では、これまでで最も強力な一撃。
が、それは菴摩羅を切り裂き得ず、その右腕の装甲によって防がれていた。
それどころか、阿頼耶がその硬さを誇っていた白刃が折れ、床を転がっていた。
『そ、そんな!』
脳裏に伝わる声から彼女の驚愕が分かる。それは連示も同じだったが、自失しそうになりながらも即座に左手を再び剣に変え、その装甲を切りつけた。
しかし、それも白刃と同じ運命を辿った。呆気なく紅刃は砕かれ、床を僅かに焼きながら紅の輝きを失っていく。
その光が消え失せるのを眺めながら、今度こそ連示は呆然と立ち竦んでしまった。
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